長崎県軽井沢,東京から新幹線と電車を乗り継いで約2時間の場所で,有名な観光地や避暑地,そして別荘地としても知られている。
(こんなものが無かったら永遠に来なかった場所かもな)
東京駅から北陸新幹線へ乗り込み,獅子はその軽井沢の地へと向かう予定だ。今は既に新幹線に乗り込み,指定席に座っている所だ。自分の隣の席はまだ空いている様である。まあ,そもそもでこの北陸新幹線「かがやき」のグランクラスに乗る人間なんてそうはいないのかもしれないが。
(招待客とは言え,わざわざ指定席にするとは)
この指定席は手紙の主によって指定され,電子チケットとしてもらった場所だ。自分だけならきっとグランクラスなんて言う金持ちしか乗らないような場所には絶対に乗らなかった。
そこでふと何か考えた
(……なんか忘れている気がする)
泊まる準備は持って来たはずだし,大学からの課題も持って来た。余談だが,獅子の大学での扱いは困ったものになっているらしく,退学ではないが今は遠隔授業で過ごしている。2カ月前の事でさえ問題だったのに,今回の事で本格的に困っているようだ。
「ほんと,何で最近は知ってる奴がうじゃうじゃ出てくるのか」
桜田財閥の創業記念パーティー,自分とは無縁だと思っているこの会社の関係者からの正体不明の招待状。それでも,このパーティーに参加する事にしたのには理由があった。
招待状と共についてきた手紙を取り出し,最後の一文を見た
『君のご家族について話さなければならないことがある』
その手紙の後には,獅子の両親の名前と双子の弟の名前。
誰にも話していない筈の過去,そして自分の両親を知っている正輝以外の誰かの存在。
行かなければならなかった。正輝も何故か自分の過去を知っていたがあれはもう警察だからだったり,そもそも自分の父親の知り合いだったからで済む。
だが,この一般市民だろう人が何故誰にも話していない筈の事を知っているのか。
それを確かめる必要があった。
「だけど,それじゃない。もっと何か別の……」
「わーい! 新幹線だ!!」
「こら胡桃さん! お静かにしてください!!」
獅子の思考が元気一杯な少女の声で遮られた。獅子が前の入り口の方を見てみると,ピーチ色で髪をツーサイドアップにしている女の子と橙色の女の子が駆けこんできた。
その後ろから入って来た2人を窘めるように赤髪の女の子も駆け込んできた。
(……高校生位か)
騒がしいなと思いつつも,別にそんなのはどうでも良い事だと思い開き直った。それに,18席ある中で獅子の座っている場所以外ならあと17か所も席は空いている。自分の席と離れていればそれで良いと考えていた。
「皆待ってよ。今席を確かめるから」
(なんかどっかで聞いた声だ)
そう思いながら前を見るとピンクの髪が見え,次に顔を見たら天を仰いだ。
あの後にドローンを壊す為に色々策を弄したり,戦闘していたりしたからその時の方が印象が強いが,彼女は彼女の方で印象に残っていたようだ。
そして彼女は彼女で獅子の存在に気が付いたらしく,目を見開いて獅子の事を見ていた。
「美夢さんどうされたんですの? 急に止まってしまって」
「え……あ……うんうん。私達の席は……え?」
と美夢はスマホの画面を見た後に自分達の席がある方を見た。
そこは獅子の席から通路を挟み隣の2つの席と,その後ろの2人の席だった。他の席がガラガラだが,何故か獅子の隣だった。
「美夢ちゃん,私達の席はどこなの~?」
みいこがウキウキした様子で聞いてきた
「あ,えっとあそこ」
そう言って獅子の隣の4席を指さした。
「はーい!!」
「あ,胡桃ちゃん待ってなの!」
そう言って胡桃とみいこは指定された席に向かうと自分の荷物を下ろし席に座った
「わぁ,ふわふわなの!」
「ほんと,凄いよいいんちょ!」
「わたくしは委員長じゃなくて風紀委員です!! それに,わたくしたちは有栖川学院の代表として行くのですからそれに相応しい行いを……」
「うぇーん,またいいんちょの説教だよー」
「なの~」
「だからわたくしは委員長じゃないと何度言ったら……」
「ま,まあまあ春奈ちゃん,胡桃ちゃんたちがはしゃぎたくなる気持ちも分かるよ」
言いながら美夢はチラリと獅子の方を見た。獅子は既にイヤホンを耳に付けて,Lyricallily……通称「リリリリ」の面子から得られる情報をシャットアウトしていた。
春奈も美夢の一言に落ち着きを取り戻し,騒いでしまった事を謝罪しようと獅子の方を向いた瞬間
(——! この方は……まさか!?)
春奈の様子が可笑しい事に気が付いた胡桃とみいこも獅子の方を見て思わず声をあげた
「虎舞獅子?!」
「本物なの!!」
「こ,こらお二人とも!!」
春奈の静止も聞かず,2人は獅子に声をかけた
「ねえねえ! 虎舞獅子さんだよね!」
「みいこ達,あの戦い見てたの! とっても,かっこよかったの!!」
流石に腕にまで手を置かれた反応せざるを得ない。獅子は眼を開け胡桃とみいこを見た後に春奈,そして美夢の順で視界にいれた。
美夢は複雑そうな表情で自分を見ていた
「……あんなもんはただの殺し合いだ」
「うーん,そうかなぁ? 命を取ろうとしてきたのはあっちの方で獅子君はそうでもなかった気がするよ?」
(いきなり君づけか)
胡桃の呼び方に内心ツッコミを入れるが,ここでツッコミを入れれば先程の赤髪の人と同じになってしまうので無視した。
「こ……こら胡桃さん。虎舞さん,申し訳ございません」
「別に」
そう言って獅子はそれ以上の興味を無くしたように眼を閉じた。
そんな獅子に胡桃は蛇のぬいぐるみを肩に置こうとしていたが,春奈が慌てて止める。
「く,胡桃さん,みいこさん,そろそろ新幹線が発車するお時間ですよ」
2人が時計を見ると,発車予定時刻になっていた。
「はぁ~い」
胡桃たちは不服そうにしながら獅子の斜め左の席に座った。春奈と美夢も春奈を窓際にして着席する。それからほどなくして新幹線は加速を始めた。
動き始めた新幹線にはしゃぐ胡桃達を無視し,獅子は眼を閉じていた。勿論,偶に向けられる美夢からの視線には気が付いていたが,声をかけてきてる訳では無いので無視した。元より話す事なんて何もない。
「美夢さん,明日のセトリなんですが……美夢さん?」
春奈が訝し気な
「あ,あの獅子さん!」
新幹線が発車して2時間ほど経ち,各々それぞれの時間を過ごしていたのだが,それは美夢が獅子に声をかけた事で崩れた。
春奈も胡桃もみいこも驚いたように美夢を見た。獅子は内心またかと思いつつ,眼だけを美夢に向けた
「あ……えっと……」
「……あの紫髪のメイドから俺の事を聞いたんだろ」
その言葉に美夢は驚き眼を大きくした。
さおりは獅子の事を知っていたが,獅子がさおりに接したことがあるのは2カ月前の時だけの筈で,普通なら覚えていない筈だ。そして同時に,あの人は違う獅子の冷たい気配。美夢は神妙に頷いた。
「……はい」
「なら俺から言う事は1つだ。俺に金輪際関わるな。死にたくなかったらな」
この5人しかない状況で相当居心地が悪くなる言葉を平然と発した本人は,もう美夢に見向きもせずにイヤホンで何もかもシャットダウンした。
一方で,獅子に拒絶された美夢は落ち込んで俯いていた。
そんな美夢を見たメンバーは困惑する。2人であったことの背景を知らないから当然ではあるが。
しかし,獅子のせいで美夢が落ち込んでいるのは確かなので春奈が獅子を少し睨んでいた。
「み,美夢さん……」
「ごめんね,ちょっと,お手洗いに行ってくる」
獅子と同じ空間にいるのが耐えられなくなったのか,美夢は列車後方にあるお手洗いに向かって行った。その際また獅子の事を見たが,獅子は既に美夢への興味を無くして外の移り変わりゆく景色を眺めていた。
その窓の反射で美夢がこちらを見ていたのには気がついていたが無視した。
(それでいい。俺に関わった所で碌な事にならん。……面倒事が増えたがな)
同じく窓の反射で映っていたのは美夢を心配気に見つめる胡桃とみいこ,そして自分に何かを言いたそうにしている春奈だった。
獅子は,何か言いたそうな彼女に見えるようにイヤホンを外した。それを見た春奈が一瞬迷いを見せて,何かを決意したように立ち上がった。
「虎舞獅子さん,少々お時間よろしいですか?」
「いいんちょ?」
獅子は窓に向けてた顔を春奈に向けた。獅子を見た春奈が少し気圧されたように怯んだが,直ぐに言葉を繋いだ
「わ,わたくし美夢さんのお友達の春日春奈と言います」
「何の用だ?」
唇をキュッとしめ,絞り出すように声をあげた
「み……美夢さんに謝ってください!」
「いいんちょ?!」
普段の春奈らしからぬ言葉に胡桃が驚いた。胡桃が悪戯した際は謝るように言ってくるが,今日初めて会った人にそんな事を言うのは初めてだった。
しかし,春奈からすれば当然の事だった。自分の友達の,尊敬する人が顔を曇らせてしまったのだから。
美夢は優しい,きっと獅子に怒る事はしないから自分が立ち上がるしかない。
「あんな美夢さんは初めて見ましたわ。それが先程のあなたの一言が原因なら謝罪して欲しいのです!!」
獅子がちらりと春奈の足元を見ると,ロングスカートを履いているからか分かりづらいが,ひそかに震えていた。声も震えている。それにスカートをギュッと握りしめていることからも,彼女が今どれほどの勇気を振り絞り,美夢の為に言っているのかがよく分かる。
その勇気はきっと褒められるものなんだろう。友達の為に自分よりも格上の相手に啖呵を切る事は簡単なことじゃない。そう言う意味なら,大学で自分を遠回しに陰口言う奴らよりも何倍もマシだと思った。
まあ,それとこれは話は別なので
「断る」
「虎舞さん!!」
「原因は俺かもしれんが,そもそもで向こうが話しかけなければ俺も何も言わないつもりだった」
「そ……それは」
美夢が話しかけなければ自分も何も言うつもりは無かった,そう言われれば話しかけた美夢の方が悪い事になり,春奈の前提が崩れてしまう事になる。それでも美夢に謝ってほしいのか詰める。
「で,ですがもう少し言い方というものあったのではないですか!」
「俺の事を知っているのなら,他人もどうでも良いってのは聞いたはずだが? それにあいつが俺の一言で感じた感情が「辛い」だったりネガティブなものだったとしても俺には謝る義理もないな」
「何故ですか? 他の方が嫌な思いをしたのなら謝罪するのは当然ではありませんか!」
「春奈ちゃん落ち着いて!」
「春奈ちゃんらしくないの!」
余りの剣幕に珍しく胡桃とみいこが春奈を止めると言ういつもとは逆のパターンになっている。春奈はそれで自分の行動に気が付き,少し冷静さを取り戻した。
だけども,獅子はわざとなのか分からない煽りにも聞こえる言葉で話す
「小学生の発想だな。なら君は俺がそれを聞いて今嫌な思いをしたのなら謝るのか?」
春奈の説教で今嫌な思いをしたのなら,彼女の言葉に従うのなら彼女も獅子に謝るべきとなる。
「う……それは……状況が違いますわ」
「そうだな。感情の感じ方なんざ人それぞれだ。俺にとって何も感じない事でも,誰かにとってはネガティブな物だったりする。ならそれは本人が俺に直接言うべきであり,第三者の君が言うのはお門違いだ。まあどの道謝る気なんざさらさらないがな」
「そんな勝手な言い分……」
「生憎俺は自分の事しか考えていない」
MOAと戦った時も,自分の為だけに戦ったのは間違っていない。少年の事もあったが,少年が今何しているのかとか興味は無い。
だから美夢の事を考える事も自分にはしない。そう言ったのだが,それを聞いた春奈はどこか穏やかな表情になっていた
「……それは違いますわ」
先程まで狼狽えていた様子だったのに,何故かこの一言だけは自信を持って言ったように感じた。獅子が顔を向けると春奈は語りだした
「わたくし,美夢さんがあの恐ろしい日から虎舞さんのお名前に敏感になっていることに気が付きまして……失礼を承知で虎舞さんの事を調べさせていただきました。それで2カ月前の星朋大学での事も知りました」
(くだらん事を調べるもんだ)
星朋大学の事は今やネットスレを通じて,獅子関係の事で取り上げられることが多くなっていた。その際にマスコミにインタビューされた同学年の生徒が事実を脚色したこともあって,世間の獅子の評価は微妙なものになっている。
「あれだけの事件を多少の負傷者はあれど死者はいなかったそうじゃありませんか。それは虎舞さんが迅速に犯人を制圧したからです」
春奈の話を聞いていると1週間前の正輝を思い出す。なぜどいつもこいつも人の事にずかずか入って来るのか。
「どいつもこいつも……」
「はい?」
「こっちの話だ。とにかくだ,誰がなんと言おうと俺は自分の事しか考えていない。勝手に人の事にずかずか入り込んでくるんじゃねえ」
『次は軽井沢です。新幹線をお乗りのお客様は』
春奈が何かを言おうとした時,軽井沢の到着のアナウンスが響いて獅子は荷物を持ち立ち上がった。そして春奈達を置いて出口のところまで先に行ってしまった。
「なんか感じ悪ーい」
と胡桃は獅子が歩いて行った方向を見ながら言った。
「皆どうしたの?」
3人が背後を見ると美夢が戻って来ていてどこか戸惑ったように3人を見ていた。春奈は慌てたように言った
「な,何でもありませんわ美夢さん。それよりも,もうすぐ到着だそうです」
「……うん」
どこか顔を引き攣りながら美夢は降りる準備を始めた