畢竟、出る杭は打たれるのである。
第二次世界大戦を戦い抜き、全方面に対して隠しきれない恩を売ることに成功した俺だったが、安泰な老後の代わりに待ち受けていたのは東西冷戦だった。東西両政府から俺に指令が下る。内容は同じ。
<敵、核施設を事故に見せかけ破壊せよ>
…F〇CK!!
こうして俺の二度目の…第一次世界大戦後の「掃除」も含めれば三度目の大立ち回りが始まった。
二週間ほどで両国の核施設を事故に見せかけて破壊した俺は新兵器でHQに報告書を書いていた。重いうえに操作が複雑…使い勝手が最悪なことを除けば気に入っている。
言葉を話すことのできない俺にとって携帯できる通信機器、特に文章での遠距離情報送信機能は革新的な発明だった。あれこれ手話やらボディランゲージや筆談を通じての会話よりもよほど正確に相手との意思疎通が可能だったからだ。
端末に頼りつつ、一週間の内の半分をアメリカで。もう半分をソヴィエトで過ごす日々が続いた。潜入の糸口?戦後まもなく改変されたCIAとKGBに現職で籍を置いていた俺にはなんてことはなかった。おまけに、このころから俺は自分の顔をマスクで覆い始めたから俺の顔を知る奴は居ない。協力者や内通者にも同じマスクを着用させ、俺が複数人いる様に見せかけることも忘れない。ただ難点は、金属製のマスクは蒸れやすいってことだ。
朝起きて、コーヒーを飲んで、情報を抜いて送信、昼飯食って、昼寝して、スパイを掃除して、コーヒー飲んで、情報抜いて送信、夕飯食って、酒飲んで、捕虜の尋問して、葉巻吸って、捕虜の掃除して、風呂入って、夜食食って、コーヒー飲んでから、アメリカなら次はソヴィエトにソヴィエトなら次はアメリカに向かう。飛行機だったり、船だったり。走って泳いで渡ったり。一か月あたりの睡眠時間は多く見積もっても一時間を切る。お陰で暴れ放題だった。独壇場でのんびりと内勤と同業者狩りに徹しつつ、このルーティーンが数年続いた。余りにも変わり映えしないもんだから、流石に俺も退屈だった。
だが、安心しろ。いや、安心できない内容だが。
散々世間様は冷たい戦争だと騒いでいたが、その実は熱々も熱々だった。ただ、アメリカとソヴィエトの目と鼻の先で戦闘が無かっただけでな。
戦場が生まれれば、今度こそ俺の様な生ける人命芝刈り機の出番である。もうこの時は酷かったぞ…戦場と言う戦場に投入された。のんびりした感じとは永遠におさらばである。朝から晩まで戦闘である。シフト満杯のアルバイトじゃあないんだぞ?隣の部署にコーヒーを運ぶのと同じ感覚で俺を隣の戦場に送り込むんじゃねえ。聞いてんのか!?SOCOMゥ!お前のことやぞ!?隣の戦場て…最寄りの戦場が百キロ離れてるんだぞ?
偶にはこんなトラブルも生じる。超やり手のエージェント複数名の中身が全て同一人物(俺)だと知らない、CIAの事務員や会計士諸君に罪はない。俺が戦闘支援任務が複数被らないように、籍ごとに遂行する作戦地域を離した先でも紛争が起きたという特殊な事情だったから仕方ないさ。
一度火が付けば、戦場はすぐにあちこちで現れた。有名どころはべトナム、アフガンあたりだが、とにかくあの時代は代理戦争と革命の見本市だった。おかげで武器商人どもが儲かること儲かること…かくいう俺もかなり儲けさせてもらった。暇すぎて始めた商売がノリに乗ってくれたのさ。超大国の裏と表の中枢どっちにもパイプがあったからな。謂わば老後の資金調達の為に本格的に動くことに決めたんだ。
ただし、俺にもルールがある。女と子供は殺さない。非人道的な兵器はさりげなく嫌いなヤツの元に送りつけてやる。ただし信管抜きでな。…俺は二度と痛い思いも苦しい思いも寒い思いもしたくない。そしていつの日にか、俺の命を自由にできると勘違いしている奴らに思い知らせてやるのだ。お前たちは他人の命を自由にできる側じゃないんだとな、お前たちはあくまでも俺に生かされているから生きていられるんだ、と。俺は自分が気に食わないヤツは一人として生かしておくつもりはない。何時の日か、誰も俺の命を脅かすことが許されないようにしてやるのだ。そのためにも金もコネも、いくらあっても十分じゃない。
今のオレに出来ることと言えば暗殺くらいだが、お手並みが鮮やか過ぎてすぐバレかねないからな。今は瀕死の反政府勢力を活気づけさせたりと、独裁者に片っ端から嫌がらせすることくらいしかできない。
だがまあ、ふふふ…寝てる間にベッドの中に生きてるゴキブリを小隊単位で送り込まれる気分はどうだ?最高だろ?ついでにお前たちのプライベートの濡れ場を盗撮して世界中にばら撒いてやった。そのうちアメリカとソ連のテレビ局をジャックして秘密回線から独裁者の短小を世界中のお茶の間に放送してやる。喜べ、本編ではトイレと風呂のシーンも含まれてるからお得だ。おまけに無修正な上に顔出しだぞ。こっちはその手の闇ビデオだと思って注文した世界中の変態カスタマー共に送り付けてやった。
カスタマーサポートをパンクさせ、世界中の変態共に人類の底辺種のサービスカットをお届けするのだ。スナッフフィルムだと思って再生したが最後、どんな端末でも独裁者の恥部を全編ノーカットで見終わるまでビデオプレーヤーが解放されないように細工してある。解放されたとしても、以後そのビデオプレーヤーを使うたびに毎分数百カットのおっさんの裸が半永久的に放送されるようになる。使い続けていれば最後、サブリミナル効果で無意識のうちにおっさんの裸でしか欲情できなくなるのだ。世界中の過激な変態共を全てガチホモに統一させた世界初のドッキリ番組として後世に語り継がれる日も近いな。
恐怖で慄くあちこちの独裁者を嘲笑しつつ、俺はアメリカとソ連内部での主導権闘争を戦っていた。前者は連邦調査局長官と俺をクサイと勘づいてる議員連中が相手だ。
武器や兵器をツテのある軍高官から売ってもらうんだ。売って貰った瞬間からそいつの弱みは握ったも同然。元より俺に喧嘩を売ろうなんて馬鹿はアメリカじゃFBI長官くらいなもんさ。「奴はスパイだ!」と議会警護中の俺に向かって言い放った時は流石に殺してやろうかと思った…ま、今頃はしょーもない罪で48時間の拘禁にでもあってるんじゃないか?俺がスパイだってことはあながち嘘じゃないからな。
だが、嘘も百回言えば本当になるように、百回札束で殴って大人しくなればよし、ならなかったら土に還ってもらうだけだ。流石に今すぐ長官が居なくなると悪いからな、今回は「ヤツはロリペドのホモ野郎だ!」くらいで勘弁してやる。罪状は飲酒運転と猥褻行為にしとくか…。飲酒はアルコールを気化したやつをじっくり吹きかけてやるとして、そこらで雇った低身長の女優をけしかけてやるか…ま、これも嫌がらせの一環だな。俺に手を出すのが嫌になるまで気長に続けてやるさ。
アメリカでのそこそこ地味なけなし合いも面倒くさいが、ソヴィエトも大概だな…こっちの敵は俺が活躍しすぎたせいで旨い汁をすすれなかった党幹部共、それから俺の存在が邪魔になって来た軍とKGBの上層部共だ。こっちの方が現実的に対処するのが大変だな。前線からの支持を受けているのがいい塩梅に今更響いてきたな。第二次世界大戦や紛争地での部隊支援任務で前線部隊に恩を売りすぎたせいで、回りまわって更に上を狙う連中に俺は目を付けられたという訳だ。
全体的に俺の状況が渋くなる一方で、冷戦の状況も渋くなる一方だった。
アメリカもソヴィエトも正直なところでは矛を収めたがってる。それは痛いほどよくわかった。よくわかったのだが、それでも俺に相手国の核関連施設の妨害やら破壊を頼むと言う事は、よほど核が怖いらしい。俺もその怖さは文字通りこの身をもって学んでいるから同意するが、それとこれとは別である。
俺の完全無欠の肉体を以てしても、全身大火傷が免れなかった兵器である。呼吸器どころか腸壁迄焼かれたせいで、何度となく軍医に解剖されかけた。その軍医にはシベリアへの単身赴任を命じた。二度も重症を負った所為で、表面装甲部分はあらかた消し飛んでいると考えた方が良いだろう。数十年の活動期間でメンテナンスを一度もしてこれなかったから尚更、完成した当初と比較すれば格段に防御性能は落ちている。水爆なら…二発も保てばいいほうか…。
何度も壊されたんじゃどれだけ事故に見せかけても、流石に破壊工作を疑わざるをえまい。核施設への単独潜入にもそろそろ無理が生じそうだった。肉体表面の超硬化処理層の剥離消失以外は現状何も問題はないが、それだっていつまでもつのかわからない。俺は今更ながらに自分自身の肉体の限界を見極めながら行動しなければいけなくなったのだ。
そして、俺は何度目かの任務成功の報告を両国に向けて打診してから思った。
今更気づいた、この仕事、割に合わない。
割に合わなければ迷いなく切り捨てるべきだ。すくなくとも俺はその通りに行動した。
その日のうちにさりげなく、俺本人ではなく、アメリカとソ連の各所に置かれたネームプレートだけの俺の籍が実はスパイのものだった、と頑張ればわかる感じでセルフ密告文書を各所に投函した。それから数日後に厳しい内部調査が行われ、俺は籍だけが存在しており任務実績が実在しなかったという扱いになった。予想以上にうまく生き過ぎて怖いくらいだった。
ものの三日で邪魔な自分を抹消することに成功した俺は表の舞台から退場することを決意。これ以降、俺は所謂「伝説の傭兵」とか「必殺のヒットマン」などと呼ばれて、俺だと気づかない古巣から割のいい仕事を貰いつつ、武器の密売や横流し、医療用大麻の販売網の構築と掌握、東西密貿易の独占、民間軍事会社の設立などで荒稼ぎを始めた。
ここまでは順調だった。グレーの微妙なラインで慎重に商売してたからな。グレーはグレーでも俺は元ラングレーだけどな!
…ここは笑うとこだ。
ただ、問題が発生したのはここからだ。
いつの間にか俺は個人事業主から株主総会の筆頭株主扱いになっていたらしいのだ。
わかりやすく説明するとこうなる。もともと従業員俺、代表取締役俺のワンマン商社だったはずの俺の稼業が、俺の知らないうちに俺の名義で拡大され、あまつさえ俺を頂点とした厳格なヒエラルキーを構築しており、俺が気づいた時には勝手に作られたフロント企業が上場してカルテルを形成し、裏では武器密輸、麻薬などなど各種シンジケートまで形成していたって訳だ。本社所在地は俺の見間違えじゃなけりゃイスラエルになってるし、PRした覚えが無い第二次大戦時の俺の功績が詳らかに刻まれた記念碑まで立てやがった。ゴールドブックにも誰に教えた覚えもない俺の本名「モンタナ」で登録されていた。
そんで、その株主総会が開かれる段になって初めて、この騒動を起こしやがったホームラン級の馬鹿が俺を公式発表の代表取締役社長兼会長として招待しやがったのである。
俺を知っている時点でおかしいし、よりにもよって俺に気取られずにここまで成し遂げやがった輩も十分におかしい。明晰な頭脳を以てしても、俺の記憶の中に該当しそうな輩は存在しない。妻子持ち以外は全員始末したはずだ。いよいよ弱った俺は、潔くこの総会にいつもの鉄仮面を着用して出席することにした。俺を出し抜いた犯人をこの目で確認してやろうと思ったのだ。そしてあわよくばその場で…。
と、その前に俺を社長やら会長やらに据えておくからには相応のリターンが俺の口座にも入っているんだろうな?と、そんな遊び心半分で会場へと向かう直前に俺は最寄りの銀行で口座の確認作業を行った。そんな殊勝な奴がいるわけないと思いつつ、覗けばびっくり俺の知らない金がいくつかの隠し口座に振り込まれていた。
えぇ…(困惑)。これはキモイ。
流石にこれには俺も驚いた。そして俺は思った。切実にこんなふざけた真似をした奴の顔を拝みたくなったのである。ご丁寧に俺のいるセーフハウスにまで黒のセダンを寄こしてきやがった、殊勝な心掛けの犯人の手の平で踊る自分に落胆しつつ。俺は素直に犯人が待ち受けているであろう式典の会場、現在滞在中のモスクワ最大の巨大ホテルへと向かった。