獅子と天使のコンチェルト   作:レオ2

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煉獄の始まり

 あの日の出来事は鮮明に覚えている。

 肉の塊になって横たわる人達,生きていたのに……自分に助けを求めてくれたのに助けられなかった人達。

 自分が生きるために見捨てた人たち……殺した人もいた。

 

 いつの間にか合流した弟とはぐれ,弟が生きている事を信じていた。

 信じるしかなかった

 

 走れ、走れ、走れ! 

 抜けろ、抜けろ、抜けろ! 

 足を止めるな! 

 

 煉獄の爆炎の中を、少年は駆け抜けていく

 炎が襲い掛かろうとも、突き抜けた

 

 ──助けて! 

 ──お願い! 

 ──助けてくれー!! 

 

 様々な人間の、虫の息の人の声が、助けを求める声が少年の耳に呪いのように聞こえてくる。

 その言葉の全てを、聞こえないふりをして見捨てる。

 そんな時間はないとか他人だからとか言い訳はいくらでも出てきたが,刹那に思い浮かぶは肉塊が弾けて死んでしまった人達

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

 懺悔の声が炎の街に響いた。

 さっき、友達を助けられなかった。自分の力も、思考も子供だったから。更なる苦しみを与えて見殺しにしてしまった。

 もう……もう自分じゃどうする事も出来ない。

 だったら……もう何も出来ない

 

「助けてくれええええ!!」

 

 無我夢中で走っていると、男性と、その男性の足元で瓦礫に潰されている女性がいた。

 男性を見た少年は、恐怖そのものな人間に、立ち止まってしまう。

 その男性の顔が、もう人としての威厳を失い,ただただ恐怖に染まった顔をしていたからだ。

 その表情を見た時,獅子の背中がぞわりとした

 

「おい、そこのお前……手伝え……手伝えよ!!」

 

 男性の足元にいる女性を見ると……呼吸をしているように見えなかった。

 それどころか、下半身や額から血が流れていた。

 だとしたら……もう女性は……

 

「あの……だってその人……」

「うるせえ!! 妻は死んでない! 死んでないんだ!!」

 

 男性が鬼気迫る様子で叫んでいても、女性はぴくりとも動かない。

 それを見ながら獅子は迂回しようとゆっくりと後退を始めた。

 

「でも……僕も……家族の所に行かないと……」

「黙れ!! お前の家族なんかよりも妻の方が大事だ!!」

「でも……でも……」

 

 家族の所に早く行きたい

 どうなったのか全く分からないから。

 もしかしたら……もう既に死んでしまっているかもしれない。

 だけど、この眼で確かめる事をしないと信じられない。

 この女性の事がどうでもいいとは思わない。でも……確かめたい事は他にある。

 獅子が自分の妻を助けないと知るや否や男性の様子が変わった。

 

「あぁ……お前はどこに行くんだ? なぁ……ナぁ!!」

 

 周りが炎に包まれ、他の人間も死に絶えている中で男性は獅子に襲い掛かって来た。

 獅子は恐怖の余り、動けなかった。

 男性の表情がもう、大切なものを失い鬼気迫るものだったからだ

 

「オラぁア!!」

 

 ドゴッ! 

 

「ガっ?!」

 

 男性の怒りに身を任せた力は、当時の獅子では歯が立たず簡単に薙ぎ払われた。近くの瓦礫に激突。

 小さな体に、いくつもの傷が出来て、額からも血が流れて来た。

 男性を虚ろな眼で見ると、もう人としての瞳ではなかった

 大事なものを理不尽に失い,光を見失った瞳

 人形のように首をかしげ,ゆっくりと歩いてくる

 

「なぁ……君も一緒に死のう……妻と一緒に……死んでくれ」

「そん……なの」

 

 痛みが身体に走る中、左腕を抑えながら立ち上がる。

 男性がほんの数m先で、再び自分に迫ろうとしていた。

 

「一緒に……一緒に死んでくれ。死んでクレェェェエエ!!」

 

 残りの距離を詰めてくる。

 獅子は横に飛んで躱すのが精一杯。

 飛んで躱した獅子に男性はあっと言う間に方向を変え迫り拳を頬に叩きつけた

 

「グっ!」

「オラぁ!」

 

 一言で言うなら”惨い”

 この一言に尽きた。

 大の男性が、7歳の少年を殴りまくっているのだから。

 まともな大人がこの場にいたのならきっと止めてくれたかもしれない。

 だがこの場に人はいない。いたとしても、この状況ではどうしようもなかったかもしれない。

 

「アッ!」

 

 殴られる度に鮮血が飛び散る。

 瓦礫の山の中、意味もない暴力。

 獅子は漠然と思った

 

(このままじゃ……殺される)

 

 さっきの子供達や、自分を助けてくれた男性、そしてここに来るまで見て来た息絶えた人たち。

 このままでは……自分も同じになる

 

「アアアアッ!!!」

「う……ウアアアアッ!!」

 

 獣の雄叫びを上げ、振りかざされた拳を避けて小さな拳を男性の頬に叩きつけた

 

「グっ」

 

 子供とは言え、頬を殴られたことによる視界の揺らぎは隙となる。

 自分の体重全てを乗せて獅子は立ち上がり、男性を押し倒し馬乗りになった。

 

「ウアアアッ!! アアアッ!!」

 

 獅子は、男性が立ち上がる前に全力で顔を殴った。

 顔をあげようとしていた男性は、殴られた衝撃で地面に頭をぶつけた。

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 ただ我が身を守る為に、ただ男性に反撃されず殺されないために。

 

 何度も……何度も何度も! 

 

 ドゴッ!! バコッ! ドスッ!! 

 

 何度も殴り、その拳からは血が溢れ出ていた

 

 いつしか、男性は動かなくなっていた。

 それに気が付いた時、獅子はピタリと動きを止めた。ようやく目の前の男性が動かなくなっているのに気が付いたからだ。

 

「……あれ」

 

 正気に戻り、ゆっくりと拳を見ると既に血で濡れていた。

 そして男性を見ると、血だらけで眼を閉じていた。

 

「あ……あ……違う……違うんです」

 

 誰に向けてか分からない懺悔をしながら離れた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……本当に、本当に……ごめんなさい」

 

 拳を見ると、脳裏に男性を殴りつけていた自分の姿が浮かぶ。

 夢中で人を殺している自分を

 

「ごめんなさい……ごめん……なさ──」

 

 


 

 

「ごめんなさい……? 黙れ人殺し!!」

 

 星崎市の事はニュースにもなり,当時町に住んでいた人達の家族,親戚或いは友人達は大切な人達との別れをしに来る人が沢山いた。

 その中で,何故かたった1人の生残者である獅子の情報も出回った。

 

「え……?」

 

 獅子に癇癪を起している眼鏡をかけたおばさんが詰め寄る。その瞳は涙に濡れていて,顔も真っ赤である。

 

「なんであんたみたいな餓鬼が,私の息子の代わりに生きてるのよ!!」

「……あ」

 

 何も言い返せない獅子に溜飲が下がることなんて無く,ただ火に油を注ぐだけだった。

 烈火のごとく,大の大人が子供に詰め寄る光景はそれこそ酷い物だった。

 彼女は獅子が人の命を奪った事なんて知らない。だけど,彼女の言い分は当時の獅子の心を確かに砕いた。

 周りの大人が獅子への罵詈雑言を止めようとするが,それが逆に彼女のボルテージを引き上げる

 

 ──ああ……もういいや

 

 何かが壊れた彼は,そっと呟いた

 

 

 

「弱かったのなら死んで当然だろ」

 

 

 

 低い声で呟かれたその声は,騒がしい中でもその場にいた人の耳に入っていく。

 何を言われたのか分からなかったのか,周りの大人は獅子を異質なものを見るように見ていた。

 

(父さん……俺はヒーローなんかにはなれなかったよ)

 

 始まる罵詈雑言を聞き流しながら,あの世にいる父親に言った

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