獅子と天使のコンチェルト   作:レオ2

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最高の頂に

 俺のニルヴァーナでの扱いは,相変わらずとても難しいようである。

 俺が受け持っていた低学年クラスの子供達は,先輩に引継ぎをしたから問題ない筈だったのだがその子供達がどうやら俺に教えてほしいと訴えて来たらしい。

 

「獅子君,久しぶりだね」

「そうですね,俺もあの時のが最後になるとは思わなかったので」

 

 隣に美夢を引きつれて来たのは件のニルヴァーナ。ここで水泳を習っている美夢のガードの俺は当然ここにも来なければならない。

 そんな俺を迎えたのは見知った事務員ではなく,まさか大船本人だった。

 

「美夢,加賀美さんが待ってるだろ。行ってこい」

「分かりました。終わったらご連絡しますね♪」

 

 何故か嬉しそうな美夢はこちらに背を向けてプールの方に歩いて行った。それを見送った俺と大船はかつて俺が使っていた事務室の机まで行った。

 驚いたことに,まだ俺が使っていた時の当時のままの姿で残っていた。

 

「親御さん達が君の事を危険視している……というのは知っているよね?」

「ていうか教えてくれたのは貴方自身じゃないですか」

 

 美夢の元に住む事になった時,電話越しで悪いとは思ったが状況を聞いた。

 思っていた通り,俺を危険視する親が多かったらしい。自分で言うのも変な話だが,他人をどうでも良いって言ったのはそれだけで人柄が出ていたのかもしれない。

 

「まあそうなんだけどね……。正直君が辞めるのは惜しいと思っているんだ」

「……何故ですか?」

 

 周りから見たら俺は危険因子の筈,子供達の思った感想は別に当たり前の事だし俺を辞めさせたいと言う言い分も分かる。

 そしてそんな事は大船だって分かっている筈だ。加賀美は知らないが,大船に関しては俺の本性なんて分かっていたはずだろうに。

 

「君が教えていた子供達は君を待っている……これだけじゃ不満かい?」

「……俺そんな人気になるようなことはしてない筈ですが」

「子供達には分かるんだろ。君が他の人を”どうでも良い”と思っていない優しい人って事を」

 

 どうしてだろう,どいつもこいつも俺が思い描く理想像と反対の事を言ってきやがる。

 大船が席を立ち自分の机から持って来たのは,束の手紙だった。

 1人がこの束を書いた訳ではなく,何人もの生徒が手紙を書いてそれを纏めていたと言う。

 

「個人情報だから君の連絡先を教える事は出来ないと知った子供達は,こんな形で残してきたよ」

 

 手紙を受け取ると,思っていたよりも分厚くもしかしたらあの10人程度の生徒達は皆書いてくれたのかもしれないと思った。

 たったの2カ月しか俺は担当していない筈なのに何故こうなったと思った。

 

 大船と別れた俺は,美夢の水泳が後1時間程度で終わることを確認してニルヴァーナを出た。途中見知ったトレーナーたちから会釈されたりはしたが,誰もかれも声をかけると言う事はしなかった。

 まあ,仕事が忙しいんだろ。

 

(さて,どうするかね)

 

 3日前に行ったバイナルにでも行って見るか,けれどまたハピアラの奴らに会ったら面倒な事になる気がする。

 特に大鳴門,3日前の奴と愛本に根負けしたのでそれを奴らが知っているかは知らないが出来るなら会いたくない。何故だか貸しにされていそうだから。

 

「……早いけど飯にするか」

 

 距離が近くなった俺と美夢だが,ご飯時はやはりまだ別々に過ごしている。

 修業とかの時間でどの道ずれているし,正直美夢の母親とあのリビングで面合わせるのはとてつもなく気まずい。

 最近は……と言っても一昨日位からだが美夢のお茶にも付き合うようになったのから目立った不服は出ていない……筈。

 

「バーガーショップか……」

 

 目に留まったのはバーガーショップ,滅多に入らない場所だけど最近は滅多に行かない場所ばかりにいっているので今更なような気もする。

 見た所最近出来た場所のよう,それでもご飯の前時に加え平日なので空いている。もしかしたら結構いい時に来たのかもしれない。

 折角だから偶には普段食べないものでも食べるか

 

「いらっしゃいませーっ!」

 

 カウンターにいる若者が元気よく挨拶しているのを聞きながら周りを見てみる。

 やはり人はまばらで,注文は少し人がいるが席に着く分には直ぐに出来そうだ。カウンターで適当なハンバーガーを頼み,待つこと数分で出て来たのを持ってどこか席に着こうと歩き出した時

 

「あ,やっぱり虎舞さんだ!」

 

 何故か俺の名前が呼ばれる。声をした方に向けば,愛本達と同じ学校の制服……確か陽葉学園の制服を着た4人の少女がいた。

 1人はボーイッシュなロングヘアーの少女で名前は確か山手響子だったか。招き猫作戦の参加ユニットの1つ,『絶対王者』という異名を持つPeakeyP-keyというユニットのリーダー兼ボーカル。

 

「へー,あんたもこういう所には来るんだ」

 

 意外そうな声で言ってきたのはピンク髪の小柄な女,おでこの上には髪を巻いた団子のようなものがあるのはなんだろうか。

 名前は犬寄しのぶ,このユニットのDJ

 

「何だか意外ですね」

 

 2人のテーブルを挟んだ向かい側,黄色のポニーテールの女性は笹子・ジェニファー・由香。白鳥と同じVJだった筈。さっき俺の名前を呼んだのは笹子らしい。

 

「有名人のプライベートって感じ,これは良い情報だわ」

 

 笹子の隣,緑髪のツインテールの女はコーラスの清水絵空。中々に強烈なキャラクターだな。

 

「この程度情報でもなんでもないだろ」

「そんな事はありませんよ。人によって情報は価値を変えるのです。例えば美夢さんがこの事を知りたいのかもしれませんしね」

「そこまでついて来ないと思いたい」

 

 最近の美夢は猫みたいに寄って来る。

 だから清水の言い分が全て否定できないのが何とも言えない。

 さて,こいつらに構えば面倒なことになるのは必須だと思うしこいつらも俺がいたらゆっくり出来ないだろう。ただでさえ年上だからな。

 俺は寛大な心で席から離れようとした所,まさかのリーダーから待ったをかけられる

 

「ちょっと待ってください。よかったらご一緒しませんか?」

「ちょっと響子」

 

 山手は犬寄に微笑んで止めた後,こちらに向いた

 

「私,山手響子と言います。機会があれば獅子さんとお話をしてみたかったんです」

 

 それが別に俺の事が好きだから……とかいう理由じゃないのだけは分かる。どちらかと言うと前の渡月に近い興味があるから話したいという感じ。

 さて,どうやって断ろうか……

 

「今お話ししてくれなかったらあ,美夢さんにうっかり虎舞さんがこの前ハピアラの子とお話をしていた事を話してしまうかもしれませんね♪」

(この野郎)

 

 清水が俺が断ろうとしていることを察したのか先手を打ってきた。

 バイナルの件を見られていたのか,それとも調べたいのか分からないが迂闊だった。窓側の席にいたから見られていても可笑しくはなかった。

 美夢にハピアラと話していた事を知られたら,何となく面倒なことにしかならない気がする。距離があった時期の事だから何かを要求されかねない。

 

「……はぁ」

 

 こんな女に手玉に取られるなんて俺の価値急落してるな。

 笹子と清水が端に寄ったのを見てしょうがなしに隣に座る。傍から見たら女子高生4人に囲まれている男子大学生なんて妬みの対象になりそうなものだが,俺自身は早く逃げ出したいと言うのが本音だ。

 山手に犬寄,笹子に関してはそれ程脅威を感じる訳じゃないがこの清水に関しては知らない間に懐に入ってきそうで大鳴門とは違った怖さがある。

 正面切る大鳴門とは違う,暗躍するタイプの女。真正面から叩き伏せる俺とは違うスタイルだから余計にやりにくい

 

「で,何を話したいんだ?」

 

 目の前のハンバーガーを開けながら問いかける。

 今回のバーガーはシンプルイズベストのテリヤキバーガー,栄養バランス? なにそれ? 

 

「獅子さんはどうして強くなろうとするのか聞いてみたかったんです」

 

 PeakeyP-keyは最高&最頂を目指すユニット,常に前を志す姿勢は俺が強くなりたいと思った理由ともしかしたら似ているのかもしれないな。

 ……あとこの前美夢にも同じ事聞かれたな。

 

「強くなろうとする理由……ね」

「私達も常に最高を目指しています。音楽も獅子さんの強さも限りはない筈です」

 

 俺は美夢に聞かれた時,強くなることに理由なんて必要ないって答えた。

 あの時答えは別に俺の嘘っていう訳でもない。何かを突き詰める事は悪い事でもないだろうしだからこそ理由なんていらない。

 

(……でもこいつはそんな答えを求めてる訳でもないと思うんだよなぁ)

 

 理由はある方が良い。原動力はきっと自分の何かを越えさせてくれるから。

 

「まあ,山手が言う事はその通りなんだろうけど」

「あ,私の事は響子で良いですよ」

「……響子の言うのはその通りだと思うが,俺自身それ程ご立派な理由がある訳でもない」

「そうなんですか?」

「強くなりたかった,ただそれだけの理由だ」

 

 だから俺自身は別に強いと思っていない。強くありたいから強くなる,その道半ばの今は”強い”なんて口が裂けても言えない。

 

「それだけであれ程の腕になれるんですか?」

「さあ,強くなることに全ての時間を使っていたからそんな事は考えたことはなかった」

「オー! 獅子さんはとてもストイックなんですね!」

 

 笹子が何故か眼をキラキラさせている。

 

「そんな立派なものじゃない。それしかなかっただけだ」

「んー,でもそう言うのって筋トレと一緒で好きじゃないと続かないじゃないですか」

 

 まあそうなんだろうけど,別にわざわざ話す内容でもないしな。

 

「別にそうとも限らんぞ,好き以外に継続できるモチベーションはあるしな」

「それって何ですか?」

 

 さて,それを正直に話して良いものか。

 聞かれたから答えるのが世の情けと言う奴だろうが,多分こいつらからは否定の方が出てきそう。

『好き』だから最高を目指しているこいつらと俺が考えるもう1つのモチベーションとは相反するものだからな。

 と言う訳でそれは言わない事にした

 

「そんな大したものじゃない。それに,別に俺がそのモチベーションでやっていた訳でもないからな」

 

 正確には昔はそのモチベーションでやっていた事はある。多分,だから強くなれたと思う。けれども,きっとこんな実力じゃまだ親父には笑われるんだろう。

 

「言いたいのは,どんな理由があって自分達の強さを引き出すかは自分自身に問いかけるしかない。音楽だろうが武術だろうが関係ない。少なくとも,己に嘘をつくような奴はそこまでの奴にしかなれない」

「……へー,意外にまともな事を言うんだな」

「ちょっとしのぶ,意外は失礼でしょ?」

 

 超今更なのだが,招き猫作戦の面子は俺の事どう思ってんのだろうか。

 この前は美夢の後ろからのこのこついて行って速攻で部屋を出て行っただけの謎の男。あれ? ばっちり不審者じゃね? 

 

「他人をどうでも良いって言った割にはと思っただけだ」

 

 何? 俺の行動ってそんなに矛盾してるか? 

 ……してるかもしれない。

 

「ああ,他人なんざどうでも良い。生きようが死のうが俺には関係のない話だ。前の奴も,自分の生活圏内が荒らされたから潰しただけに過ぎん」

「ですけど,そのおかげで私達はこうして生きています」

「……」

 

 響子にそう言われ言葉に詰まる。

 

「獅子さんの事を危険だって言っている人達はいるみたいですけど,こうしてお話をしてみて思いました。獅子さんは良い人です」

「だから」

「獅子さんが『どうでも良い』って言っていることが本音ならきっと私達は無傷ではいられませんでした」

 

 ……それが生活圏を荒らされた,それだけの理由であのペストマスクをぶちのめしたことの理由にならないだろうって言われているみたいだった。

 言葉に詰まった俺を見て横にいる清水が追撃するように言ってきた

 

「少なくとも私は美夢さんのガードをあなたに頼んだという連星さんの判断は間違っていないと思いますよ?」

「こんにゃろ……」

 

 ありゃもはや強制なんだよ。俺の意志なんてほぼないんだよ。……まあ衣食住の内食住には困っていないから良いんだが。いやよくねえ,あの人知らない内に家の中にトレーニング室なんて作ってんだぞ,美夢のガードから外れたら普通に出て行くつもりだと予め言っているのに囲いを作られているみたいなんだが。

 

「はぁ……」

「た,食べるの早いですね」

 

 こいつらと会話をしていたら疲れた。もう少しで美夢のレッスンも終わる頃だしお暇しよう。

 

「もう行くんですか?」

「元々美夢のレッスンが終わるまでの時間つぶしだったからな」

 

 そう言いながら俺は彼女達に別れを告げ,ニルヴァーナの休憩スペースへと向かった。そこからは何個かモニターが用意されていて子供達の様子が見られるようになっている。

 俺は椅子の1つに腰を下ろして,加賀美の元で学んでいる美夢を見た後に子供達が書いたという手紙を取り出した。本当は……,見るのは遠慮したいというのが本音だったりする。だけど返事を書くのかは置いておいて見なければ子供達にも失礼だろう。だから結局読むことにした。

 

「……」

 

 その手紙の1つ1つの内容は概ね同じもので……柄にもなく嬉しかった。どの子供達も感謝と寂しいって想いと

 

 ──俺に教わりたかった

 

 か……あの日,それなりの本性を現した気であったけれどあれを見ても尚俺に教えを乞う子供達の声が聞こえた気がした。だけど……俺も今は美夢のガードである以上それを放棄する訳にもいかないしそもそもこの子供達の親が俺をやめさせろと言ってきたんだよな。

 

 

「あ……本当に獅子先生だ!!」

 

 

 そんな時,不意に俺の声を呼ぶ男の子の声が聞こえて来た。俺がその方を見ると休憩室の入り口に小学生の男の子と……男の子の父親らしい男性が立っていて男の子の方は俺の元生徒だ。

 男の子が俺を見つけて駆け出すと,俺は慌てて受け止めた

 

「獅子先生会いたかったよーっ!!」

「ちょおい,いきなり抱き着くなって。ていうか今日はレッスンの日じゃないだろ,なんで……」

 

 俺の疑問に答えてくれたのは男の子のお父さんだった

 

「大船さんから電話があってね,息子がどうしても君に会いたいと聞かなかったんだ」

「……,俺はもうここを辞めた身ですよ?」

「その割に未練はあるようだね」

 

 言いながら目線を俺が持っていた手紙に向ける。……未練か……ああ確かに未練と置き換える事も確かに出来るな。

 

「妻から聞いたよ,妻も含めた人達が君を辞めさせるようにと抗議をしていたことを。申し訳なかった」

「まあ子を想う親なら当然ですよ」

「……どうやら君は妻が思っている人間ではないようだ」

 

 この人の妻とやらは俺がニルヴァーナを辞めるきっかけを作ったクレーマーの1人,てっきりこの人もそっち側の人間だと思っていた俺は少し驚いた。

 そんな俺の密かな表情の変化に気が付いたのか,彼は微笑んで言った

 

「普段妻に子供の事を任せている手前強く言えないが……私自身は君の事を高く評価している。理由が何であれ,命の危険がありうる戦場に1人で立ち蹂躙した君の戦い……君は嫌うかもしれないが勇気と言ってもいい,あれは立派なものだ」

「……感覚としては貴方の奥さんの方がいたって普通だと思いますよ」

 

 ”他人なんざどうでもいい”,そう言った時の事と実際にあの場にいたテロの連中を地に伏すだけの力があった。あれを見て俺の事を危険だと思ったから有志を集めて大船にクレームを入れたんだろう。

 そしてその感覚自体は間違っていない。子供の事を考える親としては正解だろう。

 

「獅子先生悪くないもん!!」

 

 そんな時,俺の抱き着いていた男の子が声をあげる。俺がここで彼に教えていた時には多分……結構懐いてくれていた子だ。

 

「ママが勝手に言って……僕は獅子先生が良いって言ってるのに全然話聞いてくれない!!」

 

 感情をありのまま吐き出せるこの子はとっても強い子だ。

 

「獅子先生,もう一度ぼくに教えてください!!」

 

 その子の言葉は……戦闘力という一点では俺に遥かに劣る。だけどその言葉から溢れ出てくる意志の力はとっても強かった。別にそれは俺が鍛えた訳でもない彼が本来持っていた力の一端だ。

 

「それは……今はちょっと無理だな」

「やめちゃったから……僕達の事なんてどうでもいいんですか?」

「違うよ,もう俺は違う人の所で働いちゃってるから……副業としてもやっていいのか分からないしそもそも君のお母さんが認めてないんだろう?」

「でも……」

 

 ああ……最低だな俺は。自分から辞めるだなんて言っておいてこうして未練がましく何か理由を付けてこの子からの繋がりを断とうとする。

 述べた理由なんて本当は些細なことで……子供達から目を背けたいだけなんだ。

 

「私からもお願いしてもらえないだろうか?」

 

 そんな子供に援護射撃をしてきたのはまさかの父親だった。彼はどこか微笑を浮かべながら言った。

 

「この子,今の先生になってから一度もレッスンに行っていないんだ。それだけ君の指導がよかったのだろう」

「でも……俺は……」

「妻の方も私が説得してみるのでどうかもう一度息子を見てもらえないだろうか?」

 

 そんな時,この2人以外の声が休憩室に響いた

 

「「獅子先生!!」」

「お前ら……」

 

 そこにいたのは俺が指導していた子供たち全員の姿,その事に驚いている俺は子供達の後ろから大船が姿を現したのを見てさっきこの子の父親が言っていた事を思い出した。

 

『大船さんから連絡がきて―』

 

 確かに手紙は渡されたし大船自身も俺の電話番号などの個人情報は保護していると言っていた。だけど……大船から子供達に連絡しないとは言っていない。

 完全に作戦の内だったのだろう。揃いも揃って俺の前に立ったこの子たちは一斉に頭を下げた

 

「獅子先生,また私達に教えてください!」

「お願いします!」

 

 あーあ……本当に,俺はいつから弱くなったんだろ

 

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