大木戦記   作:ウドノ

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 後悔先に立たず

 さりとて、再起を諦める事無かれ

 

 配点 《前進》

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 突き抜けるような青い空。白い雲が幾つか浮かびながらも、その晴天には一切の陰り無し。

 そんな空を行くのは、一隻の航空都市艦群。正式名称、準バハムート級航空都市艦“武蔵”。合計八つの艦を太縄によって連結して航行し、同時に極東で唯一許された独立領土としての側面を持つ。

 そして、この空の下に響くのは一つの音。

 それは、歌。響くのは、中央二艦の内の後方。“奥多摩”と呼ばれる間の表層に設けられた墓地からだった。

 

「――――通りませ」

 

 この極東でも有名な童謡“通し道歌”。紡ぐのは、高くも低く、静かで涼やか、遠く遠くに響くようなそんな声。

 時間にすれば一分かそこら。ゆったりと歌ったとしても、そもそもが長い歌ではないのだから仕方がない。

 そして、この歌を聞く観衆は、歌い手とそれからもう一人。

 長い階段の天辺に腰掛けて右手で頬杖をつき瞼を下した黒髪の男。

 歌が終われば、入れ替わる様にして響くのは鐘の音だ。

 一つ、二つ、三つと続いた時報と、被る様にして響くのは放送の声。

 

『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦・“武蔵”が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝8時半をお知らせ致します。本艦は現在、サガルマータ回廊を抜けて南西へ航行、午後に主港である極東代表国三河へと入港致します。生活地域上空では情報遮断ステルス航行に入りますので、ご協力お願い致します。――――以上』

 

 ブツリ、とマイクが途切れ遠くの喧騒が戻ってくる。

 同時に、調整を終えた“者”がある方向へと足を進めた。

 

「教導院への通学時間を過ぎていますが、宜しいのですか?」

 

「…………うむ?……ああ、そうか。終わりか」

 

 声を掛けられ、男は大きな欠伸と共に体を伸ばす。同時に、階段の最上段より一段下の段に立ち上がる。

 身に纏うのはアリアダスト教導院の制服。その上から更に、白い羽織を着た彼は()()教導院の生徒でもある。

 ガッツリ、遅刻しているのだが。

 

「いやぁ、いかんな。ついついここに来ると、お前さんの唄に聞き入ってしまう」

 

 いかんいかん、と枝毛の一つもない黒髪頭を掻きながら、しかし一向に焦る気配のない彼。

 自動人形“P-01s”は、その無表情のままに首を傾げた。

 

「この一年の内、凡そ三分の二をお聞きに来られて、飽きないのですか?」

 

「さあて、ね。俺としては、お前さんの唄を聞く事は最早日課ってもんだ。飽きる飽きないの話じゃねぇってもんだ。朝飯だって、飽きたからと食わないことはないだろう?」

 

「つまり、千樹(せんじゅ)様はP-01sの唄から栄養を摂取されている、と?」

 

「おいおい、引くな引くな。単なる言葉の綾ってもんだ……っと、遅刻確定とはいえ行かない訳にはいかない、か」

 

 ひらりと手を振って、千樹と呼ばれた男は階段を下って行ってしまう。

 徐々に下がっていく頭を見送って、P‐01sは空を見上げた。

 一年ぶりの、三河はもう間もなくに迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針は僅かに戻り、時報を報せた武蔵アリアダスト教導院。

 構成は、木造三階建ての前後二棟。印象的なのは、校庭の上に掛けられた木造の大きな橋だろう。

 この橋は、校門から二階の昇降口迄通じており、生徒たちの出入り口でもある。

 その橋の校門側。階段の上で校舎側へと向けて声が響いた。

 

「よぉーし、三年梅組集合!良いかしら?」

 

 軽装甲ジャージを纏い、髪をうなじの辺りで括った女性の声だ。その背に負うのは、金属の柄を持った一振りの長剣。

 彼女と相対するのは、黒と白を基調とした制服に身を包んだ一団。

 人類のみならず、種族性別問わずに集まった彼らに、女性は笑みを浮かべた。

 

「そんじゃ、これから体育の授業を始めていくわよ!」

 

 彼女の声に、烏合の衆のようにザワザワしていた生徒たちの目が一方へと集められる事になる。

 

「まずは、ルールの説明からね」

 

 言いながら、彼女は己の後方を右手の親指で示す。

 

「良い?先生これから“品川”にあるヤクザの事務所まで、ちょっとヤクザを殴りに全速力で向かうから、付いてくる事。あ、全員よ?到着したら、そこから実技に入るから」

 

 あっけらかんと言う女性だが、明らかに普通の授業では聞く事はないであろう単語が入っている事に生徒たちの方から「え?」という声が漏れた。

 だが、女教師は聞こえているのかいないのか、無視。それどころか、罰則まで設け様としている始末。

 

「遅れたらそうね…………早朝の教室掃除でもしてもらおうかしら。はい、返事は?Jud.(ジャッジ)?」

 

「「「――――Jud.(ジャッジメント)」」」

 

 ここでNOなど言ってしまえば、どんな目に遭うか。全員が、了承の返事を返す。

 もっとも、それで納得しているかは別の話。

 手を挙げるのは、“会計 シロジロ・ベルトーニ”という腕章を付けた生徒だ。

 

「教師オリオトライ。体育の授業とヤクザの事務所に何の関係性が?――――金ですか?」

 

 末尾の言葉が、彼の人間性というモノを物語っていた。

 同時に教師オリオトライ・真喜子は鼻を鳴らす。

 

「バカねぇ、シロジロ。体育の授業ってのは、体を動かすでしょ?そして、殴れば自然と体が動くじゃない。そんな単純な事、知らないの?」

 

 理論武装のようでいて、アホみたいな理論をぶん回すオリオトライ。

 眉間にしわを寄せたシロジロ。そんな彼の制服の袖を引いたのは、隣に居た“会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー”と言う腕章を付けた女子生徒。

 

「ほら、シロ君。最近先生、表層の一軒家を割り当てられて野放図に喜んでたら、ヤクザの地上げにあって一気に最下層行きになって、そこからやけ酒してたら床をぶち抜いて、教員課にマジ叱られたから」

 

「後半以降は自業自得ではないか…………報復ですか、教師オリオトライ」

 

「報復じゃないわよー。ただ、ちょっとお邪魔して授業の糧になってもらって、ぶちのめすだけだもの」

 

「「「同じだよ!」」」

 

 生徒たちからのツッコミが飛んだが、オリオトライ(リアルアマゾネス)は揺らがない。

 背負った長剣を鞘ごと脇に回して、その柄を撫でて指を添えて口を開いた。

 

「休んでるのは、誰かいる?ミリアム・ポークウは仕方がないとして、東は今日の午後に帰ってくる予定だし、その他のメンツに欠けてる子ー」

 

 言われて、互いに居ない顔を探す生徒たち。

 そして口を開いたのは、魔女の様な三角棒を被った六枚の金翼を持つ少女。“第三特務 マルゴット・ナイト”の腕章を持つ彼女だ。

 

「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョー、それからセンちゃんが居ないかなぁ」

 

 間延びするのんびりとした彼女の言葉を引き継ぐのは、黒い翼を持つ“第四特務 マルガ・ナルゼ”の腕章を付ける少女。

 

「正純は、今日は小等部の講師の為に、“多摩”に行ってるし午後からは酒井学長の付き添いで三河に見送りに行くから、今日は自由出席の筈。総長、トーリは知らないわ。千樹の方も同じく」

 

「んー、それじゃあ“不可能男(インポッシブル)”トーリと、それから千樹がどこに行ったか知ってる人は居る?」

 

 オリオトライの問いに、一同の視線は生徒たちの集団の一角へと向けられた。

 まるでスポットライトでも浴びたかのような注目の中で、ボリューミーな茶色いウェーブヘアーの女生徒はその口角を上げて笑みを造る。

 

「フフ、揃いも揃ってうちの愚弟なトーリと、大らかおバカの千樹の動向を聞きたいのかしら?聞きたいわよね?だって、この“武蔵”の総長兼生徒会長の動向と、副長代理の動向だものね。フフ――――でも教えないわ!」

 

 溜めに溜めた上の拒否に、一同慄く。とはいえ、ちゃんと理由はあった。

 

「だって、八時過ぎに私が起きた時には、愚弟は既に居なかったんですもの」

 

「「「余裕かます割りに起きるの遅いな!?」」」

 

「フフフ、心配いらないわ。メイクは確りしてきたもの。このベルフローレ・葵に死角なしだわ!それにしても、この賢姉の朝食も準備せずに朝早く出掛けた愚弟と、起こしに来なかった大らかおバカはどうしてくれようかしら。お陰で朝ごはんも食べ損ねて走る羽目になったんだもの!」

 

「あのー、喜美ちゃん?」

 

「その呼び方は無しよ、マルゴット。そんな葵・喜美(青い黄身)なんて、何処でエサ食って尻から出た様な名前。ベルフローレと呼びなさい!」

 

「ナイちゃんの記憶が正しければ、三日前はジョセフィーヌじゃなかったっけ?」

 

「それは、三軒隣の中村さんが飼い犬に同じ名前を付けたから無しよ!毛並み豊かで思わず撫で回したくなる様な犬に付けるだなんて…………今度抱かせてもらうわ!」

 

「……ちょっと待ってください、喜美!貴女まだ、千樹君に起こしてもらってるんですか!?」

 

「私だけじゃなくて、愚弟揃ってお世話になってるわよ!――――それに、羨ましいならアサマチ。アンタも起こしてもらえばいいじゃない」

 

「そ、そそそんな事言ってません!!!」

 

 喜美からの揶揄いに、左右で目の色が違うオッドアイな巫女である、浅間・智は顔を真っ赤に否定する。その顔色のせいで全く説得力は無かったが。

 逸れだした朝の時間。ジャージの懐から取り出した出席簿にマークしていたオリオトライは、不意に階段下へと視線を送る。

 

「ほらほらキミたち、静粛に。遅刻君が来たから、場所空けちゃってー」

 

 オリオトライの言葉と同時に、階段の一番上の段を踏んで一人の男が昇ってくる。

 風に揺れる黒髪に、精悍ながらも穏やかなそうな、まるで大木の様な安心感を携えた男だ。

 

「あんまり遅刻し過ぎは良くないなあ、千樹」

 

「いやー、あっはっはっは」

 

 ジトリとした目を向けられ、唐木(からき)・千樹は困った様に頭を掻くばかり。

 

「アレだ、先生。目覚まし時計が壊れて、な」

 

「…………ハァ、そう言う事にしとこうかしらね。代わりに、ちょっとした“枷”を掛けるわよ」

 

「甘んじて受けよう」

 

「まずは、そうね…………“向井・鈴”の護衛と運搬かしら。傷一つ付けずに運びなさい」

 

「わ、たし……?」

 

「Jud.他には?」

 

「後はいつも通り、最後尾から脱落者が出た場合の回収よ。まあ、こっちは保険的な意味合いが強いけど」

 

「Jud.…………そう言えば、トーリの姿が見えないが?」

 

「アイツは、遅刻よ。どこに居るんだか」

 

 やれやれ、と首を振ったオリオトライ。

 

「総長兼生徒会長がコレなのもどうかと思うけど――――まあ、この“武蔵”ではちょっと特殊だしねぇ」

 

 積み重なった歴史の結果が、今に響く。特に、現在の三年生である彼らにとってみれば今年は実に厄介な一年となる事だろう。

 とはいえ、

 

「今は、授業授業!そもそも、ルールの説明も終わってないんだし」

 

 言って、オリオトライは指を立てた。

 

「事務所に辿り着くまでに、先生に一撃当てる事。それが出来たら、出席点を五点あげる。良い?五回サボれるの」

 

 教師の言う事ではないかもしれないが、それでも生徒一同の視線の質が変わる。

 通い慣れたとはいえ、朝の時間をゆっくり過ごせるのならばそれもまた良し。使い方次第では一日休む事だって出来るだろう。

 そんな中で二人分の手が挙がる。

 一人は、帽子を目深に被って“第一特務 点蔵・クロスユナイト”という腕章を付けた男子生徒。もう一人は装甲が特徴的な航空系半竜の“第二特務 キヨナリ・ウルキアガ”。

 

「先生!攻撃を“通す”のではなく、“当てる”で良いのでござるな?」

 

「戦闘系は細かいわねぇ。でもまあ、それでいいわよ。手段も、問わないわ」

 

「聞いたか点蔵。女教師が何をしても構わないと申したぞ。拙僧、想像力を働かせても良いだろうか?」

 

「Jud.しかと聞いた。しかしながら、ウッキー殿。あの女教師は、尻を触られそうになった、等と言う理由で床をぶち抜く傑物でござるよ」

 

「フッ……甘いな点蔵。想像力というモノは、現実を前に無敵だ。ここで働かせずに、何時働かせる?」

 

「成程……オリオトライ先生!先生のパーツで、触ったり揉んだりしたら減点される部位はあるで御座るか?」

 

「もしくは逆にボーナス付くような所とか」

 

「あっはっは、授業始まる前に死んでみる?」

 

 壮絶な笑みに、二人の股間がヒュンッと縮こまる。

 同時に、若干だが生徒たちの意識が逸れた。

 

「――――んじゃ、始めるわよ」

 

 言うと同時に、女教師の体が宙を舞う。

 

「「「――――あっ」」」

 

 呆気にとられるが、しかし彼らも彼らで三年生。すぐさま追い始める。

 残ったのは、千樹とそれから彼の隣に立つメカクレの少女。

 

「いやー、流石は先生だ。こっちの隙を、全く見逃さない」

 

「ご、ごめん、ね、千樹君。一番、最後になっちゃって…………」

 

「気にするな、鈴。直ぐにでも追いかければ、ネシンバラ辺りには追いつくだろう」

 

 言いながら、千寿は“向井・鈴”の傍らで背を向けながら膝を付く。

 おずおずとその背中へとよじ登った鈴。彼女を背負って千樹は立ち上がる。

 

「少し()()する」

 

 そう言うと、鈴の足を支える千樹の両肘より、太い蔦の様なモノが伸びて鈴の細い腰へと巻き付くではないか。

 即席の安全帯となった蔦。これで、彼女が力を込めてしがみ付く必要もない。

 

「苦しくはないか?」

 

「う、うん…大、丈夫だよ」

 

「そうか。ならば、行くとしよう」

 

 階段の最上段から、二人の体は空へと投げ出される。

 

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