一発も消費することなく、向かいくる敵をククリナイフであしらいながら、屋上から脱した四人は、先頭をトニーに麗を中心、最後尾に孝の布陣で慎重に下の階に向けて進んでいた。
三階の探索を終えた4人が次の目的地に向かおうと考えていると、トニーが振り返り二人に問うた。
「生存者が向かいそうな場所となると、備蓄物資のありそうな倉庫近辺か、もしくは情報と逃走手段を得る為に職員室か…或いは武器になりそうな工具を探しに行く猛者が居ると踏んで技術工作室に向かうか…それとも治療の為に保健室か…さて、二人とも、君たちならどうする?ここは民主的に多数決とイこう。」
この問いに孝は<職員室>と答え、麗は<保健室>と答えた。
「OK…なら向かう先は決まったな、まずは職員室に向かうことにしよう…。」
「その…静香先生が居るかもしれない保健室の方が、トニーさんには都合がいいんじゃ…。」
トニーの意見も職員室だったようだ。しかし、この意見に麗が疑問を唱えた。
「まずは君たちを職員室に送り届ける。そこで永を含めた三人で籠城しているように。俺は保健室や他のポイントを回ってから職員室に戻る。美玖達にはSOS用の発信機を預けてあるんだが…これがどうも保健室で重なってる。もう一つを浩一とみるべきか、それとも静香とみるべきか…恐らく静香だろうな。」
麗の疑問に対して、トニーは淡々と答えた。トニーと一時的にとは言え離れることに、麗は反抗した。
「なら私達も保健室に行きます!私たち二人だけじゃ、無理ですよ!」
「静かに大きな声を出せ。バリケードを築いたら、後は息を殺して隠れていろ。そう時間はかけない。すぐに戻る。あと、むやみやたらと銃は撃つなよ?さっき屋上で一発撃ったが、目に見えて銃声に反応して集まって来たのがわかった。ともかく、まずは職員室に向かおう。」
麗のヒステリックな声を、口をその大きな手で押さえることで物理的に封じてから、トニーは孝に向けて具体的な方針を説明した。
「わ、わかりました…。」
「よし、行くぞ…。」
説明を受けた孝が戸惑いつつも頷くのを確認してから、4人は職員室に向けて慎重に進み始めた。
保健室では医療用手袋や白衣を血で汚しながらも、校医の鞠川静香が懸命に負傷者の治療に励んでいた。しかし、手当の甲斐なく次々に凶暴な動く屍と化す彼らを、静香の元に駆け付けた石井かずと、夕樹美玖が必死に牽制していた。
「はぁ~困ったわねぇ~…手当てしても噛まれた人は皆死んじゃうし、死んだ人は皆リビングデッド化しちゃうし…血清も全然効かないし、どうしたらいいのかしら?」
可愛いらしく首を傾げながら、呑気な疑問に頭を悩ませる静香は危機感が欠如しているようにも見えたが、そこに至るまでの振る舞いは大人として医療従事者として立派の一言に尽きるであろう。実際天然でほんの少し抜けている所はともかくとして、彼女は大真面目に負傷した生徒の救命に全力を投じていた。
「静香さん!電話、やっぱり通じません!…トニーさんに限って、そんなことはない筈ですけど…。」
静香のすぐ近くで窓やドアの隙間から手や顔を突き出してくる<奴ら>を押し返していたのは、二人で逃げる為に静香の元に駆け込んだ夕樹美玖だった。清掃用のモップの布巾の部分で必死に応戦しており、その一見非力に見える所作とは裏腹に腰の入った振り下ろしなどはどれも我流だが、怯えを全く感じさせないものだった。指輪型の発信機は正常に作動しており、ブルーの点滅を見せて居る。トニーの身を案じつつも、彼女は今全力で自分に出来ることをしていた。
「静香先生!保健室じゃ、いつ<奴ら>が窓を突き破ってきてもおかしくありません!そろそろ逃げましょう!」
悩める静香と必死の抵抗を続ける美玖、女性二人と共にここまで奮闘してきたもう一人の戦友、石井青年の声が響いた。
「う~ん、自然光の取り込みに特化しすぎよねぇ…まぁ、保健室だから当たり前なんだけど…。あれ?声はしたのに…ねぇ、かず君はどこ?さっきまで美玖ちゃんと一緒に手当してたわよね?」
頼りないガラス窓をつと指で撫で、医薬品やらをバッグにしまい始めた静香は、必死の声がしたのに姿が見えぬ石井青年をきょろきょろと見回し探した。
「石井君ならドアを押さえてくれてます!」
「静香先生ッ!僕はここです!!もッ、もう持ちません!!ドアが破られます!」
「かず君!もうちょっとだけ待ってね!」
「な、なるべく急いでくださッ…」
発破をかけるように美玖のはきはきとした声が届き、ドアをベッドや机に並んで支えるようにしていた石井青年を静香が認めて声を掛けた瞬間だった。
<<ガシャんッ!パリーンッ!>>
「グアァあああッ!?」
勢いよくドアが決壊した。スライド式のドアが外れ、石井青年ごと下敷きにしてしまったのだ。
「キャアァァァ!?静香さん!呑気に薬棚弄ってる場合じゃないですよぅ!!石井君!しっかりして!」
美玖がモップを振り回して石井青年を助けに行こうとするも、数体の<奴ら>に阻まれて自分の身を守ることで精一杯だった。苦し気に顔を歪める美玖は、息つく一瞬の暇を使い静香に退避を促した。
「で、でもでも、使えるものだけでも持って行かなくちゃよね!だから、ちょっとだけ待ってて…キャッ!?」
美玖が僅かに振り向いた瞬間、静香は足を滑らせた。衝撃で医療器具などが散乱し、けたたましい金属音が鳴った。<奴ら>の意識が静香に集中した。
「に、逃げてくださいッ!静香先生!」
「静香さん、急いで下さい!」
尻もちをついて立ち上がろうして、床に落ちたガラス片やメスで静香のスカートはボロボロになっていた。だが、奇跡的に彼女の肌は無傷である。
「あぁ~~プラダがー!これ高かったのにぃー!」
「静香先生ッ!?」
悪態を吐きながら静香が立ち上がると、目の前にはすぐそこまで<奴ら>が迫っていた。静香の悪態に複雑な気持ちになりつつ、全身を噛まれながらも尚、石井青年は手を伸ばした。
叫びを聞いて静香が顔を上げると、そこには大口を開けて手を前に伸ばす姿が。静香が後退った。
「あっ!い、イヤッ!ちょっと、こないでー!」
悲鳴と共に視界がスローに成ってゆく。醜悪な死者の食欲旺盛な表情が、勝ち誇ったような笑みに見える。
自分の顔を守るように、頭を抱えた静香。彼女の肌に<奴ら>の指先が触れる
題名直訳:覚えていてください!