空ガ晴れたら   作:ほろろぎ

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第四話 失意:ヒーロー失格です…

 地獄に垂らされた一本のクモの糸。それに群がる無数の亡者。

 いつだったか、学校の国語の授業で聞いた話だ。

 

 キュアスカイに群れ(つど)うブタ種怪人たちを見て、虹ヶ丘ましろはその話を思い出した。

 亡者は救いを求めていたが、では今目の前で起きている惨状はなんなのか。

 少なくとも、友達が犠牲になっていることは、ましろの目には明白だった。

 

 すぐにでも助けに行かなければ。

 と頭ではわかっているが、怪人たちの異常な行動がましろの心に恐怖を植え付け、動くことを(はば)んでいた。

 共にいた異世界の戦士──五代雄介もまた、戦うための身体器官に傷を負っており、倒れてしまった。

 

「あぁぁぁ……」

 

 キュアスカイがうめくような声を漏らす。

 怪人たちは少女の肌に牙を突き立て、吸血鬼が血を吸うように彼女の体を巡っているなにか(・・・)を吸い取っている。

 やがて光が失せるようにキュアスカイとしての姿が解け、少女はソラ・ハレワタールの状態に戻った。

 

「ジュグ・ヅンバ?」*1

「ボセザベ・ガセダ・ジュグ・ヅンバ?」*2

「ラザザ」*3

「ラザダ・シバギ」*4

 

 ソラの体から離れた怪人たちは、互いの顔を見合わせながらなにかの会話をしているようだ。

 その言葉はましろにはわからない。

 が、なにか不満げな様子なのは伝わって来た。

 

「ボギヅバサ・ラザ・ヂバサ・グダグバ?」*5

 ブタ種怪人は、意識を失っているソラを見やる。

 彼女に再び手をかけんとした時──

 

「ランボーグ!」

 

 カバトンの声で、タケノコランボーグがブタ種怪人たちを攻撃した。

 キュアスカイの時と同じく、怪人には攻撃が通じていないようだったが。

 

 突然の乱入者のおかげで事態を静観するしかなかったカバトンが声をあげる。

 

「お前ら、いきなり横から出て来てなにをやってるのねん!? そのソラを倒すのは俺様の役なのねん!」

「バンザ・ビガラ」*6

「グスガギ・ジャヅザ」*7

「バギバギなに喋ってるかわからないのねん! ちゃんと通訳を連れてくるのねん!」

 

 因縁の相手と思っている少女──ソラを、素性の知れない者たちに横取りされたとあって、カバトンは怒りをあらわにする。

 

「行け、ランボーグ! そこのキャラがかぶってる奴らをいてこましたるのねん!!」

「ランボーグ!」

 

 両腕のタケノコドリルを回転させ、ランボーグが怪人たちに迫る。

 

「ボギヅ・ゼギギバ?」*8

「ガガ。ボギヅ・ゼギギ」*9

「ボギヅゾ・ブゴグ」*10

 

 話し終えたブタ種怪人たちは、四方からランボーグを取り囲む。

 ランボーグが標的をしぼりきれずにいる隙をついて、キュアスカイの時と同様に怪人たちは、いっせいにランボーグに襲いかかった。

 

「ラ!? ランボーグ!?」

 

 怪人たちの牙が、少女に向けられた時と同じくランボーグの体に突き立てられる。

 竹で作られたランボーグの体は、メキメキと音を立てかみ砕かれていく。

 

「ラン……ボー……」

「ひぇっ……こいつら、ランボーグを食ってるのねん!?」

 

 キュアスカイの時とは違い、ブタ種怪人はランボーグの体そのものを咀嚼(そしゃく)し、飲み下す。

 それはランボーグが植物を素体にして作られているからだろうか。

 

 十数体の怪人に食いつくされ、タケノコランボーグの体は跡形もなく消え去った。

 次いでブタ種怪人たちは、カバトンにも視線を集中させる。

 

「ヅギパ・ガギヅバ?」*11

「ま、まさか、俺様も食べる気なのねん……!?」

 

 ジリジリと距離を詰めてくる怪人たちに嫌な予感を覚えたカバトンは、迷うことなく呪文を唱えその場から退避した。

 

 ブタ種怪人が周りを見れば、ソラたち三人の姿もすでに見えない。

 カバトンとランボーグに注目が集まっている内に、なんとか起き上がった五代がソラを抱えて、ましろ共々避難を終えていたのだ。

 

 残されたブタ種怪人たちは互いの顔を見合わせると、もうここに用はないといった風にうなづき合い、どこかへと去っていった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 危機的な状況からすんでのところで逃げることに成功した五代たちは、やっとの思いで虹ヶ丘家に帰り着いた。

 出迎えたヨヨは、ソラの姿を見て驚きこそしなかったが、痛々しいその姿を見て悲し気な顔を見せた。

 

 今、ソラはヨヨから怪我の手当てを受け、ベッドに寝かされている。

 五代の方は外から見える傷ではないので、とりあえずの痛み止めを飲んだところだ。

 気休めにすぎないが、なにもしないよりはとましろから貰ったものである。

 

「まさかあんな数のグロンギが、こっちの世界にも来てたなんて……」

 

 五代は腹をさすりながらつぶやいた。

 アマダムの感覚からして、グロンギがソラシド市にいることはなんとなく察せられた。

 だが、それにしても数が多すぎる。

 

「グロンギって、五代さんが全部たおしたはずじゃ……」

 

 ましろが不安げな表情を浮かべ言った。

 五代は少女の言葉を訂正する。

 

「正確には、俺がたおしたのは五十体くらい。残りは、ダグバっていうアイツらの親玉がやったんだ」

 

 グロンギの王、ン・ダグバ・ゼバが行った同属の大量粛清。

 それは怪人たちの殺人ゲームの最終段階において、ゲームの参加資格を持たない者を処分するための行動であった。

 

「じゃあ、あの怪人は……」

「多分、ダグバの手から生き延びた奴らじゃないかな」

「みんな同じ格好してましたね」

「グロンギには階級があるんだけど、あいつらは一番下の『ベ』って奴だと思う」

 

グロンギの階級は上から順に、ゴ、メ、ズとあり、ベとはそれら戦闘集団からさらに劣る、いわば奴隷のような存在だった。

 

「奴隷ってことは……もしかしてあの怪人たちを操ってる、もっと強い怪人がいるってことですか!?」

「かもしれないね。なんとなく、あいつら誰かの命令に従って行動してる、って感じがしたから」

 

 ブタ種怪人『ベ・ダブー・ダ』を使役する何者か。

 ゲームの参加資格を剥奪されたのはメかズの(くらい)だから、その何者かもこのどちらかに位置するのだろう。

 

「その命令してる誰かも、いっぱい生き残りがいたりとかは……」

「それはないと思うよ。ダグバがそんなに沢山の数を見逃すとは思えないから。それに俺の腹の中の霊石も、感じる強い気配は一つだけだって言ってるし」

「でも、安心はできませんよね。五代さんはまだ変身できないし、ソラちゃんも……」

 

 ましろの視線が、ベッドに横たわるソラに注がれる。

 (ひたい)や頬にはガーゼや絆創膏が貼られ、腕や足、体のいたるところに包帯が巻かれた痛ましい姿は、見ているのもつらくなってくる。

 

 ましろは目を背けるように、五代に視線を戻した。

 

「グロンギって、その……人間を食べちゃうんですか?」

「さすがにそれはないかな。アイツらにとって人間はゲームの標的で、殺しはするけど食べたりとかはしなかったよ」

「じゃあ、ソラちゃんになに(・・)をしてたんだろ……」

 

 ましろと五代の見る前で、ダブーたちはキュアスカイの肌に食らいつき、なにかを吸い取っているような動きを見せていた。

 怪人が少女から離れたのは、スカイの変身が解けた直後。

 

 あっ、とましろは声を上げた。

 

「もしかして、プリキュアのパワーみたいなのを抜きとったのかな」

「どういうこと?」

「裏山に登った時、辺りで沢山のキノコが食べられた跡があったんです。あの怪人たちが食べちゃったなら、お腹が空いてた……とか?」

 

 少女の推測を聞いて、五代は「なるほどね」とうなづいた。

 

「俺がいた世界でも、動物たちの死骸があったのは奴らが(えさ)にしてたからかも」

「大食いなんですね、グロンギって」

「……それだけ沢山のエネルギーが必要な理由があるんです」

「「ソラちゃん!?」」

 

 意識を失ったままだったソラが、いつの間にかまぶたを開けて天井を眺めていた。

 ましろと五代はあわててベッドの両側に駆け寄る。

 ソラは、痛む体を無理矢理起き上がらせた。

 

「グロンギに襲われた時……不思議と彼らの考えていることが、薄っすらとですが伝わってきたんです」

 

 どこかまだ夢の中にいるような、ぼんやりとした表情でソラは言葉をつむぐ。

 

「彼らを従わせているグロンギが大怪我を負っていて、それを治すために手下を使って、食べ物や力をかき集めているんです」

「そうか、ダグバの粛清から生き延びた奴が……」

 

 生き残りの上位個体は、他の怪人たちよりも強い生命力を持っていた。

 ゆえにダグバから瀕死の重傷を負わされながらも、山中に潜みべ集団を操作して、これまでエネルギーを蓄えつつ生きながらえてきたという訳だ。

 

「まだ傷は完全に癒えてません。怪人たちは、もっと沢山の餌を求めています。このままでは、じきに山を下りてくるかも……」

「残念ながら、もう手遅れのようだわ」

 

 隣りの部屋から、ミラーパッドを持ったヨヨが神妙な面持ちでやって来た。

 ミラーパッドの鏡面にはソラシド市の各所が、テレビの生中継のように映っている。

 

「おばあちゃん、これって……!」

 

 ましろが画面を見て息をのむ。

 ソラシド市の商店街やレストランなどを、多数のベ・ダブー・ダが襲撃している場面が流れていたからだ。

 ブタ種怪人たちは逃げ惑う人々を無視して、食料となるものを手当たり次第に奪い取っている。

 

 幸いというべきか、人食いでない怪人たちは市民を無視して行動していた。

 だが、相手は人命をなんとも思っていない存在。

 司令塔のグロンギの怪我が回復すれば、この世界でゲゲルは再開され、それによって新たな犠牲者が出る可能性が高い。

 

「い、行かなくては……」

 

 ソラはベッドから起き上がろうとするが……シーツをつかむ手が震え、体にも力が入らない。

 ミラーパッドに映るダブーの姿を見て、襲われた時の恐怖がよみがえり歯がカチカチと鳴る。

 

「ソラちゃん」

「わ、わかっています。私はヒーローなんだから。で、でも……」

 

 ましろが心配そうに声をかける。

 ソラの顔には玉のような汗が浮かび、体は吹雪の中に放り出されたようにガタガタと震え、止められない。

 カバトンやランボーグとは違う、明確な殺意を持って襲ってきたグロンギに対して、ソラは強いトラウマを覚えてしまった。

 

「今、街の人たちが危ない目にあっている……私が、私が行かなきゃならないのに……」

 

 怪人への恐怖とプリキュアとしての使命感で、ソラはすっかり板挟みの状態に(おちい)っていた。

 やがて彼女の両の瞳から、ぽろぽろと涙があふれ出す。

 

「……怖い。怖いんです……」

「ソラちゃん……」

「助けを求めてる人たちを放って……こんなんじゃ、私……ヒーロー失格です……ッ!」

 

 手で顔を(おお)嗚咽(おえつ)するソラ。

 彼女の苦悩に対して、ましろはかけるべき言葉が見つからない。

 

 重苦しい空気が流れる中で五代は、迷える少女に優しく話しかける。

 

「いいんじゃないかな、それでも」

「えっ……」

「ヒーローだって人間だもん。怖くなっても仕方ないよ」

 

 五代雄介も、未だにグロンギと戦うことには抵抗を覚えている。

 まだ子供のソラなら尚のことだ。

 

「とことん怖がっていいんだよ。俺だって一人で戦うのは怖いんだから。逃げられるなら、逃げちゃってもいいんだ」

「で、でも……私はプリキュアで、ヒーローで……」

「ヒーローが戦うのは、義務とか誰かに言われたからじゃない。自分のここ(・・)が、やりたいって思うからじゃないかな」

 

 五代は自分の胸に手を当てる。

 心から誰かを守りたいと思えるからこそ、ヒーローは戦えるのだと。

 

「ソラちゃんにも、守りたい誰かがいるんでしょ?」

「それは……」

 

 五代の言葉に、ソラは隣に寄り添うましろに目をやった。

 

「俺、行きます」

「ぇ、五代さん!?」

 

 ソラが戦わなくてもいいように、自分が代わりにグロンギの相手をすると、五代は現場に向かおうとする。

 それをましろが止めた。

 

「無茶ですよ!? 五代さんだってまだ体の調子が悪いのに!」

「大丈夫! だって俺、クウガだもん!」

「そんな、そんなの……」

 

 なんの理由にもなっていない。

 だが彼の発するその言葉と笑顔は、不思議とましろたちの心を安心させた。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

 五代はましろ、そしてソラに向け、親指を立てるポーズを残し部屋から去っていった。

 五代雄介という人間を象徴するこのポーズの意味を、ソラはまだ知らない……。

*1
十分か?

*2
これだけあれば、十分か?

*3
まだだ

*4
まだ足りない

*5
こいつから、まだ力奪うか?

*6
なんだ貴様

*7
うるさい奴だ

*8
こいつでいいか?

*9
ああ。こいつでいい

*10
こいつを食おう

*11
次はアイツか?

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