黙示録狂騒満喫譚   作:ヤン・デ・レェ

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ボディガードその3:夕樹美玖

自然な所作で脱力し、垂らした右手を腰に回してSOTB(スモール・オブ・ザ・バック)ホルスターから約0.01秒で「S&W M49ボディーガード」を引き抜く。この時は焦らずに銃口が目標(ターゲット)を中央に捉えるまで引き金には指を掛けない。加えて至近距離での発砲の際には頭などの小さな的は、相手がボディアーマー着用時などの例外を除き狙わない。狙うなら体の中心部分など大きく広い的である。至近距離での高威力弾の速射により目標(ターゲット)を確実に沈黙させることを前提に、この動作を確実かつ安全に実行する。尚俺の至近距離での遭遇戦時の即応技能は客観的評価において極めて高い水準にあることをここに付して置く。

 

このような技能に裏打ちされた俺の射撃技術は十分な余裕をもって二発の弾丸を目標物に対して正確に命中させることに貢献したといえよう。スーツ男がドスを構えた状態で踏み込み、金髪タンクトップのナイフが少女の首を離れ俺に向けられた瞬間に銃を引き抜き、即座に発砲。

 

一発目はドスを持つ男の手を撃ち抜いた。一発目の直後に出血する手を抑えた男が屈んだことで、開けた射線上にもう第二射を発砲。二発目は金髪タンクトップの拳に命中し、人差し指と中指を弾き飛ばした。

 

ナイフが男の手から離れた段階で俺は数歩前進し、スーツ男のドスと金髪タンクトップのナイフを踏み込んで届く範囲外に蹴り飛ばした。銃口はこの場での決定権を有するであろう、金髪から兄貴と呼ばれていたスーツの男の頭に向ける。視線は金髪とスーツ男の中間に固定しつつ、時々少女へと意識を向ける。

 

少女は驚愕を隠そうともせず、呆然と俺を見上げていた。腰が抜けている様だが、恐怖と驚愕のあまりその場で粗相をしなかっただけ強心臓ではある。俺は少女から男たち二人に目を向けて淡々と選択肢を掲示した。「S&W M49ボディーガード」のトリガーには指を掛けたまま。俺は不届き者二名の選択を聞き届けた。

 

互いに肩を貸し合いつつ路地裏から逃げる男二人。遠のく背中から目を離さず、俺はゆっくりと銃をホルスターにしまった。

 

 

 

夕樹美玖side

 

「大丈夫か?いや、悪い。大丈夫な筈がないな…よし、俺がいるからひとまずは大丈夫だ。こっちの方がいいな。」

 

その人から初めて声を掛けられた時、私が感じたのはこの上の無い安堵だった。

 

休日に突然父から買い物を頼まれた。その帰りに突然声を掛けられた私に待ち受けていたのは経験したことの無い残酷な仕打ちだった。ガラの悪い男二人に付きまとわれ、逃げた先で追いついた二人組から強引に路地裏に押し込まれた。

 

父が日頃母に振るっていた暴力とは質が違う。ただただ冷たく、それでいて私を弄ぶような暴力だった。あれだけ明るかったはずの視界が一瞬で暗闇に呑まれた感覚に襲われた。陽気の良い午後の暖かさに変わって底冷えする様な肌寒さに身を縮こませた。

 

そうか、これが強姦される恐怖なんだ。下品な目つきで私の体に視線を向ける二人の男を前に、逃げ場を失った私は現実を受け止めざるを得なかった。

 

早く逃げなきゃ。大声を上げなきゃ。いつか来るかもしれない、そんなことはずっと考えてきたことじゃない。自分の変に冷静な部分がそう叫んでいた。いつからか、父すらもが粘ついた視線を私に向けて来た。手が伸びるたびに、その視線や手の意味を考えないように、自分自身をごまかしてきた。眼を逸らしてきた。だが、それももう無理そうだった。

 

自分は何を間違ったのだろう。力任せにコンクリートの地面に押し倒された時、男の手が私の腰に当たった。言い知れない拒絶を覚えた私は咄嗟に大きな声を上げることができた。この声が、結果的に私の運命を変えた。

 

 

「腰が抜けて、立てないんです。」

 

「むむむ、だが男に触れるのか?俺が言うのもなんだが、尊厳を失いかけたばかりだから拒否反応があってもいいんだが。」

 

「貴方は、大丈夫だと思います。多分?」

 

「…無理なら言ってくれ。警官でも呼ぶよ。ああ、心配しなくても警察に引き渡すまではここにいるよ。」

 

「いえ、大丈夫です。だから、手を貸してください。」

 

「…ほら、何もしないよ。」

 

色々なことがありすぎて錯綜する頭でも、今はまだ全てを投げ出して泣く時じゃないことはわかった。今は先ず、この忌々しい場所から離れなくては。その為には…警察に、ではなく。何であれ私の事を助けてくれた、目の前のこのヒトに、私は縋りたかった。

 

差し出された手を恐る恐る握ると、ごつごつとした感触としっかりとした温度が感じられた。温かい。そして、大きな手だった。私はこの期に及んで、目の前の手の平に強い父性を感じずにはいられなかった。けれど、落ち着くのは事実だった。

 

「あっ…。」

 

「やっぱりキツイか?」

 

「いえ、全然平気です。ありがとう、ございます。」

 

私が彼の手を握った瞬間、手が温かい何かに包み込まれる感覚と同時に、強い力に引き上げられて私の体は立ち上がった。まだふらつく足の事も忘れて手を見つめる。彼は吃驚した私から少し距離を取りつつ、もつれそうな私の頼りない足元に目を向けながら気遣うように声をかけてくれた。

 

「立てた様で何よりだ。…厄介なことになったのは、言わなくてもわかってるよな?今この話をするのは時間にも場所にも恵まれてない。だから、一先ずは基本の「き」で病院か警察に駆け込むか、もしくはここに居合わせて流れでそのまま同じ船に乗った俺とここをすぐに離れるか…どっちがイイ?警察に行くならここで待ってもらうか…悪いが床主署の近くまで乗せてくのが限界だな。俺は一緒に行って色々と説明するには少しリスクを負いすぎた。こればっかりは、君次第だ。」

 

「…私は、警察じゃなくて、私を助けてくれた貴方についていきたい、です。今すぐ、ここから離れたいんです。」

 

「わかった。先ずは車を持ってくるよ。なあに静かなもんだ。多分、まだバレずにここから立ち去れるさ。少し待っててくれるか?」

 

「はい、ここで待ってますから。」

 

彼は私に二つの選択肢を与えてくれた。どちらにも最大限の譲歩をした上で、私自身に選ぶ権利を与えてくれた。私は舞い上がる自分を押しのけて、冷静に現実的にこれから起こり得る可能性を考えた。

 

その上で私は彼についていくことに決めた。彼には今すぐにここを立ち去るため、だなんて言ったけど。それは半分嘘で半分本当。もう半分の本当の気持ちは「この人にならイイな」というものだった。

 

自暴自棄になったのかもしれない。絶望のあまり擦り切れた感情が変な方向に強気にさせているだけなのかもしれない。それでも諦観も込みで今の私の正直な感情は、目の前の男の人になら襲われてもいいやというもの。もしも、彼が私のカラダを最初から狙っていたと知っても、今の私はほんの少しの落胆だけで済むだろう。むしろ、他の男に奪われるよりもずっとイイとさえ思える筈だ。

 

だって、彼に助けて貰った時に生まれて初めて男の人の事を「カッコいい」と思ったのだ。その気持ちは当然かもしれない。下品な暴漢に襲われ、彼らの言葉が本当なら親からも売られ見捨てられた私を、見ず知らずの赤の他人を助けてくれたのだから。逞しい体も、冷徹な表情も私には自分を守ってくれる彼の強さの証だと思えた。

 

颯爽と絶体絶命のピンチに現れたかと思えば、凶暴で喧嘩慣れした二人の男を一瞬で制圧してしまった。映画や漫画の中で語られるよりもずっと。彼はカッコよかった。でもこれは私の妄想でも映画の中のワンシーンでもなくって、現実に起こったことなのだ。本や映画とは違う。私がその時に味わった感動は私だけのものだ。

 

ヤクザとの孤独な抗争を強いられるリスクを鼻で笑い、目にもとまらぬ速さで引き抜いた拳銃で殺すこともなく目の前の相手を倒したかと思えば、最後まで何よりもまず「少女の解放」を優先してくれた。

 

私はお姫様なんかじゃない。物語の中の騎士や白馬の王子様だって、何にも持たない厄付きの少女に向ける目には打算があるはずだ。なのに、目の前の彼はただただ淡々としていて、冷静で、かもすれば私の身に危険が迫ってもいっそ無頓着にすら見えた。けど実際には、私の生まれの汚いことも危険なことも全部全部を知ってから、その全てを呑み込んで私を助けてくれた。

 

そんなヒトに惚れない訳がなかった。

 

薄暗い路地裏と明るい表通りを隔てるその境界線に、彼は立っていた。彼の背後から差し込む光はまるで後光のようでいっそ神々しくさえあった。そんな彼が私に手を差し伸べて言う。

 

「さあ、車を持ってきたから乗ってくれ。一応、断りを入れとくと今日は君を家に帰せないかもしれない。さっき電話がかかってきてな、そいつが実は警察官なんだ。それで、簡単に君と俺のことを説明したら今日の晩にでも君と話がしたいそうなんだ。ええと、だから悪いが今日はウチに泊まってもらうことになる。」

 

「私は、今は家に帰りたくありません。…それに、家にはお父さんしか、いえ…父しかいません。だから、今日はよろしくお願いします。」

 

「うん。そんだけ言えれば上等だ。俺に任せてくれ。これでもボディガードが本業なんだ。君のことは俺が責任をもって守るよ。」

 

「…なにからなにまで、ありがとうございます。」

 

「さ、先ずは車に乗ってくれ。お礼は後からまとめて受け取ろう。」

 

私は彼の手をとって車に乗り込んだ。私がシートベルトを掛けると車体はゆっくりと前へ進み出した。

 

車が走り出してすぐに彼は私の方に振り返らずに言った。

 

「俺はトニー、トニー・主水。遅くなったが、名前がわからんのは何かと不便だろ?」

 

「差支えなければ君の名前を教えて欲しい。ああ、本名が嫌なら…」

 

「嫌じゃないですっ。」

 

私は咄嗟に声に出していた。トニーさんの気遣いは素直に嬉しかったけれど、私は自分のことをちゃんと彼に認識してほしかった。だから、彼の言葉から滲む仕事上のつきあいで押し通そうとする気配に気づいて声を上げてしまった。

 

「そうか…本名が嫌なら偽名でも…と思ったがやめた。君が誰かに呼ばれたい名前を、そいつを教えてくれ。」

 

「はい…はいっ。あの私、夕樹美玖って言います。だからトニーさんは私の事を、呼び捨てで美玖って呼んで下さい。」

 

「OK,美玖。これからよろしくな。」

 

トニーさんは驚きつつも了承してくれた。私は熱が集まった顔を隠すように俯いた。そして、どっと汗が噴き出した。安心して、それからやっと全てを受け止めなきゃいけない時が来たのだ。

 

 

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