シーローン王国。
ロキシーはバルコニーから難しい顔をして空を眺めていた。
茶色、黒、紫、黄色。
かつて1度だけ見た変色していく空の色。
「……来ましたか」
手すりを握りしめながら小さく呟く。
魔力災害。フィットア領を消滅させる転移事件が今現在起こっている。
人、建物、木々、それら全てがフィットア領から消え去るのだ。
だがそのことを把握しているのは広い世界でも数名だろう。
その数名のうちの1人であるルーデウス・グレイラットの事を考える。
「上手くいっているでしょうか」
転移事件による被害を抑えるために動いていたルディ。
手紙では順調といった雰囲気だったが不安はもちろんある。
脳裏に浮かぶのは荒廃してしまったロアの街。家族をなくし泣き叫ぶ人々。
もし、万が一のことがあったら。
「…………」
すぐさま頭を振って思考を消し去った。
ネガティブなことを考えるのはやめよう。
今は3人のことを信じながら自分もなすべきことをしなければ。
そう思っているときだ。
「隙ありぃ!」
「来たれ冬の精霊、
「ぶぺぇ!」
自分に抱きつこうとした誰かが壁にぶつかる声がした。
何十回と聞いたその声に辟易とする。
「はぁ……」
結局今日まで諦めてくれはしなかった。
セクハラされかける度にこうやって防いでいるのだがまったく、無駄なことに根気がある。
未だルディにすらまともに触らせていないのに、先にこの男に触られる訳にはいかないのだが。
「ロキシー、余に怪我が出来たらどうする! 牢屋にぶち込むぞ!」
「出来るものならやってみて下さい。この城の兵士全員を道連れにしてみせます」
「ぐぬぬぬ」
私にそれが出来なくないことは分かるらしい。
ならセクハラも成功しないと分かるだろうに、何故そういう事は諦めないのだろうか。
シーローン第七王子パックス・シーローンは、今年15歳になった悪ガキだ。
前世の知識をフル活用し、真面目に授業してきたつもりだが。
はぁ……結局こんな風になってしまった。
自分の教師としての才能不足か、はたまたどうしようもないことだったのか。
私は無駄なことをしてきたのだろうか?
「あのですね殿下」
「小さな燻りが巨大なる恵みを焼きつくさん!
ダメ元で王子に注意しようと振り向いた。
すると王子は魔術で氷の壁を溶かしていた。
「どうだロキシー! 凄いだろう!」
「……そうですね。きちんとコントロールされた魔術でした」
「ワーハハハ。そうだろそうだろ! 余にかかればこの程度容易いことよ」
高らかに笑う王子を見て思う。
無駄なことではなかったと。
確かに王子は悪ガキだ。だが成長もしている。
現に魔術の授業はちゃんと聞くようになったし、他の教科でも態度がマシになったと聞く。
もう私の知っているパックス・シーローンでは無いのだ。
「次は貴様の恋人を燃やしてやるぞロキシー」
……本当に成長しているのだろうか。
「何を根拠に私に恋人がいると?」
恋人と言われ思い当たる人物は1人だけ。
王子は置いておいて、こんな幼稚な身体の女を心の底から愛してくれているのは彼ぐらいだろう。
「ククク、お前の部屋に忍び込んで棚の奥に溜まっていた手紙を見たのさ! どこの馬の骨かしらんが、この氷の壁と同じようにされたくなければ余の女になるのだ!」
やはりルディのことか。
恋人や家族を人質にとり、その相手を好きなようにする。
王子の常套手段だ。
正直悪趣味だと思うが私にどうこうする力は無い。
そのうち天罰が下るだろう。
そんなことよりも今の王子の言葉。
「ふ、ふふふ」
「何がおかしい! 余は本気だぞ!」
「いえ、すいません。ちょっと面白くって。ルディを燃やす、ですか。そうですね。そんなことが出来たのなら、私の体を好きにしてもらっても構いません」
「な、なんだその自信は……お前だって余の魔術の腕前は知っているだろう!」
全く。どこにいるかも分からない相手に魔術をどうやって打つのか。
おつむの弱さは相変わらずだ。
それに魔術の腕前で彼と肩を張るとは。
あまりにも滑稽。
「ルディの魔術の腕前は世界一、いや、二位ですかね? まぁ少なくとも人族で彼を超える魔術師を私は知りません」
「ロキシーより上だと! そんなのデマカセだ!」
「嘘じゃないですよ。私なんて足元にも及びません」
王子の中で私は魔術師最強クラスのイメージがあるらしい。
全くもって恥ずかしいのでやめて頂きたい。
井の中の蛙とはこのことだ。
私も人のことを言う資格はないが。
「殿下、もう少し大人になってください」
「余はもう大人だ」
どこが大人なんだか。
まぁ確かに昔と比べればかなり良くなっただろう。
だがまだまだである。分別をもっとつける必要がある。
だって王子はこの国の王になるのだから。
惜しむらくは私はもうこの国を出ないと行けないことか。
「今から最後の授業です」
「なに? 最後だと? どういうことだ!」
最後と聞いて王子は煩くするが無視して続ける。
「パックス殿下、世界は広いです。知らないこと分からないことで溢れています。私だって全然知りません」
「おい! いきなりなんだ!」
「ちゃんと聞いてください。
……人は自分の持つ知識の範囲でしか物事を測れません。だから勉強して知識の範囲を広げるのです。成長することを諦めないでください。楽な方に逃げないでください」
途中からちゃんと聞くようになった王子は静かに頷いた。
「……分かった。で、最後とは一体どういうことだ!」
「私はもうすぐこの国を出ます」
そう告げると、王子は驚愕の声を上げた。
「な、何故だ! 余は聞いていないぞ!」
「元々殿下が成人になるまでとの契約でしたからね」
「そ、そんな。余には、余にはロキシーしかいないのだ! ロキシーが余には必要なのだ」
「……すみません。行かなければならない用事があるので」
本音を言えばもう少し授業をしてあげたい気持ちもある。
まだまだ教えられることは山ほどあるから。
だが仕方ない。タイムリミットだ。
この3年間やれるだけのことはやった。あとは王子次第だ。
「殿下。私の最後の授業の内容を忘れないで頑張ってください。そうすればきっと、私なんかより素晴らしい女性に会えますよ。では……」
「おいロキシー! まて、待つんだ。余を置いてくんじゃない!」
喚き叫ぶ声を後にロキシーはシーローンより旅立った。
出掛けに、第七王子とその息の掛かった騎士たちに襲われたが、撃退した。
本来なら、『
だが何故かそんなことはなかった。
その理由はこの国の王と、
赤龍山脈。
その名の通りレッドドラゴンの群生地となっている山だ。
街道には上と下があり、下は安全地帯となっている。
逆に言えば上は世界有数の危険地帯。
単体でさえ強いレッドドラゴンが群れを成して生活しているからだ。
そんな赤龍山脈の上に一人の男が立っていた。
銀髪に鋭い眼光。服装は白を基調としていて、肌には小さいが鱗のようなものもある。
そしてその足元にはレッドドラゴンの死体が1つ。
だが周りの龍は一切の危害を加える様子を見せない。
それはその男が戦ってはいけない相手と知っているから。
七代列強二位『龍神』オルステッドは西の空を見つめていた。
異常な量の魔力が集まっていく様子をただただ眺めたあと一言。
「行くか」
ただそう呟いて歩いていく。
その足取りはまるで行く先が決まっているかのようだった。
レッドドラゴン達はその様子に安心し、静かに見守るのみ。
吹雪の中、龍神の足音だけが響いていく。
三大英雄が一人、『甲龍王』ペルギウスは北の空を見下ろした。
「そうか。今日だったか」
何かに納得した様子の主人の様子を見て、黒の翼を持つ天族の女が言った。
「あれはなんでしょうか?」
「シルヴァリル。貴様は逆になんだと思う」
「そ、そうですね。あの光は……召喚、でしょうか」
配下の返事に満足したのかペルギウスは少し上機嫌となる。
「そうだ。あれは召還である」
「ですがあの規模、一体なんの……」
「まぁそれはそのうち分かるだろう」
何か知っていそうな雰囲気であるものの口には出さないペルギウス。
それを見て少し残念に思いつつもシルヴァリルと呼ばれた女は下がった。
ペルギウスが伝えたくないのならそれでいいのだから。
「アルマンフィ!」
「は、ここに」
黄色の仮面を被った白衣の男が、音もなくペルギウスの前に跪いていた。
「ロアの街の郊外に杖を持った茶髪の子供がいるはずだ。そいつにこれを渡してこい」
そう言いながらアルマンフィとやらに物を手渡す。
それを見てアルマンフィは驚いた。
「ペルギウス様。これは!」
渡されたのは笛だった。一見何の変哲もない縦笛。
なのに周りの配下たちもどよめき始める。
だがペルギウスが落ち着いて一言。
「いいから行ってこい」
「ぎょ、御意」
主人の命令は絶対。
自分たちの意見など加えることは許されないのだ。
そのままアルマンフィは音もなく消え去った。
世界各地で強者たちが空の異変に気づいていた。
無視するもの、旅立つもの、眺めるもの。対応は様々だ。
だがこれだけは言える。各々の行動が今後の歴史に大きな変化をもたらすと。
そしてその中でも1番歴史を動かすものは今、ロアの郊外にいた。
俺は今、ロアの郊外の丘に来ていた。隣にいるのはエリスのみ。
ギレーヌには屋敷でフィリップ達の護衛をしてもらっている。
かなり無理を言ったが頼み事だと伝えたら了承してくれた。
これでフィリップ達は無事だろう。
空は未だ快晴。
これから大災害が起こるなど誰が予想できようか。
暖かな風が体に流れる。
緊張しているのかそれがより鮮明に感じられる。
大丈夫だろうか? 本当に全員無事にすむのだろうか?
そんなことを考え、身体から脂汗が出てきた。
すると左手が握られる。
「大丈夫よ」
エリスがそう一言。
そうだな。やるだけの事はやった。
大丈夫だ。転移後の動きもちゃんと考えてある。
焦る必要はない。
そう思うと汗はすっと引いていった。
「ありがとう。落ち着いたよ」
「良かったわ」
俺は右手にアクアハーティア。左腕には鞄。服装はいつもの格好だ。
エリスは軽い装備で腰には剣。剣に名は無いが質は悪くない。
余程の相手でない限り切れるだろう。
準備は万全。あとは身を任せるのみ。
そう思っていると、
「きたわ」
エリスが空を見つめながら言った。
俺も上を見上げる。そこには禍々しい色をした空があった。
なんとも忌々しい。これのせいで、一体どれだけの人が!
………いや、落ち着こう。さっきも言ったがやるだけはやったんだ。
「ルーデウス! 下がって!」
反射的に下がった。
すると俺の目の前を風がびゅ! っと吹き荒れる。
なに? なんだ?
今からって時に何が起こった?
……いや、このタイミング。この動き。俺は知っている。
これは、こいつは、アルマンフィ!
すぐに杖を構える。エリスも既に抜刀している。
だが斬りかかっていない。
それは何故か。相手が止まっているからだ。
「なんの用よ!」
「戦闘の意思は無い。それと相手はお前では無い。お前だ」
こっちの方を指さしながらそう言ってくるアルマンフィ。
え、俺?
「こっちに来い! 茶髪」
よく分からんが時間もないのですぐにアルマンフィの方に向かう。
「ペルギウス様からお前にだ」
ペルギウスだと! どういうことだ。
困惑している中、手に何か渡された。
それは笛だった。見覚えのある縦笛。
「これは!」
「ではさらばだ」
そう言い残してアルマンフィは消えた。
なんだアイツ。なんの説明もなしかよ!
「ルーデウス!」
エリスが直ぐに俺の傍に駆け寄り、抱きついてきた。
一体どうしたんだ。そう思い周りを見渡す。
そこで気づいた。光が、光の波がこっちに来ているのを。
館を、建物を、城壁を、草木を飲み込んでいく。
そしてそのまま俺とエリスも光に飲み込まれた。
その日、フィットア領は消滅した。
失意の魔術師編をどうするか (執筆スピードに大きく影響を与えます)
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