向かった先では軍事エクスポかと勘違うくらい大量の銃火器や装甲車両が所狭しと規制線を張っていた。
防弾セダンや防弾大型バンなんかがあちこちで停車しており、何故なのか疑問に思うのを忘れるくらいに警察の姿が無い。司法官憲どうした?熱出したのか?
マジでなにごとだよ…。
俺は早速この事態を引き起こしたであろう相手への警戒を強めた。
カラシニコフ自動小銃にバラクラバ、防弾ベストにタクティカルヘルメット…ここが戦地なのかと一瞬自分の所在地を疑うレベルの完全武装の屈強な兵士が二人、「入口らしき」所に歩哨として立っていた。目元は白く瞳は青い…白人か。身長の高さもかなりのものだ。おまけに…俺をここまで運んできた車だって、ありゃ党幹部の連中が乗ってたZIL社製の奴じゃなかったか?
嫌ぁ~な予感がビンビンだったが今更騒いでも仕方ない。潔く目の前の現実を観察することにした。
俺が「入口らしき」と言ったのは、俺が最後にここに来た時には目の前の地下司令部のドアみたいに重厚な分厚い鉄製のドアは存在しなかったからだ。確かうっすいガラス張りのドアだったはず…。俺の困惑と警戒は加速する。
そして、俺たちが入口の前まで来たところで先ほどの二人の兵士の手によって正面のドアが開かれた。
ドアの向こうから現れたのは金髪の若い女だった。いや、この時点で既に「お前、誰だよ」なんだが、こっからは更に怒涛だった。
「ようこそおいで下さいました。本当に、お久しぶりです…同志"サヴィルシェーンヌイ"閣下。このような、このような場に実際に来て頂けるなんてッ…感無量ですっ!さあ、こちらへ!私が謹んでご案内させていただきます!」
顔に酷い火傷の跡がある女は、あろうことか「死んだ」ことになっている俺の名前を呼んだのである。言葉もロシア語だ…因みにどんな言語でも操れる俺だが、キリル文字の筆談は疲れるので極力「察して」貰う方針だ。出来ればゆっくり筆談するか、察して欲しい。手話も正直相手に知識が無いと難しいのでご勘弁だな。
ソヴィエト勤務時代に使った無数の籍、その中でも最も古くから最も長く使い続けて来たコードネーム「サヴィルシェーンヌイ」…意味は「完全無欠」だ。
この女…どうして俺の名を知ってる…つい先日、抹消したばかりの俺の名を…。
俺は警戒心がマックスになった時点で反射的に懐の銃を抜きそうになったが、相手が女だというのを思い出して撃たなかった。…今思えば、この時の判断が俺の更なる苦労を生んだのだと断言できる。…女を撃たなかったことに対する後悔は存在しないが…。ああ、この時の内に誤解を解くことが出来れば、それさえできればどれだけよかったか…。後悔先に立たず、だな。
「貴方の"御下命通り"に、我々は"来るべき日"に備えて着々と"準備"を進めてまいりました。貴方が突然身を隠されてからは…僭越ながら私が貴方からの"預言"を代弁し、"戦士"たちを指導してきましたが…それも貴方が"帰還"された今日までです。」
俺の疑問になど気づかないまま、女は意味不明なことを矢継ぎ早に俺に語った。興奮で終始瞳孔が開いており、正直怖かった。なんなん?本当に君さあ、なんなん?俺、そもそも君に何か頼んだ記憶ないんだが、それとも何か?俺は俺が気づかぬ内に君の夢枕に立っていて、それでその"預言"とやらに感化された口か?えぇ?
いや、そうだとしてもなんなんだよその熱狂ぶりはよぉ…夢の中で俺に何を吹き込まれたんだよ。というか、そもそも俺は喋れないんだぞ?どうやって伝えたのさ!手話か?筆談か?
「長かった…しかし、今日この記念すべき日に貴方と再会することができた、それだけで私は何の疑いもなくこれからも同志閣下の為にこの身の全てを捧げることが出来ます。」
しみじみと語る女をじっくりと見つめる。…いや、やっぱり全然記憶にないよ。いや、ホントにさ、誰なのさ、君ねぇ?一筋涙を零すとか…グッとくるじゃねえか!やめろ!いや、どういう状況だよ。終始無言で女の後を追うしかない自分の無力に俺も涙が出そうだよ…。
「さぁ…こちらへ、ここまで集めるのには少々苦労しましたが、皆も今日のこの日を待っていたのです。どうか、貴方の忠実な"戦士"達に、信徒として初めて"神"の姿に見える栄誉をお与えください。」
は!?
"信徒"!?
"神"!?
おいおい、いよいよヤべぇことになったぞこりは…。俺はいつの間にか神になってたのか…じゃあ、君は、あれか?ジャンヌ・ダルクか?燃え尽きなかった方のジャンヌ・ダルクだったりするのかね?
誰も俺の心の叫びに答えてくれないまま。結局、弱い俺は女の圧に負けて頷いてしまった。その瞬間に女の瞳孔が開き切り、たぶん満面の笑みであろう邪悪な花が咲き誇りそうな笑顔でいつの間にか握っているマイクに何事か話しかけた。そして目の前が垂れ幕だったことに今更ながらに気づく。
嫌な予感がする。冷や汗一筋。
次の瞬間、眩いライトアップが俺に一点集中した。眼下には無数の人人人。武装してるやつ。見覚えのあるオリガルヒやら、政府関係者もさらっと見ただけでかなりいたぞ…おいおい、もうココ完全に大丈夫じゃない場所だろ…。
俺はもう気が気じゃなかった。だって、皆が揃いもそろってクリスマスが待ちきれない子供の様な、念願のスーパースターと会った時の様な…とにかく尋常じゃない熱気を放っていたんだからな。こっちまでオカシな気分になりそうだ。
「同志閣下、是非、何か一言をいただければ。」
女に言われて何か言おうとして、声が出ないのを思い出す。女の方を見ると、そこにはさっきの笑みのままペンと紙を俺に差し出す姿が…。何を書けっていうんだよ!?
もはやヤケクソである。俺はソヴィエト連邦での情報・政治将校時代に培ったテクニックを最大限に生かして、要約すれば三つの事を書いて女に渡した。
三つのことは要するに…
「ファシストはクソだッ!」
「腐敗したソヴィエトはクソだッ!」
「今のアメリカは差別と紛争の温床になっている!つまりクソだッ!」
である。
なんか女から危険なレベルの恍惚とした熱視線を向けられたが無視した。女は危ない目のまま紙を読み上げると、懐からいきなりスチェッキン拳銃を取り出した。
あ、俺もスチェッキンなら消音リボルバーを愛用してるぜ?お揃いだな!って違う、そこじゃない。
おいおい!なんだ、今更ながら俺を殺す気かよ!俺はお前を殺さないけど、怪我くらいは覚悟しろよ?
そう思ったのもつかの間、女がマイクに向かって二言ほど話した瞬間。会場中の人々も各々が持参した銃を構え、銃口を天に向け始めた。俺の中で遂に第六感が発動。あ、これはやばいな。
突然ゆっくりと動く視界の端で、女の声が響いた。
「この弾丸を"我々の国家"建国の祝砲とする。」
乾いた発砲音に続いて、一斉に場内全ての銃が天に向かって火を噴いた。
「Уллaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!」
ファッーーーーーーーーー!?(狂乱)
完全狂乱状態の一同にドン引きした俺は、現実逃避の為に手元の紙とペンで、俺の隣で不敵に微笑んでいる女に名前を問うた。そっ、そうだよ、こりゃなんかの悪い夢だ。多分あれだな、放送コード超過の無修正映像を流した俺に腹を立てたテレビ局とPTAの連中が仕掛けたドッキリかなんかだ。そうだ、そうに決まってる!
だから、きっと俺の目の前のジャンヌ・ダルクだって、実はテレビが雇った女優だろう?
「改めて自己紹介を、私の名はソーフィヤ・イリーノスカヤ・パブロヴナ…あの日、貴方が降臨し支配した戦場で命を拾い、この世の真理と我が身に宿る使命に目覚めた、貴方様の忠実なる一の使徒を自認する者でございます。どうぞ、今後は「ソフィー」と、或いは…「バラライカ」とでもお呼びください。文字通りの我が身のすべてを、貴方に捧げます。」
う…嘘だ…おれは、俺は絶対に信じないぞ!!戦場とか使徒とか聞こえたけど、絶っっっ対に空耳だ!ほら、きっとその傷だって特殊メイクなんだろ?ああ、なつかしーなー!俺も変装するときはよく自分でやったよー!
「ふふふ…私のカラダにご興味がおありなのですか?いいですとも、私にとっては寧ろ祝福のようなもの。栄誉に震えることはあっても、貴方様を拒むことなどあり得ませんわ?それとも、このキズはお気に召しませんでしたか?やはり、綺麗な顔の方がお好みなのでしょうか?」
混乱の極致にあった俺が勝手に顔を触っても、女は身じろぎ一つしなかった。それどころか心底恍惚とした表情で伸ばされた俺の腕を捕まえて、自分からもっと触れと言わんばかりに身を寄せる始末だ。女の不安げな顔に「いいや、俺の方が傷だらけだから気にするな」という意味を込めて首を振る。
「お優しいのですね。ですが、私はいつでもお声がかかるのを待っております。そんな、傷物の女の方が好みだなんて…私も、貴方の様に戦場をそのまま人のカラダに押し込んだような男性が…好みですわ。」
壮絶なすれ違いを察知したが敢えて無視した。今この場で誤解を解いても最早時すでに遅し、だからだ。
顔や頬を触って分かった。いや、これはホンマもんですわ。あと、名前聞いて思ったことがある…それは……
……ぃいいい、いやいやいやッ!?けっきょく、誰だよ、お前ぇ!?
こうして、俺はそれまでの絶妙なラインでのほどほど平穏な生活を捨てざるを得なくなり。
この日から、俺の裏も表もALL BLACKな人生が誠に不本意ながらも開幕したのであった。
・モンタナ
…主人公。マジもんのゲルマン製の生体サイボーグ。心優しき殺戮マシーンであり、平穏をこよなく愛する24時間稼働する戦略兵器。核兵器でも死ねなかったが、ヒロシマとナガサキに投下されるはずだった二発を至近距離で受け止めたため、全身の実に14割(内臓四割)に火傷を負った。それでも今では元気百倍で後遺症も皆無なので人間は辞めている。体表面の超硬質化処理層が蒸発または剥離した以外は生産時のままの状態。寿命の概念はほぼないので外見は20代のままだが、メンテナンスをしていない上に完全なロストテクノロジーによりメンテナンスは不可。その生命活動には常に不安が伴う。自身の幼少期の苦痛を決して忘れず、非人道的な兵器や政策には尋常じゃない拒絶反応を示す。また、女性と子供への不逞も断じて許さず、戦地でそのような状況を発見した際には下手人を一人残らず素手で10cmこま切れに解体し、まとめて豚のエサにした。本人が頓着していないだけで、前線経験がある軍人や情報関係のエキスパート達からは、世界史に名を遺す大英雄として半ば神聖視されている。実在が疑問視される一方で、実際に彼の援護により命を救われたり、共に肩を並べて戦った兵士たちからは熱狂的な支持を古今問わず集めている。世界各地に狂信者を量産してきたが、彼自身にその意図は無い。また、火傷を隠すために鉄仮面を着用し始めたことにより、一時期から渾名が「ボードゥアン」「癩病王」に統一された。無論、本人の与り知らぬところで。要約するとヤバい人。
・ソーフィヤ・イリーノスカヤ・パブロヴナ
…通称「バラライカ」。第二次大戦中にモンタナが愛用した短機関銃の愛称をそのまま使用。「モンタナに使われたい」という願望がそこからは溢れている。アフガンで救援に来たヘリから、天高く一人飛び降りたモンタナを一目見た瞬間にロック・オン。文字通り降臨の光景が目に焼き付いて離れず、そのまま完全に彼のアブナイ方の追っかけになってしまった。若いのに随分とまぁ…。自分を彼の使徒だと自認しており、またモンタナは戦場を擬人化した存在だと考えており、戦場こそ倫理かつ秩序だと考える彼女が彼こそ神だと確信するまで時間はかからなかった。彼が消息を絶つと、数年間で彼のことを過去の隅々まで(出生や研究所での出来事を除く)を調べ上げ所在を掴むと、「同志」を募り瞬く間に組織化した。彼の預言…という名のモンタナが処分し忘れた「僕が考えたサイキョーの世界征服計画書」…を頼りに行動し、以後は計画書を忠実に履行し、もはや後戻りはできない段階である。計画書の最終的な敵が書かれていない時点でヤヴァイ欠陥計画書な訳だが、企図せずにモンタナが「ファシスト」と「腐敗したソヴィエト」と「増長しすぎたアメリカ」を敵に設定したことで事がより大事になった。おいおい、何てことしてくれるんだよ…。バラライカはモンタナに完全に惚れており、ただそれだけならよかったものの、その上で崇拝している為に質が悪い。拗らせすぎた余り、多分モンタナの「察してくれ」オーラを敏感に感じ取り、ほぼ確実に悪い方向で解釈して即行動に移すタイプ。モンタナの胃が荒れることはないが、トラブルの所為で少なくともモンタナを取り巻く世界は常にキューバ危機状態である。あと、とりあえず敵は死ぬ。要約するとヤバい人。