時間丁度に俺は近くのショッピングモールの入り口に来た。
ここはあの日爆発したショッピングモールとは別で,近くにあったあのショッピングモールが事実上潰れてしまったので,そこに行っていた人達の流れはこのショッピングモールに流れていると言っても過言ではない。
俺が着く頃には既に人が多く,目的の人物を探すのは大変だった。
ただでさえ地味な人なのにこの人だかりだ。
「いた」
目当ての人物を見つけ近寄ると,向こうも俺を探していたようで気が付いた。
嬉しそうに顔を綻ばせて合流した
「虎舞さん!」
「栞,久しぶりだな。……なんかイメージ違うが」
栞は基本眼鏡をかけ,童顔だし小柄で更に白衣と眼鏡を着ていることが常だったから今まで気にした事なかったが。
「虎舞さん,それはどういう意味ですか?」
彼女も今の自分の姿には自信があるのか,とてもあの陰気くさい実験室に閉じこもっている彼女とは別人のように化粧もしているし,いつも着ている白衣ではない女性らしさに溢れたワンピースに少々高いヒール。
普段の彼女とは全く違う。
「似合ってるって意味だよ。さっさと行くぞ」
「素直にそう言えば良いのに」
俺が歩いて行くと,栞も隣に歩き出した。
元々ショッピングモール内のバイキングで食べる予定だったので,予約しておいたバイキングへと向かう。
女性と二人で食べに来る場所としては落第も良い所だが,栞もここで良いって言っていたから構わないだろう。多分。
「わあ! この中華まん美味しそう!」
予約していたから席に早めに着くことが出来た俺達は,俺が荷物番をして栞が先に取りに行った。
自分のものを取ってきた栞に荷物を任せて俺は俺の分を取ってきた。
普段肉とかはそれ程食べる訳じゃないから少し多め,野菜? なにそれ?
「栞はちゃんとご飯食べてるのか?」
普段から研究室に籠っている彼女がまともな食生活を送っているとは余り想像できない。
けれども,栞は栞で呆れたように返した
「それを虎舞さんが言いますか。私おにぎりしか食べてるの見た事ないですよ?」
「……食べてるよ」
「今の間は野菜とか食べてませんね」
この話題を振った時点で俺の敗北は確定していた。
素直に負けを認め,違う話題を振る事にした
「そんな事よりも,あれから正輝とはどうだ?」
一瞬,眉を顰めた彼女だったが,話さなければならないと分かっていたのか箸を動かすのを止めて答えた。
「まあ,正直前よりも私の環境は良くなった……と思いますよ」
栞は,あの電波ジャックデバイスを開発した腕を見込まれて正輝への技術提供をしている。
といっても今の所は前俺が作った電波ジャックアイテムとかその類だけのようだ。
ただ,それだけでもMOAの主力武器を潰す事が出来るのは良い事だ。くだらない遠隔武器がないのなら後は力と力のぶつかり合い,MOAがどれだけの巨大なテロ組織なのかは知らねえがその方が勝機はある。
「分かってはいたが,不満そうだな」
「だって,私は兵器を作りたい訳じゃないですから」
彼女は変人なだけでその頭脳は素晴らしいものを持っている。
MOAの手段の1つを潰したことは,それだけで仲間にする価値がある。ただ,彼女が言うように何かがあってエスカレートして兵器を作るように言って来たらそれはMOAと変わらない。
勿論,まだ彼女はこれまで兵器を作ってきた奴らのような頭脳があるとは思えないが,それは今の話だ。
栞に環境を与えれば恐らく作れる。今だってよく分からない方法で電波を……それもスカイツリーの電波を邪魔するほどの妨害アイテムを作ったのだから。
「悪かったな,栞の事を話して」
正輝に栞の事を話したのは俺だ。
正輝は個人的に栞に接触し,MOAの事を話して技術提供の話を話したらしい。
俺が正輝に栞の事を話した目的は2つ,今後また栞に協力を煽る事になるかもしれないからその時の為に事情を知ってもらう必要があった。
そしてもう1つは
「それは良いんですよ。だって私を守る為だったんでしょ?」
……不本意だが彼女の言う通り。MOAは次何かをする時はほぼ確実に栞の作ったものを踏まえた兵器を開発する筈だ。
俺が工学系に優れていないなんて今の時代ネットで調べれば出てくる。
頭のいい奴ならそれでジャミングアイテムを開発したのは別の人間と分かる。俺がくたばる分には良いが,俺が勝手に巻き込んで栞に何かあるのは俺としても良くない。
だから正輝に俺が協力者になることを条件に頼んだのは栞の身の安全だった。それは少々違った形だが守られている。
「まさか技術提供とは俺も思わなかったがな」
「その方が私も安心できるかなって」
「違いない。お前無しでMOAに対抗できないって状況になれば,正輝たちは意地でもお前を守らないといけなくなるからな」
MOAの切り札として自分を高みに上げる。そうする事で栞は自分の価値を昇華させたのだ。
「栞,お前の夢は何だ?」
自分に降りかかった事を逆に利用して自分の頭脳を,発明を更に高めようとするその姿勢の秘密を知ってみたかった。
彼女は自信ありげに胸を張って答えた
「私の発明が世界を救う事!」
目標も夢も,何もかもない俺に到底出てこない夢で眩しかった
★
栞とご飯を食べた後,彼女は研究室に戻ると言って帰って行った。
外に出ると,朝とは打って変わって少し曇り始めていた。まだ午後15時,折角の休日だから真っすぐ美夢の家に戻るのも何だか嫌だな。
結局俺は先程までいた公園にまで戻ってきた。今は遊ぶ時間としてはピークな為,元気な子供や家族でピクニックをしている家族連れが朝よりも増えていた。
「……イメトレするか」
瞳を閉じ,周りの情報をシャットダウンする。
声も,風が吹いている音も,草木が揺れている音でさえもシャットダウンする。
そうして俺の脳裏に映し出すのは俺と,周囲には拳銃を持った覆面の男ども。
放たれる弾丸を避けつつ,相手を一撃でダウンさせるためにはどうするのかを考えながら動きを加える。感覚俺がリモコンを持って画面の中の俺を動かしている感じだ。
この前のMOA戦で初めて相手が複数拳銃を持っている状況にあったが,それを踏まえた上での動き。
あの時俺は別に弾丸が見えていた訳ではない。俺に出来たのは弾丸が放たれる数瞬の閃光と弾丸の射線を見切ることのみ。
あの時周りは暗かったからそれでしか判断が出来なかったからだ。
今よりも高みに行くには,それだけでなく弾丸そのものを見る事が出来るように眼と感覚を鍛えるしかない。けれど,本物の弾丸を見た今ならもう少しで恐らく見切る事が出来る筈だ。
「虎舞さん,このような所でどうされたんですか?」
……そこで何故かここにいる筈のない声が俺の耳に聞こえてきた。
嫌な予感を感じながらも眼を開けて前を見ると,半袖で白のワンピースと言ういで立ちの春日がいた。
唾の大きい帽子も被っていて,とても公園に遊びに来たと言う訳ではなさそうだ
「春日か,それはこっちのセリフだ。俺からすればお前がこんな所にうろついている方が不思議だ」
「む,わたくしだってお散歩に行く事もありますわ。それよりも何故貴方がこのような所にいるのですか。美夢さんの護衛は?」
やはり俺は彼女に良い思いはされていないようだ。まあ別に良いのだが
「今日は美夢が日高の家庭教師の日だし,外での用事も特にないから連星が休みにしたんだよ。俺が何人もいる訳じゃないからな」
「そうでしたか……なら丁度いいです。虎舞さんにお聞きしたい事があるのでした」
「学校の課題とかいうなよ?」
「ふざけないでくださいな」
そう言いながら春日は俺の隣に腰を下ろした。性格は完全なる委員長気質な彼女だが,顔は整っていて”美人”には入るのだろう。だからそんな彼女と2人でベンチに座っている俺は外野から見れば羨望か嫉妬の的だ。
軽く周囲の気配を探ると,彼女の運転手か知らないがお付きっぽい人がこちらを見ていた。
流石にお嬢様に仕えているだけあって上品なスーツを着ている。ただ,もう少し気配は消せよ。ガードじゃないとしても。
……俺も気配は決してないから人の事は言えないな。
俺がお付きの方を見ていると,春日は真剣身を帯びた表情で問いかけてきた
「虎舞さんは……美夢さんの事をどう思っているのですか?」
何だその恋愛漫画にありそうな問いかけは。
「どんな意味の問いかけかは知らないが,答えは何とも思っていない。強いて言うなら仕事の対象位だな」
「そうですか……」
どこかほっとした感情と,なんとも思っていないと言った事で彼女の何かが揺れていた気がする。
「美夢さんの事,必ず守ってくださいね」
「……仕事である以上はちゃんとする。お前は美夢の事が好きなんだな」
他人の心配をそこまで出来る事に感心していた。俺には永遠に出来ない事だ。
「当然です! 美夢さんは素晴らしい方ですから!」
……まて,なんかスイッチが入っていないか?
嫌な予感がしたのも束の間,春日はどこか誇らしげに美夢の事について語り始めた。
「まず美夢さんはとても綺麗な声をお持ちでその歌声はまさに天使です! 天から遣わされたのが美夢さんと言っても過言ではないですわ!」
あー変なスイッチが入っちゃってたよ
「美夢さんはその人の良さも常人にはとても真似が出来ません。品行方正で誰にでもお優しいのです!」
……知っているよ,そんな事は
俺とは正反対だからこそ輝いて見えるんだから
「それに学業においても優秀です! 水泳の潜水においても──」
やばい,春日がこれほど美夢の事を語るとは思わなかった。
そのどれもが同じ時間を過ごすようになったから分かってきた事であり,やっぱり誰から見ても美夢はそう見られているらしい。
俺が彼女のスケジュールをしようと思ったらきっと嫌気がさす気がする。それでぐれて家を出るまでがワンセット。
……ダメだな。持っていないものを考えた所でそんなものに価値はない。
「聞いておられますか虎舞さん!」
「聞いてるよ。お前の美夢語りは」
「か……語りと言うほどでもないですが,とにかく! 美夢さんは素晴らしい方なのです!」
といっても半分くらいは美夢語りをスルーしていた。あんなのまともに聞いていたら気力を無駄に使う事になるからな。
「まあ,俺から見れば春日も大概凄いと思うがな」
それを聞いた春日が眼を丸くした。
俺に何と言われたのか一瞬分からなかったのかもしれない。ま,世間の俺のイメージなら余り他人を褒めないと思われていても可笑しくはないから春日の反応が妥当ではあると思うが。
「わ,わたくしなんて美夢さんと比べれればそれほど……」
「謙遜は嫌味に聞こえるぞ。それに,俺には永遠に手に出来ないものをもう持っているって意味だ。他意はない」
心をさらけ出せる仲間,両親に妹。俺が守りたかったものを全て持っている。
「虎舞さんには手に出来ない……? なんなのですかそれは?」
「くだらない物だ。とにかく,ガードの事ならお前が心配するような事じゃない。仕事である以上はちゃんと守ってやる」
「で,ですが虎舞さんは大学生です。いくら星朋大学と有栖川学院がまだ近い方とは言え……」
春日はもし学校で何かあった時の事を危惧しているのだろう。
確かに街中に出る時は俺もほぼほぼ美夢についている。けれど,流石に女子高の有栖川学院には入れるわけではない。
今は学校に報告しているから門の前まで美夢を送る事が出来る状態だが,流石に学校の中で事が起こる事があれば対処は嫌でも遅れる。
春日の懸念はもっともなことなのだろう。けれども
「仕事を投げる訳じゃないが,有栖川学院でなにかが起こるのならそれは有栖川学院の警備陣や教員が生徒を守るべきだろ」
「う……。それは確かに」
自分が結構理不尽なことを言っていた自覚が出たのか少し申し訳なさそうに頭を下げる。
余談だが,ここは公園の中のベンチでまだ日も高い。なので元気な子供達が先程から遊んでいたりしている。曽於の中にはサッカーボールを蹴っている子もいる。
「……まあ安心しろ。仮に有栖川学院で何かが起こったとしても俺が潰してやる」
バシッ!
春日の後頭部に迫って来ていたサッカーボールの流れ弾を,俺の左手が弾く乾いた音がした。
「こんな風にな」
「……へ?」
少し抱き寄せた春日の口から呆けた言葉が聞こえた。
「すみませーん!! 大丈夫ですか?!」
春日を離し,俺は春日に当たりかけたサッカーボールに近寄った。それを手に取るとこちらに走ってきた子供達に向けて転がした。
「あ,ありがとうございます」
答えるのも面倒なので手を挙げて会釈しながら春日の所に戻った。春日はそれで何が起こったのかハッと眼を見開いていた
「虎舞さん,守ってくださりありがとうございます」
どこかほっぺが紅いが,いきなりサッカーボールが飛んできたから焦っていたのだろう。分かるわ。いきなり心臓がバクバクしたら顔が紅くなるよな。
……最後にそんな状態になったの何時だっけ?
「ただのついでだ。それで,春日は結局何の用だったんだ?」
偶然を装ったように思うが,恐らくこいつか春日のお付きが俺の事を見張っていたと思う。根拠はいくつかあるが,フォトンの奴らと会っていた時位から既に出雲以外の視線を感じてはいた。
出雲よりかは上手く気配を消してはいたが,それでもまだまだだな。
「……虎舞さんが,しっかりと美夢さんの事をお守りしてくださるのか不安だったのです」
こいつの頭にはまだ他人をどうでも良いと言っている俺の姿が思い浮かぶのだろうな。そんな俺が仕事とはいえ美夢のガードに付いている事が春日には不安で仕方のなかったのかもしれない。
「お前も大概美夢の事好きだな」
「す……?! と,当然です! 美夢さんは私にとってとても大事な友達です!」
その友達の為にこんなストーカー紛いの事もするのか。つくづく美夢は愛されてるな。
「……さっきも言ったが,仕事である以上はちゃんとやる」
「それはご自分の命を懸けてもですか」
春日の真っすぐな眼が俺を見据えてくる。
仕事と言っても普通の人間は自分の命は惜しいだろう。けれど,春日にとってはガードの俺の命よりも美夢の命の方が重い。それは当然だ。今ここで俺が命は懸けれないなんて言えば彼女の不満はきっと溜まる事だろう。
「当たり前だ。自分の命を懸けない戦いなんて戦いじゃねえ」
「……少し不安が残る答えではありますが,今はその答えが聞けただけで満足です」
春日はそう言って立ち上がる。
「では,わたくしはこれで失礼いたします」
そう言って一礼した彼女は踵を返す。俺も春日を見送り,美夢の家に戻ろうと踵を返しかけたが「あ,そう言えば」と背後から春日の声が聞こえて振り向いた。
「わたくしの事は春奈とお呼びください。その代わりわたくしも獅子さんとお呼びいたしますから」
基本俺は人を呼ぶときは名字スタートだが,最近は名前で呼ぶ連中が増えた気がする。
「……分かった」
そう言って俺は踵を返し,美夢の家に戻ったのだった。
★
余談だが……
「獅子さん,これはどういうことですか?」
美夢の家に戻ってきた俺を迎えたのは,何やら美夢にしては珍しく低い声で俺に問い詰めてきていた。
その手のスマートフォンには写真が写っていて,そこには俺が栞とランチをしている写真が映っていた。
俺が背を向けている状態だから、おそらく後方のテーブルから撮られたもの。
「女性の方とは聞いてなかったのですが」
頬を膨らませ、ハムスターのように上目遣いで見てくる美夢はここ最近で1番俺に距離を詰めていた。
その眼が少し痛いが、別に俺は間違ったことを言っていたわけじゃない
「言う必要も無かったからな。美夢も男女かは聞かなかっただろ」
「それは……そうですけど」
何やら納得出来ていなさそうな美夢、けれど栞に貸しがあったのも事実。今回のランチは必要なイベントだったのだ。
そんな事を考えていたら
「私とは一緒にランチしてくれないのに」
ボソッと、俺にだけ聞こえる声で不満を顕にする。普段俺の行動に文句のひとつも言わない美夢が呟いた言葉はそれだけで彼女がどんな事を思っているのか想像がつく。
けれども,あれは栞に貸しとこの戦いに巻き込んでしまった俺なりの罪滅ぼしの意味もあったのだ。貸しはこれで返した。
だからまた栞と飯に行く事はもうない。
(そう言っても納得しなさそうだな)
最近一緒にいるから美夢が意外に少し頑固なのも知っている。
(はぁ,俺も甘いな)
取り合えず靴を脱いでスリッパを履いた。
「……明日時間あるか?」
もとより明日も仕事だが,これはもはやノーカンでいいだろ。
明日の予定を聞かれた美夢はとても嬉しそうに頷いた