ミグルド族の里は相も変わらず貧しかった。
畑と家、あとよく分からない石のモニュメント。
あるのはそれだけだ。
その畑すらしなびた葉っぱが生えているのみで、
家も亀の甲羅でできた竪穴式住居。
魔大陸の過酷さを物語っていると言える。
まぁここはその最たる場所だけどな。もっとマシな場所は沢山ある。
グンマーの山奥も日本であるのと同じ話だ。
モニュメントの方では子供たちが遊んでいた。だが声一つしない。
いや、彼らの中ではケラケラと笑っているのだろう。ただしそれは念話の中でだが。
そんな風景を見ているとなんだか懐かしい気持ちになった。
…………あれ、なんで懐かしいんだ?
「どうかなさったかな」
「へ?」
突然ロックスがそう言ってきて、思わず変な声を出してしまった。
ムフフな漫画で思ってたよりデカかった時みたいな声だ。
ちなみに何がとは言わんがこっちの世界の方が俺はデカい。多分父親の血のおかげだろう。
やはりパウロはやはり素晴らしい父親だよ。
「あー、何処か遠い目をしておられるようだが。子供たちになにか思い入れでも?」
おっとすまん。エロな話はそこそこにしておくよ。
それでなんだって? 子供たち?
…………子供たち。…………子供……
そうか。俺はミグルド族の子供を見て重ねていたんだ。
俺とロキシーの娘。ララのことを。
ララも幼い頃は物静かだったからそこを感じ取ったんだろう。
それに引き換え、ララの妹にあたるリリは念話が使えないので良く話す子だった。
どっちにしろロキシーに似て可愛いかったなぁ。
リリはその後ザノバの元についたんだっけ。
ララは…………会ってないから知らないな。
世界を救ってくる的な感じだったけど。
……なんだか無性に子供たちに会いたくなってきた。
まだこの世にすらいないのに。所詮は俺も父親ってことなのだろうか。
是非とも今生ではもっと子供たちと触れ合いたいと思う。
……というか1つ気になったんだが、
この状況でも産まれてくる子は同じなのか?
バタフライなんちゃらとかが起きて、全く別の子が産まれるとか……
うーん。それは、なんというか。複雑だ。
出来れば同じであって欲しい。
でもどんな子が産まれようと俺と妻たちの子なのは変わりない。
だから大丈夫だろう。
尚更子供のためにも今を生き抜かないとな。
「……すみません。なんでもありません」
ふりかえり、そう返事する。
今思ったことは心の中の秘密だ。
「そうですか。小さいのに随分と達観した目をしていたもので。もしや見た目と年齢に差が?」
「いえ、見た目通り10歳です」
「おや、それは失礼を」
「全然構いませんよ」
おいおい、このとっつぁん。めちゃくちゃ勘が鋭いな。
伊達に歳は取っていないわけか。
総合年齢なら負けていないはずなんだが、どうにも俺が幼く感じてしまう。
ある意味ありがたい話だけど。この身体で儂とか使ってたらめちゃくちゃ変だからな。
そういうのはロリババアにのみ許されてるんだよ。
「この家です」
そうこうしてるうちに家に着いた。
この集落で1番でかい家、いわゆる長の家というやつだ。
「お邪魔します」
「お邪魔します」
俺とエリスは挨拶をして入る。
ルイジェルドは特に何も言わない。慣れているのだろう。
ちなみにロックスと一緒に付き添っていた女は何処かに行ってしまった。
結局誰だったんだろうか。ま、大したことでは無いな。
家に入るとロックスは囲炉裏の前にドシッと腰を下ろした。
ルイジェルドはその向かい側に座る。
俺とエリスはもちろん2人並んでその隣だ。
全員が座るとロックスはどこからかキセルタバコを取り出し、それをゆっくりと吸った。
日本でもこの世界でもタバコというものを吸ったことは無い。そして今後吸うつもりもないのだが、ちょっとかっこいいとは思う。
ハードボイルドってやつだ。
「さて、何から話しますか」
タバコをふかしながらロックスはそう言った。
「では僕達の身分から話したいと思います。聞きたいことはその後で」
「分かりました」
それから俺は自分の名前・歳・職業・住所。
エリスとの関係・エリスの身分といった個人情報。
光に包まれて気づいたら魔大陸にきてしまったので帰りたい、という旨を伝えた。
転移事件の詳細は話さなかった。あくまで何も知らないフリをする。
言ったら言っただが万が一を考えてだ。
ちなみにエリスとの関係は家の繋がりと説明した。
「……と、いうわけです」
「ふむ」
ロックスは何か考えるような素振りを見せた後ルイジェルドを見た。
「この子らがお前の待ち人か?」
「ああそうだ」
「なるほどのう」
でた。待ち人。
なんのことなんだ待ち人って。普通にルイジェルドが俺たちのことを待っていたってだけだろうか?
でもそれなら別に村の人に伝える必要無いはずだ。うーん、分からん。
…………よし。聞くか。
わかんない事は聞くに限る。
「すいません。その、待ち人ってなんですか?」
俺のその問いを聞いた途端、ロックスは驚いた顔をした。
え、なんかまずい?
「お主、言っておらんのか?」
「ああ」
「……何故だ」
「別にいいだろう」
「はぁ」
なーんだ。そっちの驚いた顔か。
ロックスはてっきりもう話してるもんだと思っていた訳だ。
じゃあここは俺がしっかり言わないとだな。
ルイジェルド! 別に良くないぞ! って。
……まぁ言わないんだが。
「私から話しても?」
「別に構わん」
「では」
お、なんか普通に話してくれるっぽい。
ラッキーだ。わざわざ聞かずにすんだよ。
俺はちょっと前かがみになって聞く姿勢をとる。
エリスは眠いのか俺の肩によりかかっている。だが寝てはいない。
ちょっと目がトロンとしてきてるけどな。
可愛いのでこのままにしておくとしよう。
「話す前に、ルーデウス殿はこやつの過去を知っておるか?」
「あぁ、はい。知ってます」
「……そっちは知っておるのか」
そりゃそうだ。
俺でもそんな反応するだろう。普通先に俺についての話を聞くもんだからな。
まぁこれは前世の知識だから仕方がないが。
「世間からはデットエンドと恐れられ、街に入れないのは?」
「それも知ってます」
「なるほど」
俺がそう答えるとロックスはニヤニヤした顔つきで顎をさすった。
なんだ一体。
そんな俺の疑問を置いて、ロックスが話し始める。
「それでは本題に入る」
あ、もう本題か。今の笑みも気になるが本題の方が重要だな。
ひとまず置いておくとしよう。
「よろしくお願いします」
「うむ。あれは10年ほど前のことだった。当時のこやつは過去に縛られ荒れていてのぉ。それは酷い有様じゃった。悪人は必ず殺すといった風にな。まぁそれでもずっと前よりかは大分良くなっていたのだが」
なるほど。話は10年前から始まるのか。ちょうど俺が生まれた頃だ。
それにしても、情景が簡単に目に浮かぶ。
血まみれになりながら悪人を殺していくルイジェルド。
もちろん血は殺した奴の返り血だ。
「だがある日。突然人が変わったように大人しくなったのだ。トゲが取れたと言うべきか。物事の考え方が柔らかくなった様子だった」
それは恐らく前世を思い出した瞬間だろう。
俺は生まれた時から覚えていたから無かったが、ルイジェルドやロキシーは周りからそういう風に見えてもおかしくない。
いや、寧ろそれが正常な反応のはずだ。
「それから半年くらい経ってからか、なんとこやつは真緑だった髪を全て剃りあげたのだ。そしてバンダナをつけて額の宝石をかくし始めた」
「ほう」
それは今の姿を見ればわかるな。バンダナは今つけてないけど。
呪い対策だと昨日聞いたし、間違ってないと俺も思う。
「そしてこやつは街に入っていきおった」
「え!」
「ふーん。いいじゃない」
ルイジェルド街に入ったのか!
確かにその格好ならヘマしない限りバレないとは思うが。
なかなか噛ますじゃないか。
エリスも話に興味を持ち始めたのか反応してきた。それと同時に頭を俺の肩から離す。ちょっと残念。
「それから半年たった頃だ。久方ぶりに村に帰ってきた時、こやつは冒険者になっておった」
「なんですって!」
おいおいマジですか。街に入るだけじゃなく冒険者にまでなってしまったのか。
ノウハウはあるし経験値も十分だろうけど。どうなんだそれは?
「ちょっとルイジェルド! 勝手に冒険者にならないでよ!」
「す、すまん」
「3人一緒に冒険者を始めたかったのに!」
その気持ちは俺も分かる。
特に冒険者というものに憧れを持っていたエリスにとっては大事件だろう。
それにルイジェルドもそれは分かっていたはずだ。
なのにどうして……一体どういう理由で冒険者になったんだ。
「……ねぇルイジェルド。パーティーはどうなの?」
「パーティーは1度も組んでいない。常にソロだ」
おうそうだ。そいつも大事だな。
もしルイジェルドがパーティーを組んでいたら、俺は怒りのストレートパンチをくり出していただろう。
だがパーティーは組んで無いらしいのでパンチは無しだ。命拾いしたな! 俺が!
……ちょっと待て。話を聞く限りかなり前から冒険者なんだよな。ってことは、
「ルイジェルドさん。今ランクは?」
「……Aだ」
「何してんのよ!」
「何してるんですか!」
やっちまったなぁ! こりゃあ洒落にならんぞ。
何がどういうことかと言うと、
ルイジェルドのランクはA、そして仮に俺たちが冒険者を始めるとしたらスタートはF。
冒険者のパーティーにはランク差が1つ以内でないといけないという決まりがある。
つまり、ルイジェルドとパーティーを組めないという訳だ。
エリスが立ち上がりルイジェルドの方に向かおうとしたその時。
「御二方、流石のこやつも何も考えてないわけじゃない」
ロックスがそう言った。
「何か考えがあっての事なんですか?」
「さよう。そしてそれはこの話の続きでもあるのだが……」
ロックスは話を途中で止め、ルイジェルドの方を見る。
その視線に気づきルイジェルドも頷いた。
「ここからは俺が話そう」
「分かりました。ほら、エリス座って」
「……分かったわよ」
立ったままルイジェルドの方を睨んでいたエリスを座らせる。
理由があるなら別にいいんだ。ただエリスが納得できるかどうか、そこが大切だ。
なので話はしっかり聞かなければならない。
話す準備ができたのかルイジェルドが口を開いた。
「俺が街に入った理由は2つあった。1つは状況の把握だ。俺と同じ境遇の者は居ないか、周りに変化はないか、そういった事を調べるためだった」
「そっちはいいわよ! 冒険者の方は!」
「まぁ待ってエリス。最後まで聞こう」
急かすエリスを落ち着かせ、アイコンタクトをルイジェルドに送る。
ルイジェルドはそのまま話し続けた。
「2つ目は金だ。俺はこの先金が必要になると予想していた。そう、お前たちとの旅に必要な金が」
「なるほど。それで」
「ああ、それで俺は冒険者になった。ここら辺で1番効率の良い金の稼ぎ方といったら冒険者だからな」
「……でも」
エリスが小さく呟く。
そう。冒険者になった理由は分かった。だが根本的な問題は解決していない。
結局のところ俺たちが同じパーティーになれないのは変わりないのだから。
だがそれを予想していたのか、ルイジェルドはこちらを見ながら微笑んできた。
「安心しろ、ちゃんと策は用意してある」
「……どんな?」
「それこそが待ち人だ」
あ、ここで話が繋がるのか。
待ち人が俺たちとパーティーを組む為の策だとは。一体どういうことだろう。
考えても全く分からないのでそのまま話を聞くことにする。
「ある程度街の中での知名度が上がった頃、俺は色々なやつからパーティーに入らないかと誘われるようになった。そんな時はこう言っていたのだ。俺のパーティーメンバーは既に決まっている。今はそいつらを待っているのだ。っと」
「私たちね!」
「ああそうだ」
特別扱いを受け、エリスが機嫌を良くしだした。俺もルイジェルドにそんな風に言って貰えて良い気持ちだ。
いいよな。信頼する仲間に信頼されるというのは。
「それでだ。そのうちとある噂が広まっていった。ルイジェルドには彼以上の凄腕の仲間、待ち人がいる。その待ち人のためにこの街での知名度をあげているのだと」
「ちょっと待てーい!」
「なんだ」
「彼以上ってどういうことですか!」
「所詮噂だ。……それに嘘でもなかろう」
「いやいやいや」
勘弁して欲しい。エリスは兎も角俺がルイジェルドより上?
なんの冗談だ。魔導鎧も魔眼も無いのに勝てる訳がないだろう。過大評価はやめて頂きたい。
……というかちょっと待て。
今日何回目かも分からないちょっと待てをくり出す。
「それ僕達が前回と同じだった場合どうする予定だったんですか?」
「その時はその時だ。当時でもランクBぐらいの実力はあっただろう」
「いや、うーんまぁ」
どうなんだろうか。俺は上級魔術が使えたし、エリスも剣神流上級。確かにBくらいはあったかもしれない。
なにぶん昔のことすぎて当時の強さとかよく覚えていない。周りはもっと強いやつばっかだったからな。
「ちょっと! そんなことよりパーティーの話はどうなったの!」
おおそうだ! 気づいたら話が脱線していた。悪い悪い。
それで、どうなったの!
「噂はギルドの職員にまで伝わり、遂には待ち人のランクは幾らか聞かれるようになった。そこで俺は素直にまだ冒険者じゃないと言った。すると職員は呆れた様子を見せてきて実は大したことない奴なのではとほざいてきた」
「ほう」
「そこで俺は少しカッとなって、実力は十分だ! すぐにでもBランクになれる! っと言ってしまった」
「それで」
「そこから職員と口論になり、最終的には止めに入ったギルドマスターが、待ち人の実力を見て十分だと思ったらBランクにして良いということで丸く収まった」
「つまり」
「ギルドに行って、ギルドマスターに実力を示せばパーティーはすぐに組める」
「完璧ね!」
結果論じゃねえか! 何が策があるだ。喧嘩して都合よく話が進んだだけってことかよ。
ほぼノープランで上手くいったみたいな話だった。
偶然と偶然が重なって最善策みたいになってるけど、1歩間違えれば最悪だ。
「それそうならなかったらどうする気だったんですか?」
「……その時はギルドマスターを脅せば良かろう」
「ダメですよ!」
喧嘩を止めてくれたこんな良いギルドマスターを脅すだなんて。それはデッドエンドもいいところだぞ。デッドエンドなんだけどさ。
「子供のためだ。仕方あるまい」
「だから私は子供じゃないって!」
「そうだったな」
……まぁ結果論だが現状その結果に辿りついている。ある意味上手くいっているのかもしれない。
ただ1つ怖いとすればこれがヒトガミの罠の可能性か。
ギルドマスターが使徒で、俺たちを殺す策がもう投じられているとか。
流石にそんな弱そうな奴を貴重な使徒にはしないと思うが万が一ってのもある。
だが今は策かもと思いつつ飛び込むしかあるまい。
それが最善の一手なのには変わりないのだから。
「なにはともあれ、ルイジェルドさん。ありがとうございます。おかげでスムーズに動けそうです」
「ああ、なら良かった」
「ええ、これからよろしくお願いします」
「もちろんだ」
俺とルイジェルドは固く握手をする。ゴツゴツとした歴戦の戦士の手だ。
一抹の不安はあるもののこの手なら安心できる。
こうして俺たちのミグルド族の村での1日は終わった。