顔も声も瓜二つの少年が見つめ合う。
一人は刀型の得物を、一人は素手で相手の様子を伺いながら一定の距離を取る。
「き、気を付けろ!ソイツのトリガーは………」
ミカが何を言おうとしているのか把握した素手の少年が先手必勝と言わん限りに距離を詰める。
「!」
ガキン、と鈍い音が聞こえたと思うと、二人の動きが止まる。
「アハハ、スゴイスゴイ!」
「………どう言うこった?」
零は余裕そうな口調のまま疑問を口にする。
彼の目に映ったそれはモールモッドの爪となった少年の腕だ。日々戦っているのだから間違うはずがない。確かにモールモッドの爪なのだ。
それはミカからも見える。そして理解した。自分を斬り捨てたアレもモールモッドの爪であり、自分が見えなかった攻撃を零は余裕で反応した。
才能にかまけて努力していない?ならずっと努力して、鍛錬してそれ以下の自分は何なんだ。
「旋空孤月………」
「おっと」
零が飛ばした旋空孤月を少年は後ろ跳びに避ける。
しかし………。
「!?」
零の手から九分割された
「ととと………」
少し掠りはしたものの、地面に着地して少年は身体の埃を落とす。
余裕に見えてはいるが、明らかに先ほどの様な余裕は無くなっている。
「追尾弾ってところかな?うんうん。中々にいい戦い方だね」
「軽口叩きやがって………。今すぐ俺がその口止めてやるよ」
「君には無理だよ」
再び孤月とモールモッドの爪が混じり合う。
何度も何度も………。
努力していない?とんでもない。努力をしていなければあの生意気な少年があの出鱈目なトリガーの少年に対等どころか有利に立ち回れる訳がない。
ミカ自身の感覚ではあるが、あれは噂によく聞く
これ一つに勝利寸前の大国が配送した事がある程だ。
並のノーマルトリガーが何人居ようが勝てる見込みは殆どゼロ。
そう、殆どだ。
初めに断っておくが、遠征の部隊に選ばれるのは
トリオン兵を生み出すトリガー使いの少年が
「
「!?」
部隊で闘うならばどんな強者でも喰らう事が出来る。
カメレオンで隠れていた歌川が顔を出し、鍔迫り合いの最中に空中に逃げた少年に
「まさか………ステルス機能を持ったトリガーも開発されているなんてね」
身体中に何かの装甲を纏わせた少年が屋根に着地して更に上へと跳ぶ。
しかし………。
『お、見えた見えた』
少年の膝が不意に弾け飛ぶ。
「………ッ!」
「ナイスだぜ当真!」
『いつもワープだからここまで走るのは大変だったぜ』
当真は確かに体力はなかった様に零の記憶にあるが、トリオン体じゃあ大量あんま関係ねーだろ、と悪態を吐きながら次の行動に移る。
対して片足が飛んだ少年は今まで以上に焦りながら辺りを観察する。
狙撃された?一瞬光は見えたが明らかに遠い。あんな狙撃は自分が住む国でもそうそう出来るものはいない。
狙撃手を倒そうにもトリオン兵を作れる様なトリオンで作った物質は手に届くところにはない。
そもそも移動手段が制限されてしまった以上、少年の知っているジェットゴリラでもない限りこの状況では撤退まで視野に入れなければならない。
だが、周りを見てみれば屋根の上には一、ニ、三、四………、四人の
「………潮時かな」
幾ら傲慢を謳う少年もこの状況では一人で戦況を変える事はできないと考え、早急に離脱する方向へとシフトする。
「出水!」
「
太刀川が指示すると同時に出水の
煙が晴れて全員が目を凝らすが、既にそこには少年の姿は無かった。
「太刀川、どう思う?」
風間の質問に太刀川が自身の髭を弄りながら答える。
「あれだけの手負だ。撤退したんでしょ」
「………俺も同意見だ。だが、奴のおかげで俺達は余計な詮索をする必要ができた」
風間は次の行動として落ちてきた敵をアイビスで狙い撃とうと下で待機していた零を見る。
「風切が………俺達の敵かもしれないとな」
◇◆◇◆
メノエイデスのある場所に着立していた遠征艇内。
トリオン体を解除した少年がドカッと椅子に座りフー、と息を吐く。
「ミカと言う兵士を捕えられなかったのは残念ではあったけど、当初の目的は達成できたし良しとしようかな。それに………」
少年は先ほど戦った者達の顔を思い出しながら自身ですら気付かないほど密かに笑みを浮かべる。
「
自身は本気では無かったとは言え、ノーマルトリガーで
そう思いながら少年は遠征艇を操作し、自身の所属する国にへと帰還した。
◇◆◇◆
時は過ぎ去り、とうとうメノエイデスから旅立つ時が来た。
「風切先輩出てこないな………」
「帰ったら問い詰められるからビクビクしてるんじゃない?」
遠征艇の中にあるカプセルベッドを眺めながら出水と菊地原が話す。
襲撃を凌ぎ切った次の日から、零はカプセルベッドに入り出てこなくなった。
戦闘中はアドレナリンも大量に分泌されて気にも止めていなかったが、冷静になってみれば自分と瓜二つの人間が目の前に現れて襲いかかってくる。
どんなに鈍感な人間でもこれを怖がらない訳がない。
「おい、菊地原………」
「一番近くで見てた歌川がよくわかってるでしょ」
菊地原を宥めようと近付いた歌川に菊地原が詰め寄ると歌川も言葉を無くしてしまう。
確かに、歌川には現段階で零を敵でないと判断する事ができずにいる。
何せ判断材料が少ないのだ。
それは風間も同じだったのだろう。零に出ろと命令する事は一度もなかった。
「まーまー、そんな熱くなんなって。ほら、女子達も怯えてるぜ?」
「いや、別にそいつのことはどうでもいいけど?」
「真木ちゃん………」
割って入った当真の仲裁も真木にバサリと斬り捨てたられる。
「………でも、本当に風切さんは
そう切り出した三上の疑問にはぁ?と菊地原が再び詰め寄る。
「何言ってんの?
結局のところ、皆が混乱しているのだ。
今まで共に戦って、人としては怪しい所はあっても、少なくとも戦いにおいては信頼を置いていた人物が敵かもしれないのだ。
「やっぱこーなるか………」
遠巻きにやり取りを見ていた冬島が目の前で不服そうに突っ伏している国近に少し緊張をしながら話し掛ける。
この場には風間も太刀川も居ない。
今、この場を治めるられるのは年長者の自分しか居ないと思ったからだ。
「皆、零ちゃんの事を疑ってる………」
「そうだな。でも、それと同じくらいの皆否定したいんじゃないか?風切が敵じゃないって。それをアイツ本人の口から聞きたいんだよ」
そんな事は分かってる、と国近は顔を上げる。
それでも疑っていることに変わりはない。
「皆わかってないんだよ。零ちゃんは臆病で狡賢くてロマンチストでちゃらんぽらんで真っ直ぐで天邪鬼で………」
それでも、仲間を本当の意味で騙せる様な人間じゃない、と国近はそう思う。
「なら、確かめてみたらどうだ?俺達は多少の疑ってるから信用はされないだろうがずっと信じてる国近ちゃんの声なら聞いてくれるかもしれない」
冬島に鼓舞されるまま、国近は立ち上がって零のカプセルの前に座る。
「零ちゃん、今いい?」
「ヤダ。零さんここにくるまっとく」
「じゃあこのままお話しするね」
「あれ?話聞いてた?」
国近の方を見ようとはしないが、それでも返事はしてくれている事を確認して話を続ける。
「零ちゃんが初めて私と会った時のことを覚えてる?」
「………」
国近は零に話しかけながら思い出す。忘れるわけもない、自分と零の出会いを。
「最初は格ゲーのネット対戦だったよね?私が勝ったけど中々に粘ってきていい試合だったからフレンドになって………。それから違うゲームでバッタリマッチングしてチャット機能で話しながら遊んで」
それが出会いだった。国近からすれば大して他のフレンドと変わらない出会いだ。
「何年も経って三年くらい前にボーダーに入って太刀川さん達のオペになって………、そこで初めて顔合わせしたんだよね」
それは国近が太刀川隊に入って間もない頃だ。
いつもの様にゲームに勤しんでいると、これまたいつものように遊びにきていた零が「あれ?このゲームで同じ名前付けられないよな?」と、言い始めた。
「あの時は驚いたよ。まさか零ちゃんがボーダーに居るなんて思わなかったからさ」
後ろで話を聞く出水や菊地原も落ち着きを取り戻したのか黙って国近の言葉に耳を傾ける。
「私は零ちゃんを信じてるから。皆だってきっとそうだよ」
「でも俺、もう少しで死んじゃうし………」
「死なないよ。私達が死なせない」
そこまで追い詰められていんだ、と零の心中を察しながら零の頭を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「無理だ………。皆確かに強いけどドッペルゲンガーに勝てるわけなんて………」
「大丈夫、大丈夫………ん?ドッペルゲンガー?」
話がおかしな方向へと飛んでいった気がする。
「………待って。待ってね。え?零ちゃんは自分が
国近の質問に零は振り返って眉を顰めながら答える。
「何言ってんだオメー。俺は日本生まれの日本人だよ。
「じゃあ、塞ぎ込んでたのは………」
「ドッペルゲンガーと会っちまって怖かったからだけど?」
まさかの理由。もはや全員唖然とした状態だ。
「………はぁ、心配して損した」
「あ?菊地原心配してくれてたの?」
「あー、五月蝿いのも戻ってきた………」
零がダル絡みしているのを見ながら歌川や出水、三上から笑みが溢れる。
対して冬島や当真、真木はやれやれと言った感じにため息を吐く。
「あれ?零、調子取り戻したか!」
そこに太刀川が入ってきて零の肩をバシバシと叩く。
「痛い痛い!」
「ちょうどよかった。お前ら、見送りだ」
太刀川の後に続いて全員が遠征艇の外に出る。
「メノエイデスの英雄達に敬礼!」
ビシッと連帯感のある敬礼に気押されていると、イザヨイが前に出て風間に幾つかのトリガーを渡す。
「結局、攫われた者を取り返せずに申し訳ありませんでした」
「いえ、貴方方のおかげで我々は被害を抑えられました」
イザヨイと風間が固く握手を交わし、零も友情だなぁ………、なんて感慨に耽っているとミカが列から寄ってくる。
「どうした?」
「その………助けてくれてありがとう。私もっと頑張って鍛錬するから!そしたら手合わせしてよ!」
「また今度な」
俺はミカの頭にポンと手を乗せて答える。
挨拶もほどほどに零達は船へと乗り込みそれぞれの席へと座る。
そして、メノエイデスの兵に見守られる中、遠征艇は黒い球体の中へと消えていった。