黙示録狂騒満喫譚   作:ヤン・デ・レェ

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葉巻の味その4:南リカ

トニーside

 

シーバスリーガルのミズナラは個人的には甘くて飲みやすいから大好きなウィスキーだ。しかし、今のオレにはウイスキーの味なんてさっぱりわからなかった。なぜなら、今俺の腕にその柔らかい体を押し付けるようにしてリカが寝息を立てているからだ。いや、耳が赤いことを考えれば完全には眠っていないんだろう。俺はこのままだとリカが風邪を召すんじゃないかと不安になって彼女に声を掛けた。

 

「おい、リカ起きろ。もう帰るぞ。まだ11時前だがそんな様子じゃもう飲めないだろう?」

 

「うう~ん…連れてってよ~。」

 

「一人で立てないほど酔ってるのか?」

 

「そうなのー!ね?だから…お願い。」

 

「任せろ。最後まで手抜きは無しだ。」

 

薄目を開けてそう言うリカの顔は赤い。成るほど、相当に酔ってるな。いきなりコニャックを呷ったかと思えばラムにモヒートにジンに…畳みかける様にがっぱがっぱ飲み始めたから何事かと思ったぞ。いきなりしなだれかかって来た時は急性アルコール中毒じゃないかと肝を冷やしたが…よかったよ、本当に。折角楽しい縁が通じたんだ。こんなところで寂しいお別れは嫌だからな。

 

「オーナーお勘定を。ここに置いとく。足りなかったらツケにしといてくれ。」

 

100ドル紙幣を4、5枚重ねて置いておいたからよっぽどのことが無ければ足りる筈。店の奥でオーナーがこっくり頷いてくれたのを確認してからリカに肩を貸して店を出た。

 

店の外は真っ暗だった。ふと左に顔を向ければ頬がほんのりと色づいたリカの顔がすぐそこに在った。なんだか胸がムズムズした。

 

俺の体に全力でしなだれかかるリカの体は熱くて、そのまま腰に腕を回すとなんだか指の先から彼女のカラダに溶けて沈んでいくような気がした。俺はリカを潔く横抱きにすることにした。女性にしては背の高いリカをお姫様抱っこして夜の街をのっしのっしと歩く。ターミナルまでは大体十分も歩けばつくだろう。ひどく酔ったリカが予めとっておいた部屋にたどり着けるのか今更ながらに不安になった。このままでは自分で自分の部屋の鍵をかけることも出来ないだろう。

 

どうしようかと思いリカに自分の部屋に泊まるかと問うことにした。

 

「なあ、リカ。自力で部屋にはたどり着けそうか?無理そうなら今日は俺の部屋に泊まって欲しい。安心しろ寝る時の部屋は別々だ。」

 

俺が問いかけるとリカは薄く目を開けて俺を見つめた。瞳が潤んで今にも泣きだしそうな表情に俺は焦る。吐きそうなのか?どうしよう。どうすれば。

 

俺の焦燥を他所に、リカは横抱きにされた状態から頭を俺の耳に寄せて囁いた。

 

 

「後ろから三人組が近づいてきてる。」

 

 

ああ、なんだよ。そっちのことかい。

 

俺は肩の力を抜いた。リカを横抱きにしたまま立ち止まると背後から声が投げかけられた。

 

「(おい、イタリア男!こんな夜更けに女とデートたあいいご身分だな!)」

 

「(悪いが今日はツキがなかったようだな。大人しく金と女を置いてここから立ち去るこった。)」

 

「(抵抗しようなんざ考えねえことだ。こっちは三人、ついでに武器も持ってんだ。デート帰りのパンピーは大人しく俺たちの言葉に従っとくのが賢い選択だぜ?)」

 

部屋の事かと思った俺がバカみたいじゃないか。少しのフラストレーションを抱きつつ、後ろから声をかけて来た三人組と対峙する。さっきからちんたらちんたら俺たちの後ろを歩いてるとは思ったが、まさか本当に声まで掛けてくるとは。俺は自分で言うのもなんだがかなり怖い顔をしてるんだがな。暗いせいで見えてないのか?

 

「おい、お前らがさっきからつけて来てたのは知ってんだ。俺は英語がわからねえって何度言ったらお前らチンピラは理解するんだ?俺が通訳と一緒にいる時にかかってこいよ。」

 

「(うお!?なんだコイツ、なんて言ってんだよ?)」

 

「(おいおい、言葉もわかんねえのにこの国にくるたあいい度胸だぜ。)」

 

「(話が通じねえならカラダに教え込むまでだ。おら、さっさと金と女を差し出せ!)」

 

俺が威圧すると一歩下がってから三歩前に出てきやがった。この際仕方ない。ナイフを持った白人と木製バットを持った黒人、それからバールのようなものを持ったフードを目深に被った男。敵目標三名の無力化は已む無しか…。

 

「リカ、少し下がってろ。ほら、立てるか?ゆっくり降ろすからな。」

 

そう言うとリカは理性の灯った目で淡々と頷いて俺の腕から降り、しっかりとした足取りで俺の後ろに下がった。よかった、酔いは覚めたみたいだな。

 

俺は一歩前進して距離を詰めると、自然な所作で右手を腰の後ろに回した。少し中腰の態勢でゆっくりと目的のモノに手を伸ばし、握る。

 

じりじりと俺と三人組の暴漢との距離が縮んでゆき、先頭に立つナイフを構えた白人の男との彼我の距離が5mよりも近づいたと判断した時点で俺は声を張り上げた。

 

「動くな!」

 

「(!?)」

 

俺の声に三人組の動きが一瞬硬直した。

 

「(なんだ!?なんのつもりだ?)」

 

「(マイクの奴が止まったぞ。あと一歩でとびかかれる距離だぜ?)」

 

「(おい!マイク、そんなやつグサっとやっちまえよ!)」

 

夜の暗闇の所為で俺の姿を明確に捉えられていない後ろの二人は先頭のナイフを構える白人の男に頻りに発破をかけている様だった。

 

だが、俺の目の前の白人は動かない。いや、動けないという方が正しいか。

 

「(…おい、ハッタリはよせよ?なあ、てめえも死にたかねえだろ?ええ!)」

 

俺の正面で動くに動けない白人の男は緊迫した表情で俺を見つめている。後ろから追いついた二人の声も聞かず、浅い息をしながら冷や汗を垂らしているのが肉眼で視認できた。奴は今、恐怖と戦っているのだ。アメリカと言う国で暮らす者にとっての宿命とも言うべき恐怖と。あと、街灯から洩れた光に照らされた俺の図体のデカさと強面に圧倒されているのだろう。こんな時にしか役に立たないのでここぞと鋭い視線を不届きな三人組に注ぐ。

 

「(おい!マイク!聞いてんのか!?)」

 

「(うるせえ!黙ってろ!)」

 

「おっと、動くなよ。俺は正当防衛で済むが、お前たちは少なからず生死を彷徨う羽目になるぞ?」

 

「(野郎…銃をもってやがったのか?)」

 

「(…いや、わからねえ。だが、もってるかもわからねえ。)」

 

奴らから見れば、今の俺は尻の上部…スモール・オブ・ザ・バック…にキャリーしている銃を即座に抜ける(ドロー可能な)状態にある。例え銃があろうとなかろうと、何かしらの切り札を示唆できればそれで十分。

 

俺なら素手でも目の前にいる三人を縊り殺すことくらい可能だ。だが、旨い酒とタバコを楽しんだ後の素晴らしい余韻を血で台無しにしたくはない。それに、今は後ろにリカがいる。万が一にも血が流れるようなことになれば、追いつめられた人間が何を仕出かすかは考えたくもない。俺は絶対などないことを知っているが、同時に奇跡が起きうることもまた知っている。どんなに圧倒的な暴力で目の前の暴漢を捻じ伏せようと全力を尽くしても、何の因果か奇跡が奴らに降ることが無いとも言い切れん。それならば、先ずは何も起きなかったことにしてリカを安全な場所までせめて屋内にまで連れていくことが最優先事項だ。

 

「さあ、どうする?このまま警察が来るまでここでにらめっこを続けるか?それとも警察のお世話になる前に俺が引導を渡してやろうか?この距離ならマグレでも外さないぜ?」

 

「(マイク!おい、どうする?)」

 

「(そろそろ巡回の奴らがもどってきちまうぞ!)」

 

「(うるせえ!今考えてんだよッ!)」

 

三人で揉め始めた暴漢を尻目に、俺はゆっくりと一歩後退した。俺が動いたことでびくりと反応する三人組。黒人とフードを被った男がこっちへと一斉に距離を詰めようとするが、踏み出す前に二人を白人の男が手を出して制止した。

 

「(だめだ、もう時間もない。なにより、奴のハッタリが本当にハッタリなのか最後まで分からなかった…ずらかるぞ。)」

 

白人の男は真っ先にナイフを懐にしまうと踵を返して駆けて行った。リーダーが消えたことで、彼の後を追って残りの二人も逃げ出した。三人組の暴漢は夜の闇に消え、街灯の僅かな明かりに照らされた俺とリカだけがその場に残された。俺は暴漢の姿が完全に見えなくなってからも警戒したままの態勢をキープしたが、数分後に腰の後ろからゆっくりと右手を抜き取り警戒を解いた。

 

「ふう、一件落着だな。よし、帰るぞ。」

 

「…ねえ、トニー。貴方、もしかして銃をもって来たの?女性を誘う時のマナーをご存じかしら?」

 

「まさかっ!そんな無粋なもの持ってくるわけないだろ?」

 

「ふう~ん、そう。まあ、いいわ。守ってくれたし、そういうことにしといてあげる。」

 

なんとなく肩を手で払ってからリカに向きなおった。妖艶なエナメルの輝きが人型を象っていた。紺色のライダースーツが闇に溶け込んでいて、蒸し暑かったのか開かれた胸元から汗ばんだ肌が覗いておりリカの何処か拗ねたような顔だけがやけにくっきりと浮かんで見える。彼女はすっかり酔いから覚めたようだった。

 

「酔いが覚めたようで何よりだ。一人で歩けるか?」

 

「ええ、ありがとう。でも、やっぱり肩を貸して頂戴。」

 

「ああ、いいとも。」

 

かがんだ俺の左肩に彼女のカラダが凭れ掛かり汗ばんだ首同士がしっとりと密着した。さっきはあんなに熱かった体が冷えていた。俺は少し寒そうな恰好の彼女を脱いだジャケットでくるんでから肩を抱いて歩き出した。ジャケット越しのリカの体が温かい。二人で危なげなく歩くこと数分間。俺が泊ってるホテルに今度こそ無事に到着した。

 

「ねえ、トニー。さっきの話なんだけれど。」

 

「ああ、ホテルのキーならロビーで受け取れるようになってるぞ?」

 

「貴方…本気なの?まあいいけど。ねえ、トニー。私ね、自分で鍵を閉められないわ。」

 

「え?そうなのか?大丈夫そうだが、まだ酔ってるのか?」

 

「ええ、酔ってるの。だから貴方の部屋に入れて頂戴?でないと私、ドアを開けたまま一人で夜を明かすことになるわね。それに…先に部屋に招いたのは貴方よ?深夜に女を自分のテリトリーに招くのに、何の覚悟もなかったのかしら?」

 

「…部屋に上がってくれ。覚悟はあるさ、ただ手軽じゃなくてな。まあ…後悔はさせない。」

 

「ありがとう。これで安心して眠れそうね。今夜はきっと素敵な夢が見れるわよ?」

 

「期待しておく。」

 

 

 

南リカside

 

 

ホテルに泊まった夜のことは私とトニーだけの秘密だ。誰にも全てを明かすことはないだろうし、トニーもそういったことを言いふらすような輩では断じてないのでその点に関して言えば私は全く心配していない。だから、あの夜の話は此処でおしまい。これから話すのはあの夜の後の私とトニーの話だ。

 

あの夜の後、私とトニーは同じ便で日本へと帰った。私の家はトニーの家から少し距離があったのでそれから三年ほどして引っ越した。引っ越した先はこの時の私にはまだまだお高かったメゾネットタイプの家だった。流石にまだ全額負担は厳しかったので親友の鞠川静香と一緒に折半で暮らすことにした。案外ルームシェアは私に向いているのかもしれない。少しごたつきはあったものの、この引っ越しのお陰で彼とは三軒先のお隣さんに成れた。逢いたくなればいつでも逢える環境と言うのは私の心に余裕を与えてくれたし、何より彼とありふれた日常の時間を共有できることに深い安寧を感じられた。

 

結局、私にとってトニーはかけがえのない存在だということが伝わればいいと思う。私は日本に帰って来てからすぐに彼のことを調べた。自分の可能な限りの力を使って彼のことを知り尽くした。

 

だから彼が妻帯していたことも知っていれば、苗字こそ変わったものの息子が一人いることだって知っている。7歳で両親を失ったことも、10歳の頃にはアメリカで用心棒として働いていたことも知っている。良い父親であり、良き夫だったことも知っている。

 

 

勿論そんな常識的なコト以外にも彼の事なら何でも知っているのよ?

 

例えば…身長は189cmで体重は200kgを越えるみたい。中肉中背で栗色の髪に青っぽい灰色の目をしているのね。初体験は13歳、彼にとっては不本意な体験だったみたい。持病は無し、文句の付け所の無い健康優良児だわ。苦手なものは果物全般で野菜は基本食べられるみたい。右利きで射撃の腕前は中の上。けれど至近距離での射撃なら常人離れした動体視力と筋力で極限まで手振れを抑制した精密射撃が可能だと軍高官からも評価は高いから自信を持って良いわ。好きな体位は特になし。性感帯は両耳で行為の時に弄られると分かりやすく喜ぶの。足のサイズは29cmで利き足も右よ。握力は10歳の時点で120kg、背筋力も10歳の時点で400kgあったみたいね。髪型の好みは撫でつけるのが好きなのね。髭は薄くてかなり童顔なのに目に険があるから怖い顔に見えるのよ。20歳の時の写真から全然変わってないから驚いたわ。

 

大好物はカフェモカならTORANIのキャラメルソースマシマシ、メインメニューならサンダース大佐のフライドチキンを週に一度は食べてるかしら。コレクションのお気に入りは消音回転式拳銃Ots38とフロンマーストップピストル。仕事用のバックサイドホルスターの常連はスタームルガー社のLCRかS&WのM49ボディーガードで、ショルダーホルスターならCz75かH&KのMK.23、もしくはグリズリーかオートマグVあたりかしらね。IWB(インサイド・ウェスト・バンド)には通だけどチャーターアームズのブルドッグとかSIGSAUERのP365SASが外せないわね。お酒の銘柄は黒のオールドパーとシーバスリーガルのミズナラにバランタインの一番安いやつ。タバコの好みはなんだかんだ言ってラッキーストライクのフィルターシガリロが一番で偶に良いことがあった時はピースのリトルシガーが定番ね。因みに紙巻は吸わないわ。ライターの拘りはガスしか使わないことと、必ず革巻きにカスタムすることただしZIPPOだけは例外で三倍アーマーのチタニウムカスタムを左胸ポケットにお守り代わりに入れてるのを私は知ってるわ。車はとにかく防弾車にしないと気が済まない質だから飛行機以外の公共交通機関はあんまり乗らない。同じデザインの上下ブルーのスーツを十着以上持ってる上に靴も同じ種類のカンペールとクラークスばっかり。スーツの時以外は何時でも何処でも頑なに5.11社製以外着ようとしないし、靴下も自分が気に入ったDARN TOUGH以外は履かない。あと足の匂いを少し気にしてるみたいね。ネクタイは一本も持ってなくて全く同じノーブランドの白のシャツを確実に三十着以上持ってる。腕時計はMWCとSINN、それからMARATHONがお気に入りで特にトリチウム発光機能にはうるさいわね。

 

私はそう遠くないうちにSATへの配属が決まるだろう。もしも辞令が下りればしばらくトニーとはお別れだ。会う機会が減ること自体は悲しむべきことだが、彼と私の関係が変わることはない。そのことが私にとっては何よりも重要なことだった。

 

役割や呼び方はどうでもいい。結婚することなど望まない、なぜなら結婚には離婚という落とし穴があるからだ。妻にもならない、なぜなら妻になるということはトニーを夫としての役割に押し込めることだからだ。子供もいらない、なぜなら彼が本来私に注ぐはずの愛情が子供に注がれる恐れがあるからだ。そして、家族にもならなくていい。だって彼とは互いの血統にすら縛られない関係性でありたいから。

 

結婚以上、妻以上、母親以上、家族以上。私はトニーと対等の存在になりたい。

 

私はトニーのことが好きだ。トニーがトニーであるために、その為に私以外の女を助けたって私は全く気にしない。トニーには自由が似合うし、好きなことをしている時のトニーが好きなのだ。トニーの中に私が居て、私の中にトニーが居ればそれでイイ。他の女と結婚しようが、愛人を作ろうが、彼らとの間に子供を作ろうがどうだっていい。彼のすぐ隣に私の席があれば何の問題もない。寧ろどんどん作ればいいのだ、そうしたほうがイイに決まってる。そこまですればきっと、トニーも自分自身が雄として如何に優れているのか自覚できるだろう。

 

私は嫉妬をしない。だって彼らは所詮、妻も愛人も子供も皆まとめて家族以下の存在だから。

 

私だけが彼の対等であればそれでいい。役割に捉われずにいざとなれば法規を逸脱してでも互いを尊重できる関係性。私の愛は彼だけに捧げるから子供は邪魔になる。子供を愛でたくなれば他の女との間に作ってもらおう。それが私の恋の答えだ。

 

あの夜から一人でも葉巻を嗜むようになった。まだ色々と試している最中だからまだ自分にとっての一番は見つかっていない。

 

あの夜味わった葉巻の味は、今思えばただひたすらに苦くて煙たいだけだった。ああ、だけれどそれこそが本当の恋の味なのかもしれない。

 

私は今も変わらずあの夜からトニーに酔い続けている。

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