満足したローザは表情を仕事の硬質なものに帰ると、耳に着けたインカムを使って指示を出し始めた。
「ふぅ…。そろそろお時間ですね。幹部は既に待機させてあります。今は保安検査を受けている頃でしょう。私たちはこれからロアナプラ支部へ車列で向かい、その後裏口からモニター室に直行します。道中も問題はない筈ですが…念のため事前に周知させていたものとは別ルートでの移動になります。では、車庫へ向かいましょう。ヘンゼル、ヘンゼル、こちらボードゥアン4、これより移動を開始する、オーバー。」
車列とか色々物騒だし、正直こんな大事になるから外出を控えているのだが…そんなことはどうでもよくて、今問題なのは俺がローザに姫抱きされながら車庫に向かっているということだった。万力の如き力で抱いて来るので俺は抜け出せそうにない。俺も弱くなったものだな…。
モンタナが横抱きにされて車庫に向かっている頃、ヘンゼルとグレーテルは先回りして車両の準備を済ませ、今は先発班の動向をGPSや上空の無人機を通じて確認していた。
「こちらヘンゼル了解。車庫第三ブロックのシボレーサバーバン前に待機中。先発車両は既に目的地に向かい規定ルートを走行中。残り5分で到着予定。」
無線の向こうから逐次報告が上がる中、ローザとモンタナが到着したことを監視カメラとインカムからの報告で確認したヘンゼルは、運転手に命じてドアを開けさせた。
「パパ、待ってたよ。グレーテルは一足先に向こうで先発班を指揮しながら待ってるから、あとは僕たちだけだよ。ローザさんは助手席じゃなくていいの?」
前のドアを開けて手で誘導するヘンゼルの仕草にロザリタは一瞬目を細めたが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべると丁寧にこれを断った。
「お気遣いありがとうございます。しかし、専属メイドは常に主人の隣に在るものです。」
ヘンゼルは自分の気遣いを断られたことで気分を害するそぶりも見せず、パタムとさっさとドアを閉めて自分から先に車に乗り込んだ。
「そっ。じゃあ、後ろに三人で乗ろっか。僕が奥に乗るね。」
ロザリタはにっこり笑い、モンタナを挟んで反対の席に乗り込んだ。
「えぇ、構いません。」
発進すると共に振動が伝わり、十分と経たずに目的地へ到着した。車内での会話はなかったため大変静かなドライブであった。
短かったとはいえ、少しでも外の景色を眺められたのは良かったなぁ。久しぶりにここがアジアで南国だってことを思い出したよ。
家の中じゃロシア人の遊撃隊とかルーマニア人の双子とかヒスパニック系のロザリタとか…白人しかいないもんな。ベースが純日本人の俺しかアジア系が居ないというチグハグ具合は中々ファニーだぜ。
到着したのは一見ホテルに見える、その実は頑強な要塞でありロアナプラでの
…しかし、それにしても時候の挨拶とは。何をするんだろうねぇ?
ソーヤーちゃんとウィザード君が来てから、唐突に何もすることが無くなっちゃって何してるのかサッパリわかんないんだよね。ソフィーにも聞いたりするけど、彼女は仕事を家の中に持ち込まない主義だし。ローザはそもそも俺以外に興味ないし。
…あれ?俺ハブられてる?えっ…そ、そういうこと?ここまで来て?
いやいやいや…流石にナイワー。だってソフィーとも毎晩一緒に寝てるもん。マンネリとは無縁の筈…。
途端に不安になって来た。今日は真面目にやらなくちゃ…。
「モニター越しにこうしてご覧になるのは初めてですね。しかし、それにしてもどうしても謁見を求めるとは…何事でしょうか?」
ローザの疑問に?が浮かんだ。確かにわざわざ挨拶なんぞをするためだけに俺に会いに来るもんかな。ましてやソフィーではなく俺に直接…なんだろう。
疑問が浮かんだが今はどうでもいいや。ウィザード君とソーヤーちゃんが上手くやるさ。俺は口出ししないことを心に誓ってモニター前のソファに座った。
中継された映像は様々な画角から撮られていた。モニター室のことを知っているものは極少数だが、それでも知っている者は居る。中には…そう、ウィザード君のような役者もいて当然だろう。
「ヨク来たな!無知蒙昧ヲ克服セし、信仰の子らヨ!!我が名は光と闇の調停者ニシテ生粋のウィザード…霊王ボードゥアンである!!」
「ほ、北米大陸南部より頭目三名参りましてございますッ!!」
「ウウぅぅムぅ!!くるしうナァいッ!休めぃッ!!」
「ははぁ!」
「と、ところで
「なに?貴様は我ガ不服と申すか?」
「い、いえ!とんでもございません!事前に伺いましたところ、
「んん?アレ?…なんかシナリオと違うンダケド…。」
「え?シナリオ?」
「あっ!い、イヤ、何でも、ナンデもないのだ!さぁ、そなた等のハナシを聴コウではナイか!」
「は、はぁ…それでは……。」
…役者だのぉ。いや、凄いわウィザード君。どんだけ練習したんだろう。キレッキレのポージングに、ソーヤーちゃんプレゼンツの愛嬌と冷酷の共存した声といい…う~ん、この。
ただなぁ…シナリオライターは誰なのかな?
解り切っていることだが、多分脚本家は俺のこと1mmも知らないんじゃないかな。ファンらしいけど…いや、う~ん…なんだろう、この絶妙にコレジャナイ感。でもソフィーもローザもこれでGOサイン押してる訳でしょ?大丈夫か?ウチの組織…。
…それにしても、なんでこいつらは事前情報でソフィーが来るって知ってたのに、態々俺に謁見しに来たんだ?
俺は違和感を感じたので、隣で同じモニターを見ていたローザの顔に仮面で覆った顔を寄せた。
「旦那様?いかがなされましたか?」
気がついて意識を俺に向けたローザに、俺はつい先ほど俺が来ないことを事前に知っていたと言う男のことを指差した。
「あぁ、あの方は北米支部のとりまとめ役です。出身はロシアのKGBですね。アメリカでの諜報経験が豊富なこともあり、現地の支持を受けて今のポストに座りました。アメリカのロシアンマフィアにも強い影響力を持っていて、その点も含めてバラライカさんとは競う仲だそうです。」
別にこの人を疑う訳じゃない。ただ、なら一人でくればいいものを…なんだ、なんか仕出かす気か?疑心暗鬼が過ぎる気がしなくもないが。疑うだけならタダだ。
俺は指で画面の中の北米支部の左右に控える同伴者を次に指差した。すると、ローザはヘンゼルに資料を、グレーテルにソーヤーとウィザードの護衛へ警戒の通達を任せた。
「持ってきたよ。はい、今日の同席者の名簿とそのプロフィールがまとめてある。」
「ありがとうございます。今回の訪問者は三名…此処迄はあっていますね。」
画面の向こうで定時連絡が冗長にも続く中、暫くしてヘンゼルが紙媒体の資料を抱えて戻って来た。