黙示録狂騒満喫譚   作:ヤン・デ・レェ

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DAY1・3「READY OR NOT」

<<カチッ…カチッ…カチッ…>>

 

医療用ホッチキスの音が鳴りやみ、トニーは額の汗を拭った。辺りには血まみれのランセット、ハサミ、輸血パック、ゴムチューブなどが転がっていた。

 

「終わったぞ…。よく頑張ったな…と、意識が無かったな。」

 

トニーが目を向けると浅く息をする永と、タオルで額の汗を拭う麗がいた。

 

「……」

 

「眠りましたね…。」

 

何も返さない永と、涙を眼に溜めながらも気丈に振舞う麗。トニーは麗の言葉に、ほんの少しの安堵の色を乗せて返答した。

 

「ああ…」

 

労いの言葉をかけても返事が返ってこないのも当然だった。のたうち回る彼を押さえつけてランセットとククリナイフで何とか変色した患部周辺をごっそり切除したのだ。

 

疲労と失血で永は意識を失ったが、一つだけ持参した輸血パックを体に巻き付けて投与しており、そのうち顔色は回復するだろう。何事も無ければ、だが。

 

「あ、あの、これからどうするんですか?このまま永を置いていけないし…。」

 

手術の途中で嘔吐した孝が戻って来るなり言った。彼の手には未だバットが握られていた。

 

「いいや、永は連れて行く。今は少しでも時間が惜しい。刻一刻と生存確率が落ちていく…もしも彼が次に起きた時、異変を感じたらこれで止めを刺せ。」

 

此方に期待する様な目を向ける孝。ただ沈黙しつつもトニーの言葉を待つ麗。二人を交互に見てから、トニーは孝のバットを指示して言い切った。

 

「えッ…それって…。」

 

後退るも、バットを握る手に力が込められた。孝は今の自分自身の表情が紅潮していることに気がついてはいまい。

 

トニーは目を細めた。

 

「そんな、そんなことありえないよッ!だって、永だよ!永が<奴ら>に変わるなんてッ!そんな…。」

 

震えながら立ち上がり、再び麗が火を噴いた。トニーは麗に呆れる訳でもなく、腕時計を一瞥してから立ち上がり彼女の肩を掴むと両目を突き合わせて淡々と、しかし力強く断言するように言い聞かせた。

 

「麗、よく聞くんだ。アメリカ合衆国大統領、ロシア連邦大統領、中華人民共和国主席…どれもこの世で一番死ぬのが難しい職業だった。だが、遂数時間前までにこの全員が軒並みこの病気で死んでいる。何の肩書も無ければ何の実績もない永が生き延びられる確率は、最高の医療を提供される彼らに比べても極めて低いと言わざるを得ない…だが、現に彼はまだ死んでない。今はそれで十分だろう?俺も君も孝も生きてる。永が死ぬかどうかなんて、今は考えるな。」

 

視線と視線を通わせる。麗の凄むような鋭く硬い視線も、トニーの鉄壁の如く揺らがない眼圧には敵わなかった。真正面から強く貫かれた麗は視線を切り、静かに頷いた。

 

「は、はいっ…。」

 

「強く言い過ぎた…だが事実だ。俺も、君も、孝も皆がベストを尽くした。これ以上は何も望むな。タラレバよりもこれから生き残るための話をする。耳を貸せ。」

 

「はい!」

 

眠る永を視界の端に納めつつ、トニーの音頭で三人は今後についての具体的な相談を始めた。麗と孝の元気のいい返事にトニーは淡々と頷いた。

 

「麗は知っているかもしれんが、俺はここで教師をやってる紫藤浩一と鞠川静香、それから三年の夕樹美玖の三人を回収する為にここまで来た訳なんだが…見ての通りまた一人知り合いを見つけ、新たに二人と知り合ってしまった訳だ。」

 

「あの…すんません、ちょっといいですか?」

 

トニーが当初の予定を説明した矢先、早くも孝が待ったをかけた。

 

「なんだ?」

 

「先生とはどんな関係で…?」

 

静香との関係か、もしくは浩一との関係か…どちらもか。トニーは面倒くさくなり全て簡単に説明してしまうことにした。

 

「…説明する暇はないと言ったが、この際言ってしまおう。浩一は俺の息子で、静香はお隣さん、そんで美玖は俺の保護監督下にある…要するに三人とも実質家族という訳だ。よし、説明終わり。バットを持て。麗は永の代わりに戦力になって貰おう。必要な武器は俺が貸与する。」

 

説明は以上。そう行動で示すようにトニーは話を切るとさっさと立ち上がり銃とバッグを身に纏い、永のことも背負ってしまった。

 

「えぇ!?これから行くんですか!?」

 

色々な疑問符が浮かんだが、頻りに時間を気にするトニーは表面上は分からずとも実際かなり焦燥を感じていたため、孝の制止も全く意に介さない様子であった。

 

「当たり前だ!三人とも拾ってから君たち三人を連れてここから離脱する!すべては安全地帯(セーフゾーン)に辿り着いてからだ。」

 

くわッ!と見栄を切るような威圧感の眼力に負けて孝が頷いた。

 

「わ、わかりました!」

 

返事を聞いたトニーは初めて満足そうに頷くと、バックをがさごそ。

 

「いい返事だ。よし、コレを使え。」

 

ついっと突き出したのは小ぶりの拳銃だった。

 

「これって銃じゃ…。」

 

「そうだ、だがオモチャみたいなもんだ。人を殺せるオモチャだがな。」

 

ずっしりとした重量感に真剣な声が出た孝と麗。だが、トニーはさも当然の如く予備の弾10発と共に回転式拳銃を二人に預けて言った。

 

「その、どうやって使えばいいんですか?」

 

麗の問いに、トニーは彼女の持つ銃を取り上げて構えて実演して見せた。

 

<<パンッ!>>

 

<<…ガシャッ!チリーンッ…>>

 

<<チャク…キシンッ!>>

 

構えてサイトを見ることなく、赤い光線の届いた先を見る。引き金を引く。発砲音、次いでラッチを親指で押し、一発排莢。そして一発装填し、シリンダーを戻してから銃口を誰もいない方向へ向けて麗へと返す。

 

「グリップをしっかり握ると赤い光線がでる。光線が当たってるのを確認したら引き金を引け。頭を狙う必要はあるが、それだけだ。弾の補充は触って慣れろ。ただし生きてる人間に銃口を向けるな、それを忘れると死ぬぞ。どうだ…できそうか?」

 

トニーに返された拳銃に目を落としてから、麗はうんうん頷いた。

 

「はい…なんとか。」

 

ポカーンとした様子の孝もハッとして、あちこち触って覚えようとしていた。

 

「よし。出発だ。俺が永を背負う。悪いが口にはタオルを詰めたままにするぞ。首にかぶりつかれたら堪らないからな。」

 

いい傾向だと思いつつ、トニーはバリケードを蹴り倒した。

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