最後の晩餐その1
美玖がウチに来た最初の日、夕飯は炊飯ジャーが壊れていたので買い置きの生麺を茹でたラーメンになったんだ。
空炊きでぶっ壊した。お恥ずかしい限り。どうにも、やっぱり家事は苦手なんだ。
あの晩はリカのお陰で騒がしい夜になったな。夜7時半過ぎにインターホンが鳴ったので、俺が出迎えると客人は三人だった。
皆さまご存じの南リカとリカの親友の鞠川静香、そして俺の自慢の息子である高校教師<主水>浩一の三人だった。
俺は鉄門を開いて三人を家に迎え入れた。久しぶりに自分以外の靴が並んでいて、なんというか…俺は自分が寂しかったんだと自覚した。おセンチメンタルな空気を振り払うつもりで、三人に言った。
「ごめん。ジャーが壊れてるから夕飯の準備まだなんだわ。」
三人は家の中では丸っきり頼りない俺の発言に腹を抱えて笑っていた。まぁ…リカには事前に「俺に任せろ。夕飯用意しとくから」って言ってしまったから仕方ない。
それに…久しぶりに浩一が笑っている所を見れた。俺は嬉しかった。
毎週メールも送り合ってるし、テレビ電話も月に三回はしてるし、毎月最低一回は顔を出すように言ってるんだが…それでも最近は会うたびに目の下に隈が浮かんでるもんな。先生って本当に忙しいみたいだ…。
でもこの日はイレギュラーで浩一が来たから、結局人数分ストックのあるラーメンになってたかもしれないな。
静香が野菜を切るのを手伝ってくれたので、俺はお湯を沸かして、メインの具となるウィンナーを茹でたり、そのお湯で麺を茹でたりした。
三人を美玖に紹介するのは問題なかったが、美玖の事情と今後の対策は食卓を囲んでからに持ち越された。というのもだな、食事中にリカと浩一の議論が熱を帯びると麺が延びちまいそうだったからだ。それは困る。
だから、まずは5人でゆっくり食事をとってから、それから話を詰めることにした。
「では、いただこう。」
「えぇ、いただきます。」
俺が言うとリカが続いた。全員分のマイ箸が足りなかったから、全員木の割り箸にした。おてもとって奴だ。西原義光ではない。
「いただきます。」
「いただきます…久しぶりですね、父さん家で夕飯を囲むのは。」
「はい、めしあがれ~。」
そのあと美玖が続き、浩一の言葉で少し涙腺がもどかしくなった。配膳から何から手伝ってくれた静香はぽわぽわした笑顔で「伸びないうちにね」と言って、固まっている俺のことを促した。
この日食べたラーメンは旨かった。メインの具は茹でたウィンナーを一人四つ。添え物は胡麻油で炒めただけのもやしとキャベツ。キャベツは少し硬かったかもな…伸びないうちにと急ぐとこうなる。しんなりするまで麺でも食べて待てば良かった。
スープは味噌か醤油の二択だった。俺とリカと浩一は醤油ラーメン。美玖と静香は味噌だったかな。
スープを飲み干すのは流石に苦しかったようだ。無論、俺は飲み干したぞ。丼一杯分のスープで風呂場一杯分の水が無駄になると聞いてから、スープも残さないようにしてる。俺は後ろ指刺されながら…ラーメンのスープを捨てたくないからな。
けど、やっぱしょっぱいわ。うん。あと十年としないうちに四十の大台に乗ろうかと言う俺にこのデューティーは厳しすぎる。
俺はこの時を最後に、素直にスープは残そうと思った。
急遽人数が増えたものの、全員の寝床は用意できそうだったので浩一も泊まらせた。ちゃんと寛いでくれてパパは嬉しかったぞ。
食後は本題である美玖に関してだ。既にリカからは俺が何処の不届き者に喧嘩を売ったのか調べて貰っている。多分近いうちに判明するはずだ。俺も警視庁の方に伝手があるでな。
そんな俺が頑張ればいいことはさておき、問題は美玖の学校と今後の生活である。これに関して俺は開幕一言声を上げた。
「ウチで暮らせばいい。生活は困らせないし、寮よりずっと安全だ。それに、俺は最初から最後まで彼女に対する責任を背負うつもりなんだ。」
俺は「毎月のお小遣いも保証する。アルバイトはしなくていい。学生生活を楽しんで、あと自分の適性に合った学びを探すのが学生の本分だからな」と付け足した。
これに対して静香は「どうなのかしら?私?私はぁ…トニーちゃんがイイならイイと思うわ!」とサムズアップした。
浩一は浩一で教師らしく、美玖の今後の進路に関して的確な意見を出してくれた。
「学校なら転校が一番でしょう。あの学区から遠く、尚且つ父さんが送り迎えできる距離なら…私が勤めている藤美学園が理想的ではないでしょうか?ここなら私も見守れますし、なにより理事があの紫藤一郎です。コネでねじ込める筈です。一郎もまさか父さんの監督する生徒に手は出せないでしょうから…。」
「成るほど…じゃあ、頼めるか?学費とかは浩一に渡せばいいのか?その方が一郎にもわかりやすいだろ?」
「えぇ、そうですね。一郎も、私と父さんの仲が良好である事実は決して不利益ではないはず。寧ろ好都合だと思っているでしょう。最高のボディガードへ直通するパイプが手の届く範囲にいるんですから。」
ボディガード云々はともかく、コネはあるからな。こっちはなんとかなりそうだ。
「なら…問題は戸籍とかだな。リカ、何とかならないか?」
俺は法律がサッパリなので困ったときは現職のリカ頼みだ。
「う~ん…大事にはしたくないのよね?なら、トニーの家に住むのではなくて私の現住所に住むのはどうかしら?私も別に四六時中保護監督出来るわけじゃないから…それこそコネの力ね!いざとなったらトニーがお財布で事務職員を叩けばイイ…と言いたいのだけれど、そうアメリカみたいに上手くも行かないのが日本よねぇ。」
「…じゃぁ、ダメか?向こうがヤクザに唆されて訴訟でも起こすんなら話は変わってくるぞ?」
「いえ、訴訟とかは考え辛いわね。どちらかと言うと、行方不明届を出させるのかしら?…うーん、親に親としての自覚が無い時はどうなるのかしら?酷すぎて物も言えないとは正にこのことね。」
「もういっそ、俺が児童相談所とかの職員になったほうが話は早いのかな?」
首を傾げる俺達。美玖は申し訳なさそうに顔を俯けてしまった。こりゃ不味いな。大人の俺がしっかりしなくては…とはいえ、もう本当に俺の知識じゃ美玖の面倒を合法的に見れる側の人間に就職するくらいしか思いつかんぞ。
「いきなり何言い出すのよ…でも、そうね。その手があったわね、貴方、ラングレーの身分証明書ってまだ有効なの?」
「何で知ってるんだよ…いや、今はいいか。ああ、持ってる。あと、多分まだ有効な筈だ。毎年御呼ばれしてるからな。」
俺が苦悩していると、リカが妙案を思いついたとばかりに手を打った。だが、提案を聞かなくてもわかってしまう。あ、これは大事になるな。主に俺の周りが。
「ラングレー?博物館ですか?」
「まぁ~トニーからするとそんな感じなのかしら?」
全然知らない美玖が御尤もの問いかけをした。するとリカは説明するのが面倒くさくなって俺に投げた。おい!
「え、NSAとか議会警護より楽しいぞ。なんたって会議に出なくていいからな。むさくるしい益荒男をぶん投げれば感謝される上に金が貰える。」
「……と、トニーさんってもしかして、かなりスゴい人なんじゃぁ…。」
「なんだ、今更気づいたのね?あと、付け加えるとかなりイイ男よ。貴女、なかなか持ってる子ね。」
俺の返答に首を傾げたままだった美玖だが、議会警護の単語で製薬じゃない方の鷲のマークに辿り着いたみたいだな。リカは自慢げだし、仕事について教えてこなかった浩一まで小学生の時みたいに興味津々の表情で俺たちの話に耳を立ててる。
リラックスして茶啜ってるのは静香だけだな、こりゃ。まぁ、そこが彼女の良いところなんだが。
その晩はみんな思い思いの時間に眠った。美玖には掃除して置いた部屋を、と思ったんだが俺の部屋で寝たいと言われたので好きにさせた。俺は何もしてない。だから安心しろ。なんたって若すぎる。
結局、戸籍問題とかは警察官のリカをバックに俺がヤクザに必要な書類を持ってこさせることにした。いやなに、後日向こうから手打ちにしたいと連絡が入ってだな、親権を持ってる男親しかいないらしいから金さえ払えばどうにでもなるらしい。
胸糞の悪い話だが、俺は向こうの言ってきた100万の10倍の1000万を包んで彼女の親権を買った。向こうは驚いて揉み手したがな。バカな野郎どもだぜ…ったく。
変な話…悪党に俺が稼いだ金をくれてやるのは気が進まない。だが、はした金で美玖を買うワケにはいかないんだ。だから、くれてやった。それに、俺にしてみれば1000万ははした金だ。だから大義的には反していたものの、大事な女のトラウマを抉るような真似をしなかったことに後悔はない。これで万事問題ないな。
美玖は…少し複雑そうな顔だった。敢えて値段のことは隠さなかった。取引の現場に停めた車の中から全て見えていたはずだ。君は安くないってことを伝えたかった。車に戻った時の、あの嬉しいのに申し訳ないようなもどかしい表情は忘れちゃいけないな。美玖の人生の、大事な分水嶺って奴だったんだから。