騒然としたショッピングモール
美夢の目の前で,先程の少年が獅子にすがりついて小さな拳で獅子を叩いていた。
「なんで……なんでママを助けてくれなかったんだよ!!」
泣き喚き,顔がぐちゃぐちゃになりながら獅子を叩くその姿は痛々しく,悲しいものだ。
周囲を見ると野次馬が集まったりして,焼け野原になってしまったショッピングモールを見上げていたりした。
中には少年と同じように泣いて警備員たちの静止を振り切って燃え盛るショッピングモールに突入しようとしてる人達もいる。ショッピングモールの中にいた従業員や客達は,誰もが死亡,或いは火傷などの軽傷者。それか今も命の危機に瀕している人に分けられていて,その被害は優に300人を超えている。
「なんで……なんで!!」
既に警察や救急車,消防車も到着して事態の収束に当たってる。ショッピングモールからある程度距離を置いたここにいても,とても焦げ臭いにおいが鼻を刺激する。
爆発していた現場を見たので余計にそう感じてしまう。
美夢は目の前にある光景を,ただ見ている事しか出来なかった。
獅子はその少年の背丈まで膝を折り,目線を合わせた
「俺は正義のヒーローでも神でもない」
「でも……でも──!!」
必死に獅子を睨みつける少年だが,口から出す言葉が何か分からず何度も言葉を飲み込む。そしてようやく言いたい事がまとまったのか,叫んだ
「じゃあ何で俺なんか助けたんだよ!! ママを助けなくて……なんで俺なんかを助けたんだよ!! どうせ……どうせママが死ぬんだったら……俺も一緒に死んだ方がマシだった!! だって……俺なんかが生きてても意味ないじゃないか!」
(あ……)
それは獅子が余計な事をしたと泣き喚いているのと同義。
傍から見れば少年は獅子に対して理不尽なことを言っている。品行方正の美夢でも,その意味は分かる。だけどそれが違うと否定するのは余計に火種を大きくする事になる。何より,少年の心が壊れてしまう。
獅子の顔を伺うと獅子は何とも言えない表情をしていたが,そっと手を少年の頭に乗せた。ただし本人の表情は聖母のような笑みでも,柔和な笑みを浮かべている訳でもなく,どちらかというと厳かな表情だ。その口から出る言葉も
「だったら勝手に死ね,っていのうが俺の本音だ」
「れ,獅子さん!」
流石の美夢もその口から出た言葉に声をあげる。彼は美夢の方に視線をチラリと向け
(ちょっと黙れ)
そう言った類の視線を送る。再び少年に目を合わせた彼は,自分がなんて言われたか分かっていなさそうな少年に続けていった。
「だがな,お前はママにあの時唯一『生きてほしい』,そう願われたんだぞ」
絶対的な痛みの中,口を動かすのですらとてつもない気力がいる。それも,自分が死んでしまうかもしれないあの刹那で自分の事じゃなくて少年の事を考えた。母親なら当たり前と思うかもしれない。だけど,その時振り絞った気力がどれほど凄まじいものなのか獅子は知っている。かつて自分の目の前で果てた母親もそうだったから。
「それ位,ママにとって君が生きているのがとても大事なことで……失いたくなかったんだろ」
「でも……俺……」
「この先の人生,お前がどうするのか俺は興味もないしどうでもいい。だけど,意味のない生も死も,ある訳ない。だからママが自分を生かしてくれた意味を考えるんだな。それでも死にたいのなら勝手にしろ」
そう冷たく突き放し獅子は美夢の元まで向かった。
「獅子さん……」
獅子はすれ違いざま,美夢に何かを言ってそのまま歩き出した。
「ちょっと周り見てくる」
言いながら獅子は歩き出していたが,その背中を美夢は驚いたように見ていた。そして獅子に言われた言葉の意味が分かると,少し嬉しそうに微笑み少年に近寄った。
美夢達の様子をミラーで確認した獅子はそのまま歩いて,ショッピングモールから少し離れた場所にあるベンチにまで向かい,座った。
別に疲れたとかではなく,こうしていた方が先程まで自分を見ていた男が近寄りやすいからだと思ったからだ。
その予想通り,獅子が座っているベンチへと男が歩いて来ていた。
その男は、高そうなスーツを着こなし、髪は七三訳で端正な顔立ちは好感が持てるものだった。ただその佇まいはそこら辺の人とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。
あの現場にいたことからも,彼が警察関連の人間と獅子は予想した。
「隣,いいかな?」
「……勝手にしろ。白々しい」
吐き捨てたのを意にも返してはいないらしく,そのまま座った。
「さっきの少年の,ちょっと言い過ぎだったんじゃないかな」
「聞いてたなら知ってるだろ。俺はヒーローでも神でもない。勝手に期待して,勝手に失望する方がよっぽど酷いと思うが?」
「それもそうだ」
言いながら彼はその胸元から名刺を一枚取り出し,獅子の顔を見ずに軽い感じで手渡した。それを受け取り,そのまま眼を通す。
予想通り彼は刑事らしかった。ただ,予想と違ったのはただの警察ではないと言う事。
(警察庁警視正,……所属は……書かれてないな)
警察庁警視正,
「で,何の用だ?」
「ただの事情聴取さ。君はあの瞬間,あの現場に最も近い場所にいたんだから」
「ただ爆発した。以上」
「……正気かい?」
事情聴取らしい事情聴取ではない。ありのままに起こった事を総括すると獅子が言っている事も間違ってはいない。けれども本気であの出来事6文字で語るのは普通に考えれば可笑しい。正輝が少々面くらったのはある意味しょうがないのだ。
「正気だ。それに,生きてる奴であの現場にいたのは俺だけじゃない。それなのに,なんで俺につく」
「君があの場で一番冷静だったから,かな」
そこか確信を持って告げた。
「そんなの分かんねえだろ。俺が一番心穏やかじゃないかもしれねえよ?」
「それはない。それは13年前から何も成長していない事になるからね」
瞬間,誰も見ていないのを良い事に獅子は男の胸倉を掴んだ。彼から呻き声が聞こえたが知った事ではない。何故なら13年前の事を知っている人間は限られる。自分以外だと当時の警察か或いは……犯人。
普通に考えれば前者,だけど自分に関しての情報は基本的にシャットアウトされている筈なのでいくら警視正だろうが顔も知らない筈の自分が,13年前の生き残りだと分かるはずが無い。
唯一分かりそうなやつに1人だけ心当たりがある。それが,あの日故郷を滅ぼした犯人
「貴様……!」
「勘違いしないでくれ……君の事は元々知っていたんだ」
そう聞いた獅子は男の顔を観察した。自分と面識があったかもしれなかったから。だがどうしても男の顔に見覚えはない。それを自分の中で再確認した獅子はその力を強める。正輝は苦しみが増した表情になったがあくまでも冷静に口を開いた
「アルス……」
「——ッ!」
男がその口から呟いた名前を聞いた獅子は眼を見開き,そっと胸倉を外した。男は胸倉を掴まれていたかむせていたが,落ち着きを取り戻すと続きを話した。
「君のお父さん……虎舞アルスさんには昔世話になってね,君に会うのも……実は初めてではないんだ」
最も15年ぶりくらいだけどね,と笑う男を獅子は睨みながら観察した。そんなことを言われても知らない者は知らないと言うのが本音だ。だけど,今や知る者は自分位のものだと思ってた父の名を,こんなおじさんが知っていた……全てを否定する訳にはいかなくなったのかもしれない。
「刺激するようなことを言ってすまない。君を怒らせたい訳ではないんだ」
「何が目的だ?」
「獅子君,この爆破をした犯人に殴り込みに行くつもりだっただろ」
「……仮にそうだとしてそれがどうした」
「問題しかない。誰がやったのかも分からないのに」
「そんな事は言っているがあんたも誰が……というよりもどこの輩がやったのかは大体予想ついている筈だ」
それを聞いた正輝は少し黙り,その胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。そして間を持つように一吸いする。
ゆっくりと煙を吐き出した彼は口を開いた
「MOA……か」
「だろうな」
そう言って獅子はSNSを開きトレンドを見た。獅子の予想が正しいのなら既に奴らは行動し始めていると考えたからだ。そこの急上昇ランキングには既にショッピングモールの事が載っている。
それも,最初から爆発をするのが分かってたかのように綺麗なショッピングモールを映すところから始めていた。
その映像を投稿したアカウント名が
「MOA……あいつらの流儀かは知らねえがあいつらは絶対に犯行の様子をネットにあげる」
今朝獅子が見たMOAのアメリカテロの様子も,実は向こうのメディアが撮ったものではなくMOAが公開したものを使っていたのだ。
下のテロップに,『でっかい打ち上げ花火』とかいうふざけたことが書かれている。
「こいつは捨て垢だから当てにならないけど,手がない訳じゃない」
「それを聞いて私が素直に行かせると思うかい? 私からすれば君は恩人の唯一の息子なのに」
「知った事か。俺の生活圏内を荒らしに来たんだ。だったら俺が潰す」
「それだけが理由かい?」
正輝は「分かってる」。そう言いたげに問いかけた。獅子はそれには答えずに立ち上がる。その時SNSから通知が来てクリックする。
それはショート動画でハロウィンなどでよく見るペストマスクを被っている人間がいた。正輝も隣から覗き込む
『MOAだ。我々は今からこの国を破壊する。弱者を食い物にする無能な国に我々は止められない』
(勝手なことを)
ハロウィンなら特に何も感じないペストマスクも今ばかりは不気味さを助長させていた。
『今日,この国は生まれ変わる。我々MOAの狼煙が上がるのだ』
そのメッセージが終われば画面が黒く染まり,動画が終了した。獅子はスマホを持っている手の力を強め電源を切った。そして踵を返し美夢の元まで向かおうとする。
しかしその腕を正輝が掴む。にらみを利かせながら振り返る
「何のつもりだ?」
「どうしても行くつもりか?」
相手は強大だ。たった1人では危険だと言う正輝の意見が正しいのだろう。だが,獅子はそんな事は関係なかった。強引に腕を振って拘束を解き問に答える事をせず美夢達の向かった。
獅子が戻ると美夢は少年を膝枕して寝かせていた所だった。戻って来る獅子に気が付いた美夢は声をかける
「獅子さん……この子は……」
「そいつの母さんの死体がもう直ぐ搬送されるだろう。そいつに他の家族がいるのかしらねえが救急隊員に連れて行って貰え。俺らが出来るのもそれまでだ」
「でも,この子はお母さんを目の前で亡くしたんですよ?」
「さっき言ったはずだ。俺はそいつの将来なんざどうでもいいし興味ない」
「でも……でも……」
獅子の言い分に納得がいかないのか美夢は少年を見る。
「中途半端な優しさはその子も,お前自身も傷つける事になるぞ」
それが獅子の最低限の気遣いだった。
その時,獅子の後ろの方から救急隊員の1人が来た
「その少年のお母さんの準備が整いましたが……」
「……分かり,ました」
美夢は少年を少し持ち上げ,救急隊員が少年を抱っこした。最初は見送ろうとしていた美夢は何かを振り切るように自分の連絡先を書いた紙を近づきながら救急隊員に渡しながら言った
「あの……もしこの子に頼る所がなかったら……ここにご連絡ください」
「分かりました」
救急隊員は一礼して去って行った。それを見届けた美夢の顔は曇っている。そんな美夢の隣に獅子は並んだ
「お前も甘いな」
「私……生きてる人を見捨てる事なんて出来ません」
「そうか。俺には無理なことだ」
そう言って獅子は歩き出した。その後ろを美夢もついて行く。2人は騒然としているショッピングモールの敷地を抜けた。歩きながら獅子は簡単に事情を話した。
「取り合えず,お前の家ないし近くまでは送る」
「それは……ありがとうございます。でもどうして?」
「さっきテロ組織のメッセージが公開された。そいつらが次にする事なんて決まっている」
圧倒的に説明が足りないが,それを説明する前の事態は起こった。2人が大きな交差点を渡ろうとした直後,右から来ていた車がスピードを全開に迫って来ていた。運転手を見ると眼を見開き冷静さを欠いているいる様子だった。
獅子は美夢の腕を掴み自分の元へと引き寄せて一歩下がる。そうすると自分達が通るはずだった場所に先程の車が通り過ぎた
「え?」
その車はまた別の車に激突し,炎があがった。
「ち,思ったよりも早いな」
「獅子さん……これって」
「サイバーテロだ。MOAの常套句。お前もスマホ持ってるなら電源を切っておけ。発火する事もあるみたいだから」
「は,はい」
スマホを取り出しその電源を消す。それを見た獅子は美夢の腕を引っ張る形で歩き始めた。
途中,サイバーテロが起こってるのを知らない人達のスマホとかが爆発したり,ハッキングされた車が暴走したりで獅子達に襲い掛かって来た。
(……凄い)
強引に引っ張られながら歩く美夢だが,その道中で獅子の冷静さと状況判断力に驚いていた。
あらゆる所からくる脅威を瞬時に見極めるだけではなく,その時の最適解を一瞬で叩き出し常人ならば怪我している所を無傷で通り抜けられている。
けれども,回避するたびに腕を使われるので流石の美夢も腕では痛くなってしまう
「あの……獅子さん」
「何だ?」
周りを警戒しているからか自分の方を向いてはくれないが,反応はしてくれた。
「その……腕では痛いので手を……繋いでくれませんか?」
さっきから危険を回避する為に美夢の腕を使って回避させているのでそれなりに負担がかかる。それなら手を繋いだ方が負担が少ないと思ったからの提案。
……獅子も美夢が痛そうにしていたのには気が付いてはいた。ただ自分から手を繋ぐというのはヤバい奴に見えるからしていなかったのだが……
「獅子さんになら……良いです」
そう言って掴まれてる腕の先で手を差し出した。
それを見た獅子は一瞬どうするかと思ったが,また暴走した車が迫って来たので腕から手を外して美夢の小さな手を掴んで引っ張り回避した。
「はう……ッ」
「なんだその変な声」
「その,いきなりでしたので驚いて」
「そうしろと言ったのはお前だろ」
そう言って獅子はそのまま美夢を引っ張る。美夢のナビ従いながら進んでいると,遠くからでも見える豪邸が見えた。その門の前に何人かのメイドと,執事らしき人影を見つけた。
「じいや! さおりさん!」
彼らも美夢達を見たのか,こちらに歩いてくる。もう直ぐで美夢の家らしいので獅子はその手を離した。少し美夢がこちらを見たのが分かったが見なかったふりをする。
そして美夢がじいやと呼んだ老人を見る。
「美夢お嬢様,ご無事で何よりです」
「じいや,この方のおかげです」
そう言ってじいやは獅子を見て,少し眼を大きくした。それは獅子を見て動揺したようにも見える。まあ真っ赤なジャケットを着てる金茶色の男など珍しいからかもしれないが。
「そうでしたか,お嬢様が大変お世話になりました」
「いや,ただのついでだ。じゃあさっさと連れて行ってください」
そう言って獅子は美夢の背をそっと押してじいやに引き渡す。だけど美夢は美夢で直ぐに振り返り獅子に声をかけた
「良かったら獅子さんも,この事態が落ち着くまで家にいらっしゃいませんか?」
外はまだサイバーテロの影響が大きく,都市機能は今の所ほぼほぼ壊滅したと言ってもいい。
今頃銀行とかにも人が殺到している事だろう。銀行まで可笑しくなればお金をおろせなくなる可能性もあるからだ。
美夢はそんなことまで考えた訳じゃないが,彼の凄さは先程のショッピングモール,そして道中での事で分かったが万が一と言う事もあり得る。
その点,背後に聳える豪邸に避難していれば,最悪な事態は起こらないと言う点では美夢の提案は飲むべきだ。
だけど
「悪いが,俺には俺のやる事がある」
彼から出たのは断りの文句
「そんな……危険が沢山あるんですよ?」
「危ないから……そんな理由で男が女のように家に引っ込むわけには行かねえだろ」
そう言いながら彼は背を向けた
「安心しろ,俺は死なない。だからさっさと帰れ,いいな?」
そう言って獅子はロングジャケットを翻し,また暴走している都市の中へと消えていった。