黙示録狂騒満喫譚   作:ヤン・デ・レェ

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DAY1・7「GOOD MEAL GOOD DEAL」

「ねぇ…トニーちゃん?」

 

テレビに釘付けになったり、互いの自己紹介やこれまでの情報を共有し合ったり…思い思いに食事をする生徒たちから少し離れた場所で、トニーと静香は隣り合って遅い昼食を食べていた。

 

「なんだ?静香…口に合わなかったか?悪いな、レーションとスナック菓子しかなくてな…。」

 

静香から声が掛かり、水で熱を発する付属ヒーターで温まったばかりのメインディッシュの袋を開けないまま、トニーは彼女に顔を向けた。

 

「ううん、それはイイの。そのMREっていうの?なんか知育菓子みたいで面白かったし!」

 

ヒーターじゃなくて粉末ジュースに水を注いで揉み続ける静香。トニーは咄嗟に笑いを堪えた。

 

「ああ、ヒーターのことか。俺は平野君がはしゃぎすぎて<奴ら>が集まってこないかが心配になったよ。」

 

「そのことじゃなくてね…いいの?」

 

笑いを堪え、テレビ越しの銃声に耳を傍立てて興奮した様子のコータと、彼を叱る沙耶を一瞥するトニー。しかし、静香の懸念はそこではなかった。

 

「何がだ?」

 

「浩一君のこと…探しに行かなくてもいいの?」

 

見当もつかない、そんな様子のトニーに、静香はボソッと呟いた。

 

「…さっき、シグナルが消えた。」

 

静香の言葉に、トニーは困ったように頬を掻き、それから袖を捲くり光のドットを失ったバンド型の装置を見せた。

 

「ごめんなさい…私…。」

 

「静香は気にするな…腕時計を落としたか、もしくは奴らになったか…体温と心音で感知するように作ったんだが…落としたことを祈るよ。」

 

眼を伏せて謝る静香に、片膝を立て教員の机を背凭れにして座っていたトニーが体を起こし、静香の頭を胸に迎えた。発熱する筈もない粉末ジュースを揉む手も停まっていた。なんでもない仕草一つとっても、静香には作り物じみた悪意というものが、感じられない。常にあるがままで生きている様で、でもその中で静香なりに苦悩している。そのことに想い巡らせる毎に、トニーはどうしようもない程に彼女のことを愛おしく感じた。

 

「きっと無事よ…浩一君、責任感がとっても強いのよ?この前だって、そこの平野君をイジメてた子達を職員室に呼び出して叱ってたの…そのあとで平野君にも謝ってた…きっと、大丈夫。」

 

静香はまた粉末ジュースを揉み始めた。トニーはこらえきれなくなって笑みをこぼし、静香の髪に鼻先を沈めた。全てが元通りになったら、また新しいプラダを買いに行こうな。口には出さないが、ずっと覚えておこう。

 

「君が言うなら間違いないな…よし、少し気が晴れた。浩一がちゃんと先生してるんなら、俺も目の前の家族を守らなくちゃな?」

 

トニーはわざとらしく静香の尻に手を伸ばした。いつもなら決してしないであろう、ぎこちない笑みまで浮かべて。

 

「キャ~!えっちー!メっ!なんだからね?」

 

静香はプール開きにはしゃぐ様な微笑ましさで、その身を抱いて頬を膨らませる。すっかり元通りかな?トニーは、静香が生徒たちの前で元通りに、いつも通りに振舞えるように持ち直したのを確かめてから、タクティカルベストの後ろに携帯する衛星電話をサプライズの様に差し出した。

 

「ああ…そうだな。そういえば…リカに電話はしたのか?」

 

さも今思い出したようにトニーが言うと、静香は両手をポンと咲かせた。いい笑顔である。

 

「あ!そういえばまだだったわ!」

 

「俺のを使っていい、衛星経由なら今の回線でも幾らか早く繋がる筈だ。」

 

何時になっても慣れないボタン入力を見守りながら、トニーはほったらかしにして置いたMREの包装を破いた。向こうの受話器と繋がる音が聞こえた横で、飯の煙がこんもりと立ち上がった。

 

 

 

 

「もしもし?リカ、聞こえる?」

 

「あら、静香!」

 

「あー!リカぁーーーッ!生きてたねーッ!!よかったぁ~!」

 

不安げな静香の声は、聞こえて来た親友の声ですっかり華やいだ。受話器の向こうで、休憩中のリカも葉巻を燻らせながら親友の無事に胸を撫でおろしていた。

 

「はあーー…元気そうで安心したわ。今、トニーと一緒なの?」

 

「うん!そうなの、それでね、私も色々大変だったんだけどね。あ!リカは今どこに居るの?」

 

着信がトニーの電話からだったことに思い至り、無事だと分かっていても一応確認してしまうのが愛する者を持つ者の性質である。受話器の向こうから愛しい男の声が聞こえてこないか耳を澄ませてしまうのも、リカの愛らしさだと思いたい。例えその範囲が些細な生活音でも喜べるほどに広くとも。

 

「今は洋上空港で雑務に追われてるところ。生きてるのと死んでるのを仕分けたり、いろいろ騒がしくやってるわよ~…トニー、あの人は元気?」

 

「それがね、浩一君が見つからなくって…。」

 

空港の大きな窓ガラスの向こうで滑走路を彷徨うリビングデッド。忙殺される自分たちに比べて<奴ら>のなんと呑気なコトか。自分の幸運は棚に上げて、この苦労の被害者であろう彼らにも悪態を吐きたくなるほど、急速に世界は地獄と化した。

 

トニーと言えど、堪えることはあるだろう。察して余りある現実に、リカは暫し沈黙した。

 

だが、自分こそが他の誰よりも深く知る彼のことを思い出し、外ならぬ彼が誰よりも静香へ心労を掛けることを望んでいないことを思い出した。

 

「そうか…静香、アンタは今どこ?まだ学校かしら?」

 

リカは顔を上げて、明るい声で話を再開した。次の任務が舞い込んだらしい相棒(バディ)の田島がライフル片手に身振りで禁煙スペースの看板を指差しているが、リカは気にすることなく朗らかにも濃密な紫煙の雲を口から生んでみせた。

 

「うん、そうなのよ~!もう、みんな噛まれたら死んじゃうから、私どうすればいいのかわかんなくって…。」

 

「そう、そう…大変だったわね、まぁ、静香がトニーと合流したみたいで何よりだわ、死ぬわけないと思ってたけど…。美玖も一緒かしら?」

 

田島に促されて護身の為のチョッキに大きな胸を押し込みながら、リカは耳と肩の間に挟んで器用に通話を続けた。今度の話題は彼女と静香の妹分のような存在についてだった。

 

「うん!一緒よ!真っ先に逃げましょうって駆けつけてくれたの。浩一君も探したけどいなかったみたいで、彼放送が鳴ってからすぐに生徒の誘導の為に職員室に走ったみたいなの…それからわかんなくなっちゃって…。」

 

「浩一のことはトニーも考えてるはずだから…だからアンタは気に病まなくてヨシ!…トニーだって、静香に無理してほしいなんて思ってないわ。安全地帯(セーフゾーン)にはまだついてないの?」

 

また暗がりによりかかりそうになった静香を、リカはその付き合いの長さに違わぬ敏感さで迅速に話題をすり替えて明るい方向に誘導した。

 

「今は職員室で籠城してるの。多分、バスか何かで逃げるつもりだと思うわ。」

 

「なるべく早く、トニーの家に逃げ込んだ方が良いわ。向こうに着いたらお風呂にも入れるから、頑張ってね?こっちのことは心配しないで。それじゃ、グッドラック静香!」

 

電話を切るや、「俺は召使じゃありませんよ?」といいつつも肩にライフルのスリングベルトを掛けてくれる相棒(バディ)に投げキッスで感謝を示したリカは、愛するトニーと親友、それから可愛げのある妹分との合流迄、今一度任務に徹し何としても生き残る決意を新たにした。

 

「うん、うん…リカもね!ばいばーい!…あ!トニーちゃんに代わる前に切っちゃった!ごめんなさい!」

 

卒業証書を入れる筒みたいに、両手で持った電話をシュンとしょげながら返してきた静香に、トニーは口の中のものを呑み込んでから明るく言った。

 

「いいさ、また次がある。」

 

そう言って、また1匙掬い、口に入れて咀嚼する。ベストの味じゃないが、悪くなかった。少なくともトニーの飯は温かい。

 

「そっか、次…うん、そうだよね!次があるもんね。」

 

もみもみしていた粉末ジュースの存在をすっかり忘れている静香は、鼻息荒く腕まくりをし、両腕に力こぶをつくるポーズをとると、全く温めていないMREのメインディッシュに手を伸ばした。

 

「ああ…さ、残りを食べ切ってしまおう。動くには腹が減る。貸してみろ、開けてやるから。」

 

包装の開封に手古摺る静香を見かね、茶色のスプーンを口に咥えたまま、トニーは一瞬で包装を開けて静香に手渡した。

 

「ふふっ…そうね。ねえねえ、トニーちゃんは何だった?私のは牛肉かしら?あと、なんかパスタみたいな味のなにかしら?」

 

のほほんと開けて貰った、冷たいままのレーションを食べ始める静香だが、その表情に不満はない。トニーはそろそろ悪戯…と呼ぶには可愛いものだが…そのイタズラを続けるのも限界だった。

 

「俺のはチリ・マカロニだった。静香のは、あー、パッケージを見せてくれ…ああ、ビーフ・ラビオリだな。どれ、一口分けてくれ。ん…案外、冷たくてもイケるもんだな…。」

 

静香が口に運ぶ前の1匙を、割り込みで口に受け止めると、トニーは正直に感想を述べた。冷たいまま、の文言でやっと気がついた静香は、今までトニーが笑いを堪えていた理由に気がつき羞恥で頬を染めた。

 

「えぇ!ウソ!ちゃんと温まったと思ったのに!」

 

ヒーターだと思ってずっと揉み続けていた粉末ジュースの袋を引っ掴むと、説明文を読んで静香が唸った。

 

「ふふ…全く可愛いヤツだよ、静香は。」

 

ポカポカと柔らかい拳で胸を叩く静香にトニーは顔を手で覆い、堪えていた分も笑った。これまで冷淡な行動と態度で統一されていたトニーの明るい笑い声に視線が集まり、夫婦芸のようだと孝に言われてしまい恥ずかしいやら照れくさいやら、静香は涙目であった。

 

「むぅ~~トニーちゃんって時々イジワルだわ!」

 

「…ほら、口開けてくれ、俺のはしっかり温まってるから、な?」

 

色々落ち着いた頃、和んだ空気の余韻にふわふわしながら、トニーは静香にスプーンを差し出した。冷たい飯を細々たべようかとスプーンを彷徨わせていた静香は、餌付けされる雛鳥よろしく、トニーのスプーンに喰いついた。

 

「え、いいの?嬉しい!あ、あ~ん♪ん~…ちゃんと温かい!凄いのね!」

 

そう言って、今度こそ本当にヒーターを揉み始める静香。だが、水は入っていないので当然ながら発熱はしない。

 

「気に入ったか?なら、こっちを食っていい…静香のは俺が貰う。」

 

トニーはそう言って静香の手から冷たいレーションを受け取ると、スプーンでザクザク崩しながら、顔色一つ変えずに食べ始めた。

 

「ありがとう~♪毎日食べるのは飽きるかもだけど、こういう時に食べるとなんだか美味しく感じるかも?」

 

トニーのレーションは温かいままで、しかも半分以上残っていた。どこかでこの展開を予想していたとしたら、トニーはかなりの策士である。静香はそう思ったが、すぐに忘れて温かいチリ味のマカロニを頬張った。

 

「…毎日食うのはお勧めしないな、だが美味しい内は幸せかもな。」

 

冷たくもしっかり味の付いた食事を腹に納めてから、トニーはぼそりと独り言ちた。

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