万年B級と揶揄される風切零の弟子、香取葉子は現在自身が通う三門市立第一高等学校の自身の教室の席で一人寂しく母親が作った弁当を食べていた。
つい、先日。師匠の零がA級2位の冬島隊に所属したことを知った。別にそこに関しては香取も弟子としては誇らしいと思う。
が、問題は自分に何も言わずに遠征任務へ行ってしまったことだ。一言くらい声をかけるくらいはしてもいいだろう。
だいたい、零はいつも行動が行き当たりばったりな気もする。その度に自分がどんな気持ちになっているのかも考えてはいないだろう。
今考えてもむしゃくしゃする、と飲んでいたお茶パックを少し握り潰す。
「なぁ、最近の香取ヤバくね?いつもより機嫌悪いぞ」
「風切先輩が任務に出てるから寂しいんじゃ・・・」
そんな香取を見ながら同じクラスの小荒井と外岡が顔を見合わせる。東隊の小荒井、弓場隊の外岡。どちらもボーダーに所属し、B級上位に位置している。
「・・・・・聞こえてるわよアンタら」
二人の話し声が聞こえ、香取が睨み返す。その眼光に少しビビリはしたもののB級ランク戦でしょっちゅう見る顔だ。すぐに冷静さを取り戻す。
「別にアタシはあのバカが何処に行こうがどうでもいいんだけど?」
「え〜、でも最近ずっと上の空じゃん。昨日の防衛任務も危うく
香取は何も答えない。いや、事実であるから答えることができない。あぁもう!と香取は勢いよく立ち上がる。
「うるさいわね!アタシがどうだろうとアンタらに関係ある!?」
「おい、香取!」
外岡の静止も聞かずに香取は教室を飛び出した。
「何だったんだ・・・・・?」
「さぁ・・・」
それを二人はただただ眺めるしかなかった。
教室を飛び出したのは香取は体育館裏で足を止め、息を整えながら壁にもたれかかる。
確かに自分は、憧れの師匠に置いて行かれて寂しいのだ。四年前、大規模侵攻が起こり、染井とともに病院まで避難して親と合流するまでの不安と一緒だった。
◇◆◇◆
大規模侵攻。それは突然に起こった。その日香取家は家族総出で出掛ける予定だった。
しかし、香取は眠かったのか一人だけ家に残り昼頃まで眠ることにした。そして昼頃、突如上空に巨大な球体が現れ、それを中心に家屋が崩壊し始め、香取邸とその隣にあった染井邸も崩壊した。
香取が目を次に覚ました時には瓦礫の下敷きとなっていた。右腕が折れているのか動かず、瓦礫を退けることすら出来なかった。
「葉子ッ!」
そんな中聞こえたのは自分の名を呼ぶ親友の染井の声。目の前の瓦礫が退けられ顔に光が差し掛かり起き上がる。
次に香取の視界入ってきたのは辺り一面の瓦礫の山と煙、その上を闊歩する巨大な怪物の姿だった。
「なに、これ・・・・・」
呆然と、ほんの数秒で地獄と化した目の前の光景をただただ香取は眺めることしかできなかった。
お父さんは?お母さんは?アニキは?皆大丈夫なのか?そんな事ばかりが香取の頭を堂々巡りしていく。
「・・・・・逃げよう、葉子」
そんな思考から染井の声と腕を掴まれる感覚が香取を現実に引き戻していく。
腕に水気を感じてふと、香取の目が自分の腕を掴む染井の手に向かう。
血まみれだった。自分の服の裾も、染井の手も。血まみれになってまで彼女は自分を助ける為に瓦礫を退けてくれたのだと。
二人はその場を走り出し、怪物がいない方へと向かう。裸足で、瓦礫の山を懸命に走る。
瓦礫が足の裏を切る痛みも感じない。今はただ死にたくなかった。
ガラリと、瓦礫の山から瓦礫が崩れ落ちる。
「ッ!?葉子!」
「え?」
その音に染井が振り返ってみれば、今にも香取目掛けて鎌を振り下ろさんとする先ほど見た白く巨大な怪物とは別の怪物の姿があった。
避けられない。本能的に香取はそう悟った。
しかし・・・・・。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
雄叫びと共に何者かが香取と怪物の間に割り込んで腹部を貫かれる。
「あ、あぁ・・・・・」
香取が膝から崩れ落ち、何者かを見る。自分と大して歳も変わらなさそうな少年だ。
しかしその目には悪戯っ子のように純粋で、その目を見ているともう彼が死ぬと言うのに安心してしまう。
貫かれた少年の腹部から次第と亀裂が広がっていく。それを見ていた染井は目を丸くした。
少年は刺された。確実に致命傷だ。なのに血が出ていない。血の代わりに黒いモヤのような物は出ているが、それも人としてはおかしい。第一、人間に亀裂が走る訳がない。
ボン!と少年が爆発し、先ほどの少年が無傷で現れる。
「・・・・・やっぱ、俺のトリオン量じゃこんなもんか。大丈夫か?」
訳のわからないことを呟きながら少年は香取と染井を見る。骨折をしている香取、手が血まみれの染井。しかも二人とも足も怪我をしている。
おそらく、目の前の敵から二人を連れて逃げることは不可能だと悟った。
「俺が時間を稼ぐ。早く逃げろ」
何を言っているのだろう、と二人とも思った。自分達の二倍も三倍もある怪物に一人で勝てる訳がない。
そう思っていても染井の判断は迅速だった。
「行こう、葉子」
「華?」
香取を立ち上がらせて手を引っ張り少年とは逆方向に走り出す。後ろを振り向けば足で蹴り上げた鉄パイプを手に怪物と応戦する少年の背中が見える。
苦虫を噛み潰す思いで香取が染井に訴る。
「華!逃げるならあの子も!」
「それは無理。皆で逃げたらきっと追いつかれる」
「でも・・・・・!」
少年と怪物の姿が見えなくなり染井が香取から手を離して振り返る。
「・・・・・あの身代わりみたいな力。後何回使えるのか分からないけど、たぶんあの子はあの怪物には勝てない」
「じゃあ早く助けに行かないと!」
「でも、それはあの子が一番よく知ってると思う。知った上で私達を逃がそうとしたの」
自分が死ぬと分かっていて・・・、と染井は続ける。
「いつもの私なら葉子の好きにすればいいって言うと思う。でも今回は、葉子みたいに要領がいいだけじゃ死ぬだけ。私達が今できるのは避難する事。でも、それでも行きたいのなら葉子の好きにすれば良い。あの子の犠牲を無駄にして死に行くか、あの子の気持ちを汲んで私と一緒に逃げるか」
染井の言葉に香取は押し黙る。染井の言うことはおそらく正しいのだろう。
今まで香取はやることなすことをそつなくこなしてきた。だから今回もできると思った。
思っただけだ。自分が行ったところで死ぬのは目に見えている。
ずっと悩む香取を見て沈黙を避難すると受け取ったのか染井が再び歩き出す。
そして香取もそれについていくしかなかった。
それから何とか病気へと辿り着き香取と染井は治療を受けた。幸いなことに香取の家族は無事だった。
しかし、染井の家族は瓦礫の下敷きで亡くなった。
何故家族ではなく自分を助けたのか香取が問うと染井は。
「別に、葉子の家は木造で軽いから葉子の方が生きてる可能性が高かった。それだけ」
と、返された。本当にそれだけかは分からないが少なくとも親を見殺しにした染井の心中は穏やかではなかっただろう。
そして、だからこそ香取は後悔した。家族を見殺しにして助けてくれた染井、自身の命を犠牲にして自分達を助けてくれた少年、二人の選択を無に返そうとしていた自分に。そして、心底安心した。結局逃げることを選択した自分に。
ボーダーが設立され一年半とちょっとが経過したころ、香取と染井は染井の従兄弟である三浦とその友達である若村と共に入隊を果たした。
そこで香取は信じられない物を見た。
それは香取がB級に上がりもうすぐポイントが8000に届きそうな時だった。腕試しに9000台の隊員と闘おう申し込んだ時のだ。
「うわ、早!何こいつ?ポイントが下だからって食いついてきた感じ?」
こんな奴直ぐにボコしてやると息巻いて初めた試合だった。最初は何でもない、特徴の無い奴だと思った。強いて言うならばアホ毛が大きなことくらい。
だが、それは間違いだった。今まで全然全勝だった香取が一撃も入れることができずに敗北。終わってかけられた言葉は。
『お疲れさん』
煽るような言葉だった。それにムカついた香取はいったいどんな奴なのか、と少しだけ跡をつけてみることにした。
嫌われていくのか人が避けていく。正直何をすればそこまでになるのか、と思った。
そんなある日路地裏でカツアゲを受けていた気弱そうな少年を見かけた時だった。
少年がカツアゲをしていた不良が拳を振り下ろすと同時に少年が走り出し、二人の間に入って殴られた。
そこから少年は不良を二人ノックダウンさせたものの他の不良にボコボコにされた。
香取は慌てて警察を呼ぶふりをして不良を追い払うと、ボロボロになった少年がカツアゲを受けていた少年をみる。
「・・・・。やっぱ、俺の今の力じゃこんなもんか。大丈夫か?」
「は、はい・・・」
カツアゲを受けた少年を見送り、少年が香取を見る。
「警察呼んでくれたのお前?」
「うん。まぁ、実際に呼んだわけじゃないけど」
「ありがとよ。なんか奢るぜ」
これが嫌われ者の万年B級隊員と後の弟子との実質的には初めてのファーストコンタクトてなったのだった。
遠征チームは今防衛をしています。