「いけないな……くだらない事を思い出した」
過去の事を思い出していた彼は,断ち切るように首を振る。
膝を見ると,自分のジャケットを布団代わりにして眠りについているお姫様がいる。規則正しい寝息をたてる彼女は美しく,きっと大事にされて生きて来たのだろうと想像がつく。
彼女の人生はきっと失ってはいけないもので,守らないといけない未来。
「……もう誰も……死なせるわけにはいかないんだ」
小さく呟き,天を見つめる。既に太陽は昇りきり,流石にそろそろ帰らなければならない。
正直こんな状況を連星とかに見つかれば何を言われるのか分かったものじゃない。
「すぅー……」
けれども,下を見るとまだ眠り姫は起きていない様子。こうして膝を貸して既に30分は経っている筈だが,こんなに深く寝られるとは思わなかった。
獅子は彼女の髪に少し触れてみた。
美夢の髪はケアが行き届いているのかとてもサラサラで,触り心地が良かった。
ここで獅子には3つ選択肢がある。
美夢が起き次第さっさと帰る。
彼女を起こしてさっさと帰る。
そしてもう1つは,眠った彼女をそのまま連れて帰る。
恐らく2番が一番早く帰れる手段である。けれども美夢が気持ちよさそうに寝ているため起こすのは少し躊躇われる。
かと言ってこのままにしていたら本格的に風邪をひくことだろう。
『君にもその甘さは引き継がれているようだけどね』
ふと昨日の連星の言葉を思い出した。
自分はその甘さを否定した。なら美夢なんてここに置いてさっさと帰る事が,きっと甘さのない人間なのかもしれない。
だけど現実は美夢の事を考えている自分
反吐が出た
自分が考えた選択肢の全てが美夢を中心に考えた選択肢で,これでは連星の言っている通り甘い人間ではないか。
「はぁー!」
大きなため息をつき,結局獅子は3つ目の選択肢を選んだ。
眠っている人間を持ち上げる方法はいくつかあるが,自衛隊が推奨しているのは持ち上げられる人間を肩に引っかけるやり方。だけどもあれは寝ていると言うより,気絶している人間を対象にしているので却下。
となれば,無難におんぶかお姫様抱っこだろう。もっと言うなら運ぶのが楽なのはおんぶの方だろう
(でもこの状態からおんぶは正直無理だよな)
彼女が座っている状態ならいざ知らず,完全に寝転がっている状態なので面倒な作業が必要となる。となれば残りは
「しょうがないか。今なら人もそんないないだろうし」
そう呟きながら獅子は彼女にかけていたジャケットを取り,着た後に彼女の身体と足を持ち上げてお姫様抱っこした。
「……思ってたよりも軽いな」
思ったよりもひょいと持ち上がったので驚いた。
普段手足それぞれに30㎏の重りをしている身としては,推定45キロ前後の美夢を持ち上げるのは思いのほか簡単だった。
正直この状態を他の誰かに見られるのはとても困ってしまう為,さっさと帰る事にした
★
部屋の様子が可笑しい事に気が付いたのはみいこのだった。
リリリリの夢を見ていたみいこは,部屋に備え付けられていた目覚まし時計のけたたましいアラームで目覚めた。
「んぅ……」
目覚まし時計の一番近くにいたみいこが手を伸ばしてアラームを止め,寝ぼけた頭で周りを見ると既に明るかった。
だけども美夢の姿が見えない事に気が付いたみいこはばっと起きて立ち上がった。
「美夢ちゃんどこ行ったの?」
テーブルの上には美夢のスマートフォンが置いてあって美夢本人がいない。みいこは部屋の中をスタタタと歩いて行く。キッチン,お手洗い,洗面所
「あ,美夢ちゃんのパジャマなの」
脱衣所に美夢のパジャマがあるのを見て美夢が着替えてると考えたみいこは,まだベッドで寝ている胡桃と春奈の元へと走った。
「胡桃ちゃん春奈ちゃん! 2人とも大変なの!」
「ん……う」
「もう……なんですのみいこさん」
2人はとてつもなく眠そうな顔で起き上がって来たのだが,次のみいこの一言で飛び起きた
「美夢ちゃんがどこにもいないの!!」
「「ええっ!?」」
3人は取り合えず洋服に着替え,自分達に与えられた部屋,そして別荘内を探し回った。
春奈は春奈でこの別荘は今日パーティーが行われる別館も存在するほど大きな屋敷なので美夢が迷子になっただけなのではないかと思ったのだが,別荘をくまなく探し回っても美夢が見当たらない事に焦りを感じ始めていた。
そもそもで自分の家の別荘で迷子になるとは到底思えないのだが。
「美夢さんどこに行ったんですの!?」
「春奈ちゃん!」
「胡桃さん,みいこさん,見つかりましたか?」
「全然いないの,美夢ちゃんどこに行ったの」
「ま,不味いよいいんちょ。美夢ちゃんってとっても方向音痴だから外で迷子になんてなっていたら」
「え……縁起の悪い事を言わないでくださいまし」
といってもそれは春奈自身も思っている事だ。部屋の時に確認したが,美夢は自分の財布も忘れている。もしも外に出たとかであればスマホもお金も持っていない美夢がどうなるか分からなかった。
「あら,リリリリの皆どうしたの?」
焦っていた3人に声をかけてきたのは美夢の母親だった
「あ,美夢ちゃんのお母さん!」
「美夢さんがどちらに行かれたかご存じありませんか? 朝からお姿が見えなくて携帯電話もお財布も置いて行ってしまっている様なんです」
「え,美夢貴方達と一緒じゃないの?」
「そうなの。みいこ達,美夢ちゃんが危ない眼に会っていないか不安なの!」
それを聞いた美夢の母は,スマホを取り出して連星に連絡した。そうすると美夢の母宛に玄関先の監視カメラの映像が送られてきた。
4人でその映像を朝から今の時間帯までの映像を早送りで見た。
「「あ!」」
「止めてください!」
監視カメラの映像は鮮明で一つ目の変化も直ぐに分かった。
「あ,これ獅子君だ」
「きっとそうなの。赤いから獅子さんなの」
4人が見たのは真紅のジャケット,それだけで判断するのはかわいそうな気もしない事もないが,本人が四六時中これを着ているのだから仕方がない。
獅子が門から出て行くのが最初に起こった変化だが,正直今は獅子よりも美夢の事なので再生を再開したのだが
「あ,もう一度止めてください!!」
春奈が慌てて言うと,映像に映っていたのは春奈達も見覚えのあるピンクのワンピースを着ている美夢だった
「あらあら,美夢ったら獅子くんを追いかけたのね」
「って,そんな事言っている場合じゃありませんわ! 何故美夢さんが虎舞さんの後を追いかけるのですか?!」
「でも美夢ちゃん獅子君の事とても気にしていたよね」
胡桃が思い出すように言った。それはそれで春奈は口をパクパクとさせていたが,みいこが追撃する。
「そう言えばそうなの」
「み,美夢さんに限ってそんな事は……」
その時,美夢母のスマホに通知が来た。内容は監視カメラに反応があったからそうで映像を見てみると,美夢と獅子が一緒に門に入ってきたところであった。
ただし,お姫様抱っこしてるという爆弾付きだが
「あー! 帰って来たの!」
「やっぱり獅子さんと一緒なの!」
そう言って2人は屋敷の玄関まで走って行った。春奈は映像を……映像の中の美夢を不安そうに見ていたのだった。
門が開かれ,玄関前についた獅子は眠れるお姫様を起こす事にした
「おい起きろ」
自分の腕にいる美夢に呼びかけるが起きる様子はない。
眠れるお姫様を目覚めさせるのには目覚めのキスをするというのが定番ではあるが,そんな事を獅子がするはずないのでそれ以外でどうにか起きてもらわなければならない。
「……美夢,起きろ」
試しに名前を呼んでみる。
けれども,揺れてる中でも平気で寝ていた美夢が起きる筈が……
「ん……う……獅子さん?」
起きた。
獅子の中で美夢は本当は起きていたのではないかと言う疑惑が浮上する。
しかし彼女はとろーんとした目で獅子を見上げ,徐々に意識を取り戻したのか大きく眼を開いた
「着いたぞ。降りろ」
「え……は,はい」
ゆっくりと美夢を下ろしたが,まだ頭は覚めていないのか足元がおぼつかない。
少しよろけたので肩を支える。
「あれ……お家の前……」
「周りの奴らが起きる前に戻りたかったからな」
「……あ」
自分が支えられているのが分かったのか,美夢の身体に熱がともり硬直する。
美夢の身体が硬くなったのが獅子にも分かったが,どうして固くなっているのかは分からないので一旦無視して玄関の取っ手を掴む。
けれど,何故か玄関がひとりでに開いた。
「美夢ちゃんお帰りなさいなの!」
「獅子君とどこ行ってたの!」
中から聞こえたのは元気な少女の声,2人を出迎えたのは胡桃とみいこの2人である。
獅子は美夢を支えていた肩から腕を外した。それと同時に2人は美夢の周りを囲み逃げられないようにした。
「わ,2人ともちょっと待って」
一瞬で囲まれた美夢を尻目に獅子は家の中に入っていく。そのまま玄関で靴を脱ぎあがった所で気配を感じて向くと
「あ……」
そこで2人を追いかけて来た春奈と見知らぬ女性と鉢合わせをした。
「虎舞さん,美夢さんは……」
「……そこで問い詰められている」
獅子は春奈の隣を見ると,彼女も獅子に近づいてきた。彼女はどこか微妙そうな表情で聞いてきた
「初めまして……って言った方が良いのかな獅子君」
「……そうですね。俺はこの家族の事は覚えてませんから」
14年前に一度訪ねて来たと言う事は美夢の母親と会った事もある可能性があるのは想定していた。
だけども獅子は連星の事はおろかそもそも来たことあること自体忘れているので実質初対面だ。だから獅子の答え自体は間違ってはいない。それが相手にどう響くのかが問題なだけあって。
「そうよね……でも……大きくなったわね」
まるで自分の子供を見るような慈愛の眼,連星とアルスが親友だったのは知っているがアルスと彼女の関係性は知らない。普通に考えれば夫の親友ってだけだろうがどうしてそんな眼で自分の事を見てくるのか獅子には分からなかった。だから自分がする返事なんて決まっている。
「……そうですか」
そう言って獅子は自分の部屋まで戻ろうとした。
「獅子さん! 私達,今日のパーティーでライブをするんです! 良かったら見て行ってください」
その言葉を背に受けて獅子は自室に戻って行ったのだった。その後美夢はリリリリの面子に色々聞かれたのだが,なんとか誤魔化して落ち着いてもらった……表面上は
桜田財閥創業記念パーティーには,政財界の大物や各業界の著名人たちも多数出席していた。
こう言った形のパーティーが初めてでもない筈の春奈も緊張してしまう。
もう直ぐこの大物たちの前で自分達がライブをするのだから当然だ。
「ああ,どうしましょう。もう少しでライブが始まってしまいます」
このような舞台でライブをするのは未だに慣れない。自分達が学院公認のユニットとして初めての舞台でも,様々な有名人が来ていたが有栖川学院の名に恥じないよう今も精進しているつもりではある。
しかし,今回は招待してくれた連星の顔もあるので余計に緊張してしまう。ここで何かをミスする事は学院の……連星の顔にも泥を塗る事になるからだ。
「……あ」
そこで春奈は部屋の端を見てみると,獅子が少しごつい男性と話をしていた。
獅子の恰好はまさかのいつものジャケットで,下だけスラックスや白シャツに着替えているだけであった。
ドレスコードとしてはギリギリグレーだろう。
春奈はそんな獅子を見て何を思ったのか,春奈は彼に近づくことにした。
近づいて行くと男性は春奈に気が付き,獅子に手を挙げて他の団欒へと向かった。獅子も春奈の方に向き,思い出しながら口を開いた
「春日春奈だったか」
「はい。覚えていてもらえて光栄ですわ」
と,一瞬で無言になる2人
(わたくし何故虎舞さんに近づいたのでしょう!)
自分の謎の行動に自分で頭を抱えた。
どうして引き付けられるように獅子に近づいたが,自分自身は獅子に用事があったわけじゃない。
強いて言うなら今朝の美夢をお姫様抱っこしていた事について聞きたかったが,それは今ではない。ではなぜ自分は近づいたのかと頭の中でぐるぐる思考が回るが結局答えなんて出なかった。
「緊張でもしてるのか」
不意に獅子の方から声がかけられた。
驚いた春奈は獅子の顔を見るが,彼は春奈の方を向いている訳でもなく虚空を見つめていた。その対応が何となく癪に障ったのかむっとなりながら答える。
「……悪いですか。わたくしたちは有栖川学院の名に恥じないようにしなければならないのです」
有栖川学院自体,その卒業生には著名人が多くその名前自体に価値がある。
そしてそこから出た学院始まって以来のDJユニット。
学院初のユニットなので彼女たちの評価は有栖川学院の評価にも繋がる。
それを背負っている生真面目な人間の春奈には大事なことなのだろう
「俺からすればそんなに気負う事自体変な話だと思うけどな」
しかし,獅子にはその考えが理解できなかった。確かに学校の代表と言う事なら少なからずネームバリューは関わって来るのかもしれない。伝統ある学校なら尚更に。けれどそれで死ぬのかと言われたら獅子からすればそうとも思わなかった。失格者の烙印は押されるかもしれないがたった一度の失敗程度でそんな烙印を押してくるのは単純に社会がゴミだと思うしナンセンスだろう。
けれども,美夢よりもお嬢様気質が違う春奈はそうは思わなかったらしい。
「な……そんなことありませんわ! わたくしは学院が素晴らしい事を知っています。ですから,わたくしのせいで有栖川学院の名に傷をつける訳にはいきません」
「生憎俺は何も背負っていないから分からんが,大事なのは今をどうするかだと思うがな」
春奈は本当に学院の事が大事でそれ故に反発してきたことを理解し,それでも尚答えて見せる。
「今を……」
「今周りにあるものが必ずしも明日にもあるとは限らない。大事なものがいつか無くなってしまうかもしれない。それは評判だったり名声だったり,或いは周りの人間かもしれない」
彼の言葉には言いようのない重みがあった。まるでその事を本人が経験したから,そう感じるのかもしれない。
「だから,何のために自分は上手くなろうとするのか,初心を忘れないようにしないといけない。それが自分の力の源になるんだから」
「……虎舞さんも?」
「生憎だが,俺の力の源はとっくの昔になくなった。ただ当時の俺には強くなるしか道が無かった」
源が無くて銃弾を斬ったりしている時点で化け物じみているが,それは彼が強くなることで出来た事なのだと思うと春奈は少し獅子への考えを改めた。
「君にとって,リリリリのゴールは有栖川学院を守る事なのか?」
リリリリのゴール,そんなものは決めていない。何故なら自分達があの古びた倉庫でレコードプレーヤーを見つけたあの時から,自分達が音楽をするのは自分達が楽しむため,そして自分達の音楽を通じて人々を笑顔にしたいからだ。
それが美夢の,自分達の音楽だからだ。
「……違いますわ。Lyrical lilyは皆さんを音楽を通じて一つに繋げる,その役目を持って出来たユニットです」
「なら学院がどうとか関係のない話だ。その役目を全うするんだな」
「そうですわね……。貴方に気づかされるなんて思いませんでした」
「一応お前らよりも4年長く生きてるからな」
そう言って獅子が備え付けの時計を見ると,彼女たちのライブまで1時間切っていた。
「そろそろ準備した方が良いんじゃないのか」
「はい。わたくしは今から準備に向かいたいと思います。貴重なお話,ありがとうございます」
「貴重でもないと思うが」
「……少し変わりましたね,虎舞さんは」
「俺が?」
「はい。昨日までの虎舞さんなら,わたくしに話しかけるなんてことしなかったでしょうに」
遠回しに自分も少しはあなたのことを分かっているんだぞと言ってきた。
「別に,たまたまだろ」
「ふふっ,そういう事にしときますわね」
春奈はそう言って背を向けて自分達の控室まで向かった。それを見届けた獅子は春奈が来る前に話した男を思い出していた。貰った名刺を見ると,獅子でも名前を聞いたことのある有名な生物学者だった。
(……学者の割にごつい体していたな。それに……)
獅子も彼の事は名前だけじゃなくどんなひとかも知っていた。世間的には生物学者としての側面が強いが,彼はロボットなどの工学技術にも優れている人間だからだ。
『君とは話をしてみたかったんだよ。虎舞獅子君』
話しかけてきたときの彼を思い出していた。正直,怪しいと思った。先ず声が何だか悪役にいそうな声色だったし,言い方を何度か変えてはいたが自分の強さの秘密みたいなものを聞いてきた。別に獅子からすれば特別なことなんて何もしていないので語る事も何もない。
「あいつは……何もんなんだ」
1時間後,連星の挨拶が終わったパーティーの次の舞台はリリリリのライブであった。彼女たちがDJをする為のステージが直ぐに組み立てられて,ステージにはLyrical Lilyの面子が現れた。全員が同じ衣装を着用していた。真ん中に立った美夢が周りを見渡して口火を切った
「皆様ごきげんよう。私達」
「「Lyrical Lilyです!」」
「本日は皆さま父の為にお集まりくださりありがとうございます!」
「最近は何だか暗いニュースばかりだから今日はとことん盛り上がるよ!!」
胡桃がどこか不敵な笑みを浮かべた直後,春奈のスクラッチが場を少し煽り1曲目のイントロが流れ始めた。
春奈は先程獅子と話していた時とは違う,堂々としたDJで場を盛り上げるために声をあげた。
「皆様準備はよろしくて?」
「「よろしくってよ~!」」
中には野太い男の声や,女性の声が一体に混じった声がこのパーティー会場に響き渡った。
LyricalLilyのライブはこうして始まったのだった