大木戦記 作:ウドノ
風を切って走る。目の見えない向井・鈴にとってみれば、ソレは日常的に行えない事の一つだった。
「鈴、大丈夫か?気分が悪かったりはしないだろうか?」
「う、うん!だ、大丈夫!」
腰に絡みつく樹木によるセーフティのお陰か、とんでも機動で駆け抜けていく千樹の背にあっても鈴は特別揺れを感じる事も無い。
強いてあげれば風の音が強い程度。それにしたって、何度となく運ばれた事のある彼女にしてみれば既に日常の一つと何ら変わらない。
ふと、彼女は自分の手が触れる大きな背中へと意識を向けた。
クラス一の長身、という訳では無いがそれでも百八十センチを超えた身長と、しなやかで強靭、しかし柔軟なネコ科の猛獣の様な分厚い筋肉で構成された体躯。
正しく戦う肉体を持つが、それ以前から鈴にとっては大きな、そして優しい背中だ。
とはいえ、今は浸っている時間ではない。
「…ッ、せ、千樹、君!」
「む?……アレは、アデーレか?随分とかっ飛ばされたらしい」
「た、助けてって、言ってる、よ?」
「Jud.速度を上げる。噛まないように気を付けろ」
言うなり、踏み込んだ千樹の爪先に力が込められ、その体は更に前へと加速する。
彼の背中へと顔を埋めるように伏せた鈴の長く結んだ髪が風にはためく。
囂々と風を切り、しかし足場にした屋根や石畳を砕くことなく進む事、凡そ十数秒といった所か。
「――――ぁぁぁぁぁああああああああああ!?わぷっ!?」
「よお、アデーレ。空の旅はどうだった?」
背より生やした樹木を鈴の安定に回して、空を吹っ飛ばされていたアデーレを両手で受け止める千樹。
目を白黒させていたアデーレは、所謂ところの御姫様抱っこの様な状態になっている事に気づき、その顔をゆでだこの様に一気に染め上げてしまう。
「せ、せせせ千樹さん!?もう追いついてきたんですか!?」
「Jud.元気そうで何よりだ。このまま運んだ方が良いだろうか?」
「あ、えっとそれじゃあ――――ッ!?や、やっぱり自分の足で行きます!」
半ばトリップするようなアデーレだったが、何を感じ取ったのか一気にその顔から血の気が引き抜かれ慌てて千樹の腕の中より屋根の上へと降り立った。
彼女の生存本能が警鐘を鳴らしたのだ。このまま幸せ時間を過ごしていれば、まず間違いなく
首を傾げる千樹。だが、その思考を深める前に鳥居型の通神が割り込んでくる事で断ち切られてしまった。
『千樹君。君の方で、浅間さんの足場を御願いするよ』
「Jud.鈴、少し揺れるぞ」
駆けながら、右腕を横へと突き出した千樹。
すると、肩の辺りから複雑に絡み、腕その物を包み込む様にして樹木が生えてくるではないか。
軋み、絡み合い、あっという間に出来上がるのは木製の人が二人は乗れそうな大きさの舞台だ。
そこに降り立つのは、オッドアイの巫女。左手には白砂ブランドのエンブレムが刻まれた三つ折り式の弓を携えており、足場に着地すると同時に、展開。弦は自動でチューニングされる。
「足場は、この程度で大丈夫か?智」
「Jud.安定感ばっちりですよ、千樹君」
短く会話をしながら、智はスルリと目を細めて狙いを定めに掛かる。
走っているにも関わらず、足場の揺れは殆ど無い。腕を横に伸ばすという安定感の欠片も無い、疲労のたまる格好でありながら、だ。
智自身、黒髪の彼を信頼し、信用し、親愛を抱いている。いや、もっと熱烈な感情だろうか。
故に、安心して彼女は自身の仕事を遂行するのだ。
「地脈接続――――!」
@
智が弓を番える少し前。前方では、ちょうど近接攻撃系の面々がオリオトライへと接触を果たしていた。
“多摩”艦首側の居住地区を抜けて、企業区画へと突入した地点。
彼らの駆ける屋根上のルートは、左右をメジャー企業の背の高い建物が左右を挟む形となっており、これによって咄嗟の回避における行動範囲を狭めることが出来る。
そして、この足場の悪い環境で仕掛けられる者といえば、梅組の中には二人居た。
一人は、まだ後方。最後尾スタートである事と、脱落者の回収を求められた為に速度をそこまで上げていない為今回は追いついてこない。
であるならば、仕掛けるのは一人。目深に被った帽子とマフラーが特徴的な彼だ。
「――――まず仕掛けてくるのは、君だと思ったよ!」
「Jud.しかしながら、千樹殿が居れば、自分よりも速く仕掛けたで御座ろう」
「あっはっは!かもね。まあ、私もそろそろアイツの相手はキツイって事よ。鈴を付けとけば前にも来ないでしょうし、出席点にもそこまで興味ないものね」
「…………やはりそれが狙いで御座ったか」
あっけらかんと笑う女教師に、点蔵は走りながら首を振った。
副長代理という位置にある黒髪の友人。頭の出来は悪くないのだが、その一方で人を信じすぎる嫌いがあって、引っ掛け問題にもほぼ百パーセント引っかかるお人好し。
何事も笑って許す寛容さを持ちながら、同時にこと戦闘能力に関しては未だに底知れないというのが、クラス含めた共通認識だったりする。
そんな彼を足止めするならば、庇護対象である向井・鈴を側に着けるのが最適解。ついでに脱落者の救助を付け加えれば、まず間違いなく前へは出てこないだろう。
そこまで思考を巡らせて、点蔵は再度頭を振って考えを外へと放り出す。
オリオトライの進行速度はかなりのものだ。余計な思考を挟んで仕掛け処を逃すなど本末転倒というもの。
悪路の対処は忍である自分の役目。グッと更に自身の体を沈めて、点蔵は疾駆する。
「
「おいおい、ニンジャがそうも声高に自分アピールして、どうすんの」
「――――参る!」
オリオトライの呆れ等関係ない。
そもそも、日中お天道様の下で追いかけっこしているのだから、騙し討ちも糞も無い。
低く駆けるのは、空気抵抗を減らすと同時に、オリオトライの攻撃手段から出来るだけ選ぶ選択肢を少なくする為のもの。
そも、彼女の得物である長刀含めた刀などは、振るうに際して基本的に円軌道を描く事になる。そして、地に足着ける二足歩行生物が円軌道を振るえば、どうしたって低い部分は安置となった。
故に、点蔵は低い位置から攻める。
「ッ……!」(もう合わせてきたで御座るか!?)
鞘ごと長剣を抜くオリオトライを前に、点蔵は気付く。
長剣を抜くに際して、女教師は点蔵の突っ込むタイミングに対しての合わせを終えていた。僅かな動作ではあるが、それら機微に気付けなければ忍を名乗れない。
選択されたのは、振り下ろし。走る方向から反転し、且つ右足の振り下ろしを利用した一撃。
咄嗟に、点蔵は己の腰の後ろへと装備した短刀へと手を伸ばす。
右手で鞘より引き抜かれたソレは、刃の分厚さなどの頑丈性と、同時に柄を木製の握りやすいメーカーのモノに変更した逸品
狙いは自分。そして同時に、
「行くで御座るよ、ウッキー殿!」
「おう!」
上空からの奇襲を敢行する。
キヨナリ・ウルキアガは、航空系半竜という種族に当たる。特徴的なのか、強靭堅牢な外骨格とそれからその背に負った背翼だろう。
これによって短時間の加速と飛翔を可能とすることが出来た。
後は、オリオトライを追う傍らで、自身は脇に逸れて高所を陣取り追跡。点蔵に釣られた所で強襲という流れ。
既に長剣を振り下ろす状態であるオリオトライ。ここから急ブレーキをかける事はまず無理だ。
「腰のは使わないの!?」
「Jud!異端審問入門キットは、
ウルキアガの家系は、元々異端審問官の家柄だった。今はほぼ廃業している様なものだが、彼は後世へと何かを残そうと、午後からのこれらに関する授業を取っている。
異端とは、Tsirhc教譜の教えを、意図的に歪め間違った形で、或いは自分の都合の良いように広める事。
その一方で、異教というのはTsirhc教譜とはまた違う系譜の教譜を指す。極東ならば、神道などがポピュラーだろうか。
オリオトライは異教であっても、異端ではない。故に、ウルキアガのポリシーとしてこれら道具は使う事はない。
代わりに振るうのは、その両腕。半竜の甲殻に包まれた腕は、振り回すだけでも武器となる。
上空からの奇襲。加えて、背翼を用いた加速なども加えたパワーダイブ。
「神道奏者は殴るに能わず!故に拙僧、私的に打撃を差し上げる!」
「無理だわ、ソレ!」
無理?突っ込む間際に、ウルキアガは疑問を覚えた。
背翼による微調整を加えた結果、既に長剣は突っ込む彼の下へと入ろうとしている。このままいけば点蔵に打撃が加えられるが、その入れ替わりでウルキアガの一発がめり込むはずなのだ。
迷いはなかった。疑問による揺らぎも無かった。
だが、
「ガッ――――!?」
気付けば、ウルキアガの顔面にカウンター気味の一発が叩き込まれていた。
何が起きたのか分からないままに、パワーダイブの勢いが狂って、その巨体は地面の方へと吹っ飛んでいく始末。
その一方で、点蔵は見ていた。
(鞘を!?)
振り下ろす最中で、オリオトライの長剣は抜刀されていた。これにより、疑似的だが刀身をレールに鞘が滑った分だけリーチが伸びた。
これにより、ウルキアガの微調整の更に上から一撃が届き、半竜を撃沈。負い紐を噛んで引き戻す事で再度納刀し、振り下ろしへと繋げられる。
迫る一発を前に、点蔵はその軌道を塞ぐようにして、右手で逆手に持った短刀を構え、更に左手を柄頭に順手で添える。
受け止める構えだ。ただし、膝を柔らかくしておく。
「ノリ殿!」
接触の瞬間、点蔵が叫ぶ。同時に、彼の背後から別の影が飛び出してきた。
ラフに制服を着た蓬髪の少年、ノリキ。構えるのは、彼の武器である拳。
「ノリキが本命って訳!?」
「分かっているのなら、言わなくていい」
最速、最短。真っすぐに、ノリキは駆ける。
点蔵が受け止めた事によって接触の衝撃は限りなく殺され、オリオトライが長剣を引き戻すには僅かな隙がある。
その隙を、突く。
だが、
「ッ!?」
ノリキの息を呑む音がする。同時に、点蔵は、己に掛かっていた圧が唐突に消えた事に疑問を覚えた。
見れば、目を丸くする。
なんとオリオトライは、長剣の柄より手を放していたのだ。
放せる筈がない、という先入観があった事は否めない。完全な素手で全員捌かれるほど、梅組の面々は決して弱くは無いのだから。
だからこそ、予想外で対応が遅れた。
手を放された長剣は、柄尻が点蔵の短刀を支点に下りてきていた。同時に、柄尻が下がれば刃先が上がる。シーソーの様に。
そして、突っ込んでいるノリキから見れば、跳ね上がった先端が己の胸部を抉ってくるように見える訳で。
「くっ――――!」
迎撃する他ない。
射出された拳が、持ち主のいない長剣を捉え、オリオトライの後方へと大きく吹っ飛んでいく。
同時に、身軽となったオリオトライにしてみれば、後方への大跳躍を決められるタイミングであり。一方で膝を含め全身で衝撃を吸収、流した点蔵は腰を落としてしまって直ぐには追えない。拳を放ってしまったノリキもまた同様。
一気に離れていく女教師に悔しさをにじませながらも、次へと繋げるしかない。
「後は任せるで御座るよ、浅間殿ー!!」