「おはようございます旦那様。朝でございますよ。」
「…」
ローザの声で目が覚めた。天蓋付の無駄にロイヤルな寝室だな、相変わらず。
ふあーあ…よく寝た。<おはよう>と手を振ると、ロザリタは慇懃に腰を折った。
俺の防衛意識の高さ故に窓はない。寝室も屋敷の地下に何重にも固めて造らせた。
壁に埋め込み式の電波時計を見ると十時前だった。昨日よりは早いな。うむ、重役出勤はいいもんだ。
「おはようございます、朝食とお昼はご一緒に?」
着替えさせてくれるロザリタの息が後ろから耳に懸かってこそばゆい。少しずつではあるが、確実に上達しているな。最初は首を通す所に足を通してたもんな。
俺は頷いて返す。寝起きの自分の顔をなぞるが…もとより超長期単独任務用に開発されたこの身だ、膂力や装甲が劣化してはいるものの、生命維持には支障もなく、排泄だって体内の内燃機関を回る冷却水の排水みたいなもんで月に二度三度で済んでしまう。肌荒れとかも…そもそも灼けついた肉体だからな、肌に支障はないが悩むだけ無駄だ。
生き残る上で勝ち残る上ではこの上なく便利だ。だが、最近のように何も予定が無い、日がな一日…という生活には不便が多いな。今みたいに、言葉で気持ちを返すことも難しいのだから。
今日の予定は特になかったと思うが…一応聞こうか、いつものブルーのシルクで編まれた騎士修道着で起き上がった。枕元にある万年筆を取り、愛用の革表紙のノートにペンを走らせた。
・-・ローザ ソフィーは何時に帰る? 何か急用はないか? 夕飯は全員で囲めるか?・-・
俺の問いにローザは一つ頷き、メイド服から手帳を取り出すと読み上げていく。
「旦那様にお会いしたいとアポを求めていた幹部が数名。全員案件は同じようです。狩人さん…ではなくてバラライカさんは本日は会合の予定ですが、遅くとも18:00に帰宅予定です。急用と称すべき事柄はございません。何も、お気に掛けるべきことはございません。今はゆっくり休まれてください。」
ローザは俺を癒すような優しい声で囁いた。いちいち囁く必要あるのか…と問うたが、これがメイドの基本らしい。俺はメイドは門外漢なので口出しはしない。それに、なんだかんだ言って似合っているし、正直気に入っている。
・-・幹部には何時に会う?・-・
予定は正に白紙に近かったが、一応。…流石に双子と遊ぶだけでは時間が潰せなくなってきたのでちょっとした気晴らしである。
「いつでもよろしいかと。幹部達は皆、既にロアナプラ内の傘下ホテルに宿泊しております。旦那様の一声で30分以内に全員揃います。今、招集をかけますか?」
はやっ…。いや、今はいいよ。
俺は首を左右に振った。
「では…昼食を終えてから、14:00は如何でしょう?」
俺は首肯する。
「畏まりました。ただいま通達してまいります。」
俺は手を挙げて<よきにはからえ>ポーズで応えた。経験上これが一番便利だな。
俺の手を見てローザはしずしずと一礼した。
「道中はヘンゼルとグレーテルと私が護衛の任に着きますのでご安心を。謁見はモニター越しに、影と声が謁見する様子を中継いたしますので、何かございましたら筆談の内容をキーボードで打ち込み原稿を作成した上で、声に読み上げさせます。では、連絡を当直に言いつけ次第戻ってまいります。」
重要な仕事を終えたローザは去り際にそう言って、俺の寝室のドアを閉めた。
あの後ローザと入れ替わるようにヘンゼルとグレーテルが俺の部屋に来たので、場所を無駄に広くて豪奢な私室に移して二人を膝の上に載せて本を読んだり、ローザも呼んで一緒に紅茶を飲んだりして過ごすと、あっという間に昼が来た。
昼食を取るために地下壕よろしく機能性至上主義の殺風景な廊下を通り抜け、地下から地上の食堂に向かうと既に昼食が用意されていた。
食事の際は流石にマスクを外すのだが、限られた者のみ入れる極めてプライベートな空間が家の中でもとりわけて俺の為に彼方此方に用意されており、屋敷の全員に解放されている食堂の奥で鋼鉄のドアに閉ざされたダイニングで俺達は食事を摂る。
かなり気を遣わせている自覚があるが、そうしたのは俺なので何も言わない。
今日の昼食は朝飯も兼ねていたのでかなり豪華だった。昼から分厚い牛肉のステーキがどーん!だった。素直に俺はウレシイ。子供の感性を忘れないので、食べ物一つで毎日楽しいわ。
とはいえ、なにか特別な物で特別な料理を作らせている訳ではない。食べるところが違うだけで同じものを屋敷の全員が食べられる。俺も頼めばカップラーメンも食べられるので、そこらへんは緩い。お陰で俺は食事に不満はない。
左隣をローザ、右隣を今日はヘンゼルが座り、真向かいにグレーテルが座った。双子の席は毎日交代制だ。あ、勿論ソフィーが居たら両隣が大人組で蹂躙されるがな。
上手く切れない、というのでヘンゼルの分の肉を切っていると、袖の端を掴みながらヘンゼルが俺の顔を覗き込んできた。どうした?お肉嫌い?
「ねぇ、パパ、今日は僕と姉様がパパのことを守るから、なぁんにも心配しなくていいんだよ?」
なんと…俺は心配されていたらしい。いや、どこでそんなに心配されるところあったよ。いや、寧ろ最近出不精すぎてコミュ障悪化してると思われてんのかな?
「わぁ!ありがとうパパ!僕、力が弱いから筋が多いとなかなかきれなかったんだぁ。」
えぇ…肉も切れない子供に守られるの?とか思ったが何も言わずに頭を撫でておく。うむ。苦しゅうない。苦しゅうないぞ。背伸びしたいお年頃だもんね。矛盾と失言で責められるのは大人の特権だから。
ハラハラしていると真向かいのグレーテルも肉の乗った皿を差し出しながら言ってきた。
「そうよ、兄様の言う通り。私も一緒よ?だから安心して欲しいの。それにロザリタさんが言う通りなら、時候の挨拶のようなものですって。私たちは別室でモニター越しに見守るだけでいいの。」
いや、どんだけ俺は外に出たくない人だと思われてるんだろう…まぁ、最近は体調不良が重なっててあんまり顔出せなかったし…仕方ない、のか?何か、すごい誤解されてる気がするんだが。
いや、これは寧ろなんか外に出て気分を晴らしてあげたいとか、気を遣われてるんだろうか。
励まされるほど、俺が不治の病だとかってデマばら撒かれてない?大丈夫?死なないよ俺。
「ふふ、二人とも旦那様はそんな風におっしゃらずとも大木の如く構えてらっしゃいますわ。あと、撫でるのならこのロザリタめにも。」
肉を切り分け、俺より上品に食ってるグレーテルの頭を撫でていると、至近距離からローザの声が聞こえた。顔を横に向けると唇が重なってしまった。うわ近いんですけども。
顔中舐め回される前に距離を取り、床に叩きつけられた気の毒なホワイトプリムを気の毒に思いつつローザのお望み通りに彼女の御頭を撫でた。
さっさと食べ切って撫でられるの待機してたのか…嬉しそうに尻尾を振りおって、ふふふ愛いやつじゃ。
こうしてみると、ローザって髪の毛ってナスみたいな色してんなぁ。似合ってるけど。
う~ん、やはり仕事中は髪を纏めているんだな。ベッドの上では敢えて解くのか、単純に仕事との境界線なのか…フッ…実にワンコだな。
空いた右手で食べ終えてからも、飽きるまで撫でてやると寝転がって腹を見せてきそうなくらい喜んでいた。ヘンゼルとグレーテル?あの子たちは食器の片づけを手伝ってた。偉い。