余生はロアナプラで   作:ヤン・デ・レェ

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スパイマスター

自由になった俺は世界各地を回った。俺には言葉も、金も、権力もなく唯一絶対的な暴力だけが頼りだった。

 

俺の新しいからだは二十歳を迎えたのを境に完全に成長が止まった。外見の成長もほぼ完全に停止し、絶頂期の肉体を補完する機能が正常に働いていることが確認された。俺は成熟した外見を手に入れたことを契機に、新たな人生の出発地を探して旅に出た。

 

そして一か月飲まず食わずでドイツからシベリアまでをマラソンし、太平洋を泳いで横断してアメリカに上陸した。

 

俺は言葉を話せないという難点を抱えながらもアメリカでの仕事を探した。そしてその機会は突然やって来たのだ。

 

第二次世界大戦である。

 

 

 

俺は結局殺人マシーンとして余りにも優秀過ぎたのだ。開戦後、間もなく民間の協力者という扱いで諜報員として抜擢された俺はイギリス、ドイツ、ロシアに対しての三重スパイとして送り込まれた。

 

三国を行き来し、優秀なヒットマン兼優秀な諜報員として要人からの信用を得てまとめた情報を本国アメリカに送った。

 

そして一年間の任期を経て俺は正式に四か国の情報部からスカウトを受け、これ等全てに就任した。肩書を並べればこうなる。

 

アメリカ合衆国戦略情報局所属陸軍特務少佐、イギリス秘密情報部所属特務中尉、ドイツ国防軍防諜部所属特務大佐、ロシア連邦軍参謀本部情報総局第二局所属陸軍中佐である。

 

 

 

俺は終戦までの全期間において可能な限りの自身の権限の拡大と徹底的な情報収集に努めた。全ては戦後世界で生き残るための苦肉の策であり、各国に深く自身の根を張り巡らせるための手段に過ぎなかった。

 

軍に限らず、東欧のパルチザンであれ、スペインの反政府勢力であれ、フランスの自由主義者たちであれ俺は俺の利益になり得ると判断した個人や組織に対して自身の持ち得る最大限の支援を行った。

 

それは情報であれ、物資であれ、暗殺であれ文字通りなんでも熟して見せた。

 

替えの効かない究極の人材。それこそが俺が自分自身に求めた商品価値であり、紛れもなく有効な生存戦略だった。

 

 

戦争が佳境を迎える頃、遂に俺にも日本に対する最終工作の為の任務が与えられた。

 

既にこの時、俺はスペインのフランコ政府とゲシュタポに加えてイタリアのSIMとユダヤ人コミュニティにも籍を置いており、つい先日も中国共産党の中国人民解放軍の政治部に籍を置いたばかりであった。

 

一日に一千キロを走破し、カジキ並みの速度で泳ぐ自身の能力を以てしても海を越えて日本に入国することは時間的にも物理的にも困難な状況であった。

 

しかし、俺には自分の価値を減退せしめ得る可能性を少しでも残すことなど我慢できなかった。

 

無理は承知で電報や仲介人を最大限に活用しつつ、俺は時に自力で日本海を往復し、時には飛行機を乗り捨てて日本での工作任務に取り掛かった。

 

 

潜入から一か月で内務省警保局に特別協力者として籍を置くことに成功した俺はその後、日本にとって有益な情報を齎す凄腕の情報将校として実績を積み上げ、尚且つアメリカ優位に戦局をゆっくりと傾けさせるために現地工作員の獲得と政府内要人との信頼関係の構築を急いだ。

 

そして1945年に入り、戦争は連合国側の勝利で確定した。

 

イタリアの降伏とドイツ第三帝国の崩壊と共に俺は両国内での工作を貫徹した上で自身に関する全記録を抹消、ゲーレン機関の引き渡しをアメリカ合衆国の政治・情報将校として主導しつつ、ナチスの核開発計画に関わった科学者の獲得計画をソヴィエト連邦の政治・情報将校として同時並行で主導した。

 

戦後世界での没落が決定的なことは一目瞭然だったため、現地の人脈と各種物資調達の為の拠点を遺して俺はイギリスからほぼ完全に手を引いた。

 

 

ヨーロッパでの後始末を時に現地で、時に日本と中国大陸の双方から秘匿無線を介して差配しつつ、俺はアジア・太平洋での最後の大仕上げを実行に移した。

 

俺は先ず戦後におけるアメリカ優位の確立の為に原子爆弾の投下計画に参画しつつ、中華民国に対する要人殺戮任務を断行した。

 

そして、連合国側の任務が完全に軌道に乗り、尚且つ中国共産党が優勢になるのを見計らって大日本帝国最高の情報将校としての任務に取り掛かった。

 

 

俺にとって、非人道的な実験や無用の殺戮こそが絶対的な敵であることに変わりはない。

 

故に、俺は欧州戦線ではユダヤ人救済事業にゲシュタポの情報網を利用してアメリカで量産した偽造パスポートをばら撒きつつ、ユダヤ人を輸送する鉄道ダイヤ攪乱工作で発生した遅延や手違いを利用して現地協力者の先導の下で国外に安全に退去させた。無論全員を掬い上げることなどできなかったが、代わりに収容所には記録の隠蔽のための余裕を与えぬ様にソヴィエトの最先遣師団をここぞとばかりに派遣させた。

 

無論、収容所の将校や兵士に対しては捕殺指令を添えた。この作戦では収容所が全て重要拠点として参謀本部の誰かが誤植した作戦地図に基づいて行動されているため、他局で尚且つ当時本国にいなかったというアリバイのある俺には何の瑕疵も発生しない。

 

 

 

日本における最後の仕事、それは原爆の都市に対する直接使用を断固阻止することだった。

 

 

 

俺は当日、広島に飛び現地の航空隊に所属する兵士を拘束し飛行服と身分証を獲得、自分自身が参画して作成された原爆投下計画を脳内でシミュレートしつつ、定時を確認後偽造した司令部からの偵察命令書を提示して局地戦闘機を鹵獲し之に乗り込んだ。似島から百キロ圏内に入る時刻に離陸し、一路エノラ・ゲイへと向けて発進した。

 

俺はエノラ・ゲイの機影を補足すると同時に機銃を掃射。そのまま一直線に突撃し之を撃墜することに成功した。

 

撃墜の最中、眩い閃光と共に原爆が炸裂した。

 

この爆発で俺は生まれて初めて半身に大火傷を負ったが、そのまま数キロ圏内の似島まで泳いで到達し、島内に秘匿して置いた装備を回収し、秘匿無線を通じてアメリカ政府名義で新型爆弾の示威的な使用を大本営に向けて打診した。

 

その上でアメリカ政府に向けて日本が新型爆弾を輸送中のエノラ・ゲイを撃墜したことと結果論的に新型爆弾の示威的使用に成功したことを喧伝することで作戦の失敗を隠蔽するように仕向けた。

 

未だ求心力が盤石とは呼べないトルーマン政権内の閣僚をスキャンダルの暴露を材料に抱き込んでこの動きを促進させつつ、俺は長崎に向けて再び海へ飛び込み泳ぎ出した。

 

 

約二日で長崎に到着した俺はアメリカ本国から作戦の断行が大統領令で出されたことを確認し、現地の航空基地から至急東京に戻るためと偽り機体を鹵獲、翌日これに搭乗してボックスカーをエノラ・ゲイと同様に撃墜した。

 

この時、この身に二発目の原子爆弾を受けた。俺は全裸で全身に大やけどを負っていたが海面に墜落した瞬間から泳ぎ出した。

 

 

その後三日かけて身一つで海を越え山を越え真直ぐ東京の大本営へ帰還。原子爆弾の威力を実際の三倍に誇張した上で実際にアメリカが投下する予定の弾数を記載した報告書を提出させた。

 

 

 

無論、アメリカは当初から原子爆弾の示威的な使用を第一段階として踏み切ったのであり、日本軍機によるB29の撃墜などという事実は存在を許さなかった。

 

 

 

俺は秘匿無線を通じてソヴィエト連邦の中枢に対してアメリカ合衆国による原爆使用の報告を上げ、これに加えて極東軍内部での政治的不和への危惧を報告した。

 

後者に関しては無論「真っ赤な」嘘である。

 

使用した無線を完全に破壊した上で、その隣の無線に電源を入れて今度は極東軍中枢に対してクレムリンによる疑惑の目がそちらに向いているという情報を送信した。

 

こっちは事実であるため、普通に恩を売りつけた。

 

数日間でもソヴィエトを牽制したことにより、極東軍が北方領土を占領したのは日本人の避難がほぼ完了してからで済んだようだ。

 

占領後の地獄を軽減する為にベルリンに入城するまでのソヴィエト軍の兵站を健全に維持・運営するより遥かに簡単な作業であった。

 

 

 

間もなく日本は無条件降伏を決意、実際には存在しない第二段階における東京に対する原子爆弾飽和爆撃計画に慄いた閣僚と天皇による聖断によって終戦の詔勅の作成が開始された。

 

俺はその陰で暗躍する阿南陸軍大臣を割腹自殺に見せかけて詔勅の完成と同時に抹殺、神輿を失った青年将校に対して阿南の死を秘匿した状態で招集をかけた。

 

そして、馳せ参じた血気盛んな十数名の青年将校をその場で全員射殺した。彼らの死は戦争を敗北へと導いた責任に耐えかねての集団自殺として処理させた。一応は英雄として処遇されるだろう。

 

 

 

1945年8月15日、俺はここにきて初めて穏やかな朝を迎え、日本は恙なく無条件降伏。

 

 

 

こうして俺の第二次世界大戦は終わった。この肉体を以てしても消えない傷を全身に負ってしまったが俺には放射線など効かぬし、何より最後まで列強を出し抜いてやったことに達成感を感じていた。戦争では随分こき使われた俺だったがお陰でコネと金と弱みを握ることが出来た上に、棺一杯分の勲章の山と戦勝国での安楽椅子を手に入れたのだからこれまでの生存戦略は概ね完璧と呼んで差し支えないだろう。

 

これからは平穏な世界で夢にまで見た楽老後が待っている。俺は自分の平穏に満ちた将来へと想いを馳せた。

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