それは、ある冬の寒い日のお昼頃のことだった。
「出て来ませんね、
寒空の中。ボーダーの屋上からアイビスのスコープ越しに警戒区域の中を眺めながらポツリと呟いた。
サバゲー色の強い緑のジャージに身を包む今は諏訪隊の
『バカ。出ねー方がいいに決まってんだろ。オメェはその前上から見張り続けてろ』
「はーい」
呆れたようにツッコむ諏訪に零も気の抜けた返事を返す。
次の大規模侵攻を最後の戦いと定めた零はいつも以上に張り切って防衛任務を行っていたわけだが、そんな張り切りがずっと続くわけでもない。
不完全燃焼を続けた彼のやる気は今、絶賛ガス欠状態だった。
『任務が終わったら皆でお昼を食べに行こうか』
『諏訪さんの奢りでねー』
『何でだよ!』
『ゴチになります!』
「─────焼肉行きましょうか」
『行かねーよ!基地の食堂だ』
それでも、奢ってはくれるらしく、零の口角も少し上がる。
「じゃあ、もう少しだけ気合い入れますか」
そんなことを思いながら、警戒区域の向こうにある街並みに零は思いを馳せる。
零は、ボーダーの基地の上から見る三門市の街並みが好きだ。雑踏も喧騒も静寂も、その全てを零は愛している。
だからこそ、この街を、人を、護りたい。いや、まもなくてはならない。
それが零の人生の絶対命題だ。
空を見れば、曇り空で陰鬱としてくる。決意を新たにしているのだから、少しくらい空も空気を読んで晴れやかにしていてはくれないものだろうか。
「やな空模様だぜ、まったく………」
小さく舌打ちをして、再びスコープを覗いた時だった。
危機感を煽る警報音が、けたたましく鳴り響いた。その音は、一瞬で零の空気を変えた。
『
避難誘導の警報を聞きながら、目の前の惨状に息を飲む。
『おい、零!何があった!?何が見える!?返事しろ!』
諏訪の通信に、ハッとして、零もようやく報告する。
「諏訪さん………。どうやら来たみたいっスよ」
『───────あぁ。みてぇだな』
諏訪にもやっと状況が確認できたのだろう。乾いた笑みを含む声で返事する。
零の目の前にあるのは、空に浮かぶ大量の
「
零の視界に映るのは、多種多様なトリオン兵が五つの瞬断に分かれて、西、北西、東、南、南西の五方向に向かっている姿。
『俺たちを分断する作戦ですかね?』
『どうしますか、諏訪さん?』
『やる事は変わんねぇよ。市街地に出る前に奴らを倒す。お前ら、大規模侵攻のときの作戦頭に叩き込んでんな?南に行くぞ』
諏訪の号令に諏訪隊の全員が逞しく声を上げた。
◇◆◇◆
何でやろう。生駒達人は考える。
これは常々思っていた事だ。決して、自分が劣っているわけではない。寧ろ、優っている要素の方が多い筈だ。
それなのに、何でやろう。生駒達人は深く考える。
大学の教室で、教授のよくわからない自慢話を聞きながら、生駒はノートと睨めっこ。自身の名前が書かれた下には達筆な字で書かれた要素。料理、性格、顔、etc。
それらの横には綺麗に丸印が付いている。対して比較対象を見れば、性格には三角が付いているものの、それ以外は全て丸印。
本当に謎である。この謎を卒業論文のテーマにしても良いだろう。生駒は本気でそう思った。
【生駒達人と風切零のモテる違い】
そんなタイトルを付けた完全主観の研究資料から顔を上げれば、いつも自慢話ばかりの教授も、あまり真面目に話を聞いていない受講生たちも教室内に姿が見当たらなくなっていた。
ゆっくりと、教室内を見渡しても、人影一つ見えない。
「………俺だけ別次元飛んだんか?」
素っ頓狂な解釈を示す生駒を現実に引き戻すように携帯の着信が鳴る。
画面を見れば、水上からの電話だった。
「もしもし?」
『イコさん、今どこに居ます?』
「今?別次元におるわ」
『………はい?』
「何かな、気が付いたら周り皆おらんかってん」
『………それ、皆避難したんじゃないんです?』
「避難?何で?」
『いま、警戒区域にめっちゃ
「え」
生駒は教室の窓から基地の方を見る。
確かに、水上の言うように空は黒く染まっている。
「おぉ、マジやん。何やあれ」
『とりあえず合流しましょ。俺らの担当は基地の東部です』
「東部了解」
ノートを閉じて、鞄に入れる生駒。
………そう言えば、剣の腕はまだ比較していなかった。そんなことを思いながら、生駒はトリガーホルダーを手に取った。
◇◆◇◆
人生、運がいいとか、悪いとか、そんな言葉が溢れかえっている。
唯我尊においても、それは同じであった。A級一位の太刀川隊の
そしたら、これだ。いきなり大量の
本当に運が悪い。いったい、自分が何をしたと言うのか。
「ヒィィィ………。だ、誰でもいいから助けてくれェ」
一体くらいならばギリ一人で相手にできないこともないが、流石に何十、何百となると無理である。
こんな時に思い浮かぶ顔が、頼れる先輩たちや隊長の他にあの癪に障る男である、と言うのが嫌なところだ。
建物の中で、息を顰める。
「でもやっぱり無理ぃ!」
外で敵が暴れているのか、建物が揺れる。食器棚の皿が割れる音が響いて、小さな悲鳴を上げる。
今、外はいったいどう言う状況なのか。少し外を覗いた時だった。
「ウヒィ!?」
小窓から、
◇◆◇◆
周りを漂う
ここはボーダーの基地の南西部。南西部担当の那須は建物と建物の間を跳びながら集団として蠢くトリオン兵たちを観察していた。
集団となっているからある程度適当に弾を撃ったとしても当てることができる。寧ろ問題はその数だ。撃っても撃ってもキリがない。
「くまちゃんは私が撃ち漏らした
「『了解!』」
とにかく、文句を言うのは後だ。今は、近くにいる鈴鳴第一と協力して市街地に向かう
撃って、撃って、撃って、倒し損ねたトリオン兵を斬って、斬って、斬って。
「那須さんたちの方が数が多い………。綱!」
「了解。カバーに入ります」
那須と熊谷が倒し損ねたモールモッドが数匹、那須へと向かってブレードを振り下ろした。
「スラスター、オン」
村上がレイガストで加速して、モールモッドの動きを止めた隙に、那須が仕留める。
「ありがとうございます」
「油断するなよ」
まだまだ、侵攻は始まったばかりである。
◇◆◇◆
「数が多い………」
迫り来るトリオン兵たちを退けながら、若村麓郎は若干の焦りを感じていた。
今現在、十分に対応ができていると言えるだろう。しかし、若干ながらも危ないところがある。目の前のトリオン兵を相手にしていれば、後ろから別のトリオン兵が襲ってくる。
そうでなくとも、上空のトリオン兵には背中を預けている三浦では有効打がない。つまり、若村だけで対処しなければならない。
「ろっくん、後ろ!」
三浦の声に、三浦は瞬時に振り返り弾を撃つ。
「ったく!ヨーコの奴、勝手に行動しやがって」
沈黙したモールモッドを尻目に、少し離れた場所で一人戦っている香取に向かって悪態をつく。
確かに、香取は強い。若村と三浦二人で何とかなっているトリオン兵の集団を一人で相手をして、まだ余裕の素振りを見せている。
だが、ボーダーの命令は隊で固まっての行動である。実際、相手が物量で押しているのだから、戦力を分散させるべきじゃない。
『言ってくれるじゃない。通信、ダダ漏れなのよ。文句があるなら私よりも倒してから言いなさいよね』
「………!」
奥歯を噛み締めて、若村は再び敵へと振り返る。
強さから来る香取の自信。若村にはそれがない。どれだけ訓練しても、犬飼に戦い方を教えて貰っても、それでもマスターランクに届かなかったものを、香取はたった半年で辿り着いて、それを極めることなく
実力の差はハッキリしていて、だからこそ、何かを言い返してやることもできない。
「ろっくん」
「………あぁ。無駄なことを考えてる場合じゃねぇ。やるぞ、雄太!」
「うん!」
三浦の呼び掛けに、若村は気持ちを新たに収まらぬトリオン兵に向けて銃を構えたのだった。
今回出てきた方々たちは大規模侵攻で活躍させたいな、と思う方々です。
他の方々みたいに上手く活躍させられるといいなぁ。