夏休みが終わって残暑も綺麗になくなった頃だった。関東もかなり過ごしやすくなって、夜は半袖だと肌寒さすら感じるくらい涼しくなった。
その日は珍しく仕事も無くて普通に過ごしてた。朝起きて、美玖を学校に送り届けてから家で一人で映画見たりしてた。洋画が好きなんだが、スパイ映画のスタントアクションは見ない。見ると必ず「俺でも出来る」と思って悔しい気持ちになるからだ。
昼時に出前を取った。何となく飯を作る元気が無かった。少し根性の無い肉蕎麦をすすりつつ、テレビを見た。昼の情報番組で謎の健康法とか今どきの流行なんかをボぉ~っと眺めていると、食べ終わる頃に面白い話題に移った。
なんでも例の研究施設で事故があったそうだ。<極東基地での大規模爆発!?>とかいう派手な見出しのフリップを駆使して、その道うン十年のコメンテーターが熱心に語ってた。
「ですから!この研究所では何らかの新型生物兵器が製造されていると、そうイギリスやアメリカの主要な軍事情報誌などが、これまでも警鐘を鳴らしてきたのです!そしてここに来ての大爆発、航空写真が示す通り、これは事故であれ事件であれ、国際社会の非難の対象となるのは必然です。」
「しかし、問題はこの研究自体への徹底的な調査をこの機に行うことが、今の国連やWHOを始めとした組織の主導で、迅速かつ超法規的に実行できるのか、否かということでしょう!」
「もしもここで手を抜けば、或いは漏れ出た事実の隠蔽によってパンデミックが発生した場合の責任の所在迄うやむやにされかねません。代償無き犠牲を許してしまえば、それは箍の外れた戦争と同じです。国連の無力が実証されたアフリカやユーゴでの無制限戦争の悲劇が、今度は感染症という形で世界中に無差別にばら撒かれ、怒りの矛先すら失う結末を迎えかねないのです!」
「中露国境地帯にまたがるように敷地が区画されている時点で、明らかに両国共同での開発です。加えて、先日はなんとインドや東欧の親ロシア諸国が専門の科学者チームを送り込んだと、米国外務省やペンタゴンの報道官からも発表されています!これは明らかな旧東側陣営を核とした新陣営の結束を図るための策謀です!」
「ロシアの戦略が極東に集中しているのに対して、私はより中国の方が広範囲に対する使用を想定している分危険だと思いますね。数週間前の欧州某国の軍事衛星が捉えた情報がその根拠です。」
「こちらをご覧ください、これは表面上は中国の企業が派遣した衛生管理担当の技術者とのことですが、実際はアフリカでの細菌兵器や生物兵器使用を想定するための現地調査を担う工作員である可能性が高いのです。情報源は欧州軍事情報誌の最新号ですから是非参考までに。」
「一部を抜粋しますと、<衛星により確認された複数名の技師の身元は照会されなかった。>とあり、また<現地中国大使館に武官として派遣された者が現場の監督に同行している>点からも十分にこの動きには警戒するべきです。」
こいつは、あれだな、俺と同じで北がミサイル持ってると信じてるタイプだな。だからと言って終末世界が実際に来た時に生き残る保証なんざないんだが…。
益体の無いことだと分かりつつ、コメンテーターの話に耳を傾ける。他に見たい番組も無かったし、出前の器を洗ってから門の前まで持って行き、えっちらおっちらキッチンの換気扇の真下で、久方ぶりのシガリロをふかした。
あぁ、そういえば美玖が来た日からまた禁煙してたんだったな。凄く今更だ。でも、なんとなく自分の身に沁みついた子供の前では禁煙という妻と共有した思考が、未だ無意識にも機能してることに強い誇らしさを感じた。
リモコンで音量を上げてキッチンからも聞こえるようにして、気持ちが乗り出した俺はピースのシガリロをじっくりと燻らせた。
テレビを消して、ベッドの上に横になる。昼寝したくなった。目覚まし時計を15時に設定して目を瞑った。
次に起きると夕方で、携帯を見ると美玖からメールが来ていた。
「今日は、リカさんの家で、泊まります…か。うん?何かあったっけ?」
俺はリカにメールを送ったが…
「貴方がヘタレだから。代わりに私と静香が御膳立てしてあげる❤」と返って来た。
「…俺はヘタレなのか?」
少し心外。だが事実なんだろうな。少なくとも彼女達は俺に嘘を吐かない。俺も絶対に嘘は吐かない…相手を傷つけるのはダメだ。お互い秘密はOKってことにしてるけど。だから美玖にもリカと静香たちとの間に女同士の秘密があったと言うだけだな。
俺は美玖を迎えに行き、そのままリカの家の前で降ろした。多分、まだリカは帰ってきてないんじゃないか?となると、合鍵でも貰ってるのか?静香も持ってたから、ふぅん…俺だけか、持ってないの。
思いもよらず一人で夕飯を食べることになった俺は、昼に続いて手抜き飯にした。
適当に冷蔵庫の中から取り出した昨日の残り物。それから平たい形のカップ麺。
白く脂が固まっている豚肉とキャベツの炒め物をラップで包んだままレンジに突っ込んだ。中華の一皿っぽく味が濃くて、お陰で昨日はご飯が進んだ。
大好物のスーラータンのカップ麺を開け、かやくを取り出して袋を破く。ちゃっちいクセに重要なパーツ、それがかやく。<ここまで開ける>の指示に忠実に従い、説明書通りにかやくを仕込んでお湯を注いだ。
箸だと重石にするには頼りないし、半ばまで剥した蓋の抵抗が激しいと転がっていくので、俺はカップのサイズに丁度よい皿を逆さまにして被せた。蓋の上で温めるタイプの…なんだコレ?多分…ラー油?的な仕上げのピリッと辛い液体スープを、皿と蓋の板挟みにして温める。
一足先に温まった炒め物からラップを取ると、予想の三倍の湯気がもんわぁ~と上がる。香味油と醤油の薫りが立ち昇り俺の食欲もイイ感じに上がった。しなしなのキャベツと脂とタレでぬらぬらした豚肉は、昨日より味が染みていた。
三分経ち、カップ麺の蓋を完全に剝がしてから、剥した蓋の上に使い切った液体スープの小袋を置いて、良く掻き混ぜたらいざ実食。
うん。当然ながら美味しい。そりゃな、売れるだけの理由はあるんだ。ラーメンのお手本通りの黄色い細麺も俺の好みだったりする。ずるずる啜り、気がつけばあっちゅう間に麺を食べきってしまった。
炒め物を竹箸でパクつきながら思う。
ここは…お米を投入する他あるまい!
炒め物を平らげて皿をシンクに置いて水を注いでから、カトラリーが分類されて置いてある食器棚からレンゲを引っ張り出した。
三年目の炊飯ジャーから米を掬って、頼りないスチロールのカップにインすると、まるで地球温暖化で崩壊する北極の氷山…のごとくホカホカご飯の塊が崩れる。
今日のご飯を炊いたのは俺だったのだが、水の量か時間を間違えたみたいで塊になってしまっていた。
美玖がリカん家でちゃんと静香の手で上手に炊かれたご飯を食べているといいなぁ。
白ゴマのコクとラー油の辛味がエクセレント!米をスープと一緒にザブザブと鯨みたいに飲み干したら、作法ガン無視で淹れた緑茶を啜って一息ついた。
あ"あ"~やっぱり一人だと頑張る気が起きないなぁ。美玖や静香が作ってくれるごはんが食べたい。偶にはこういう楽な夕飯もいいが。
歯を磨いて、明日も安全に美玖を送迎する為の用意をしてから眠る。寝る直前に銃を保管しているデスクの鍵を開けておく。いつでも使えるように。
今日はなんも無かったなぁ。平穏ってのはこういうことを言うんだろう。
なんというか…アレだな。イイな、平穏て。
明日も今日と変わらない日常が続いていくんだろうな…。
そんな、幸せな勘違いをしながら…俺はベッドで小さくなって眠った。