黙示録狂騒満喫譚   作:ヤン・デ・レェ

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大佐のチキン:夕樹美玖

トニーの愛車である高級自動車クライスラー300Cは、70mmの防弾ガラスを嵌め込み小銃弾を受け止める分厚い鋼板で密閉された小さな要塞である。

 

しかし、その居住性は車体の大型化に懸かる費用や面倒を計算に入れない豪快な発想によって大変高い水準に仕上げられていた。

 

元の車両よりも明らかに二回りは巨大な、一見すると中型車に分類されてもおかしさはないレベルのシルエットに反して、その内装は変わらず、居住スペースも頑ななまでの防弾性能実現の為に元の車両と大差がないほどである。つまり、外見の大きさに反して狭いが、普通車よりは広い車であった。

 

100キロ近いドアを自慢の怪力で開けられるのはトニーしかいないため、トニーのエスコート無しでのドライブは物理的に不可能である。

 

車内装備は充実しており、緊急時の無線や衛星電話に加えてバッテリー式冷蔵庫や簡易トイレ、小型用水タンクもトランクに内蔵しており、また車内のアタッシェケースやトランクには常にそれぞれ大口径拳銃とショットガンが置かれている。

 

快適かつ安全。意地でも死ぬ気の無い車両。

 

そんなトニーの愛車は現在渋滞に捉まっていた。なんでも先の道路で事故が発生したらしく、ついさっきも通報を受けたレッカー車と警察車両、それから救急車両が走り抜けて行ったばかりだった。

 

本来ならもう既に自宅に帰っていてもおかしくなかった時間帯なのだが、これには訳があり、1時間ほど前の「泣き止んだら最初にすることは腹ごしらえだな。ウチに来る前に少し寄るぞ。鶏肉と揚げ物は食えるか?」というトニーの言葉がきっかけだった。

 

昼食の為にサンダース大佐のフライドチキン屋さんに寄った迄は良いものの、とても店舗で一緒に食べられる恰好ではない二人だった。返り血だらけの巨漢と、抵抗の跡が一目で見て取れるボロボロの汚れた制服を開けさせた少女。完全に事案である。

 

結局テイクアウトすることになった二人は、食欲をそそる香りが車内を満たしても一時は我慢し家で食べようと同意したのだが、職質の際の言い訳が思いつかなかったトニーの提案で、上着のソフトシェルブレーカーを脱いだトニーの感性を信じつつ、ファストファッションの店から女性もの洋服一式を買いそろえるのに時間を割いたために、様々な遅延が重なったことで渋滞に巻き込まれてしまったのである。

 

昼間の中天、完全黒塗りの高級車の中は鬼暑かった。高性能クーラーで涼をとりつつ、一向に動かない渋滞のど真ん中で、食欲に負けた二人は…というより主にトニーの血走った視線に耐え切れず…熱いうちにチキンにかぶりついたのだった。

 

 

 

車内には実にいい匂いが充満していた。テイクアウト用の茶色の紙の放つ独特の薫りと、その内側のバケツから香る強烈な揚げ物の匂いだ。

 

いわゆるオリジナルスパイスと鶏肉の悪魔的な調和により、揚げ物として恐るべき完成度を誇っていた。トニーは一心不乱にかぶりつく。揚げられた衣の表面が舌に触れて刺激的な味に鼻息が荒くなったが、次いでジューシーながら淡白な鶏の果肉に歯が食い込み、これを繊維ごと骨から引き剝がすように顎を引き、その香しい旨味と興奮と共に呑み込んだ。

 

あああああ、旨いよ。やっぱりね、この味がなんだかんだで一番好きかも。絶対に食べたくなる。表面の衣と肉汁だけ貰っても普通に嬉しい。それだけで米食える。それくらい美味しいよ…。

 

トニーは両手の薬指と小指以外の両手の六指を駆使して食べていた。かぶりつく、という表現が一番美味しそうに伝わりそうだ。白いシャツに肉の油が滴りそうになっても気にしない。両手の指を肉汁まみれにしながら鷲掴みで旨そうに食べていた。

 

それでも一緒に過ごしてまだ二時間も経っていない美玖に気を遣って、こころばかりのお行儀の良さを指先ばかり使って食べることで演出しているのか。

 

骨に着いた肉まで余すとこなく食べる。貪るような忙しなさや下品さではなく、黙々と味わい、次に手を伸ばし、飲み下し、そしてまた口を動かす。無言の圧とも、貫録とも呼ぶべき不思議な勢いであった。

 

三本程食べた切ったところで、両手の指をしゃぶって衣や肉のカス、それから美味しい肉汁と味の濃いスパイスの染みた油まですっかり味わい尽くす。

 

そのままの手で、ズゴゴゴーっと残り少ない炭酸入りのレモンネードを飲み干してから、思い出したように自分の指と氷だけになった紙製コップをウェットティッシュで拭う。あ、コップはもう中身がないんだった。

 

少しベルトを緩める。腰をずりずり落として運転席の上方に顔を向け、サンシェードを倒すと現れるミラーで身繕いした。

 

口元のカスを発見。あ、シャツに肉汁が垂れた跡を発見。あと全身から隠せないレベルで良い匂い発見。

 

すかしっ屁ならぬすかしゲップを口の中でこいて、一息ついていると、ふと視線を感じた。

 

後部座席に振り返ると美玖が見ていた。何か言った方が良いのか?いや、もしや曖気がバレたか?

 

つくろうように感想を言ってみると、早速その無邪気な食いっぷりに感心した美玖から指摘を受けた。

 

トニーはこれに恥ずかしい、よりも照れを含んだ苦笑で応えた。

 

 

「旨いな…やっぱり、大佐のチキンが一番うまい。」

 

 

「ふふ、トニーさんって結構子供っぽいんですね。」

 

 

トニーがしみじみとつぶやくと、美玖はくすくす笑った。子供っぽいと指摘されたトニーは腹を立てることもなく、恥ずかしそうにも見えない。

 

 

「そうかな?いや、確かにガキのまんまだな…。」

 

「あ、いえ、食べ方の事ですよ!」

 

「あぁ…そっちか、いや、すまん。あんまり、教えられてこなかったもんでな。口を閉じて食べるとか、箸の扱いは完璧な筈なんだが…。」

 

自分の指を見る。脳筋なのでペンダコではないが、毎日箸を使うのでそれっぽい跡が残る手だ。お行儀悪いわけではないが、上流階級の様に気品あふれる食事を披露して金を稼げるかと問われれば否だ。ついつい、人目が少ないと今日みたいに子供みたいに口いっぱいに物を詰めてしまうこともある。

 

「悪いだなんて、逆ですよ。寧ろ、そんな風に豪快に食べてるところを見せられると、同じチキンの筈なのにトニーさんの食べてる方が美味しそうに見えてくるんです。」

 

「・・・いや、案外味が違うのかもしれない。食ってみるか?」

 

美玖の言葉に素直なトニーは納得した。食いかけではないが、自分の分に買ったバーレルをずずいと差し出すと美玖が困ったように笑った。

 

「いいですよぉ…ちょっと、恥ずかしいですし。」

 

「あっ…ごめん。そうだな、年頃の子に今のはナイわーだな。まぁ、おんなじだから気にせずに食え。俺の大好物なんだ。」

 

食べかけを渡したわけではないのだから、美玖の困った顔は単純に「もう食べられない」「男の人の前でガツガツするのは恥ずかしい」という意味である。だが、昨今のセクハラ撲滅の波を思い出したトニーはおっさんが触れたものを差し出されて困ったと思いひっこめた。

 

「あはは…はい、そうですよね、おんなじもの食べてるんですもんね。」

 

「ああ。どうだ?うまいか?うまくないか?もしうまくなかったら次は別のもの食いに行こうな。」

 

「え?あ、ありがとうございます…美味しいです。とっても。」

 

「うん…そうか、美味しいのが一番だ。」

 

「でも、うまかったら…次は連れてってくれないんですか?」

 

「いいや、うまかったらもっとうまいものを探すんだ。今度こそ、めかし込んで店の中で食べるぞ。どうだ?」

 

「次が楽しみ…ちゃんと、トニーさんもめかし込んで、下さいね!」

 

「うむ。一張羅を着ていくぞ。」

 

「あははッ…ありがとうございます!ごちそうさまでした…。」

 

美玖はあんなことがあった後だと言うのに素直に食事を美味しいと感じることのできることに驚き同時に安堵していた。そして、改めて恐怖を吹き飛ばす特異な存在でもある、トニーへの好意と感謝の想いを強めた。

 

 

 

美玖と自分にそれぞれバケツ一杯分のチキンを購入したトニーは、満腹でリタイアした美玖の分も無事に腹に納め切った。大満足の昼食のあと、陽気に促されて毛布に包まり昼寝する美玖を時々視界に納めつつ、平日の6時間目が始まる頃にやっと渋滞を抜け出した。二時間弱の拘束であった。

 

揺れを極力抑えたゆっくり運転を心掛けつつ、その後はトラブルなくスムーズに自宅に到着できたトニーは、夕飯迄起きそうにない美玖を横抱きにして家に入った。

 

20cm厚の鋼鉄の只管重いドアを鍵で開錠し、開き、入る。そしたら忘れないうちに即施錠する。鉄の円柱が横に差し込まれてロックする音を聞き届けてから玄関を後にした。家が完全に鉄とコンクリートに囲まれていても関係ない。要塞の主はトニーだ。トニーは自分が納得するまで徹底するのだ。

 

帽子だけ脱いだトニーは空き部屋の掃除が終わるまでの時間、妻のベッドに美玖を寝かせ、それから夕飯の支度と部屋の掃除に取り掛かった。

 

空き部屋は浩一の部屋でも妻の部屋でもない。自分の部屋と妻と息子の部屋は頻繁に掃除をしてきた。今まで誰も使ってこなかった空き部屋を美玖には放出しようという訳である。因みにリカと静香が宿泊する際にはトニーのキングサイズのベッドにリカとトニーが、妻のベッドに静香が寝ることが多いが、静香とリカが妻のダブルベッドで眠ることも同様に多い。

 

埃と格闘すること一時間。案外蜘蛛の巣は張っておらず、またネズミやゴキブリなどの心配も必要なさそうである。

 

掃除が終わったところでいったん休憩をはさむ。この時間で部屋着(防刃)に着替え、血まみれのウィンドブレーカーや美味しいにおいが染みついた服を処分用の分別袋に入れたり、洗濯機に突っ込んだ。腰のベルトを外し、ホルスターごと拳銃とマガジンを体から取り外した。妻の部屋で美玖が寝ているのを確認してから、自分のベッドの上でバッグと銃を広げた。

 

SIGのSASは安全装置を外した今の状態のまま置いておく。M49ボディガードは二発分の空薬莢があるので、ラッチに親指を掛けてスイングアウトし、一度全ての弾を手の平に落とした。

 

弾丸が抜け落ちた空の二発を拾い、除けておく。TUMIのバッグに入れておいたバラの予備弾薬10発をバッグから全て引っ張り出し、その中の二発を含めた満杯分の五発の弾薬をシリンダーに詰めておく。

 

勢いをつけてスイングし、子気味良い音と共にシリンダーを戻したら空薬莢や予備弾薬と一緒に銃を保管できる場所に一時的にしまう。

 

美玖の面倒を見ると決めた以上、トニーに油断は無い。きっと明日からも必要になることは分かり切っているのだから。

 

自室のベッド脇の鍵付きデスクに銃と弾薬をまとめて入れて施錠したらば、リカが来るまでの間に三人分の…一応静香も来る可能性も考慮して、四人分の夕飯を用意するために準備を開始した。

 

 

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