余生はロアナプラで   作:ヤン・デ・レェ

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メイドウルフとフライハンター

ANSWER

 

ビデヲ視聴後のバラライカとロザリタの反応。

 

薄暗い資料保管室内に置かれたモニターで再生後、監督役の二人は味のある一人用の革張りのソファにそれぞれ腰かけて、バラライカは八分目まで吸った葉巻を灰皿に、ロザリタは飲み終わった紅茶のカップをソーサーに置いた。

 

片や葉巻を磨り潰し、片やカップの取っ手がパキッと音を立てて折れていた。

 

沈黙。

 

「……なるほど、確かに完璧ね。」

 

「えぇ、完璧でございます。これほど完璧に…実情からかけ離れた内容は初めて目に致しました。」

 

「あら?貴女も?狼女。」

 

「うふふ、珍しいこともあるのですね?狩人さん。」

 

挑発と緊張で互いに無口になった。視線には輝きなど無く、虫を見る人間の眼と同質であった。

 

だが互いが見る者は虫に非ず、双方凄絶を極めた殺人術の使い手である。

 

「……」

 

「……」

 

互いに身じろぎ一つせず、バラライカは腕を組み、ロザリタは足を組みかえた。

 

ふぅ。一息吐く。

 

「…でも、趣旨そのものは寧ろ、十分に満たしているとみるべきかしら?」

 

「確かに一理ございます。旦那様が養生なさるため、その為に表に出る機会を極力代替するための影と声ですから。」

 

「…貴女ぁ、今度はまたどうして旦那様に呼び方が変わっているのかしら?変える必要なんかないわよ。」

 

「いえ…そのぅ、大変申し上げにくいのですが、狩人に子育ては難しいのではなくって?」

 

ロザリタに分かり切った質問をするバラライカ。彼女の怒りは嫉妬ではなく、最近のロザリタが明らかに色惚けていることに対してだった。

 

護衛として疑ってはいない。だが、犬が自らを犬であると忘れていることにバラライカは不快を催した。それは人が見れば嫉妬であるが、彼女にそのことを指摘する狂人はここにいない。

 

「は?…よく言うわ。逆に聞くが、貴様には出来ると言うのか?家を建ててからはメイドの真似事を始めたそうだが、家事一つまともにこなせないそうだな。私のモンタナは家庭的な女が好みだとボリスが言っていた。あら?貴女、当てはまっていないのではなくて?」

 

「…体中傷物の中古よりも、新品の方が長く使って貰えますことをご存じで?私には十分に時間がございます。それに、煙たい女に子供が寄り付きますか?」

 

ロザリタの反撃ともとれる一言にバラライカは灼熱が身に迸ったような錯覚を覚えた。

 

銃を抜きそうになり、堪える。思い出すのはモンタナの言葉だ。

 

シベリアの拠点へと二人で視察に向かった際、卒業生第一号とも呼べる双子の少年と少女が二人を出迎えた。

 

盛大な歓迎を受けたモンタナは快くその清らかな生身の手を晒し、順に洗礼を施した。最も優秀な成績で卒業した双子が最初であった。

 

今や東欧の大企業の御曹司として振舞っているヘンゼルと、著名な音楽家の私生児と言う肩書でクラシックで活躍するグレーテル。二人はモンタナ或いはボードゥアンのことを口を揃えてこう言った「パパ」と。そう言い、抱き着く二人をモンタナは受け止めた。どんなことがあったのか、東欧での重要な情報を聞く素振りなどモンタナにはなかった。

 

今何が楽しいか。何を学んでいるのか。何を考えたのか。そのことばかり聞いては頷いていた。聞くと言っても声は出ない。肩を寄せ合い、背中を撫でて好きに話すのを促してやる。それだけだ、それだけだが…双子は楽しそうだった。

 

その姿を隣で視ていたバラライカに、モンタナは振り返り紙を渡した。紙には「この子たちの父親は私だ。なら母親は君だ。」と書かれていた。

 

子供を愛せとも、子供に愛されるように振舞えとも書かれていないその紙に、モンタナの無骨な人柄が現れていた。

 

片時も忘れたことはない。

 

ふーッ…フーッ!…フーッ!!…フーッ!…

 

ふぅぅ…。

 

「狂犬が……。」

 

「戦狂いが……。」

 

睨み合うコト数分。二人は話が盛大に逸れてしまっていることに気がついた。

 

「…それで、結局このビデヲはどうする?」

 

「逆説的に、攪乱に有用なのではないでしょうか。更には、旦那様と洗礼を安売りせずに済みます。周到厳格にして稀少でこそ価値を持ちます。金ではなく、忠誠を誓う価値が。」

 

「ふんッ…同感だ。よし、了承の印を捺印するぞ。シグネチャーの横に押せ。特殊インクで印刷したものを他部署に順次回す。」

 

「畏まりました…では、私はそろそろ告解の用意を…。」

 

バラライカは胸ポケットから万年筆を取り出すと外交文書用の上質紙に自身の名前を署名し、その横に承認印を押したものをロザリタに渡した。ロザリタも同様に書き綴ると、さっさと余分なインクを吸わせて封印し、席を立った。

 

「おい、貴様、何処にネグリジェで告解に向かう輩が居る。ふざけているのか?それとも元々変態なのか?」

 

「主人との逢瀬では身に寸鉄帯びずに迎えることが鉄則では?狩人さんは違うのかしら?軍服姿でナイフでも携えて抱き合われるのですか?」

 

バラライカの目の前でメイド服を脱ぎ始めたロザリタ。彼女の裸体はその壮絶な経歴に比して余りにも美しかった。伊達メガネを外し、黒く艶やかな髪を降ろしたロザリタの身を覆うのは半透明の黒く染められた絹のネグリジェだけであった。

 

彼女のストリップは、ロザリタの意志に関係なくバラライカへの、その名誉の負傷へのあてつけとして受け取られた。次の葉巻に手を伸ばしていたバラライカの視線が絶対零度を越え、葉巻から指をゆっくりと離すと、その指は代わりにホルスターに納められたスチェッキンピストルに伸びようとしていた。

 

「鎖の持ち主が居なかった吼えるだけの狂犬が…剛腕に手綱を握られて猟犬になった途端に利口になったかと思えば…一度や二度、雄に組み敷かれて情の味を味わっただけで、色狂いの雌犬に成れ果てるとはな。呆れて言葉も言えぬとはこのことだ。」

 

「うふふッ!うふふぁアハハハハハハハハ!!狩人さんも相変わらず、旦那様の前では可愛い猫を被ったままですものね?…それで本当の信頼関係なんて築けているのでしょうか?ロザリタはしんぱいですわぁ?もとより、我が身の全ては旦那様に捧げております。何人にも侵犯を許した試しなどございません。色狂いと言うなら、貴女こそどうなのですか?アフガンの方で一度、捕虜として遭難なされたとか?その時はどのように?」

 

銃把に手が馴染まんかという所、白く濁る煙のような、命を滲ませるような張り詰めた濃い息遣いの応酬。

 

そして、破断の瞬間に引き金が引かれた瞬間。スライドをその力と速さに任せて押さえつけ、あと数mmで雷管に死を命じていたであろう撃鉄との間に小指を摺りこませた…ロザリタである。

 

彼女はむき出しの犬歯を噛み合わせ、凍えるような狂気の笑みを浮かべてバラライカが自身に向ける銃口に額を這わせた。

 

笑っていた。ロザリタもバラライカも。

 

ロザリタは愉快で愉快で仕方ないと言った様子で。弄ぶように瞳孔を収縮させ、今夜の<勝負>に勝利した達成感と優越感、そして告解を終えた我が身に待ち受ける目くるめく情愛への渇望と、忘れもしない初体験の最初の絶頂の快楽の残響に震える脳が齎す恍惚に酔い痴れていた。

 

バラライカは怒りに震えるあまりに唇の端から血が流れる程に、だがロザリタの怪力を以てしても彼女が構える銃口の向きを逸らせることが叶わぬほどの剛力を全身に込めたまま。そして今宵の敗者となったことへの度し難い拒絶と自身の未熟への憤怒。そして、<穢される>という感覚への戸惑い。明確なる嫉妬への寒気と納得。競争相手が生まれたことに対する闘争心の開花。彼女もまた酔い痴れていた。

 

頬を染め、目を血走らせた美女が二人。互いに見つめ合い、陽炎に震撼する吐息を闘わせる。骨の強打音木霊する頭突きを何方からともなく互いに突合せ、数cmの距離感で凶悪無比なる双眼にて殺しあう。

 

互いの腕が震えて拳銃の金具が悲鳴を挙げた。口角の上昇甚だしく、片や恍惚と狂信の悦楽故に口元から飢えた狼の如く唾液の糸を一筋垂らし、片や唇からドロリと粘着質な血を一流零し。

 

殺伐たる逢瀬は数時間とも数分とも感じ取れる衝動の延べに静かに果てた。

 

「……今今、と言うところをモンタナが救ってくれた、と言えば満足か?これ以上、その話は無しだ。死にたくなければ口を閉じろ。」

 

「逆鱗に触れてしまいましたわ。何卒不肖のメイド故、ご容赦下さいまし。」

 

互いに離れ、痺れる腕を降ろした。ソファに深く座り、やっとこさ二人同時に目を離す。

 

荒い息遣いと共に立ち上がり、正反対のドアへと向かった。

 

「さっさと行け!そして、日付が変わる前にあの人の部屋から消えろ。そして朝日が昇るまで部屋のある階に立ち入ることは許さん。慰めたければ独りでしろ。…いいな?」

 

「死んでは元も子もございません…それに、あの方が望まれれば何とでも。では、御機嫌よう。」

 

 

 

その日の夜。

 

幹部管理者「えぇ…明らかにおかしいんだが???いや、でも大尉は機嫌悪いし、それに大尉とメイドのサインもあるし…よし!(現場ネコ)」

 

末端管理者「えぇ…これって送信したことが罪に問われたりしない??殺されるとか嫌なんですけど…いや、でも上司の了承印あるし、2トップのサインもあるし…よし!(現場ネコ)」

 

送信担当「えぇ…これ、これってマジか??マジで送信しちゃっていいのかよ???あれ?でも、送信先が明らかに裏ネット上のアマチュア掲示板なんだが????……いや、上司の印もあるし、バラライカとメイドのサインもあるしぃ…いいいい…ぃよしッ!(現場ネコ)」

 

 

斯くして、意図しない場所に意図したとおりのインパクトの動画が配信されてしまったのである。

 

Q.E.D.




・モンタナ或いはボードゥアン
…バラライカとロザリタに襲われた人。だが膂力が違うので組み敷いて襲い返した。コイツ…強いッ!(確信)戦闘は基本一対多数でしか戦ったことが無かったが、情を交わすのはタイマン限定である。でなければ殺し合いに発展するので。強いDNAほど惹きつけられる体質を持っていてもおかしくない。完璧な兵士は閨の中でも完璧である。本来はハニートラップを目的として性的な能力にも過剰な程テコ入れがなされている。しかし、顔も体も焼き尽くされている為ハニートラップの経験は皆無。もし全身が焼かれてなくて健全でも、モンタナのルールに反するので結局やらない。ヤるなら世界滅ぼすレベルの本気で望みます(実証済み)。その証拠に猟犬100%のロザリタ(狂乱)を相手に徹底的に手加減した上で痣一つ血一滴流させずに流さずに完封した。ただし破瓜の血は流れた。寝込みを完全武装で本気で殺されかけたが、完全に眠った状態から反撃を開始して意識を取り戻してからはそのまま圧倒してしまった。日に日に肉体が劣化しており、最近は片頭痛に悩んでいる。天気が悪い日は一日中寝てることもある。要約するとヤバいひと。

・ロザリタ
…メイドを始めたその日にバラライカから薬を盛られてモンタナに嗾けられた。このことには感謝していて、弱体化し続けていながら未だに自分よりも圧倒的に強大なモンタナに組み敷かれてマゾヒズムが開花してしまった。どこかで飼いならせずにいた凶悪過ぎる<猟犬>の血が騒いで本気で殺す気でモンタナを襲った。結果、ダンプカーで轢かれたくらいの膂力で足払いされたあげく、跳ね上がった両足を引っ掴まれて一分間ヌンチャクの如く振り回された。人格が完全に猟犬一色だった状態のロザリタは、完封された上でピクリとも動けない状態で恐ろしく優しく抱かれた。果てに、生まれて初めて完全に二つの人格が寸分狂わず合致した上で服従した。モンタナに手綱を掴まれること自体が完全にシャブと化してしまい、何故か原作を越える強靭さを獲得した。良心の呵責を信仰心にモデルチェンジした結果、引き換えに激つよバフを受けた。引き金を引かれた瞬間に反応し、射撃キャンセル(物理)すら可能なターミネーター改二が完成してしまった。バラライカは後日盛大に後悔した。尚ロザリタ本人は毎晩死ぬほどぐっすり眠れるほど幸せを感じている模様。媚薬が盛られて興奮したのは本当だけど、それ以上に本気で暴れる自分をモンタナは統御できるのか、組み伏せてくれるのか知りた過ぎた結果、小さな小さな疑念と抵抗心に恋心も添加されて大爆発を起こした。どこのシコルスキーですか?敗北を知りたい死刑囚より圧倒的に怖い存在に昇華してしまった。果たして、理解できないレベルで赤子の手を捻るように叩きのめされ、死ぬほど快楽に沈んで、疑念も抵抗心も全て皆殺しにされた。残ったのは純粋すぎて燃え尽きることを知らない恋心と達観した愛情表現、そして加減を知らない鬼強火タイプの狂信と崇拝への傾倒だけである。要約すると物凄くヤバい人。

・バラライカ
…思わぬ好敵手を得てしまい、戦争も愛にも全力で取り組む淑女の鑑。ロザリタに射撃キャンセル(物理)された時は流石に驚いたものの、意地でも拳銃を奪われることは愚か銃口を逸らすことすら許さなかった。子供にはまっっっったく興味が無いが、モンタナと父親母親ごっこをするのは素直に楽しいので全然いい。好きにママと呼ぶがいい。母性も恋心も全てモンタナに向いているので、子供に取られて拗ねるのはバラライカの方である。私の可愛いモンタナを奪うな!!膝枕という文化に興味津々である。最近は葉巻でモンタナが咽てパニックになったので、本物モンタナの前では葉巻を吸わない。モンタナの趣向を常に研究している。物凄く真面目だし秀才だし美人だし金持ちだし…良い所しかないけど、その全ベクトルが一人の男と戦争にのみ向いており、才能の適性も全てその一点に尖り過ぎているので淡水では生きられない海魚みたいな性質。切実にロザリタに媚薬を盛ったことを後悔しているが、絶対にあのアマ意識あるのにワザと媚薬の所為にして大暴れしただろ!と確信してる。残念ながら正解である。要約すると物凄くヤバい人。
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