今回の登場キャラは前回名前だけでたさおりです
https://anime.d4dj-pj.com/all-mix/character/hidaka-saori/
イメージつかない方は良かったらリンク先見てから読んでください
都内の一角に聳える豪邸,獅子に連れられて帰宅した美夢は,母親に帰宅の報告をした後に自室へと戻った。そこで部屋着に着替えて制服をお手伝いさんの1人に渡した。
そのお手伝いさんと入れ違いに入って来たメイドは,美夢の家庭教師兼メイドの日高さおりだ。
「美夢ちゃん,怪我はない?」
家主の娘である美夢への呼び方は,大半のお手伝いが美夢お嬢様にも関わらず,彼女だけはフランクにちゃんづけで呼んでいる。それが美夢と彼女の関係性を伺わせる。
けれども,さおりの表情はどこか不安そうだった
「ありがとうございます。わたしは平気です」
「そっか,それなら良かった」
心底ほっとしたように一息ついた。
そして少し遠慮気味に聞いた
「美夢ちゃん,美夢ちゃんをここまで連れてきてくれたのって……」
「はい! 虎舞獅子さんという方です」
「あ,やっぱり?」
「やっぱり……?」
「あーうん。虎舞は大学で有名だから……悪い意味で」
「……え?」
虎舞獅子,その名はある日を境に大学に広まった。桜田美夢の家庭教師兼メイドである日高さおりもその名は良く知っている。
当時のさおりからすれば今のユニットのメンバーと同じ位近寄りがたい存在として。
その一端の出来事をさおりは目の前で見たのだから。
「どうしてですか?」
さおりは話すか迷って,結果的に話した方が良いかと考えてティーカップをソーサーに置いて話し始めた。
「凄い簡単に言うと,私の大学に現れた暴走犯を虎舞が倒した……あれは再起不能にしたっていう方が良いのかな」
「星朋大学でですか?」
美夢はそんなニュースを見たことが無かった。さおりからも聞いたこともなかったので驚いた。
「うん。別に秘密って訳でもなかったんだけど……ただ,ちょっと話すのには抵抗があったから」
「そうだったんですね……一体何があったんですか?」
純粋に知りたそうな美夢,さおりは少し迷った。正直あまり話したくないのが本音だ。あの出来事は今まで普通に,美夢みたいに争いも知らず生きていた少女には刺激が強すぎる話でもある。
しかし,獅子への興味を持ってしまった美夢のストッパーとして話しておいた方が良いのかもしれない。
「えっとね」
2カ月前の春,星朋大学では新1年生を対象にした部活勧誘期間が始まっていた。だから日中は人が多く,混んでいる。
如何せん,平日の授業日でもあるのでサークルとかに参加しない生徒もいる為に人がぎっしりと詰まっている。
これが夏ならゆでだこになってるかもしれなかった。
(うー,人が多いよ。こんなに人がいるなんて……でも授業休むわけにもいかないし)
ネガティブな感情を多く持っているさおりも,憂鬱な気持ちになる。中にはさおりも少し苦手なパリピの人種もいるし。
だけど,そんな事を言っている暇がない程,普通ならあり得ない事が前触れもなく起きた。重い金属音と空気を切裂く音が同時に聞こえ,悲鳴じみた叫び声がした
同時,野太い男の声がキャンパス内に響いた
「全員動くな!!」
「な,なに?!」
アニメやドラマでしか聞いたことのないようなセリフにビビッて声の場所を見てみると,何か焦っているような男が拳銃片手に周囲を威嚇していた。
最初は生徒達は演劇部とかの演技かと思ったらしいが,直ぐにそうじゃないのが分かった。
「おいおい,そんなくだらない演技なんてするなって。皆ビビッてるだろ」
部活の勧誘をしていた先輩の1人がため息交じりに近づくと,さおりの隣から鬼気迫った声がした
「馬鹿が! それは本物だ!!」
言った瞬間,銃声が聞こえ,次には男が腹部から血を噴き出しながら吹き飛んでいた。男は腹部を紅く染めながら仰向けに倒れる。
それを周りは時が止まったように見つめて
「う……うわあぁあ!!」
「キャァァ?!」
事態を認識した周りの生徒は悲鳴をあげる。
さおりは何が起きたのかが分からず,呆然と吹き飛んだ先輩を見た。眼は既に生気をなくしかけて口からは血が吐き出されている。
「亮君!! 亮君!!」
彼の彼女らしき先輩が必死に呼びかけるが返事がない。
それで現実をようやく認識する事が出来た。
先輩を撃った男は呆然と先輩を見ていたが,それも厳つい男たちが大学に入ってくるまでだった。
男たちの先頭に立っていた男が惨状を見ると,顔を怒りに染めて直ぐに拳銃を男に向けた。
「武器を捨てろ!! お前は既に包囲されている!!」
「うっせえ!! お前らこそ武器を捨てろ!!」
そう言って後ろに走り出した。男の部下が背を向けた男を撃とうとしたが,先頭の男が止めた。何故ならまだ逃げきれていない女生徒と男が線上に重なっていたからだ。
もし外した場合,女生徒に被弾する事になる。
幸い,さおりの所じゃなかったので良かったと思ったのも束の間,男の魔の手はその女生徒に迫った
「い,いや……いやぁああ!!」
「大人しくしろ!!」
女生徒は後ずさって逃げようとしたが,足が竦んでいたのかあっと言う間に男に捕まってしまった。
男は女生徒と位置を入れ替え女生徒を男たちの方に向け,女生徒のこめかみに拳銃の先端を当て男達に叫んだ
「この女がどうなっても良いのか!! 武器を捨てろ!!」
一瞬の判断の遅れ,それがこの事態を招いたと言っても過言ではない。
しかし,人質と言う意味ならこの場で逃げ遅れた他の生徒や教師も同じ事。仮に女生徒を助ける事が出来ても他の人を人質に取られたらただのイタチごっこだ。
「警部……どうしますか」
「……やむを得ない」
警部と呼ばれた男は両手を上げながら自分の拳銃をそっと地面に置いた。彼の部下達も同じく。
「お前らは大学から出ろ!! 刑事が1人でも残っていたらこの女をぶっ殺す!!」
拳銃が近くに置いてあるだけでは咄嗟に反撃されるかもしれない。そう考えた男の命令だった。
さおりは近くの校舎に隠れて様子をうかがっていた。今の興奮状態の男の目の前に現れたら,自分もあの女生徒と同じ事になってしまう。
その時,さおりの肩に手が置かれた
「ん?!」
思わず叫びそうになったさおりだが,間一髪で口を抑えられて悲鳴を出さずに済んだ。
そして肩を叩いてきた人物を見ると,先ず真っ先に目に着いたのはその金茶色の瞳だった。おまけでさおりから見ても趣味が悪い真紅のジャケットも印象に残った。
「あんたは救急車を呼んで貰えるか?」
救急車……? 確かにけが人がいるこの状況ならきっと間違いではないのだろう。だけど今は犯人が暴れ狂っているためサイレンの音が逆効果になるのではないかとさおりは考えた
「……でもこんな状況で」
「早くしろ。俺はどうでも良いが,目の前で人が死なれるのは目覚めが悪い」
そう言って目を向けたのは先程撃たれた先輩と,その先輩を呆然と見つめている女の先輩だった。あの先輩が助かるかどうかは救急車がどれだけ早く来るかにかかっている。
「……分かった。でもあなたは」
彼はさおりの言葉を聞きながら立ち上がり,校舎の出口に歩いて行く。
さおりは止めようとするが,彼に見られた瞳で止まってしまった
(なに……この人の冷たい眼)
陰キャを自称するだけあって,周りの人から冷たい眼で見られたと錯覚する事はあった。だけど,目の前の男から発せられる背筋が凍るようなプレッシャーは初めての事だ。
彼はさおりを視線で止めた後,人質を取っている男と警察の間にまで歩いて行く。
「な,なんだお前!!」
(あの人何やってるの?!)
それは外野から見れば正気の沙汰ではなく,寧ろ異常者の行動だ。
しかし,青年は警察と男の射線に入り仁王立ちで男を見据える。そして背後にいる警官たちに言った
「あんたらはシールドの後ろに隠れとけ」
警告した彼はゆっくりと男に歩いて行く。それは一般的に見れば自殺行為,警官たちが思わず叫んだ
「馬鹿!! 早く隠れるんだ!!」
だけども,それを止めたのは意外にも彼が警部と呼んでいた人間だった
「待て,……様子を見よう」
「はぁ?! そんな事をしたらあの女の子が……」
抗議しようとしていた男は思わず言葉を止めた。それは警部も同じだったようで険しい表情で自分達の前に躍り出た青年を見た。
彼らが言葉止める程,その背中越しでも感じるプレッシャーは,重く冷たいものだった。一般市民程度では絶対に放つことが出来ない殺気の嵐。
得体の知れないプレッシャーを放つ彼に,人質を取っている男も言葉を詰まらせたが残り5m,一瞬で距離を詰められるという場所で我に返った
「動くな!! 動いたらこの女を殺すぞ!!」
彼が女生徒の眼を見ると,恐怖がその瞳を満たしていた。アメリカとかの銃社会なら兎も角,この日本で拳銃を突きつけられる経験などそうはない。だから仕方のない。
だが,そんな事は彼からすれば関係が無かった。そして,この一言が彼の大学生活を決定づけたのかもしれない
「殺せよ」
彼の言葉は,まるで水面に吸い込まれるように周りへ伝播していった。
「……は?」
「え……?」
それを聞いた誰もが耳を疑った。さおりは彼が何を言っているのか分からず見つめるとゾッとした。彼の口元が狂気の笑みを浮かべていたから。
「殺すんだったら殺せよって言ったんだ。生憎俺は他人の命なんざどうでもいい。そいつが今ここで死のうが生きまいが俺には関係のない話だ」
女生徒の命はどうでも良い…基本的に助け合うのが当たり前と思われているこの国で,そのような発言は周りを敵に回すのと同義。
それが自分達が日常的にしている事だとしても
「ひどい……」
「んだよ……それ」
さおりと同じ校舎に避難していた生徒達がざわめき始める。人質を助ける為でもなくただただ飛び出し挙句女生徒を殺せという始末。
人質に取られている女生徒も,彼の言った事を反芻して徐々に混濁した瞳になっていく。彼の笑みがそれに歯車をかける。彼は女生徒に向かって話しかけた
「恨むんだったら自分の運命を恨むんだな。この俺のように」
そう言って彼は再び歩き始めた。迷いも,恐怖も何もない威風堂々とした歩みで男と女生徒に近づく。男は異様な圧に耐えられず,人質がいるのにもかかわらず後ずさりを始める。
しかし彼は笑みを浮かべながら距離を詰めてくる。
「ほらどうした,さっさと殺せよ。最も,ただの肉の塊になれば逃亡に邪魔な存在になるだけだがな」
肉の塊……刺激の強いワードに女生徒の瞳孔が広がり過呼吸を起こし始めた。
「お,おい!」
「——ッ!」
男の視線が女生徒に向いた瞬間,彼が一瞬で加速して男との距離を詰めた
「クソ! 邪魔だ!!」
そう叫び女生徒を彼の方に向けて押し出して拳銃を向けた。彼は女生徒をジグザグで躱し,残り2mと言った距離まで迫った。そして引き金が引かれる瞬間に彼の手が男の銃持っている右手首を掴み,上に軌道を変えたと同時に発射された。
「なっ?!」
彼の耳に強烈な空気振動と音が聞こえたが,それを無視して行動する。眼を見開き動きを止めた男の腹部に強烈なボディブローが炸裂した
「ガっ?!」
そしてくの字に曲がった隙に,左手の手刀が男の右わき腹に炸裂して動きを止めた。次の動きも滑らかに背後に回った。
ここからはさおりも,他の生徒達も見ていられなかった。彼が犯人の腕を持ったかと思えば,それを勢いよく関節と反対の方に振りぬいた
ボキッ!
不吉な音が,明瞭にさおりの所にも聞こえた。
そして何が起こったのかも叫び声と言う形で現れた
「うわああッ……アアアアッ!!」
男の右腕があり得ない方向にひん曲がっていた。
「……う」
その光景にさおりは思わず眼を逸らし口元を抑えた。内側から何かが逆流してくる感覚がする。生で骨折している人は何人か見たことはある。だけど,骨折の瞬間に立ち会った事なんてそうはないし,わざと骨を折っている人なんていなかった。
目の前にある非日常は,さおりの脳裏に深く刻まれた
「アアアアッ!!」
叫び声が,痛みに震える声は大学中に響いた。彼の狂気に当てられ,壊れた人間の末路
それがこの春に起こった事。大学のSNSで獅子の情報が既に出回っていて,さおりもそれを見て彼の事を知ったのだ。
まさか自分よりも2つ年下とは知らなかったが,あの獅子の纏う雰囲気は到底19歳のものには見えなかった。
「さおりさん,大丈夫ですか?」
「う,うん。大丈夫。ちょっと刺激が強かっただけ」
本当はちょっと所ではないのだが,美夢に余計な心配をかける訳にはいかない。
それに,結局さおりと獅子の接点はその時限りのものになったので恐らく獅子の方も覚えていないし,さおりも獅子を見かけたとしても関わらないようにしていた為それ以上話せることはなかった。
だけど,彼が美夢の隣にいたのを見た時に少し血の気が引いた。
「み,美夢ちゃんはどうして虎舞と一緒にいたの?」
「私は……」
言おうかどうか迷った。大学での獅子の話を聞いた今,恐らくさおりはあまり獅子に良い印象は持っていない。だけど,獅子はさおりが思っているほど冷血漢ではないと思った。
何故なら
「……獅子さんに助けられて,一緒にいました」
「そっか……」
少し微妙な空気が流れる。
「獅子さんのお考えは確かにとてもシビアです。でも……何だか寂しそうに見えました」
それが美夢の虎舞獅子と言う人間に対しての感想。
少年への対応はとても厳しく,正直見ていて気持ちの良いものではなかった。
だけど,突き放したような言い方をしていても少年の事を気遣っていた……ように見えた。
本当にただの冷血漢なら,獅子が一度場を離れる時美夢に
『あいつを見てやってくれ』
そんな事を言うはずだってなかったのだ。あのすれ違う時に言った言葉がずっと頭に残っている。言葉と行動が微妙にあっていないのだ。
「寂しそう……?」
「はい……」
「そっか……美夢ちゃんにはそう見えたんだ」
さおりから見れば大事な教え子が信じている人なので信じてあげたいと言うのが本音だ。だけど,やはり2カ月前の事もまた事実なのでどうしたものかと思った。
美夢は世間知らずの所がある為,いい意味でも悪い意味でも純粋だ。だから目新しい事に夢中になったりするのだが,それが悪い人に引っかからないか偶に心配になる。
勿論,2カ月前の事だって結果的に死者はいなかったので獅子が良い人なのか悪い人なのかと聞かれたら何とも言えない。少なくとも,周りのように流れで悪く言おうとは思わないがいい人とも言えない。
(……あれ? どうして亡くなった人がいないんだっけ?)
そこでさおりは引っかかった。ニュースでは死者は0人となっている。それは獅子が瞬時に敵を制圧して行動不能にしたからなのは言うまでもない。
だけどその前に撃たれていた男はどうなったのだろうか? あれだけまともに銃弾を受けて完全に無事とは考えずらい。不謹慎だけど死んでしまっても可笑しくなかった筈だ
「あれ……確か?」
さおりは懸命に過去を思い出そうとした
あの腕を折られ,余りの痛みで失神した男を興味のかけらもない眼で見た獅子は少し足早に撃たれた男の元でしゃがんで何かをしていた気がする。
周りの生徒達は犯人の男の悲惨さと男を捕らえている警察に目が言っていたから獅子の動きには気が付いていなかったかもしれない。
「さおりさん‥?」
「そう言えば虎舞が,倒れていた男の人に何かしてた気がする」
自分でそう言って獅子への違和感が出て来た。何とも言えない微妙な違和感。きっと美夢と一緒に思い出さなかったら一生気が付かなかったかもしれない違和感。
「なにかしていたのでしょうか?」
「わかんないけど……?」
その後は本当にあった出来事なのかも分からないほどの非日常で,記憶が少し混乱している。
だってそうであろう,拳銃を持った男が目の前に現れ人を撃ち,その拳銃を諸共しない制圧力で行動不能にした。
これだけでも頭がこんがるがるのにその後の獅子の行動など覚えている筈もない。
今の獅子の評価はその制圧した時の事が人伝手に伝わり,多少脚色もされて『人の命を何とも思っていないクズ』みたいになって出来たものである。
獅子が敬遠されているのは大体このせいだ。獅子もその評価を変えようとしないために余計に酷くなる一方である。
(虎舞って……思ったより優しかったりするのかな?)
さおりの心に,少し疑問の光が宿った