基地の屋上から飛び降りた零は、屋根伝いに諏訪隊の居る基地南部へと駆ける。
屋根の上からも状況を確認するが、道路一面、建物一面をモールモッドが埋め尽くしている。建物の影からはバンダーが顔を出して、零を狙って砲撃を続けている。
バンダーに対しては、右手のアイビスで、道路のモールモッドを左手の散弾銃で蹴散らしながら突き進む。
普段ならば、こんなのモノの数ではないと、頭の中で音楽を垂れ流しながら軽い足取りで飛び回るところだが、いかんせん、今回に限って言えばハンディキャップがある。
言い換えるならば、敗北条件。迫り来るトリオン兵から街を護る。つまり、絶対に危険区域から外に出してはならない。既に諏訪隊含めて多くの隊が戦場に到着し、トリオン兵を撃破して行っている。
現状では、十分対応できていると言っても過言ではないが、それでも油断はできない。例えるならば既に膨らみきった風船。少しの衝撃で決壊してしまう脆いモノだ。
「諏訪さん、もう少しでこっちも到着します。今しばらく待っていて下さい」
『いや、お前はこっちに来なくていい。俺たちとは別で動け』
「………マジですか?事前の命令では隊は集合した後の戦闘でしょ?」
『元々俺らは四人でやってんだ。オメーが居なくても大した問題はねぇよ。それにお前はそっちの方が活きる。自由にやってこい!』
零は走りながら考える。確かに、諏訪隊であれば、零がいなくても大抵は問題はないだろう。それこそ、
だが、まだまだ戦闘も序盤。後の戦闘で、それらが出てくる可能性だってある。
気付けば、零の足は止まっていた。
『俺たちの心配なら要らないよ』
『零さんは他の隊のフォローに行ってください!』
「堤さん、日佐人………」
『オペは引き続きやるから安心して下さいね!』
「小佐野………」
零は一度大きく息を吸って、吐きながら迫ってきたモールモッドに散弾を叩き込む。
「………わかりました。それじゃあ俺は別のところ行きますけど調子に乗って真っ先に落ちないでくださいね。特に諏訪さん」
『あぁん!?それはお互い様だろ!』
通信を切って、トリオン兵の集団へと視線を向ける。
今回のトリガー編成。メインは
最も得意としている近接は弧月にしか頼れたい。
「………トリガー変えたのはマズかったな」
後悔先に立たず。とにかく今は、このトリガーで戦い抜くしかない。
右手のアイビスを弧月に持ち替えて、目の前のトリオン兵の群れへと突撃する。
初めは散弾の
一体、二体、三体………。二十体ほど仕留めた頃だろうか。近付いてきたバムスターに向かって
完全にバムスターが沈黙したのを確認して、零は周囲を見渡した。
「制圧完了。小佐野、次のポイントへの誘導を頼む」
『はーい』
レーダーに示された場所を確認して、グラスホッパーを踏み上がる。
各地で爆発音が鳴り響き、煙も上がっている。あの下それぞれで誰かが戦っているのか、と思うと、次のポイントへ進む足の向きが変わりそうになってしまう。
それでも、何とか踏み止まって予定のポイントへと向かう。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
予定のポイントから聞き覚えのある叫び声を聞いて、弧月と切り替えたアイビスのスコープを覗く。
群れで動いているトリオン兵の合間から、何やら光が漏れている。
その隙間を、更に注視してみれば、トリオン兵の群れの中心で見覚えのある顔が目尻に涙を浮かべながら二丁の拳銃を撃つ唯我の姿があった。
「………唯我?」
眉を顰めながら、とりあえず唯我の周りのトリオン兵を狙撃していく。
唯我尊はボーダーのスポンサーの子息である。お世辞にも実力があるとは言えないし、スポンサーの息子であるからこそ、危険な任務にだって連れ出せない。
何故、お前がそこにいる?
とにかく、唯我の身の安全を確保しなければならない。もし仮に唯我の身に何かがあれば、スポンサーも撤退してしまう。
唯我付近のトリオン兵を掃討して、零はグラスホッパーで一気に距離を詰める。
「大丈夫か、唯我!?」
「風切センパァァァイ!」
「泣くな、唯我!基地まで送り届けてやるから、お前も出来るだけ自分の身は自分で守れ!」
「は、はいぃぃぃ!」
パキパキパキパキ……………。
よし、と頷いた零の耳に不審な亀裂音が聞こえてくる。破壊された瓦礫の中にトリオン兵でも隠れているのか?
そう思いながら、周囲を警戒するが、不審なところは見当たらない。
「………唯我。俺の側から絶対に離れるなよ」
「え………?」
しばらく、観察していると、その音がより大きくなる。そこでようやく、音の元が何処からなのか、理解できた。
それは、倒したバムスターの腹の中。亀裂が入っている。アイビスを構えながら、何が現れるのか、と目を細める。
ヒビの奥から腕が突き出た。その衝撃でバムスターの腹がポロポロと崩れ落ち、ようやくその正体を現した。その正体に、零は更に目を細める。
それは、二足歩行だった。三メートルほどの大きさで前傾姿勢。見たことの無い形のトリオン兵だ。
「し、新型ですか………」
「意外だな、唯我。お前でも今まで確認されたトリオン兵の形は確認してるんだな」
軽口でも言ってやらないとやってられない。零の精神状態は今、限りなくギリギリを保っている。
保護対象がいる状態で、何ら情報がない新型を相手取らなければならない。
『忍田さん、こちら東!新型トリオン兵と遭遇した!サイズは三メートル強。人に近い
東の通信を聞きながら、零はアイビスを一発撃ち込んでみる。
その一発はすぐにトリオン兵の腕が防ぐ。
「カッテーなおい!どんな装甲してやがる」
東の通信からして、目の前のトリオン兵と同じモノで間違いはない。
しかし、納得ができない。隊員を捕える動きが見られた、と言うことだが、そもそも三メートル強の体躯でどれだけ捕まえられる?
明らかに、捕獲用にしてはトリオンを注ぎ込みすぎだ。これでは、捕らえた人間のトリオンよりも、今回の侵攻で使用するトリオンの方が多くなってしまう。
兵士にするのか?なんて考えも浮かんだが、それだって一から育てるのは時間が掛かるだろう。
一向に動きを見せない新型を睨みながら考えていると、再び通信が入る。この声は、零が炊飯器と間違えた自立トリオン兵のレプリカだ。
『忍田本部長。その新型はおそらく、かつてアフトクラトルで開発中だった捕獲用トリオン兵、ラービットだ』
『捕獲用………!?捕獲は大型の役目じゃないのか………!?』
新型トリオン兵、ラービットが痺れを切らしたかのように動き出す。
直接捕まえにきたのだろう。伸びてきた腕を後ろに跳んで避ける。
『役目は同じだが、
なるほど、と一人ながらに合点が行く。
トリガー使いであれば、元からトリオン能力は高いだろう。連れ去った後の戦力としても、訓練の必要はあまりない。自衛手段があるので戦闘力にトリオンを注ぐのもわかる。
さて、次に考えるべきはこの場の対処だ。倒すにしても、時間稼ぎにしても、唯我を庇いながらだと上手くいかない確信が零の中にはあった。
ならば、諏訪隊と合流して、唯我を預かって貰うか?いや、それはそれで諏訪隊に迷惑だ。
「………唯我」
「は、はい?」
「お前、このまま真っ直ぐ行って警戒区域を出ろ。今ならそっちにトリオン兵の群れはない。警戒区域を抜けたらそのまま避難誘導をしてるC級の援護!」
「で、でも………」
「いいから行け!お前を守ったままじゃあコイツを仕留められねぇ!」
「う、うわァァァァァァァァ」
情けない叫び声を上げながら、走り去る唯我を背に、零は弧月と散弾銃を構える。
まずはデータ集めだ。何処が硬く、何処なら攻撃が効くのか。建物を利用して四方八方に飛びながら弾を撃ち込み斬り込む。
『………先輩』
そんな最中。不意に、小佐野からの通信が入る。
動揺したような声色に零は眉を顰めて問いかける。
「どうした?」
『諏訪さんが………、新型に捕まっちゃった………』
ドクン、と心臓が跳ねる。
何処だ?何処で選択を間違えた?諏訪隊と別行動を取ったことか?唯我を諏訪隊じゃなくてC級と合流させようとしたことか?
震える手に無理矢理力を入れて、武器を落とさないように固定する。
突っ込んでくるラービットを避ければ、建物を破壊してその瓦礫に埋もれてしまう。
「落ち着け、小佐野。諏訪さんの状態はどうなってる?」
『トリオン反応はあるけど、
「そっか。………安心しろ。すぐにこっち終わらせて諏訪さん助けに行ってやるからな」
そう言って、零は瓦礫から這い出てきたラービットを睨み付ける。
「………本部。こちら風切。これより新型の処理を開始する」
データ集めなどクソ喰らえだ。
零は弧月を振り、ラービットへと駆け出した。