床主市は都会なのか?と言う問いに関して、俺は床主市とアメリカの主要都市しか知らないから何とも言えないってのが正直なところだ。だが、まあ生活する上で不便を感じたことはないから都会なんだろうな。目の前に現れた大きめのショッピングモールを見上げつつそう思った。
独り身の分際で休日に大型ショッピングモールでお買いものして楽しいのかよ、という疑問には楽しいとだけ答えておこう。俺の中身は永遠の少年だからいつ来たってショッピングモールはココロオドル場所なのだ。最近急に禁煙の看板が増えたこと以外は、という補足が入るけどな。
流石に人が多いせいで歩くのには気を遣うが、歩くのだって一つの楽しみなのだ。俺が着るものは全部決まってるからショッピングモールで買うものと言ったら腕時計かスーツ、あとは食器くらいだからむしろ買わないけど見る分には楽しいウィンドウショッピングで時間を潰しつつ、腹が減ったらフードコートに寄ってその日の気分に合うものを食べるだけでも十分に満足できる。後は…三人で来た時のことを思い出して店を巡ったりとかもする。これは楽しいっていうよりも心が温かくなるな。うん。
二時間ほど歩いて雑貨を眺めたりして楽しんだ俺は一度ショッピングモールを出た。フードコートで買ったソフトクリームを舐めながら、次の目的地に向かった。俺が昼時に向かうところと言えば一つだけだ。そう、サンダース大佐のフライドチキン屋さんである!
運転開始から30分。気がつけば俺の車には俺以外に少女が一人乗っていた。
少女の名前は夕樹美玖。この近くの中学校に通っているらしい。後部座席で俯きがちに嗚咽を漏らす少女の姿を、バックミラーで視界の隅に納めつつ、俺はどうしてこうなったのかを考えていた。
話は約十分前のこと。車を走り出して早々に事件は起こった。今まさに横を通り過ぎたばかりの路地裏から女の悲鳴が上がったのだ。
切符を切られるかなとも思ったが路駐禁止の線の真上で車を停めた俺は、サイドブレーキを掛けレバーをニュートラルに入れ急いで車から降りてさっきの路地裏に走った。手は不測の事態に備えて腰に置き、路地裏の手前で耳を澄ませるとさっき悲鳴を上げた女以外にも男が数人いることが声からわかった。
「おい!暴れんなよ、なあ!お前から誘ってきたんだろっ?おい!」
「いやッ!!触らないで!何訳の分かんないこと言ってんのよ!」
「なあ、お前もそう意地悪せずに正直に言ったらどうだ?金はもう払ってあるんだからな。」
「お金?何それ?何の、話をしてるの?」
「たまたま道を歩いてるところを見かけたから上手く口説き落とそうと思ったんだが…こうも抵抗されるんじゃあ仕方ねえ。」
「だから…お金って、なんの話よ!そんなこと知らないわよ!」
何事かはわからないが、女が襲われているということは理解できた。
物事には順序がある。俺にとって妻との約束はその中でも一番に大事なもの。要するに、俺はこの状況に介入することにした。
「おい、白昼堂々と女を襲うとはどういう了見だ?」
「なんだあ、コイツ…おい、おめえの知り合いか?」
「いいや、ただの通りすがりだ。だがどうにも穏やかじゃないから気になってな。」
「なら関係ないだろ?こっちは今、商売の話をしてんだよ。邪魔すんなら痛い目みるぜ?」
「商談ならカフェででも出来るだろ?それともあれか、君は柔道の寝技を掛けながら商談をもちかけるのか?」
「そうだと言ったら納得するのか?」
「そんなわけないだろう。畳やマットの上じゃないのに寝技を掛けるとは柔道家の風上にも置けん。」
「チっ!面倒くせえ…野郎だ。もういい、見たところテメェも堅気じゃねえんだ。多少、バチが当たったところで問題ねえだろ。」
「独り言は他所でやれ。ほらそこの金髪黒タンクトップの君も、さっさと彼女を離してやったらどうだ?路地裏の冷たいコンクリートはタンクトップの君には堪えるだろう?薄着過ぎて寒さで足がしびれたのか?一人で立てないなら、俺が手伝ってやろうか?」
路地裏に突入すると、そこには男が二人と少女が一人。黒のタンクトップとカーゴパンツの出で立ちで髪を金髪に染めて日焼けした男が少女を地面に押し倒していた。仰向けに押し倒された少女には泣き跡がみえる。制服も汚れているから激しく抵抗していたことが分かった。間に合ったのか、なら俺は運が良い。まだ彼女には抵抗の形跡こそ見られたが、暴行のあとは見受けられないのが救いだ。
突然現れた俺に立ちはだかり、剣呑な対応をしたのはもう一人の男だった。男は高そうなグレーのスーツを着ており、首には金のネックレス。スキンヘッドで頬に傷があり、如何にも危険な目つきをしていた。あと小指もなかった。過去に工作機械にでも挟んでしまったのだろうか?
ガンを飛ばされながら俺がこの状況に介入する意志を表明すると男は懐から所謂ドスと呼ばれる短刀を取り出した。その後ろで少女を押さえつけていた男も立ち上がり、ポケットから取り出した折り畳み式のナイフを展開させると、その刃を少女の首に当ててこちらを挑発するように見た。
「さあ、どうする?聞いてりゃ随分と口が達者なようだが、この状況わかってんのか?」
「兄貴が聞いてんだろ!早く答えたらどうだ!ああ!?」
「ああ、お前たちはやはり商談中ではなかったな。」
「ふん、まだ言えるか。まあいい、女を助けに来たんだったらそこで黙って聞いてろ。お前が動くと女の体に傷がつくぜ?」
「なんだ、懺悔でもするのか?俺は無宗教だがそれなら聞いてやらんこともないぞ。」
「うるせえ!さっきからごちゃごちゃと煽りやがって!てめえ、女がどうなってもいいのか?」
「ふん、言わせておけ。こいつにも後できっちりけじめはつけさせる。が、女が先だ。女が自分のことを放っておいてと言えばソイツも消えてくれるさ。」
「へへ、流石は兄貴だ。おら!美玖ぅ、兄貴の話をよく聞けよ?お前の今後に関わるからなあ。」
男たちは少女について話し始めた。スーツの男は俺に向かって短刀をむけたまま、背後の少女に向かって。金髪タンクトップは首元のナイフを動かさずに。
汚い笑顔を浮かべやがって。
少女は青ざめた顔で口を噤んでいる。俺の方を向いてはいるが、その表情に希望を見出したような明るさは無い。
「進路相談か?」
「ふん、好きにゆってろ。おい!美玖、お前はなアイツに売られたんだよ。なあ、聞いてるか?」
「アイツって…誰よ、そんな人知らない!」
「おいおい、お前そりゃねえぜぇ…手前の父親を知らねえとは親不孝な娘だなぁ。」
「ぅそ…そんな、確かにお父さんは…でも、そんなことするなんて嘘だ、嘘に決まってる!」
「ふん、信じなくてもいいさ。問題は俺たちが既に金を払ったってことだ。…最近な、ウチの組じゃあ若い女のビデオに力入れててな。シノギが縮小してるからよ、沢山刷れば刷っただけ売れるからオヤジも喜んでんだわ。怖がらなくてもすぐにシャブで何も考えずに小一時間腰振るようになる。」
「そ、そんなの私には関係ない!だからっ、離してよ!イヤ!触らないで!いやぁっ!」
「へへへ、お前ほんとに中坊かよぉ?こんなモンぶら下げて誘いやがって…へっ!なあ、おい。いくらだと思う?」
「い、くら?…ああ、触んないで!気持ち悪いっ!さ、触るなぁ!」
「はははっ!!強情なガキだな。よし…いいだろう。教えてやるよ。手前の値段は三十万だ。三十万でお前の父親は娘の体を俺たちに売った。」
「ぇ…さん、じゅうまん…そんな、そんな値段で…。お父さん…どうして…。」
「いやぁいい買い物だった!稀に見る逸材、しかも生娘だ。それをたったの三十万だ。お前の親父が価値のわからねえクズで助かったよ。お陰で俺たちはお前という金の鶏を手に入れた。こりゃ次のは高く売れるぞ。」
「そんな…うそ、ぃや…イヤぁ!!嫌だぁっ!…すけて、助けてよぉッ!!」
「ふん、騒ぐな!もう手遅れだ。パチ狂いの親父が後生大事に現ナマをとっとくかよ。金は戻ってこねえ、テメェが働いて返せば家に解放してやってもいいが…お前、それからどうするんだ?」
「家の事情でってんで休んだ期間は誤魔化せても。男どもはそういうコトには鼻が利くんだ。残ったら自分で稼いだだけ分け前をくれてやる。だが、逃げたところで同い年のガキどもにビデオをダシに食い散らかされるだけだろうな。」
「男の教師もお前を狙うだろうよ。そうだ、そいつらからも金をとりゃあいいんだ。バレてから拒否すれば良くて村八分。悪くて正義漢の奴らから吊し上げを食らって人権を失うか?」
「同級生の女に友達はいんのか?いたって関係ないよなあ。お前、男からはちやほやされてそうだもんな。きっといいオモチャを見つけたと思うだけで誰も助けちゃくれねえよ。」
「うう…なんで、そんな…酷い…よ。うっ…うっ…ぐすっ…嘘、全部嘘に決まってる…。」
「…いい加減に気づけよ?美玖、お前はもう逃げられないんだよ。諦めて車に乗れ。そろそろ俺の忍耐も限界だ。そのまま動かねえってんなら向こうに着いてから先ずは組の若ぇ奴らで
「ヒッ!?…て…けて…。」
「ああ?んだって?聞こえねぇよお!」
「たすけてっ…誰か、たすけてよおッ!!」
「へっ!馬鹿な女だわ。後悔してもおせぇぞ?これでもう
少女はそれっきり言葉を放つ気力もないのか時折嗚咽を零しては、光の無い瞳から唯々涙を流し続けた。金髪タンクトップの男は少女の胸を乱暴に揉みしだき、頻りに膨らんだ局部を臀部に押し付けていた。
短刀を向ける男の雰囲気が変わった。ただ見せびらかすだけだったものから、明確に刺突の為の構えをとり俺に対峙した。赤裸々な背景と暴力的な組織との関係性を振りかざしても一歩も引かない俺を敵と認めたようだ。
頃合いか。もう話し合う必要もないだろう。いや、初めから彼らに対話するつもりは更々なかったのだろうが。短気を我慢した俺がバカだった。事情は全て理解した。そして、ここで引くほどの理由ではないことも理解できた。なら後は彼女を解放するだけだな。よし、やるか。
「…進路相談は終わったか?お前たちの下品な話は聞くに堪えん。ほら、一度だけ機会を遣る。だから速やかに少女を解放してここから立ち去ることだ。」
「おい!テメェももう用が済んだら失せろ!俺たちがどこの組のもんか教えてやろうか?え?テメェ一人で何が出来るってんだ?組を敵に回したら死んだ方がマシな目に遭うことになるぜ?」
「ケガしないと分からない阿呆なのか?いいさ、血を見れば尻捲くって逃げるだろ。」
俺の警告にも関わらず男たちは俺を嘲笑するばかりで動かなかった。警告はした。それでもやるなら俺も不本意ながら抜かざるをえまい。
「もう一度だけ言うが、即座に少女を解放してここから立ち去ることだ。次は無いぞ?」
「なんだあ?次が無いからってどうするんだ?」
「次が無いのはお前の方だ…腹にドスを埋めるまで理解できないバカは死んで弁えやがれ。」
「残念だ。」
ドゥッ!!!ドゥッ!!!
高まった圧力による弾丸の射出と同時に、発生したガスの燃焼が薄暗かった路地裏で二度瞬いた。廃ビルに挟まれて奥へと伸びる不潔な袋小路をのたうち回るように反響する音。間もなく警官が駆けつけるだろう。
「ひ、ひぃいぃぃぃ!?え…ぎ、ぎゃああ!?いでぇ!いでぇよぉぉお!!」
「グアっ!?俺の、手がぁ…ッ!?て、めえ…チャカぁ使うってことは…理解してんだろうなあ!?」
「もう直に警官が駆けつけるだろう。もう抜いてしまったものは仕方ない。最早、俺にお前たちを撃つことに対する迷いはなくなったぞ。さあ、どうする。お前たちが彼女にしたように、俺もお前たちの今後の進路相談に乗ってやろう。お前たちが選べる進路は二つだ。」
「一つ。少女を解放してここから即座に立ち去り事なきを得る。これなら後から少女を取り返し、あわよくば俺に報復するチャンスさえあるな。」
「そして二つ。…言わなくてもわかるよな?個人的にはこっちの方をお勧めする。弾が二発無駄になる代わりに世間様から邪な輩を二匹も排除できる。更には少女を解放した上で俺も面倒くさい抗争に対応せずに済む。ほら、一石三鳥だろう?」
「さあ、どうする?」
俺はドスを持った方の男にまだ熱い銃口を向けたまま言い切った。
俺に焦りはなかった。単純なことだ。いつも通り、俺はボディガードに徹すればよかったのだから。