図書館を出た。辺りはもう暗く7時を回っている。
山田先生から既に寮の鍵は渡されており、俺の部屋は1125号室だ。
ただ俺の入学が急だったために部屋の用意ができず、しばらくは女の子と相部屋となってしまっているらしい。
部屋の前に着いた。今の時間帯もう1人の同居人が外に出ている可能性はほとんどない。
つまりシャワーを浴びていたり、着替えていたりする可能性が無きにしも非ずということだ。
ノックをして返事を待つ。中からはーいといった声が聞こえてきた。
ドアの向こう側の足音が段々と近くなってきておりついにドアが開いた。
俺の相部屋は、、、お前か。
ドアを開けたは自己紹介の時にこちらをじっと見つめていたポニーテールの子だった。
「い、一夏!?何故ここにいる?」
『俺もここの部屋なんだよ。今日からよろしくな』
「そうなのか!?」
『ああ、それよりいつぶりだ?』
「5年と6ヶ月ぶりだ。覚えててくれたんだな!」
『当たり前だ。それより久々だし自己紹介でもしておくか』
ここまでの流れはいい。順調に相手の情報を引き出せている。
「いいが、今朝しただろう?」
『まあ、あん時は雑だったからな。しばらく同じ部屋でクラスやつにはしっかりしておきたいんだよ』
「そういうものか。」
『ああ、じゃあまずは俺から。織斑一夏だ。今年で16になる。好きな物はカレー、嫌いなものはあんま無いな。これからよろしく頼むよ』
「次は私だな。篠ノ乃箒だ。私も今年で16になる。好きな物は剣道、嫌いなものは私もあまりないな」
箒というのか。それに剣道か、確かに歩法、呼吸、体捌きまるで素人のそれでは無い。有段者だろうな。
「一夏はまだ剣道を続けているのか?」
なに?俺も剣道をやっていたのか。
『いや、中一の最初に大怪我をしてしまってな。そこからしばらくリハビリの毎日で以前の状態にもどすまで2年ほどかかったよ』
以前この体を調べた際に大きい手術痕が1箇所あることに気づいた。右膝の全面だ。おそらく前十字靭帯を切ったのだろう。今でも屈伸をすると少し引っかかる。
「そうなのか、、」
しょぼんとした箒を見ていると少し申し訳なくなるが俺のせいじゃないしな。
『ごめんな。まあでもこれからISに乗らなきゃ行けなくなるし剣道の身体捌きは役に立つだろうしな。また始めようと思うんだ。付き合ってくれるか?』
「ああ!もちろんだ!」
さっきよりも笑顔が明るくなったぞこいつ。単純過ぎないか?
『ああそれと、この部屋のルールを決めておこう。何かアクシデントが起こっても困るしな』
「そうだな。男女が同じ部屋なんだ。」
『まずシャワーだが、箒が先に入ってくれ。男の後なんて嫌だろ?』
「そんなことは無いが、、いやわかった。そうしよう」
『それとお互いのベッドにはあまり近寄らないこと。あと互いの私物に名前を書いておくことだな。そのくらいじゃないか?
またおいおい必要になったら決めればいいしな』
「私は異論は無いぞ」
『じゃあそゆことにしようか。それとこの寮の屋上って空いてるか?』
「空いてるは空いてるが、どうかしたのか?」
『少し外の風を浴びたいんだ』
「もう消灯時間はすぎているから千冬さんに合わないようにな」
『ああ、わかってる』
俺はアウターを羽織ってバレないように屋上へ出た。
4月とはいえ夜はまだ冷える。タバコが無いのが少し寂しいがまた買いに行けばいいだろう。
『星は、、見えないか』
あの世界はいつも間近あった星も、ここからは少し遠い。
ただ手を伸ばさずにはいられなかった。自分の知らない世界で、何もかも違っていて、知らない環境にぶち込まれた。
ただここから見えない星は俺の知るものなんじゃないかとそう思ってしまう。
いつか星を見たいと思いつつも、あの星達もあそことは違うのだと認識する事になるなら見たくないはなと矛盾した気持ちになる。
あそこはまだ良かった。俺を恨む奴らでも俺という存在を知っていてくれたから。
こっちに来て俺を知るものは誰もいない。織斑一夏を知っている人はいても██を知ってくれているものは一人もいない。
ある奴は言っていた。「人が本当の意味で死ぬのは人に忘れられた時だ」と。つまり人に認識されなくなったら死んだと同義だ。
俺は織斑一夏と認識されていて██とは思われていない。
██は死んだ。この世界に殺された。
そして
酷い矛盾だ。そしてその矛盾は俺を蝕んでいる。俺は俺であるが俺では無い。
この気持ち悪い現実を受け入れ始めた自分がいて、それを嫌悪する自分もいる。
矛盾が矛盾を呼びそして矛盾となって自分を蝕む。
体が冷えてきた。もう帰るか。
部屋に帰ろうとしたその時だった。
「ここで何をしている一夏」
千冬先生の声がした。
『千冬先生?』
まずい、これは説教確定だ。こんな時間に出歩いてるところなんて見られるとは。
「少し付き合え」
彼女はそう言って俺の横に立ち、煙草を吸い始めた。
『千冬先生消灯時間を破ってしまいすいませんでした』
「今は学校じゃない、千冬姉でいい」
こいつは姉のことをそう呼んでいたのか。
『わかったよ千冬姉』
「それより、少し見ない間に随分変わったな」
『色々あったからね』
「話してみろ」
この時俺は何故か、彼女に全てをぶちまけたい気分になる。いや、こんなことはおかしい。
この俺が赤の他人に自分の情報を躊躇なく言うはずがない。
ということはだ。今彼女に弱音を吐きたがっているのは
それなら納得が行く。この機会に彼の心の中を覗いてみるのもいいかもしれないな。
『最近夢を見るんだ。何の変哲もない、普通の夢なんだけど、それが酷く羨ましくて、でも手を伸ばしても届かないんだよ。
確かに俺は、世界で唯一のISに乗れる男だ。でも、その前に一人の人間のはずなんだ。
普通に学校に通って、友達を作って、彼女なんかもできたりして、そんなありふれた生活で良かったんだ。
なぁ千冬姉。俺上手くやれてたかな?笑顔でいられてたかな?そうだといいな。ここにいる人たちはみんな優しくて、親切で、一生懸命に生きてるんだ。
でも俺は違う、今でも夢見心地で、まだここが現実じゃないんじゃないかってそう思ってるんだ』
自分の表情が歪むのがわかる。涙をひたすらに堪えて、何度も泣き出しそうになりながら、彼は一つ一つ言葉を紡いでいく。
『戻りたいよ。世界で唯一の男性搭乗者じゃなくて、ただの織斑一夏として生きれたあの頃に。
そこでまた、弾と馬鹿やって、バイトして、千冬姉に叱られながら、楽しく過ごしたかった。
俺さ、千冬姉にまだ何にも返せてないんだ。だからどんな形で親孝行しようとか、沢山考えてたんだよ。
たった1人でここまで俺を育ててくれた千冬姉にどんな親孝行をしよう?って。でも、もう出来ないんだよなぁ、、、』
次第に視界が滲み、ボロボロと涙が頬を伝ってくる。
彼女が無言で俺に抱きついてきた。俺を抱きしめる手は震えており、彼女も涙を流していることがわかる。
世界最強の弟、唯一のIS男性搭乗者。これらの称号は全て他人から与えられたものであり、彼の本質は唯の男子高校生に過ぎない。
彼は良くたできた人間だ。ただでさえ特殊な立場である自分と友達だった場合彼らに危害が加わるかもしれないといって、連絡先を全て消していた。当然姉には迷惑をかけれないからと言って腹の中を打ち明けることはない。
彼は年にしてはちょっぴり大人で、人一倍優しかったために自ら孤独を選んだのだ。
彼の部屋で見つけた寄せ書きや手紙などは彼の涙で酷く滲んでおり、それほど追い詰められていたことが分かった。
故に彼は選んだのだ。自分を守るために俺に体を譲るという選択を。
人間いつかは限界は来る。ただ彼はその限界が来てしまっただけなのだ。
織斑一夏はただひたすらに泣く。
ああ、俺が彼の体に憑依した理由が少しだけわかったかもしれない。俺は彼を救うためにこの世界に来たのだと、そんな気がするのだ。
彼は俺に似ている。世界からどうしようもないほどの理不尽を受けて挫折してしまったのだ。
ただ俺と違うのは彼にはまだ支えてくれる仲間がいるということ。
ならばこの体は元の持ち主に返さなければならないな。
(大丈夫さ織斑一夏くん。君が拒んだこの理不尽な世界は俺がほんの少し優しい世界へと変えてやるさ。だから君はゆっくり休むといい。)
やるべきことは決まった。あとは進むだけだ。いつもと変わらないな。
今夜はそのまま彼女と一緒に眠った。彼女の胸の中はいつかの母を思い出させた。、