桜田が綺麗な建物の前で振り返り,どこか寂しそうな視線を向けてくる
「獅子さん……ありがとうございます」
俺が余りにも何も反応しないからか,彼女は顔を暗くして建物に入っていく。それを見送ったら近場を歩いてみる。そうすれば見つけたのは一軒のカフェ,俺は吸い込まれるように入って行った。
喫茶バイナル……落ち着いた木造とレンガで作られたような建物に構えられているカフェだ。
桜田を習い事の場所にまで送り,彼女の習い事が終わるまでどこかで時間を潰そうとした時に雰囲気が気にいって入ってみた。
俺自身はカフェとかそこまで行かない人間だが,最近は桜田の予定が終わるまで暇なので予定近くの穴場スポットを探すのが趣味になりつつある。
「いらっしゃい,……初めてみる顔だね」
カウンターにいたマスターであろう人が一瞬俺の顔を驚いたように見たのは分かっているが,まさか入店拒否などするまい。
狙っていた訳でもないが俺も有名になったものだ
「テーブルとカウンター,どちらがお好みですか?」
店内を見回してみると,やはり放課後の時間帯だからか学生がチラチラと見受けられる。
確かにこのカフェの雰囲気には学生にも敷居が低そうに見えるし,見た目によらず繁盛しているのかもしれないな。
ふと窓側を見ると,丸テーブルが一つ空いていたのでマスターに聞いてみる。
「あそこの窓側の丸テーブルって大丈夫ですか?」
「うん,大丈夫だよ」
「ありがとう」
テーブルに座るとメニューを見てみる。
メニューはあのマスターが考えたものなのか,基本のドリンクに加えてこのお店のオリジナルのケーキなど色々な種類がある。
カウンターを見ると,グラスを拭きながらもさりげなく周囲を見ているようだ。勿論俺の方にも向いていた。
俺は小さく手をあげると,マスターはゆっくりとこちらに歩いてきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「ダージリン1つとポテトフライを1つで」
「かしこまりました」
ケーキはそもそもあまり食べないし,お茶とかの気分でもなかったので普通に紅茶にした。
桜田にもよくお茶しましょうとか言われるが,俺は修業を理由に断っている。連星が俺用とか言ってトレーニング器具を導入してくれたので修業には事欠かない。
外堀から埋められている気もするが,ここまで来たらとことん利用してやる。
(ん……?)
その時窓にどこかで見たことあるような4人組を見つけた。
その内の1人,何故かウサギ耳をつけている小柄な女を見てどこで見たのか思い出した。
(たしか……大鳴門むにだったか。一緒にいるのは多分……なんだっけ? Happyaround!! とかだった気がする)
彼女たちは吸い込まれるようにこのお店に入ってきた。
元気よく入ってきた黄色いのロングヘアーの女が満開の笑顔を開花させてマスターに話しかけた
「こんにちはマスター!」
「いらっしゃいりんくちゃん,ハピアラの皆も」
「こんにちは」
彼らはどうやら知り合いだったらしい……というよりもあの4人がここの常連と言った方が良いのか。実際彼女たちはメニュー表を見ずとも慣れた様子で注文してここからでも見る事が出来る4人掛けのテーブルに座った。
「お待たせしました。ダージリンとポテトフライです」
彼女達を見ていると,いつの間にか俺が注文していた品が出来ていたようで店員さんが俺の所に来ていた。
その店員さんは肩まで伸びる程度の長髪を後ろで纏め,このお店のエプロンをつけている女性店員だ。というかいつのまにここにいた
「どうしました?」
「間違っていたらすみませんが……もしかして虎舞獅子君ですか?」
「……少しはマスターを見習ってください」
「あら,それはごめんなさい」
彼女はそれ以上話しかけることなくマスターの元に歩いて行く。
今の受け答えで俺の正体なんて殆ど確信してるはずだろうな。そもそもマスターがもう気が付いていたっぽいし
「あ──っ!!」
そんな事を思っていたら,こちらを向いて口を大きく開いている女の子がこちらを見ていた。
女の子の連れの3人もこちらを見て眼を見開いていた。
どいつもこいつも静かに出来ないのか
「虎舞さんだ!」
おまけにその一言で店内にいる人たちが俺を見て来た。
確かHappyaround!! の……愛本りんくだった筈。彼女は何故かとてつもない笑顔でこっちに近づいてきた。
「ねえねえ! 虎舞獅子さんだよね!」
「……人違いだ」
「えー」
”うっそだ~”と言いたげな愛本,そんな愛本の背後から彼女のユニットメンバーであろう女の子たちが来て大鳴門が愛本に詰め寄る
「ちょっとりんく,いきなり話しかけたって困るでしょ。それから安易に男に近づくものじゃないわよ」
「その通りだ,さすがオンリー先生と言った所か」
「——ッ?!」
大鳴門むに……イラストレーターとしてのネームはうろ覚えだがムニムニオンリーとか何とかだった気がする。
コメント欄ではオンリー先生と呼んでいた人が多かったのでそれにあやかってそう呼んで見ると,彼女はびっくりしたように眼を大きくしていた。
……というよりも今気が付いたが彼女の腕に収まっている猫の人形……この前ライブハウスで俺の頭の上に乗っていた猫にそっくりだな
「驚いたわね……あんた私の事知ってたの?」
「白鳥から聞いた。絵も見たが素直に上手いなとは思った」
「なんだ胡桃から聞いたのね」
あ,ミスったな
「やっぱり獅子君だ!」
目をキラキラさせるなんてアニメの中だけにしてほしいものだ。
そんな愛本を窘めるように茶髪の女の子……名前は明石真帆だったっけな。このユニットのDJだった筈。
「こ,こらりんく,虎舞さんも困ってるだろ」
「俺に人権は無いのか」
もはやとぼける事すらできない状況になってしまった。間違えて白鳥の名前を出しちまったからな。
ところで俺の目の前で眼をキラキラさせてポテトフライを見ている愛本がいるんだが
「……お前食べたいのか?」
「ふふーん」
素晴らしいスマイルで頷く彼女,ここまで素直に欲しい宣言されるともはや清々しいな。
「はぁ……マスター,ポテトフライもう1つ」
どうしてか,彼女の笑顔には竹下位の純粋さを感じる。かと言って彼女ほどサイコパスではない……と思う。ていうか身近にサイコパスが何人もいてたまるか。
マスターは苦笑いで頷き調理を始めた。
「……ところで何故お前ら座ってる?」
何故か自分達の席から荷物を持ってこちらのテーブルについているハピアラ一同。彼女の視線は明石から大鳴門,ノリノリで俺のポテトフライを食べている愛本を飛ばし黒髪のロングヘアー……渡月零? だったか,に向いた。
「えっと,実は私虎舞さんと是非お話をしてみたかったのです」
「話す事なんて特にないんだが……」
こいつらの顔面偏差値って結構高いよな,自分でも唐突に思う事としてはどうなのかとは思うがふと気になった。
4人ともタイプは違うが所謂”美人”か”可愛い”には入るだろうしそれに囲まれている現状はもしかしたら世の男は羨ましがるのかなと思った
「どうして美夢さんのガードになられたのか気になってしまって」
「ああ,それか。単純に桜田の父親に嵌められただけだ」
「お父様にですか?!」
「ほんっと,してやられた。たかが大学生をガードに付けるなんて普通考えねえだろ」
思わず愚痴が出る。
「たかが……と言う割に成し遂げたことは大きいような……」
「なによ,偶々テレビに映った位で」
「俺も映りたかった訳じゃねえよ。ただ,ああしないとダメな理由があったからそうしただけだ」
ショッピングモールで会った日からあの少年には会っていない。元より俺の電話番号を渡したわけでもないし,元々もう会う事もないだろう。
だからこそ,MOAを叩き潰すさまを何らかの形で見せる必要があった。あいつらのせいで,あの少年が捻くれないように。
その後の事なんて知らん
「理由ってなによ」
「言いたかねえ。というか,お前らはただお茶しに来ただけなのか? 今月はお前らがライブするって桜田からは聞いてるが」
沈黙する皆様方,そして
「「あーッ!!」」
ここに来たのはやっぱりライブについて話をする為で,本来俺の所にまで来る予定なんて無かったに決まっている。
「そうでした,すっかり忘れてました」
「本当だー!」
愛本,お前は口の中のもん飲み込め。
ていうかいつの間にかテーブルの上には俺が頼んだもののほかにもデザートの類が置かれていた。俺はデザートなんて食べないのでこいつらが頼んだものだろう。
「今月のライブのテーマなんだけど──」
ちょい待てい,何故ここで会議を始める。
俺の意志は無視なのか,既にこのテーブルを囲み始まってしまった。
彼女たちが話しているのは新曲の話らしく,音楽には疎い俺には到底分からない単語が飛び出ていた。
(今時の高校生って自分達で作詞も作曲もするのか,すげえな)
ダージリンを口に含みながら思った。
こう見るとこの4人は顕著にタイプが分かれているな。
愛本りんくは元気はつらつな女の子,大鳴門むには承認欲求が強い女の子,渡月麗はどこか世間とはずれている女の子,明石真帆は恐らくこの面子の中で一番まともなので苦労人。
「私メロを作ってきました」
そう言ってイヤホンを俺以外の3人に渡すのは渡月麗,所謂桜田と同じお嬢様と言うやつだ。類は友を呼ぶとでも言うのだろうか。
彼女が作ったメロというのを聞き終えた他の3人はとてもウキウキしたようにあれこれ話を始める。
(何故俺は囲まれてる)
純粋な疑問が浮かんだ。
スマホを見ると,まだ桜田の習い事が終わる時間ではない。それに鬱々とした気持ちが隠せずいると,いつの間にか新曲についての話がひと段落したのか,愛本が聞いてきた
「ねえねえ,美夢ちゃんってお家でよく何してるの?」
「少しは話の整合性を保ってくれ」
「あはは……これがうちのりんくですから」
明石が苦笑いで答える。他の2人も微笑んだりしているからこれが愛本にとっての平常運転なんだろう。
それを知らない俺からすればたまったものではないが。
「普段の桜田なんて知らねえよ。外にいる時以外は顔も合わせないしな」
俺は自分の飯は自分で作るようにしているし自室で食べている。連星とかはテーブルで一緒に食べれば良いとは言っていたが,別に家族でもない奴と食べる必要性も感じない。
料理長にも俺の分は必要ないと予め言っているし,今の所そうしてくれているみたいだから良い。
だから俺が桜田に会うのは朝の登校時間の時と,帰る時と習い事の為に外に出る時のみ。それ以外は顔も合わせない。
何故いきなりこんな事を聞いてきたのか,愛本達を見ると愛本が寂しそうな顔をしていた。いつもニコニコな彼女のイメージに合わない愁いを持った表情だ。
「そっか……だから美夢ちゃん,とっても寂しそうにしてたんだ」
あの野郎あの会議の時に俺について何か話したのか……いや,単純に反応を見たのか。
桜田は自分の気分を隠す事が出来ない人種だから分かったのだろう。
「……俺に関わる方が余計にダメだろ」
「でも! 美夢ちゃんは獅子君とお話が出来なくてとっても寂しがってたよ?」
『獅子さん,ありがとうございます』
さっき見送った桜田の表情が思い浮かんだ。
習い事に行く途中に幾度も話しかけてきたが,俺はそれを生返事とかして出来るだけ返さないようにした。
それを何度も。桜田の心が折れるくらいに
『死神こっち来るな!!』
ふと小さい頃を思い出した。
懐かしい光景だ,どいつもこいつも親の甘い傘下に入って俺から遠ざかる餓鬼ども。でも当時の俺は1人だったから……声をかけ続けた。
でも,誰もいなくなった
だから俺は自分から離れる事にした。
そうした方が楽だったから。
周りの全てを敵にする事が,一番楽な道だったと思うから。
『すぅー……すぅー』
あの日,自分の膝で眠る桜田を思い出した。世間の理不尽なんて何も知らなさそうな穏やかな寝顔。
自分とは根本的な生き方が違う,天使みたいな女性。
でも,彼女はさっきどんなことを思っただろうか。声をかけても相手にされず,ただそこにいるだけの存在に。
「美夢ちゃんが獅子君と一緒にいたいのはガードとかだからじゃなくて,ただお話をしたかったんだよ!」
ああ……俺は説教をされてるのか,年下の女に。
愛本にそんな自覚はないだろうし,彼女はただ桜田にあんな顔をしてほしくないが為にこんな事をしてるのかだろう。
あーあ……俺の周りにもお前みたいな奴がいれば違ったのかもな。
「んな事は分かってんだよ」
「え……?」
理不尽なことで,誰からも反応されない辛さは俺が一番知っている。
きっと愛本が言っていることが正しいのだろう。俺が言っている事がどれだけ愚かで最低なことなのかも。
人が仲良く出来るのならその方が良い,楽しい事を分かち合えるのならどれだけ楽しいのだろう。
彼女達みたいに友達がいる生活はきっとそれだけで日常を色とりどりにしてくれるのかもしれない。
──けれど,俺にはそんな資格はない
彼女たちは輝いている。
地域活性化イベントなんてものをやり,それぞれが自分達の信じるもの為に音楽をしている。ここにいる4人だけじゃない,他の4ユニットそしてLyrical Lilyも。
俺には到底出てこない悩みや出来事を乗り越えその輝きを手にしたのだろう。
俺は違う。俺が信じるものなんて何もない。人間も神も,自分自身でさえ。
「獅子君……」
愛本が寂しそうな表情で見てくるが,俺は事実を言っただけだ。
ダージリンを口に含むと,既にカップの中は空になっていた。ポテトフライももう無いし,もうここに留まる理由もない。
財布から金を取り,席を立とうとしたところで声をかけられる
「気に入らないわね」
「むにちゃん?」
こちらを睨みつけているのは大鳴門だった。
「さっきからあんた何なの! 口から出るのは否定ばっかりで美夢の事をちっとも考えてないじゃない!」
彼女が吠えたのはなぜなのか,それは分からない。
けどもこう真正面きって言われる事が最近多い気もする。最近の高校生は皆こうなのか?
「俺がいなくとも桜田にはお前らも含めて友達がいる。なら俺が話し相手にならなくてもいいだろ」
「そうじゃなくて! 美夢は”虎舞獅子”と仲良くなりたいのよ!」
そうなんだろうな。
何でなのかは知らないが桜田は何故か俺について来ようとする。
それは桜田の性格な気もする。誰とでも仲良くなりたい,心優しいからこそ全てを敵に回しても良いと思っている俺の事を放っておけないのか
「だからなんだよ」
「え?」
だからこそ,あいつにはさっさと嫌って貰わなければならない。
そうやって離れてもらわないと,”俺”という死神から。
それ以上の言葉を聞かず俺は金を払ってバイナルから出た。既に太陽は沈みかけていて,時間が経った事が分かる。
どれだけバイナルにいたのか測ってはいないから何とも言えないが,あそこまでいるのは予想外だった。時計を見ると,もう少しで桜田の習い事が終わる時間だ。
「あ,獅子さん。お待たせしました」
「……ああ」
建物の前で待っていると桜田が出てきた。彼女と合流し,そのまま並んで歩き始める。並んではいるが,その間にある距離はそれ以上なきもした。
これがガードについて初日とかなら桜田は頑張って俺に話題を振ろうとしていたが,最近はめっきり減っていた気もする。
話しかけてきても,最後にはその表情を曇らせてしまっていた。
俺が何か彼女に物理的に酷い事をした訳でもない。彼女の話に耳を傾けず,ただ無視を決め込んでいるだけ。
この場合,俺は別に法律に触れた訳でもないから悪くはないとなるのだろう。けれど,民主主義的な意味で俺が裁かれるとしたら間違いなく有罪だ。彼女みたいな綺麗な人の顔を曇らせるなんて,男としては3流どころか10流なんだろう。
「あの……獅子さん」
どこか弱々しく隣から呼ぶ声が聞こえ,15㎝ほど下を見ると桜田は眼に綺麗な涙を溜めてこちらをみていた。
俺が彼女のガードについて1週間,曇る事はあれど泣くことはなかった……と思う。
(あ……)
ふと桜田があの時の俺に見えた。
死神だと言われ,誰も俺に近づかなかった頃の俺,本当は寂しがりやな癖して自分から全てを断ち切った愚か者の姿。
彼女は俺の名前を呼んだあと,何も話すことなく俺を見つめてくる。思わず眼をそむけたくなる純真な瞳だ。あの頃の俺には出来なかった……今も出来ない訴えかけるような眼。
『そうじゃなくて! 美夢は”虎舞獅子”と仲良くなりたいのよ!』
思い出すのは大鳴門の言葉
(はぁ……俺も甘いな)
心の中でため息をついて,そっと手を差し出した。
それを見た桜田は驚いたようだが,直ぐにその顔を綻ばせて俺の手にそっと自分の手を重ねてきた。そのままゆっくり握ると彼女も握り返してくる。
彼女と手を握るなんて前にもあった事だが,あのときよりも彼女の事を感じる事が出来ている……気がする。間違って力を入れてしまったら捻りつぶしてしまいそうなか弱い手,柔らかくて触り心地も多分良い。必然,彼女と距離が近くなる。さっきは2mは離れていたが,今や1mもない。彼女の髪からシャンプーの匂いも俺の鼻に入ってくる。
手を握ったまま俺達は歩きだした,1週間前と違うのは線引いていた俺の領域に桜田が少し踏み込んでいる事か。
「獅子さん,今日胡桃ちゃんが──」
この行動で何かロックが外れたのか,彼女本来の表情が見え始めた。
こうやって誰かと時間を共有し,帰るのは何時ぶりなのだろうか。
弟の星矢が生きていた頃振りか……だいぶ前だな。
「それで春奈ちゃんが──」
ユニットの事を話し始めた彼女はとても楽しそうで,笑っている顔が一番よく似合っていた。
それは多分,家族が生きていた頃の俺も放っていた飛びきりの笑顔だった。
「そうか,春日は大変だな」
「ふふっ,でも胡桃ちゃんの”いたずら”を楽しみにしてるのも春奈ちゃんだよ」
……口調が少し変わった気がする。
前みたいな敬語じゃなくて,同じ場所にいるもとしてのため口。
だが不思議なことに彼女の場合はそれでも相手を敬っているように感じるから不思議だ。
夕日が沈む中,微かに変化した心と共に俺と美夢は帰路についた