翌日。時刻は午前8時頃だろうか。
俺たちは諸々の身支度を済ませ、村を出ようとしていた。
「街に向かうのか?」
3人揃って村の門に着いた時、門番をしていたロインに話しかけられた。
狩りに行った男達が戻ってきていないのを見るに、恐らく夜通し立っていたのだろう。
ご苦労さまだ。
「えぇ、これから出発するところです」
「……そうか。娘の話をもっとしたかったんだが」
「すいません。急ぐ旅なので」
「あぁ、分かっている」
そう言いながらも残念だという顔を浮かべるロイン。
俺としてももっとロキシーについて語りたかった。だがこの村に長居をする訳にもいかないのだ。
急ぐのは勿論なのだが1番の理由としては村で戦闘を起こさないためである。
俺たちがいると今日この村にヒトガミの使徒が来るという可能性も捨てきれない。
「今度はロキシー先生と一緒に来ます」
「……ああ。待っている」
今度来る時は先生じゃなくて嫁かもしれないがな。
「あ、そうだ、ちょっと待っていてくれ」
ロインは、ふと思いついたように言うと、村の中へと駈け出した。
一軒の家に入って、数分後。
ロキシーによく似た女の子と一緒に戻ってきた。
そしてロインの手にはどこか見覚えのある剣がある。
「家内だ」
「ロカリーです」
やってきたのはロカリーさんだった。
相も変わらず中学生みたいな見た目だが、確かこの人も100歳を超えてるはず。
全く、ミグルド族とはなんと素晴らしい種族だろうか。
「はじめまして。ルーデウス・グレイラットです」
深めに頭を下げて挨拶をする。
神の親なのだからこの人も神のようなものだ。敬意を込めるのは当然のこと。
「お話は旦那から聞きました。なんでもロキシーの弟子だとのことで」
「はい。そうです!」
自信を持って返事をする。
ロキシーの弟子であることは俺の数少ない誇れるところの1つだからな。
「ふふ、未だにあの子が人に物を教えるなんて信じられないわ」
「大切なことを沢山教えて頂きました」
そう言うとロカリーはまるで母親かのような暖かい目で頷いてくれた。
この人に比べれば俺なんて赤ん坊みたいなものなのだろう。
「それにしても、タイミングが良かった。渡したい物があるんだ」
ロインはそう言いながら手に持つ剣を差し出してきた。
俺はそれをひとまず受け取る。そして鞘から剣を抜いてみた。
刃渡りは60cm程だろうか。子供向けの大きさだ。
だが子供向けとは思えない存在感を感じる。こう、強い殺意のようなものを。
見るからに年季の入ったものだと思われるのにそれに対して剣には傷1つ無い。
手入れのおかげなのもあるのだろうが恐らくかなりの業物だ。
とそこで後ろからチョンチョンと肩を叩かれた。
振り返るとそこには物欲しそう顔をしたエリスが。
その顔を見て思い出す。
そうか、これエリスが使ってた剣だ。
なんか見覚えがあるなと思ったらここで貰ったやつだったか。
「昔、フラっと集落に寄った鍛冶師にもらった物だ。長年使っていても刃こぼれ一つないほど頑丈だ。よかったら使ってくれ」
「ありがとうございます。使わせて頂きます」
どうやらエリスが欲しいようなので貰っておく。ただこれで剣が2つになってしまったな。
エリスはもう剣を持っているのだ。ボレアス家から持ってきた剣が。
今の体格だと剣を2つ持つのは邪魔でしかならない。
まぁ元々持っている方を街で売ればいっか。
「それから、こっちは金だ。大して入ってはいないが、宿に2、3日泊まれる程度にはあるはずだ」
「いえ、ありがたいですがお金は持っているので。ロインさん達で使ってください」
「……そうか。ならそうさせてもらうよ」
ロインはそう言いながら金の入った袋をポッケに戻した。
嬉しい気遣いだが金は貰わないぞ。
流石にお義父さんに恵んでもらうのはかっこ悪かろう。
まぁそんなことを言えるのもルイジェルドが稼いでおいてくれたおかげなのだが。
あの後諸々の話をして知ったが、ルイジェルドは緑鉱銭100枚もの金を貯めていてくれていた。
緑鉱銭100枚。日本円に換算すると10万円。パッと見少なく感じるだろう。だがこれはもの凄い大金だ。
魔大陸における物価はアスラの100分の1。つまり稼げる金額も100分の1ということになる。
もしルイジェルドがミリスで同じように稼いでいたら1000万くらいはいっていたかもしれない。
まぁそんな訳で俺たちは中々の大金も所持しているのだ。
なのでロインから金を貰うのは断った。
「お心遣い感謝します」
俺はもう一度深く頭を下げる。
なるべく良い印象を与えておきたいのでな。次来た時の布石というやつだ。
勿論感謝の気持ちだって詰まってるが。
「それではそろそろ行こうと思います」
「あぁ、わかった。気をつけてな」
「今度来た時はもっとロキシーの、娘の話をしましょうね」
「はい」
次きた時はロキシーに自身のこと語ってもらおうかな。
そんなことを考えながら俺たちはミグルド族の村を旅立ったのだった。
3日後。
俺たちはリカリスの町に着いていた。
道中魔物との戦闘はあったものの、特に何も起こらず到着した。
勿論俺の出番は無い。瞬殺すぎて少し寂しいくらいだ。
リカリスの町はクレーターの中にある。クレーターと言っても穴だけなわけじゃなく寧ろ街一面を覆う壁のようなものだ。
それが自然の城壁となっており、町を魔物等から守っている。
そして3つある入り口には門番が2人。
なかなか厳重な警備だ。
空でも飛べなければ入り口以外からの侵入は難しいな。
まぁつまり侵入できるということなんだが。
だが今回はそんな事をする必要も無い。なんせこの町の熟練者がここにいるのだから。
「行くか」
ルイジェルドの発言を皮切りに俺たちは入り口の方に進んで行く。
そしてある程度入り口に近づくと門番がこちらに気づいた。
「よう、ルイジェルドじゃねえか!」
蛇の頭をしたいかつい感じの奴がそう呼びかける。
どうやら顔見知りのご様子。
「久しいな」
「あぁ。3ヶ月も町にいないなんてどっか行っちまったのかと思ったぞ」
「ミグルド族の村にいた」
「なるほどな。……っでそっちのガキは?」
そう言いながら俺たちの方を指差す蛇顔。
そしてその隣には豚の顔をした奴が。
そいつは最初からずっといやらしい目でエリスを見てきていた。
おいおい……殺すぞてめぇ。
まぁ流石にこんなところで問題を起こす訳にもいかないので特に何もしないが。
命拾いしたな、豚!
「この2人はパーティーメンバーだ」
「…………は?」
「パーティーメンバーだと言っている」
「この……ガキがか?」
唖然とした顔を浮かべる蛇。
真顔のまま突っ立っているルイジェルド。
一瞬時が止まったかのように静まり返る。そして、次の瞬間。
「……だーはっは。いひーひー、おいルイジェルドいつの間にギャグのセンスなんて磨いたんだよ」
盛大に笑い転げる蛇野郎。
まぁ無理もなかろう。
巷ではルイジェルドくんには凄い仲間がいるという事になっているらしいからな。
そんでもって蓋を開けてみればガキ2人。
真に受ける方が変なやつである。
「おい」
ちょっと怒気の混ざった声を出すルイジェルド。
まずい止めなければ。
「ルイジェルドさん。ちょっと」
俺はそう言いながら手招きをする。
そして手で口元を隠しながら小声で話し始めた。
「なんだ」
「ここはたまたま助けた子供ということにしておきましょう」
「何故だ?」
「そっちの方がすんなり町に入れるからです。それに一々相手していたらキリがありません。さっさとギルドに行きましょう」
「……分かった」
ルイジェルドは納得したのか頷き蛇の方を向いた。
なんと言うのだろうか。
ルイジェルドはあまり口が上手い方では無い。ちょっと不安だ。
「どした?」
「あー、実は帰ってきたのは……こいつらを町に届けるためだ」
「……ほう」
「それなりに腕前はあったのだがここら辺に詳しくないらしくてな。町に来れば冒険者になって生きていけるだろう」
おお! なんかそれっぽい。
なんだ、無駄な不安だったな。
「つまり、子供の道案内ってことか?」
「そうだ」
「じゃあいつもと一緒じゃねぇか! 相変わらずガキに優しい奴だねぇ」
「……当然だ。子供は守るものだ」
なるほど。
どうやらルイジェルドは相も変わらず子供に優しいらしい。
だからこの話にも信憑性があるんだな。
「まぁいい分かった。通っていいぞ」
よし。問題なく通れた。
幸先がいい。これもルイジェルドが冒険者になってくれたおかげだ。
案外賢い選択肢だったのかもしれないな。
門を抜けた先には見慣れたリカリスの町が広がっていた。
基本的に背の低い建物ばかりで人族よりも圧倒的に魔族が多い。
ギルドは真っ直ぐ行った先だが、道中には沢山の露店が連なっている。
ひとまずどこかで剣を売るとするか。
「まずは店を探しましょう。エリスも剣が2つだと邪魔でしょうし」
「そうね! 他にも色々見たいわ!」
「分かった」
ということでギルドに行く前の町ブラスタートだ。
3人で固まって歩いてはいるものの各々見るものは違う。
俺はとりあえず剣とか売ってる店を探す。
エリスは食い物とかが多いな。ゲテモノ系をキラキラした目で眺めている。
……そのヤモリみたいなの食いたいか?
ルイジェルドはあまり物品は見ていない。
物よりも人の事を見ているように感じる。
なんだろうか。戦士の性なのだろうか。勝てる相手かどうかの見極めみたいな。
それともスリとかを警戒しているのか?
それならそれでありがたいが。
ある程度進むと買取可の文字が入った店を見つけた。
どうやら色んな物を買い取ってくれるらしい。
ここにするか。
「おっちゃん。剣って買い取ってくれるか?」
「あたぼうよ! うちはなんでも買いとるぜ」
「じゃあ……エリス、剣を」
俺がそう言うとエリスは剣を店主に渡す。
特に紋章が入っているわけでもないので身バレの危険性も無いだろう。
このおっちゃんがボレアスを知っているとは思えないが。
店主は剣を受け取ると天にかざしたり、手で撫でてみたりしてみた。
「ふーん。なかなかいい剣じゃねえか。鉄銭5枚ってとこ……」
「……どうした?」
何だ急に。
どうせぼってくるとは思っていたから「鉄銭5はねぇよ」とか言おうと思ったのだが。
目の焦点が俺にあっていない。どこ見てんだこいつ。
そう思い振り返った。
そこにはまじまじとこっちを覗いてくる男が1人。
ルイジェルドだ。
「お前さん。ルイジェルドさんの連れかい?」
「ああ、そうだけど」
「……わ、悪かった。鉄銭10枚で買おう」
「え、あ、はい。分かりました」
なんなんだ一体。
戸惑いすぎて最後敬語になっちまった。
まぁ結果として適正価格で買い取って貰えたので良いが。
ひとまず店から離れ町をまた歩く。
そしてさっきのことを俺は尋ねた。
「ルイジェルドさん。有名なんですか?」
「まぁこの町ではな」
ふむ。少し考えれば普通のことか。
Aランクの冒険者ともなればそれなりの知名度にもなるだろう。
実際俺もAランクになった頃は色んな場所で知られていたしな。
「昔、この町でぼったくられたことがあってな」
「ほう」
「その時少し懲らしめた」
「ほう?」
「そうしたらぼられることが無くなった」
つまり冒険者云々というより商人に恐れられてるってことか?
まったく。少しと言ったが本当に少しかも怪しい。
少しボコった程度でそんなに噂が広まるだろうか。
やり過ぎは良くないよルイジェルドくん。
「ひゃるじゃにゃい。ヒゥイジェルド」
ほら見ろ。エリスの教育に良くない。
まぁエリスは元々こういう性格だが。てか誰だ。ヒゥイジェルドって。
そう思いエリスの方を向く。彼女の口には茶色の物が。肉だ。
まったくいつの間に、まぁヤモリじゃなくて普通の加工肉だしいいだろう。
ジャーキーの倍は硬そうだが。
そんなこんなでもうそろ冒険者ギルドに着くなといった頃。
エリスが俺の手を引っ張りながら1つの露店を指さしていた。
ちなみに肉はもう無い。
どしたのエリスたん。なにか欲しいの?
いいよいいよ。おじさんがなんでも買ってあげるからねぇ。
人の金で。
「ルーデウス。その……あれ……」
ん? どれだ?
どうやらこの店は雑貨屋のようだが。
エリスの指が指してるのは……服か?
ちょっとよく見えないので近づく。
すると段々と形がハッキリしてきた。
白色、いや薄いベージュか? 白は200色あるらしいのでよく分からんな。
だがこの形、フードだ。そんでもって耳がついてる。
あれ? これってもしかして……
ばっとエリスの方にふりかえった。
エリスはというと何も言わずにモジモジしている。
なんだあれ、くそ可愛い。
こんなもの即購入である。
「おっちゃん。これくれ」
「鉄銭1枚だよ」
「はい」
「まいど」
ぼられているかもしれない。というか確実にぼられている。
だが嫁の欲しいものを値切るのはあまりにもダサい。
男らしく払ってやるよ。
「エリス! はいこれ」
「い、いいの?」
「もちろん!」
「ありがとう! 大切にするわ!」
フードを抱えながら笑うエリス。
なんだろう。凄い抱きしめたい。ギューってしたい。
公衆の面前じゃなければしていたな。
俺があげたのは前回も買った耳付きフードである。
冒険中はかなりの間つけていた代物だ。
俺としても思い出のものなので買えて良かった。
そうだ! ルイジェルドに謝らないと。
この金はルイジェルドの稼いだ金だ。仲間と言っても好き放題に使っていいものじゃない。
親しき仲にも礼儀ありである。
「ルイジェルドさん。その、事後報告で申し訳ないんですがお金使ってすいません」
「問題ない。こういう時のために貯めといた金だ」
おいおいイケメンすぎるよルイジェルド。
なんて良い奴なんだ。惚れちまうね。
「それにお前がAランクになればすぐ帰ってくる金だ」
「そ、そうですね」
これはあれだな。
なんとしてでもAランクにならないとな。
もう冒険者ギルドは目の前である。
いったいどんな試験があるのかは知らないが、本気で行こうじゃないか。
大丈夫さ。全部上手くいく。
あの笑顔を見た後だとそう感じた。