「おはようございます」
正月元旦。
雨取千佳は玉狛支部の入り口で深呼吸をしてドアを開いた。
「ヘイらっしゃい!朝飯限定零さんお寿司!今は川で釣れた魚がおすすめだよ!」
すると、雨取を迎えたのは捻じられた鉢巻を頭に付けて、白いエプロンを来た生粋の職人風の少年だった。
「明けましておめでとうございます。風切さん」
「明けましておめでとうさん、雨取。朝飯まだだろ?皆はもう来てるから早く上がりな」
「はい。いただきます」
雨取が零に誘われるままに部屋に入れば酢飯の入った桶を囲むメンバーが目に入る。
「あ、千佳。明けましておめでとう」
「明けましておめでとう、修くん」
ちょこんと三雲の隣に座る雨取を見ながら零は三雲に耳打ちする。
「何々、メガネ君?君ら付き合ってんの?中学生なのにませてんなー」
「ち、ちが!?ぼくと千佳は幼馴染ってだけで………!」
「本当かぁ?」
少し顔を赤くしている三雲とは対照的に酢飯だけを茶碗に入れて美味しそうに食べる雨取。
ニヤニヤとしながら三雲を問い詰める零に小南が頭を叩く。
「ちょっと零!酢飯無くなってきたわよ!」
「あぁ?結構量あっただろ!」
「お米美味しいです」
そう言えば、と零は雨取を見る。
酢飯だけでバクバクと食べて行く雨取にその身体の何処にそんなに入るんだ、と思いながらもとりあえず予備の米を炊く為にキッチンへと向かう。
「あ、零さん。ネタも数が無くなって来ましたよ」
「………やっぱ、川で釣った奴じゃあ足りねーな」
んじゃまぁ、と零はキッチンから首を覗かせる。
それを見た木崎も立ち上がり、ぱんぱんと手を叩く。
「お前たち。朝飯はここまでだ。出かけるぞ」
「出かけるって何処に?」
最後の寿司を口に入れながら遊真が質問する。
「行けば分かる」
「?」
◇◆◇◆
「おぉ………!」
支部では首を傾げていた遊真ではあったが、三門市にある一番大きな神社の鳥居を潜る頃には目を輝かせていた。
「人がいっぱいいるぞオサム!」
「お正月だからな。こうやって皆神社にお祈りに来るんだ」
「ほうほう。ここにも美味しそうなものがいっぱいあるな」
「遊真くんも何か食べてみる?」
「それはいい。朝は少し少なかったからな」
屋台を見て回る三人を見ながら零はポケットを探り始める。
「何それ?」
零がポケットから出した三つのポチ袋見て小南が聞く。
「何って、お年玉」
小南の問いに零はサラリと答えるが聞きたい事はそうではない。
自分に渡したお年玉がよく分からないゴムボールだったのに対して三人にはポチ袋。世間一般で言う現金だ。
「あたしの分はあるんでしょうね?」
「お前、そんな欲しいの?」
流石にお年玉を貰う歳じゃないだろ、と呆れながらに呟くがため息を吐きながら再びポケットを弄る。
そのまま取り出したポチ袋を小南に渡す。
「五千円だけやろう」
「遊真たちは?」
「一万円」
何処からそんな金が出て来るのか、と小南だけでなく後ろにいた木崎や烏丸も思ってしまう。
B級隊員である零は出来高制。ポッと三万五千円など出せる訳もなく、彼の財布にとっては痛手であることに変わりはない。
「や、やっぱり私はいいわ」
「あん?一度やったんだから返さなくていいんだよ!」
ポチ袋を返そうとする小南を押し除けて零は出店を見て回る三人に近づいていく。
「零さん、毎年知り合いの中学生隊員たちにお年玉として一万円渡してるんですよね?」
「そうだな。アイツ、昔っから趣味と生活以外に金を使わないからってああしてる」
おかげで年始は金欠でいつも奢らされるがな、と呆れながらに呟く木崎。
そんな木崎を尻目に三人にポチ袋を配っていく零を見ながらいったい年始にどれだけのお金が出ていくのか、と気になってくる鳥丸。
「にしても、混んでるな」
「そうっスね」
高身長の木崎が先の方を覗いてみれば辺り一面人の頭ばかりで真っ黒だ。
ちゃんとまとまっていないと逸れてしまいそうな勢いだ。
「すいません、お待たせしました!」
「いや〜、こっちの世界には美味そうなものがいっぱいで目移りするな」
「遊真くん、風切さんに貰ったお年玉はすぐに使っちゃダメだよ?」
「ふむ、難しいな。お年玉と言うのは」
そう言えば、と空閑が聞こうとして木崎も眉を顰める。
「おい。零は何処にいった?」
「え?」
「そう言うレイジさんこそ、こなみ先輩は?」
「何?」
互いの指摘に全員が周囲を見渡してみる。
確かに二人の顔はない。
「あの二人、迷ったな………」
木崎の頭を抱える声がお正月のお詣りに集まる人々の喧騒に儚く消えていった。
◇◆◇◆
木崎たちが迷子に頭を抱えている時、人混みをかき分けながら屋台で買ったひょっとこのお面を頭に被り、お年玉に目を輝かせる少年少女の顔を思い浮かべてホクホクとさせているチビが一人。
「フッフッフ、こっちにまだ俺のお年玉を求める少年少女の存在を感じるぞぉ」
風切零、その人である。
「さー、誰が出るか?緑川か?黒江か?はたまた虎太郎か?」
「あー!零さんだ!」
「お?」
人混みの中、確かに自分を呼ぶ明るい声が聞こえて来る。
その声を零は知っていた。
「もう茜!こんな人混みで走らない!」
那須隊の
「零さん!あけましておめでとうございます!」
「明けましておめでとうございます」
「おう、おめでとう、お二人さん。今日は那須は自宅か?」
「はい。なので………」
日浦が手に持つスマホの画面を零に見せる。
『先輩、明けましておめでとうございます』
『おめでとうございます………』
そこにはスマホの画面越しに顔が映る那須と、サウンドオンリーと表示された画面だけが映る。
「那須も志岐も、明けましておめでとう。那須は身体気をつけろよ。志岐は塩昆布以外食べてるか?後でお節差し入れに行ってやろう」
『フフ、ありがとうございます』
『ありがとうございます!』
雑談もそこそこに、零はポケットから再びポチ袋を出すとそれを日浦に渡す。
「ほーら、お年玉だぞ」
「わーい!ありがとうございます!」
お年玉を受け取る日浦の嬉しそうな顔に思わず零も笑みを溢しそうになるが寸でで止める。
大学生のいわゆる大人が中学生の少女にお金をんだして笑っている。側からしたら事案でしかない。
だが、そんな事は杞憂でしかない。なぜならば彼は身長が低く、側から見ても兄くらいの年齢の少年が妹くらいの年齢の少女にお年玉を渡している微笑ましい光景だからだ。
「良かったわね、茜」
「はい!」
「さて、それじゃあ俺は行くわ。まだまだ、ここには俺のお年玉を待ち侘びる少年少女の気配がする」
『はい。また明日』
こうして、日浦たちと別れた零は再び人混みをかき分けながら歩く。
「さーて、次は誰に会えるかなぁ?」
「嵐山隊だ!」
「あ゛ぁ゛?」
だんだんと調子付いていた零の耳に届いた参拝客の歓声に零は一瞬でドスの聞いた声で眉を顰める。
嵐山隊の中学生隊員。それは彼女に決まっている。
「嵐山隊の木虎藍だ!」
零が人混みをかき分けて顔を出してみれば、嵐山隊の四人とオペレーターの綾辻が隊服で広報活動を行なっていた。
零が「苦手な人物は?」と聞かれれば、真っ先に木虎と答えるくらいには苦手ではあるが、彼女とて中学生。個人的な感情で例外を作るのはあまり宜しくはない。
だがしかし、悪い意味で顔を知られている零がそのまま出ていくのも風が悪い。
そんなことを考えていると、零の目に一つの屋台が見える。衣装のレンタル屋台だ。ボーダー隊員の隊服コスプレも用意されている。そして、頭にはひょっとこのお面。
そこからの零の行動は迅速だった。
ザッ、と人混みをかき分けて嵐山隊の前にビシッと決まった黒スーツの男が現れる。
その男、二宮匡貴───────。
「明けましておめでとうございます、二宮さ───」
などではなく、正真正銘嫌われ者ボーダー隊員である風切零である。
真っ先に気付いた木虎は言葉を失くしていた。
しかし、その実結構な天然でありそれを太刀川や加古に揶揄われたことは数知れない。代表例としてはコスプレ感が出るから嫌であると隊服をスーツにしたが、返ってコスプレ感が増した。または自身の隊のエンブレムを血の王冠にする厨二センスなどが挙げられる。
そんな彼がひょっとこの仮面を被り、ポチ袋片手に目の前に立っている。
「て、何やってるんですか風切せ………二宮さん」
当然、木虎が騙される訳が無いのだが。
だが、ボーダーのホームページくらいでしか二宮を見たことがない一般人では、彼を二宮と勘違いするのは仕方がないだろう。
それに気付いてか、木虎も他の嵐山隊も話を合わせる。
「二宮さん、明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おっめでとうございまーす!」
嵐山に続いて時枝、佐鳥と新年の挨拶を交わしていく。
ここは流石広報部隊。事態を瞬時に察してか、話を合わせて来る。
「あぁ。明けましておめでとう。ほら、木虎にはこれやるよ」
ポイっと放り投げられたポチ袋を掴みながら木虎は何か裏でもあるのでは無いか、と怪訝そうに零を睨み付ける。
「あー!良いなぁ!俺にも下さいよぉ!」
「お前は高校生だろうが」
「え〜」
腰に張り付く佐鳥を引っぺがし、嵐山に引き渡す。
「じゃあ、俺は更なる少年少女を探し求めて練り歩いて来る!」
「先輩?」
零がその場から去ろうとすると、今までダンマリだった綾辻がゆっくりと零に声を掛ける。
最近、気付けば後ろにいたり、本部の方の自宅に帰れば食事が用意されているなど、少しだが綾辻が怖くなって来ている零ではあるが、さりとて彼女は零の自慢の後輩である。
「綾辻………」
「明けましておめでとうございます」
たった一言。
その言葉に零は呆気に取られる。
「お、おう………。おめでとう。その、なんだ。歌と絵に関してはごめん被るが、ご飯は美味しかった。偶になら勝手に部屋に入って飯作ってくれるのも良いかな〜、てそう思う。それだけ」
「先輩が………デレた?」
人混みの中に消えていく零の背を見ながら唖然とするのだった。
◇◆◇◆
「もう!皆して迷子なんて仕方がないわね!」
ザワザワとなる喧騒の中、小南は呆れた様に言葉を口にした。
実際には逸れたのは小南である訳だが、そんなことを小南が知る由もない。
辺りをキョロキョロと見渡してみても人、人、人。静かな筋肉こと木崎の顔すら観測することができない。
携帯で連絡を取ろうにも今日に限って支部に置いて来てしまった。
どうしようかしら、と参道から離れた人のいない場所に出て頭を抱えた時だった。
「桐絵、お前こんなところにいたのか?」
後ろから肩を叩かれてそんな言葉を投げかけられたのだ。
「零!?何処行ってたのよ!」
「んなの、俺が言いてぇよ。いや、マジで。皆本当勝手にどっか行くんだからさ」
実際勝手に何処かに行ってしまったのは零と小南であるが、それを指摘できるものがいない。
互いの主張が食い違い、二人は互いに眉を顰める。
「お?れいさんとこなみ先輩居た」
どちらが迷子だったのかと言う不毛な水掛け論が始まりそうになってそれに待ったをかける様に空閑が現れる。
「あら、遊真。今まで何処行ってたの?」
「全くだ。桐絵といいお前といい集団行動ができんのか」
れいさんに言われたくはない、と空閑が呟きながらふと、気になったことを口にする。
「れいさんは神様に何をお願いするの?」
「んん?」
「あ、あたしも気になる!」
いきなりの質問に零の目が点になる。
それに乗る様に小南も目を輝かせながら聞いて来る。
「さっきオサムとチカにお正月は神社に神様にお願いをするって聞いたんだ」
「ほ〜」
「で?零は何お願いするのよ!?」
「何でお前が興味津々なんだよ。でも、そうだな───」
零は目を閉じて今日一日で出会った先輩、後輩、同期のことを思い出す。
仲のいい者、苦手な者、様々いるがみんなが皆零にとっては大事な友人に違いがない。
「このまま、皆とバカみたいに笑い合える日常が過ごせることかなぁ」
そう言う零に新年の爽やかな風が吹き込んだ気がした。