大木戦記   作:ウドノ

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 三年梅組の体育の授業。

 半ば名物となったこれらだが、当然ながら住民たちからの注目を大きく集める事となる。

 その中にある視線の一つ。中央前艦の艦首付近にある展望デッキの様になったスペースより、ドンパチ鳴り響く“品川”へと向けられていた。

 黒髪の自動人形だ。その左二の腕の辺りには、“武蔵”と書かれた腕章を付けている。

 無表情に佇む彼女だが、その周囲は存外慌ただしい。

 というのも、持ち主のいないデッキブラシやモップなどの掃除用具が独りでに動いて甲板掃除に精を出しているのだから。

 

「――――“武蔵”さんは、午前中から掃除かい?ご苦労な事で、艦橋に居なくて良いのか?」

 

 背後から掛けられるのは、男性の声。

 その問いかけに、“武蔵”は振り返る事無く“品川”を見ながら、

 

「重奏領域の多い難所、サガルマータ回廊は既に抜けましたし、既に三河入港に関する手続きなども終えています。三河周辺は、重奏領域の無い安定した地域。となれば、“武蔵”総艦長である私の仕事としましては、各所から挙げられる執行手続きなどですが、武蔵そのものは武装を積んでおりませんので管理も楽、ぶっちゃけ暇です。そして、補足をいたしますと、清掃は私たち自動人形という種族の基礎業務でありますし、基本能である重力制御を用いれば苦にもなりません。Jud.?酒井学長――――以上」

 

「Jud.Jud.悪かったよ、武蔵さん」

 

 ひらりと手を振って武蔵の横へと並ぶ立つ武蔵アリアダスト教導院の学長、酒井・忠次。

 煙管を咥えた草臥れた中年にしか見えない彼だが、中々どうして侮れない人物でもある。

 

「三河、か…………俺は、関所に降りて寄港の手続きをしなくちゃならないんだけど、昔の仲間から中央に顔出せって言われてんだよね。――――唐木の奴も連れて」

 

「……それは、千樹様にはお伝えしたのですか?――――以上」

 

「いんや、まだだよ。俺としちゃ、生徒を鎖国同然の三河に連れていくのは、少し抵抗があるんでね。いや、唐木自身の実力を疑ってる訳じゃないんだけどさ」

 

 ガリガリと酒井は後頭部を掻きまわす。

 教導院には、扱いの難しい生徒というのが複数居る。それは何も、強力な力を有しているから、等という理由だけではない。

 身分であったり、血筋であったり、或いは才覚であったり。

 唐木・千樹もその一人。彼の場合は、その生まれながらの体質にある。

 フィジカルの高さ、圧倒的な持久力。どちらも()()()()()()()()

 

「十年前、酒井様がこちらへと左遷となった時とほぼ同時期に、暫定同盟としていたP.A.ODAとの正式同盟を果たした三河は、その後の聖連との協議の末に、三河領主の武蔵立ち入りの禁止、並びに外界との交流許可を郊外までと致しました。ただ――――」

 

「ただ?」

 

「今の三河の主であり、極東の支配権を持つ松平君主、元信公は聊か独自路線を邁進し過ぎかと思われます。側近以外を全て自動人形へと変更し、加えて聖連が禁止している、地脈炉を内包した“新名古屋城”の建設。この建設によって町には怪異が溢れているとか。ここに加えて千樹様をご所望ともなれば、重奏統合争乱にも並ぶ大乱へと至る可能性も出てきてしまいます――――以上」

 

「カー……行きたくなくなる情報ばっかだねぇ。禁忌の土地に、戦争の火種。教導院の抗争、どころの話じゃなくなっちまう」

 

 ヤダヤダ、と酒井は煙管をくゆらせ息を吐いた。

 同時に、“品川”の方面から大きな爆発音と共に、光が空へと昇っていく。

 

「派手だねぇ……アレ、どう思う?武蔵さんとしては、さ」

 

「Jud.昨年度と比較して、派手ではあるかと。物質的に見れば、破壊量が増しており、市民的に見れば迷惑度と観戦度が上がっており――――」

 

「それじゃ、“武蔵”さん個人としては?」

 

「武蔵本体と同一であり、且つ複数体からの統合によって成り立つ“武蔵”には個人的主観というモノが存在しませんので、判断しかねます――――以上」

 

「それじゃあ、“武蔵”全艦としては?」

 

「Jud.ここ十年の改修後の記録から見れば一番かと。聖連の方針により戦科が持てず、警護組織以外の戦闘関与組織を持てない極東の学生としては、他国戦闘団と比較して――――個性が生きれば相応かと判断いたします――――以上」

 

「唐木の力無しで、かい?」

 

「千樹様がこの武蔵に乗艦されている限り、あの方は全力での戦闘が出来ませんので――――以上」

 

「…………難儀だねぇ」

 

 強い者には枷が付いて回る。それがこの世の常。

 今も、梅組面々が駆ける度に破砕音やら何やらが響いているが、それでもそれらは一応修復できる範囲のものでしかない。一応は。

 だが、千樹が動くと話は別。最悪の場合、武蔵という艦そのものが航行不能になりかねない。

 そうなれば、その先に待つのは世界規模を敵に回した討伐戦、或いは掃討戦。

 地獄だ。末世の前に世界が滅ぶ。

 

 いまいち出口の見つからない話題の先、騒動の一行は目的地(品川)へと辿り着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “品川”艦首側甲板。

 貨物艦であるこの船は、暫定居住区と呼ばれる市場街が存在していた。

 そして、この居住区。ぶっちゃければ、治安が悪い。物の行き来が多いからか、管理が完全には行き届いておらず、それらの積み重ねの結果破落戸などの荒くれ者や、筋者が集まる始末。

 

「だから、ヤクザの事務所何てあるのよねぇ」

 

 貨物庫を改造して建てられた黒塗りの事務所。

 その前の木製の甲板には死屍累々の有様で、生徒たちが転がっていた。

 前のめりに倒れる者、大の字に荒く息を吐く者、へたり込む者、その他諸々etc.。

 

「はいはい皆、まだ授業時間よ。寝ない寝ない」

 

 ぱんぱん、と手が叩かれようとも反応は芳しくない。

 首を振ったオリオトライは、この中で唯一元気なままの二人へと目を向けた。

 

「生き残ったのは、千樹と鈴だけ?」

 

「あ、えっと……わ、私は、運んで、いた、だいた、だけで…………」

 

「それは良いのよ。私が運べって言ったんだもの。脱落無しで、救護もしたみたいだし、千樹に運ばれてた時に比べればちゃんと成長してるわね」

 

「確かに、あの時は大変だったな。特にゲ――――」

 

「だ、ダメ!」

 

 先の智からのデリカシー授業も意味をなさなかったのか失言しそうになる千樹。そして、鈴は慌てて袖を引いて注意を逸らす事で発言キャンセル。

 袖を引かれるがままに腰を曲げて近付いた千樹の顔。その口を両手で塞いで首を振る。

 

「千樹ー?アンタはもう少しデリカシーってものを学びなさいよね。そりゃあ、処理任せたのは私だけどさ」

 

「モガモゴ」

 

「く、擽ったい」

 

(((原因、アンタかよ……!)))

 

 息を整えながらクラス一同の心の声は一つとなる。

 女性陣は思い出したくもない、男性陣の方も情けないやら気まずいやらで黒歴史。そんな()()()()()()

 忌まわしい過去を思い出したところで、不意にオリオトライの背後にある事務所の扉が軋む音が聞こえる。

 

「ひっ」

 

 最初に気付いたのは鈴。目が見えないからこそ、その聴覚は鋭敏であり同時に彼女の気質は臆病。

 肩が跳ねると同時に、口を押えていた手が外れ千樹は彼女を庇うように一歩前に出た。

 果たして、扉より現れるのは身長三メートルは下らない巨体。赤色の鱗に包まれた四本の腕に、頭部にある硬質な角。

 

「先生、代わるか?」

 

「だいじょーぶ。最初に言ったでしょ、授業の為に来たのよ?」

 

「何だテメェら!?遠足なら、他所に行きやがれ!」

 

 巨漢、魔神族が吠える。

 その体の大きさ、そしてその巨体を維持する体格の良さ。相対するだけでも尻込みしそうなほどの圧があった。

 ぞろぞろと起き上がる生徒たちだが、周囲の状況を見回して眉を顰める。

 

「先生……マジで、やんの?」

 

「やるってば。言ったでしょ、授業なのよこれは」

 

 かなり機嫌を損ねている魔神が迫って来るにも関わらず、オリオトライはその背の長剣を抜く気配もない。

 僅かに、千樹が左拳を緩く握る。戦闘を考えての変化は、この程度のもの。

 

「良い?これが、魔神族よ。体内に流体炉みたいな器官をもっていて、内燃拝気の獲得速度が半端じゃないの。加えて、この肌の装甲はちょっとやそっとじゃ抜けないし、膂力に関しても軽量級の武神とさしで行ける位には優れてるわ」

 

「分かってるじゃねぇか。だったら、とっとと失せやがれ!ぶっ潰されたくはねぇだろ?」

 

「そうもいかないのよねぇ。夜警団にも頼まれてるし、個人的にも用事があるし――――ねぇ、先日の高尾の地上げ覚えてるかしら?」

 

「ああ!?知らねぇなァ、んな事はよォ!いつもの事なんでなァ!」

 

「そう」

 

 鼻息荒く宣う魔神を前に、オリオトライの目が僅かに細まった。

 

「理由が分からずにぶっ飛ばされるのも、憐れよねぇ」

 

「……ブッツブス!」

 

 魔神が迫る。

 先の通り怪力に優れるが、ソレは何も力自慢というだけではない。

 巨体を支える筋力は、容易にワンステップで三百キロオーバーの肉体を時速百五十キロに到達する砲弾と化すのだから。加えて、甲殻の強靭性も合わされば人間など一瞬でひき肉と化す。

 とはいえ、今回は相手が悪すぎたと言わざるを得ないだろう。

 

「それじゃあ、お手本ね」

 

 軽く言いながら、オリオトライは待ち構えるのではなく前へと出た。

 

「巨体に、筋力、装甲まで持ってちゃ、言うなれば生きた戦車みたいなものよね。でも、魔神族にも明確な弱点というモノは存在しているわ」

 

 言いながら、踏み込まれるのは右足。この踏み込みを軸として、彼女の体は左から右前へと抜けながら回転する。

 同時に、抜かれる鞘入りのままの長剣。

 

「生物には頭蓋があり、その中には脳があるわ。頭部を揺らせば、中の脳が頭蓋の中で揺さぶられ衝突を繰り返し神経系が麻痺するの。脳震盪ね。そして、脳を効率よく揺らすには頭部に密着しているものを打撃する事。遠い位置にあればばその振動は大きくなるわね」

 

 回転の勢いを乗せつつ、同時に魔神の攻撃をかわす位置を取りながら狙うのは、

 

「――――ここね」

 

 魔神の特徴の一つである、角。

 その先端部が叩かれる。もっとも、その威力で見れば精々がその太い首を傾かせる位か。

 だが、

 

「ッ!?」

 

 魔神の膝が崩れた。本人も何が起きているのか分からないが、膝が震えて、焦点の合わない目が右往左往している。

 

「なっ……!?」

 

「魔神族や大型生物は、体の各部位に神経の塊を持っている場合が多いわ。この手の脳震盪が起きても割とすぐに復活してくるの。だから、落ち着いて、打撃した部分とは対角線上の位置を、勢いよく叩く」

 

 言いながら、打撃した左角の対角線上の右顎を右から一気に撃ち抜く。

 ただでさえ揺れていた脳が、更にしっちゃかめっちゃかに揺さぶられて、ついに魔神族は白目を剥くと、その巨体は仰向けに倒れて動かなくなってしまった。

 

「ポイントは、一見固い部分を叩く事。魔神族の場合は、その角は内部骨格が張り出しているものだから狙い目ね。逆に、やっちゃいけないのは真上からの打撃かしら。全身を潰せるなら未だしも、大抵の打撃は頸骨と背骨が一直線で猫背だからお尻の方まで威力が通り抜けて大したダメージにならないの」

 

 だから頭突きのぶつかり合いが出来るんだけど、と言いながらオリオトライは背後へと目を向けた。

 勢いよく閉じられる事務所の扉。鍵まで閉められた音が聞こえた辺り、相当に警戒されているらしい。

 

「あらら、警戒されちゃったかしらね……千樹」

 

「どうした?」

 

「屋上まで届く階段造れるかしら?」

 

「む?そりゃあ、出来るが…………乗り込むのか?」

 

「皆でね。引率よ、い・ん・そ・つ」

 

「「「え……?」」」

 

「なに驚いてるの?今さっきお手本みせたでしょ?」

 

「「「あんな曲芸出来るかーーーー!?」」」

 

 揃って蒼い顔をする面々。ついで、割と必死に先生を止めろと、千樹に視線を送る。

 

(無理無理無理無理!)(小生含めた非戦闘系死ぬのでは?)(戦闘系でも無理に御座るよ!?)(ぶっちゃけ、あのチャージは死を感じさせる)(金にならんな)(小説のネタになるかもしれないけど御免だね)

 

 これで、まだ一部。

 如何にデリカシーが無いと揶揄される千樹でも、刺さるような視線には流石に気付く。というか、彼としても魔神族の即死レベル突進を前にして、デッドオアアライブの実地訓練を友人たちにさせたいとは思わない。

 どうしたものかと頭を捻っていれば、若い声が割り込んできた。

 

「――――あれ?おいおいおいおい、皆何やってる訳?」

 

 声の主は一人の少年。着崩された長ラン制服に、茶髪。柔和な印象を抱かされる笑った様な目。左小脇に紙袋を二つ抱えている。

 

「おう、トーリ。お前こそ、何をやってる?」

 

「俺か?へ、へへへへ遂に俺ぁ手に入れたんだ!」

 

 呆気にとられる周りを置いて片手を挙げた千樹に、茶髪の彼はニヤニヤとした笑みを浮かべて上機嫌な様子。

 そんな周りの誰かが呟いた。

 

「トーリ“不可能男(インポッシブル)”葵……!」

 

 そう、彼こそこの武蔵アリアダスト教導院の総長であり、同時に生徒会長を務める男。

 葵・トーリその人だった。

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