いつもの変わらぬ玉狛支部での平凡な朝。
そこに存在する自室のベッドでゆっくりを身体を起こした零は寝ぼけた眼を擦りながら部屋を出る。
今の時間帯であれば、起きているものは少ないだろう。
「今日の献立は───」
今日は零が朝食を作る当番である。事前に聞いた話ではメンバーは木崎、小南、烏丸、陽太郎、雷神丸に加えてトリガーの特訓の為支部に泊まっていた空閑、あとはもう二人が来る。
さて、この人数だ。昨晩炊いた米で足りるかどうか、と一抹の不安を抱えた零が人数が増えるから新しくなったのだろうキッチンにあった黒い炊飯器に手をかける。
「?」
力を少し込めて開けようとするが、一向に開く気配がない。
不思議に思いながら何度が力を込めていると不意に炊飯器がふわふわと浮き始めたのだ。
『申し訳ないのだが、私は米を炊く機械ではない』
「しゃ、喋った!?」
炊飯器から電子音声が聞こえて来て、零は近くにあったフライパンを手に構える。
家事をする都合上、トリオン体に換装しているので実のところあまり危険はないのだが、しかしやはり未知の物体には恐怖心を覚えるものだ。
『驚かせて申し訳ない。初めましてレイ。私の名はレプリカ。ユウマのお目付役だ』
ユウマ、その名に零はフライパンを下ろして訝しげにレプリカと名乗る浮遊物に目を向ける。
見るからに炊飯器の様な形をしている。
「な、何でこんな紛らわしい場所に?」
『ただ休憩をしていただけだ。他意はない。だがふむ、こう何度も間違えられるとは。少し休憩場所を考えた方が良さそうだ』
そりゃあね、と苦笑いを浮かべながら零はいつもの炊飯器を開いて米の炊き具合を確認する。今日も今日とていい炊け具合である。
朝は秋刀魚の塩焼きに味噌汁、それと八宝菜だ。
人数分の皿を棚から取り出した零はふわふわと観察を続けるレプリカにうーん、と唸った零が覚悟を決めて話しかける。
「何か、気になる事があるの───あるんですか?」
特段変なものは入れていない筈なのにマジマジと見られるので零は不安になる。
『いや、今日の食事当番は君だレイ。気にする事ではない』
「そう言われるとものっそく気になるんですけど?」
「おはよ〜」
レプリカが答えようとする前にガチャリと部屋のドアが開く。そこから欠伸をしながら入ってくるのは小南だった。
「あぁ、桐絵おはよ。飯ならもうちょい掛かるぞ」
「そんなことより………」
ん、と零の前に差し出される小南の手に小首を傾げながら零もポンっと手を置く。
「え?何これ?」
まだ寝ぼけているのであろうずーと、零の手をにぎにぎと握っている。
『レイ、カレンダーを見てみろ』
「カレンダー?」
レプリカの助言通りに壁にかけられたカレンダーに目を通してみると、零はまるで息が止まるかの様な眩暈に襲われた。
そのカレンダーは文字通り新品だった。何も予定は書かれていないし破られてもいない。
「が、元旦………だと!?」
まるで壊れた機械かの様に零が首を回して小南の方を見れば目が覚めて来て自分が何をしているのかわかったのであろう。見る見る顔が赤くなり最終的には零を殴り飛ばす。
「イッ───たくはないな、うん」
脚の機能が麻痺してからと言うもの、零は大抵トリオン体で活動している。
最近では生身でいる時など風呂や寝る時、後は食べる時だけだろう。
ハァハァ、と息切れを起こしていた小南は息を整えながら零に駆け寄る。
「ご、ごめん!」
「あー、いや、こっちこそ悪かった」
にしても、元旦かぁ、と呟きながら立ち上がる。
最近は遠征や広報活動などと、色々なことがありすぎて零も日付感覚を忘れてしまっていた。
最近はやけに働きすぎた、とチッ、と舌打ちをしながらも零は裾を捲って炊飯器から覗く米を見る。
今からならば酢飯にシフトチェンジしても間に合うかどうかを計算しながら時計と睨めっこを開始する。
「おはよ、小南先輩」
そんな零を眺めていた小南に後ろから声が掛かる。
「おはよう遊真。悪いんだけど、今日の特訓は無しね」
声の正体は最近新しく玉狛支部に入隊した
「どうして?」
「今日がお正月だからよ」
「オショウガツ?」
はて?と首を傾げる空閑にレプリカが答える。
『どうやらこの国での新しい年を祝う伝統行事のようだ』
「ふむ。祝い事か。確かに、大切だな」
「おう、遊真。飯はまだ少しかかる。先に顔洗って歯磨けよ」
「はーい」
洗面台に向かって行く空閑を見送りながら酢飯の準備を進める零が何かを思い出したかの様にポケットに何故かあったゴムボールを取り出して小南の前に落とす。
「………何これ?」
「正月名物のアレだ」
『お年玉、と言う奴だな?』
「お、よく知ってますねレプリカ先生!」
ワナワナと震える。
そこに今度は烏丸が入って来る。
「あれ?先輩知らなかったんですか?昔っからお年玉とは落とされたボールの事を言うんですよ」
「そうなの!?」
勿論、嘘である。こんな嘘に騙される人間などそういない。
だがしかし、この騙され易い十七歳の少女はころっと騙されてしまうのだ。
しかも、相手が嘘吐き常習犯にボーダー一の騙し戦法の使い手。相手が悪かった。
「そうだとも。そして桐絵。このお年玉は超A級の大人にしか渡す事は許されない。俺もこれを受け取ったのは諏訪さんと鬼怒田さんくらいだと聞いている」
「超A級の………大人!?」
この時点で烏丸も気付く。そろそろ種明かしをしなければ収集が付かなくなる、と。
「あの、小南先輩?」
「な〜に、とりまる?超A級の大人であるあたしが聞いてあげる!」
あ、やっぱりダメだ、と烏丸はすぐに諦めモードになる。いつもの事なのだ。零の行動を発端に烏丸が嘘を付きら更に零が嘘を吐く事で小南が調子づく。
そこまで来ると烏丸が嘘だと告げようと後ろにいる零が悪魔の囁きの様に嘘を重ねるので事態が治らない。
こうなるともう治められるのはレイジくらいになる訳ではあるが───。
「そろそろ、いい加減にしとけよ」
「あ、レイジさん。うーす」
こう言う時、大抵タイミングよく現れる木崎レイジなのであった。