大木戦記   作:ウドノ

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 近接組が突っ込んだ時と同じくして、浅間・智は既に準備を終えようとしていた。

 視線の先では、点蔵が一気に距離を詰めつつ同時にウルキアガが上を取っている場面。

 決めきれるかどうか、と問われれば彼女は答えられないだろう。

 それ程までに、自分たちの担任であるオリオトライという女教師は強い。仮に、真正面から一発入れろと言われれば出来るとすれば、

 

(セン君位ですよねぇ)

 

 チラリと、自分に足場を提供する黒髪幼馴染を見る。

 ある事情から、武蔵において全力全開の戦闘行為を行うことが出来ない彼だが、それでも何年も鍛えているその実力は疑う必要もないものだ。

 一息挟んで、彼女は前を見た。

 

「参ります。うちの神社経由で神奏術の術式を使用しますよ!」

 

 術式というのは、この世界における空間構成要素である“流体”に干渉し操作する技法の事。

 国ごとのみならず、様々な流派が存在する。梅組内でも、統一性無く得意な術式というモノは様々というもの。

 智の扱う術式は、極東にてメジャーとされる神道、神奏術。

 同時に、彼女の襟元より小さな影が飛び出してきた。

 二頭身の少女だ。赤い光を纏いながら、僅かに透けた宛ら幽霊のよう。

 そして、智の顔の近くに鳥居型の表示枠(サインフレーム)が現れ、真っ白だった画面に文字が走った。

 

『接続:浅間神社・走狗(マウス):サクヤ型01:――――確認』

 

『浅間神社に接続しました。修祓・奏上・神楽、走狗にて完遂』

 

『浅間・智 様、御利用ありがとうございます。加護の選択をどうぞ』

 

「浅間の神音借りを代演奉納で用います!ハナミ!射撃物の停滞と障害と外逸の三種祓いに、照準添付の合計四術式を通神祈願で!社の術式をそのまま行ける筈です」

 

 智の依頼に、走狗であるハナミは一つ頷く。そして、その傍らに表示枠が出現した。

 

『神音術式 四つ だから 代演 四つ いける?』

 

「代演として、昼食と夕食に五穀を奉納して二代演!一代演として、二時間の神楽舞い!更に一代演として二時間、ハナミとお散歩、お話!あと、千樹君も付けます!「うん?」これで合計四代演!ハナミ、了承なら、加護頂戴!」

 

 うんうんと頷くハナミ。その一方で頷けないのは、足場となっている千樹の方。

 

「なあ、智。さっき俺の名前を出さなかったか?いや、出したな?」

 

「セン君、シャラップ!」

 

「…………まあ、構わんが……」

 

 一言欲しいぞ、と若干どんよりしている千樹。

 代演とは、言ってしまえば受ける加護に対する対価を指す。対象は主に、自分の契約している相手。

 契約時にも常時効果を発動する加護があるのだが、神音借りの術式行使などはまた別の事。智の代演もまたその形の一つであった。

 

『うん 許可出たよ 拍手 後で 現世の事 神様に お話して』

 

 ハナミの小さな手が柏手を打ち、同時に来る。

 智の弓に番えられた矢に、光が灯ったのだ。

 最初は仄かな物。しかし、柏手が重ねられる毎にその光は強くなっていった。

 義眼に加えて、鳥居型の照準の二重照準を持って狙うのは、オリオトライ(出席点五点)

 

「義眼“木葉”、会いました!」

 

 準備は完了、感度は良好。狙いは必中、逸れる事無し。

 

「――――浅間殿!!」

 

 点蔵の声が遠くに響き、引き絞られた弦が弾く。

 放たれた矢は、宛ら光のラインの様に宙を突き進み、狙いの的迄一直線。

 丁度、狙われている側のオリオトライの体は、先の近接組から離れる為の大跳躍で空中に在った。

 今回の術式は、先程までの他のクラスメイトが用いていた直線系のものではない。追尾系術式が付与されており、本来は高機動型や航空系などの相手に用いられるものだった。

 人に向かって放つものではないが、空中のオリオトライは焦る素振りも特になく、背負い直した長剣の柄に手を掛けている。

 追尾してくる攻撃というのは厄介だが、その実威力が伴っていなければ寧ろ防御しやすいものでもある。

 案の定と言うべきか、智の目に長剣を僅かに抜いて白刃を外気に晒す、女教師の姿が見えた。

 だが、今回の術式は単なる追尾だけではない。

 

「無理ですよ!障害祓いの回避性能も添付してますから!迎撃しようとも、回り込みます!」

 

 何のために加護の重ね掛けをしたのか。

 矢は突き進みながらオリオトライの長剣を躱す様な軌道を持って突き進む。矢が空中で横滑りするなど早々に見られるものではない。

 外れず、逸れず、防げず。ここまでの要素があれば、大抵の相手には通じるだろう。

 ()()()()()()()()

 

「……む?」

 

 矢の行方を同じく目で追っていた千樹は何かに気付き、眉を顰める。

 この間にも矢は突き進み、長剣の影になる様にして、極光、爆ぜる。

 容赦のない顔面狙いに、周囲からもどよめきと同時に、半ば歓声が上がりかけ、

 

「ッ!?違います!当たっていません!手応えが軽すぎます!」

 

 矢を放った当人の智の言葉に押し留められる事になる。

 何が起きたのか、どうやったのか。嘲うように、無傷のオリオトライは着地と同時にさらに加速して駆けていく。

 

「どうして…………」

 

「髪だな」

 

 答えを齎したのは、足場を提供していた千樹だ。

 

「あの瞬間、先生は矢を切り落とせないと判断して、僅かに己の髪を切ったんだ。そして、長剣によって矢の動きを制限して、切って飛ばした髪へと誘導。暴発させた」

 

「千樹君の言うとおりだね。髪が待っていたよ…………それにしても、君は見えたのかい?」

 

「目が良いんでな」

 

「相変わらずだね」

 

 眼鏡をかけ直して溜息を吐くネシンバラが、千樹の言葉を肯定した事で周囲は半ば自分たちの担任の尋常さに引いていたりする。

 あの空中の一瞬で、矢に付与された加護まで読み切り、その上で効果的かつ確実な方法で無効化したのだから。

 

「……でもまあ、二年の頃には髪も切らせてもらえなかったんだから、成長してるんじゃないかな。浅間君、内燃総拝気量は?」

 

「年度明けで、三十六になりましたよ。だから、さっきの奴を後九発は撃てますけど……」

 

 僅かに彼女が渋るのにも理由がある。

 符などに込める術式などとは違い、口頭術式では拝気と呼ばれる流体単位を用いる。種別は、内燃と外燃の二種類があり、内燃は瞑想などを経て自身の内側に溜め込むもの。外燃は神社の掃除などの献身作業などを行って、教譜の共有流体槽という場所に保管される。

 性質としては金銭のソレに近く、更に内燃拝気は、共有流体槽に送る事も可能でここから金銭の取引を発生させる事も可能。

 故に、内燃拝気を使うという事は、数十時間の苦労に加えて、外貨の獲得可能性を自ら手放すという事にも繋がる。

 だからこそ、代演と呼ばれる手法が存在しても居るのだが、既に智は四つの代演を用いてしまった。

 拝気を消費せずに術式の行使が可能な代演だが、やり過ぎれば日常生活が破綻しかねない。これは、借金などと同じ事だ。

 いざという時、使えなければ困る。しかし、

 

「――――行きましょう!」

 

 ここで躊躇っても結果は出せない。智は、そう決めて声を上げた。周りの面々も、これに関しては同意なのか、特に反対の声も上がらない。

 企業区画を抜けて、甲板、そして更に向こう側へ。

 “武蔵”を構成する各艦は、それぞれ太縄によって繋がれている。というか、縄と呼称すれども実体は軟質の水道管や送油管などを連動したもの。大きさは一メートル。

 加えて、この太縄の上部には見えない三メートル幅の重力床が設定されており、一応渡れる。

 一応、というのはこの床の傾きと縄の動きが完全に連動してはいないという点。加えて、透明なせいで見えない。

 

「そう言えば、一年の頃は全員抱えて走ったな」

 

 見えない回廊を駆け抜けながら、千樹はそんな事を思い出す。

 今でこそ、皆揃って走っているが、始まった当初はとてもではないがオリオトライに追い付くどころか、完走すらもほぼ不可能な者ばかりだった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、千樹。

 彼は背中に巨大な樹木を編み上げた箱を背負って脱落者を拾いつつ体育の授業を受けていた。

 そんな彼の独り言が聞こえたのか、智は足場に片膝を付きながら苦笑い。

 

「ま、まあ、そんな事もありましたっけ」

 

「あったぞ。顔面真っ白にして、口からゲ――――」

 

「わぁーーーーー!!待って!待ってください!乙女の秘密です!何でそう大っぴらに言っちゃうんですか!?」

 

「いや、聞いてるのは鈴ぐらいだから大丈夫だろう?な、鈴?」

 

「ふぇ!?え、えっと、その……そ、それでも言わない方がい、いと思う、けど……」

 

「そうですそうです!千樹君は、デリカシーに欠けてますよ!」

 

「そうか?……全員似たり寄ったりだったけどなァ」

 

 首を傾げる千樹。

 身体能力もそうだが、彼は基本的に激しい運動があったとしても息切れする事はまずあり得ない。持久力が尋常ではないのだ。

 ぶっちゃけ、“武蔵”の甲板を全力疾走し続けてもほぼほぼ息は切れない。汗は出るかもしれないが、この辺りは彼の()()によるところが大きい。

 

 コンコンと智からの女性の扱いに対するお説教を受けながら回廊を駆け抜け、足を踏み入れる“品川”。

 

「そう言えば、千樹君は参戦しないんですか?」

 

「うん?……まあ、そうだな。出席点も特に欲しい訳では無いし、何よりやる気なら前に行かねばならんのでな」

 

 今も、ドカン、バコン、と遠くに聞こえる戦闘音を聞きながら、千樹は首を振る。

 

「それよりも、智。近づくのなら、ここから最短距離を進ませられるが、どうする?」

 

「うーん……そうですね。最後のチャンスにかけてこようかと思います。千樹君、お願いできますか?」

 

「良し、行くぞ」

 

 言って、千樹は伸ばした右手に力を込めた。

 樹木の軋む音と共に、智の足元の舞台部分が妙に盛り上がる。

 

「カウントは、三つだ。三……二……一…………行くぞ!!」

 

「Jud!」

 

 溜め込んだ力が大きく弾け、巫女の体は宙を舞う。同時に、大きく隆起した樹木の舞台は解れて端の方からボロボロと崩れ空気の中へと解けて消えていった。

 樹木、というのは存外堅牢で強靭だ。その溢れんばかりの生命力は、アスファルトを砕き、鉄筋コンクリートのビルにすらも根を張ってみせる。

 この成長を局所的に高めたのが、先程の射出台の種だったりする。

 朝の騒動は、もう間もなく、幕を下す事になるだろう。

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