部屋に戻った獅子は,備え付けのベッドに座り便箋を開封した。入っていたものは2つで,その内の1つ,古びた手紙の方を取り出した。
『拝啓 いつかの未来の獅子と星矢へ』
連星が言っていた通り,どうやら父親の……アルスの未来の自分と……弟宛の模様だ。
『お前達がこの手紙を連星を通して渡されていると言う事は,私達は既にこの世界にはいないということだろう。君達を残して去ってしまう私達を許してくれ』
許すも何もアルスからは厳しい修業をしてもらっていた記憶しかないが。まあ,それはアルスなりの愛情なんだろうとは思っている。
『お前達にはこれからも困難が待ち受けるだろうが,お前達の力と心を一つに合わさればどんな困難をも覆せるはずだ。お前達に父親らしいことはしてやれなかったが,地獄にいてもお前達の平和を祈っているぞ』
「なんつー短い手紙だよ。あの人らしいっちゃらしいがな」
手紙を机に置き,手紙の内容を吟味しようとした……のだが
「父さん,あなたの手紙は前提が違うんだよ」
虎舞星矢……獅子の肩割れで獅子に瓜二つの弟だった。当時の2人は地域の最強兄弟とも言われていた。
獅子と星矢がいればどんな勝負事にも勝利していたからだ。
ただでさえ個人でも小学生のレベルではなかったのに,2人が協力し合った時なんかはもはや他の子供達が可哀そうになるレベルで。
「だけど……星矢は」
『獅子兄あああん!!』
煉獄の中,自分に手を伸ばす存在。
『星矢あああ!!』
そして自分も弟に手を伸ばすが,それは炎と瓦礫落ちて来た事で見えなくなり……焼野原でたった一人になった俺は最後の希望と信じて星矢を探した。他の生存者も探した。
……でも,誰もいなくなった
「はぁっ……はぁ……」
昔の事を思い出していたからか呼吸が激しくなり心拍数が上がっていた。
便箋の中に入っていたもう1つのものを取ってベッドに転がった。
「ほんと,何で今更」
獅子からすれば父親も母親も13年前に死んでしまった人達。そして弟も。
手に持っていた写真を見ると,そこには幼い獅子と星矢にアルスと母親の集合写真があった。
「……住んでた街はほぼほぼ崩壊してたから,こんなの全部消えたと思っていた」
暫く写真を眺めていたが,そっと額に当て獅子は眠りについた
ここ……どこだろう
見渡す限りの炎の中,美夢は目覚めた。
「ここ……何?」
炎の中にいるというのに熱さは感じない。どこかふわふわと身体が浮いている感覚だ。
周りを見渡しても炎しか見えず,人もいない。美夢は心細いのを誤魔化す為に歩き出した
「あの……だれかいませんか?」
しかし返事は無かった。
「あ……」
だけど小さいが人影を見つけた。美夢がほっとして小走りで近寄った
。しかし,その足を直ぐに止めてしまった。
その目の前の血だらけの少年の眼が……何もかもに絶望していた眼だったから。美夢が今まで見た事のない,深い深い闇を背負った眼。
場面が変わった
炎に包まれた街は鎮火していて,先程までの地獄絵図ではなかった。だけど,美夢の目の前には多くの人達が死体となって詰みあがっていて,屍のてっぺんに立つ男は真紅のロングジャケットを纏っていた
「はぁ……はぁ……」
酷い美夢は飛び起きた。
「あ……凄い汗」
今は夏,美夢たちの部屋にはエアコンが付いているので余計に汗が冷える。
「すぅ~」
「はぁ~美夢さん」
「皆……大好きなの~」
周りを見てみるとお嬢様と言うよりも,子供のような寝相の3人がいた。
昨晩は4人とも今日のライブが楽しみ過ぎて結局1人が寝るまでお話をしていた。
「私も……リリリリの皆が大好き」
みいこの余りに気持ちのよさそうな寝顔にそっと手を触れ天使のように微笑んだ。
備え付けの時計を見ると午前4時半だった。いつもの起床の時間が7時なので2時間半も早く起きてしまった事になる。
「あ,汗がびっしょり」
あの少年のハイライトを無くした眼を思い出した。
見たことの無いような、光を見失った眼。
(どうして……こんな夢を見たんだろう)
二度寝する気にもなれず美夢は浴室に向かった。昨日は大き目のお風呂に皆で入って胡桃とみいこが春奈にお湯をぶっかけるという出来事があったのだが,それがまた面白くて楽しかった。
なのに,見た夢は楽しいとは真逆。
寝間着を脱ぎ生まれた姿になった美夢はシャワーをし始める。
「ふぅ……」
そのお湯が自分の汗を流してくれている感覚が気持ちよく思わず声が漏れる。そこでふと夢の事を考える
「あの子は……誰なんだろう」
あの絶望した眼……何もかもを受け付けない光を失った眼。
「私だったら……あの子に何か出来たのかな。それに……あの子に少し似てた」
先程の夢の事が気になって仕方が無かった。夢の少年と,ショッピングモールで母を亡くしたあの少年の眼が似ていた。
シャワーから上がると,髪を乾かして整える。そしてピンクのワンピースを着て浴室から出るとまだベッドではリリリリの3人が顔を綻ばせて寝ていた。
「ふふっ……気持ちよさそうに寝てる」
胸の奥をポカポカさせながら美夢何気なしに門が見える大きな窓まで歩いた。夏とは言えど避暑地で知られる軽井沢,流石に窓を開ければ寒いので窓から外を覗くだけだ。
「……え?」
しかし,そこで玄関を出て門にまで向かっているロングジャケットを見つけた。そんな趣味の悪い恰好する人なんて1人だけだ
「獅子さん……」
気が付いた時には美夢は走り出していた。玄関まで急いで走り靴を履き,門まで駆けた。
「はぁ……はあ……いない」
だけど門まで来て獅子を見失った。
「獅子さん……どこに行ったんでしょう」
獅子を探す為に美夢は別荘から出た。獅子と話したい事が沢山あったから。
しかし,あちこち探してみても獅子の姿は見えなかった。
周りは何時の間にか見覚えのない景色へ変わっていて,まだ日の出の時間でもないので周り白楽,美夢は心細くなった。
一度戻ろうとポケットにあるはずのスマホを探ろうと手を駆けた時
「あ……スマートフォン……」
ポケットを探すがスマホもない事に気が付いた。
獅子を見かけて無我夢中で飛び出したからタクシー乗る為のお金も持っていない。周りには見覚えのない景色。
こういった時,通常は下手に動かない方が良いのだが
「えっと……確かこっちから来たよね……」
自分の記憶を頼りにして歩いたが,まだ朝早いのも相まって余り人もいない。
それに軽井沢に詳しい訳でもない。美夢自身が方向音痴なのも相まって
「私……迷子になっちゃった」
そう認識した瞬間,今自分は1人なんだと思い寂しくなった。普段はじいやとかお手伝いさんが一緒にいてくれるから迷子になる事なんていつもならない。
だけども今は何も考えず飛び出してしまったので当たり前だがただ1人だけ。
美夢は疲れて,良くないと思いつつつい地面に座った
「お父さん,お母さん」
今まで箱の中で生きていた美夢には迷子という事も耐性がなく,つい父親と母親を思った
「春奈ちゃん……胡桃ちゃん,みいこちゃん」
こんな時に4人で迷子になったとしても,きっとそれはそれで胡桃が「冒険しよ!」と言って,みいこがそれに乗って,春奈も文句は言いながらもきっと一緒に楽しんでくれるだろうと思った。
だけど,今迷子になっていたのは自分だけ
「獅子さん……」
『例え天に見放されようと,俺はこの手で光を掴む! その為にここにいるんだ!!』
──神様が嫌い
それは美夢にとっては衝撃的な言葉だった。自分の身の回りで素敵なことがいっぱい起こるのは,普段の頑張りを神様が見ているからだと思っていた。
だけど,獅子は神様がいるんだったら殺すと言った。その時に感じた殺気は言葉では言い表せないほどものだった。
「どうして,貴方は主様が嫌いなんですか?」
誰に問いかけた訳でもない言葉,それを考えるよりも前に早く家に帰らなければならないは分かるが,それが気になって仕方が無かった。
「嫌いと言うより,大事なものを肝心な時に守ってくれないのならそんな神必要ないって話だ」
だからその答えが頭上から聞こえて来たのに美夢は驚いて顔をあげた。顔をあげた先では獅子がどこか呆れた様子で美夢を見下ろしていた
「獅子……さん」
「お前こんな所で何やってんだ?」
「その……道が分からなくなって、スマホもお金も持ってきてなくて」
獅子がいた事に安堵したのか、少し涙声になる美夢。獅子は1つため息をついたあと手を差し出した。
美夢はその手の持ち主を見た後、嬉しくて微笑んで手を取った。獅子の助けを借りて立ち上がったのを見て獅子は問いかけた
「俺のあとをつけようとでも思ったのか」
「はい。でも、門から出たら迷子になってしまって」
「見失った時点で家に戻ればいいものを」
「……やっぱり、お優しいじゃありませんか」
昨日は自分から関わるなと言ったのにも関わらず、今はこうして迷子で泣き掛けになっていた美夢の目の前に現れて手を差し伸ばしてくれた。
「ただのついでだ」
そう言って獅子は美夢の手を離そうとした……のだが
「あの,もう少しだけ……このままで」
美夢が想像以上に力を込めていて離すに離せなくなった
「また獅子さんがどこか遠くに行きそうな気がして……」
「湖に行こうとしただけだ」
「みず……うみ?」
「昼間は人が沢山いてゆっくりできなかったからな」
獅子は世間的には有名人へとなっていた。だからMOAの事を考える時とかにも途中の湖には寄ったが人の眼が多すぎてゆっくりできなかったのだ。
如何せん,テロの事と大学での出来事が広がり過ぎて尚更だった。
そんな事を美夢が察したわけではないが,この期を逃がすわけにはいかないと聞いてくる
「私も,ついて行っていいですか?」
「……勝手にしろ」
そう言って獅子は美夢の手を引いて歩き始めた