黙示録狂騒満喫譚   作:ヤン・デ・レェ

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DAY1・2「KILL YOU MY FRIEND」

沈黙する永。彼に視線が集まった。

 

「……。」

 

俯いたまま何も言わない彼を案じて麗が覗き込んだ。

 

「…永?」

 

気遣わし気な麗の声に、永は顔を上げ頷いた。

 

「見せてくれるな?」

 

「…はいッ…。」

 

求めに応じて腕を差し出すと、トニーは不格好に巻かれた、急場に拵えたであろう止血帯を、服ごと手際よくメディックシザーで切り開き、傷口を外気に晒した。

 

「…ヒぃッ!」

 

現れた傷口の痛ましさに麗が息を呑んだ。

 

「なッ!?あ、青黒く…変色してる!?」

 

人間の皮膚だったとは思えない青黒く変色した傷口周辺の表皮と、流れ出て凝固した赤黒い血の塊に、孝もまた気分を悪くして口の中に胃液の酸っぱさを感じた。

 

「…ダメ、ですかね?」

 

「…あぁ、ダメだな…。」

 

バッグの中から取り出された救急キットを駆使して消毒した傷口をピンセットなどで見聞するトニーの横顔に語り掛けた永。彼の口から零れた弱音とも諦めともとれる言葉に、トニーはあくまでも淡々と答えた。

 

まるでそれこそが疑いのない事実であるかの様に。

 

「え、う、ウソだよね、そんな、永は<奴ら>になんてなったりしないよね!?」

 

「麗……。」

 

背中を柵に預け処置を受ける永を囲む様に、息を呑んで見守っていた麗と孝だったが、トニーと永のやり取りに遂に麗が爆発した。立ち上がり、天文台の中に駆け込むや否や泣き出した麗。

 

彼女を孝が追いかけようとした時、トニーの声が孝に掛かった。

 

「孝、永が噛まれてから何分経過した?」

 

「え?」

 

トニーに聞かれたことがよくわからなかったのか、孝の声は不満気な響きを纏っていた。

 

「何分経過したかと聞いてる。」

 

「え、えぇと…多分20分は…もう。」

 

不満の色を耳で受け止め、怪訝そうな表情のトニーに再び問われた孝は、今度こそ答えた。嫌に歯切れは悪かったが。

 

「微妙なラインだな。」

 

「え…?」

 

トニーの声に孝は間抜けな声を漏らしていた。

 

「なんとか、なるんですか?あの、トニーさんッ!永は治るんですか!」

 

風の流れが変わったのを素早く感じて、麗はトニーに飛びついて返答を迫った。

 

「わからない。だが、傷口を見た限り動脈には達していないし、まだ初期症状が出ていない。試す価値はある。」

 

美少女の迫真の表情に迫られても、尚トニーは揺らぐこともなく淡々と答えた。

 

「あ、あの…どれくらいで、治りますかね?」

 

痛みに表情を歪めていた永も、麗の反応とトニーの声に希望を見出したのか、心なしか目を細めつつも口元が笑み、明るい表情になっていた。

 

「さぁな?」

 

喜色の乗った声の問いに対して、トニーは首を傾げた。

 

「えぇ!?」

 

ここにきて初めて麗、孝、永、三人の声が重なった。

 

 

 

胸元に飛びついて離れない麗を押し戻し、居住まいを正してからトニーは口を開いた。

 

「2分の1だ。生死が天秤に乗るとき、確率は常に五分五分だ。死ぬか生きるか、それだけだ。余計な心配はせずにこれからのことだけ考えろ。言っておくが痛いぞ。」

 

「で、でも、何とかなるかもしれないんですよねッ…。」

 

ボストンバッグから肉厚のククリナイフを取り出しながら三人に説明するトニー。永は一縷の望みに縋る決心を付けたいがために、最後のもう一押し…縋るに足る根拠を欲していた。

 

灰色と青が交わるトニーの瞳は揺らがない。脂汗と冷や汗を垂らす永を見据え、手向けの如くここに来るまでに手にした情報…<根拠>を提示した。

 

「…集会で支持者に頸動脈を食いちぎられた大統領は約55秒で血を吐いて死に、救急ヘリが来る前に即時発症して近場のシークレットサービスに嚙みついた。足首の骨を嚙み砕かれた下院議長は4時間9分後に発症、初期症状の喀血から1時間後に海兵隊の輸送機内で死に、<奴ら>として起き上がる前に眉間に一発撃ち込まれた…。」

 

一度話を止め、トニーは鞘に入ったままのククリナイフの先で永の傷口を指示してから、再び口を開いた。この間にも、彼は永の瞳から自らの瞳を逸らさない。

 

「…お前の場合は上半身の表皮とその下の微細な血管をいくつか噛み裂かれた。恐らくは静脈に<奴ら>に変わるブツが届いた…この場合、1時間以内に大抵は初期症状が出始める。お前はまだ出ていないが、何時出てもおかしくない。そして、出た瞬間にお前は死ぬことが確定する。分の悪い賭けだが、それでも0じゃない…。」

 

暗にこれから行われる<手術>に対する同意と納得を求めるべく、トニーはその磨き上げられた刀身を三人に見せた。

 

三人は息を合わせるように唾を呑み込んだ。熱い唾液を飲み下し、永は口を開く。

 

「……お願いします。」

 

トニーは黙って一つ頷くと、ククリの刀身を消毒し、救急キットから取り出したモルヒネを永に打ち込んだ。

 

「これ以上のおしゃべりは無しだ。行くぞ。悪いが口にタオルを詰めさせて貰う。二人は彼を抑えてくれ。麻酔は使うが今日から貴重品になる。今後もあるとは思うなよ?」

 

口にタオルを詰められ、目を黒い布で覆われた永が一瞬狼狽えかけるも、ゴリラのような怪力で患部を押さえつけたトニーは涼しい顔で指示を出した。

 

「安心しろ、腕を引っこ抜くわけじゃない。患部周辺の肉と骨を削り取るだけだ。要は毒だ。全身に回る前に毒の回った部分を取り除けば問題ない筈だ。」

 

振り上げられたククリナイフは、通常の三倍厚はあろう特注品。翻るように光を受けた刀身が煌めき、滞空。

 

そして次の瞬間振り下ろされた。

 

「ぅう……ムググゥゥゥゥッッ!?」

 

両手両足を抑えられ、目隠しまでされた永の意識は、骨を削り、筋を絶つ想像を絶する激痛により、少しずつ混濁していった。

 

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