楽園を求めて
ここは東南アジア某国領内にある島。名前は島民の話では「ロアナプラ」というらしい。
みてくれこのクソ素晴らしい陽気を。つまり、クソ暑い。
だが、シベリアの冬よりもこっちの方がマシだった。
これまで家で寛ぐ時間の全てが冬だった俺にとって、南国の温暖な気候は魅力的だった。
俺はここを第二の拠点にしようと考えてる。というのも、俺はとても疲れていた。
約80年間…第一次世界大戦末期から第二次世界大戦、冷戦…とにかく俺は戦い続けて来た。ノンストップで。誰よりも敵を殺した。だれよりも味方を救った。
世界で一番暗殺完遂経験が豊富なのは俺だろう。頭一つ抜けてるはず。今後300年は抜かれない自信がある。
列強とだって一人で渡り合った。この世界に蔓延る俺の敵、クソ権力のエスタブリッシュメントやクソ独裁者にクソテロリスト共を徹底的に叩いてきた。アイツらを一番多く殺してきたのは
だが、好きなコトでも限度がある。飲みすぎ食べすぎが危険なのと一緒だ。俺にだって限界はある。
なぁ、見てくれよ今の世界を。異様な静けさに呑まれてやがる。
ソ連があっけなく崩壊して、革命と民主化が気づいたら終わってる。アフリカや南米の紛争も気がつけばどこの馬の骨ともしれない自称:武装NGOのホテル・モスクワのお陰で今や戦後復興に舵を切ってる。
中華では突然ケザワアズマ主席が豚に共食いされて死ぬ事件が発生して党内部の権力闘争が激化。お陰で粛清の混乱に託けて余所者も根を伸ばし放題だ。
アメリカだっててんてこ舞いで手が回ってない。フーヴァーも死に、ようやく大統領の権力が大統領に戻るかと思った矢先に軍産複合体崩壊の危機である。敵と味方が勝手に弱体化していく薄気味悪い紛争に嫌気が差した国民の意見を捻じ曲げることは、さすがのアメリカ資本主義もできなかった。あちこちで強制的に店終いがはじまり、米軍の撤兵が相次いだ。
ソヴィエト連邦が喪失した今、アメリカを脅かすものは現状国家の中にはいなかった。無用な出血だけを兵たちに強いることは、この段階で最早如何に理屈をこねくり回しても不可能になっていた。血を金に換える資本家たちの都合など、出血と重税を強いられる側の国民には至極どうでもいいことだからな。いっそ焼かれて然るべきレベルだ。
つい十年前まで世界中で核戦争と世界終末思想が実しやかに囁かれてた。それが、いまや異様な静寂へと変わっていた。
アフリカ中の黒い独裁者たちは報道によれば所属不明のテロリストにより次々に惨殺されており、隠し財産ごとアフリカの闇に葬られた。今後も続くだろう、少なくとも俺が続ける限り。
世界中の愚か者が垂れたクソの始末を、無能なクソ国連に代わってしてやったのだ。利権に与るウジ虫が湧けない様に、電撃的な速さで世界中のバカ騒ぎを力尽くで鎮静化した。
その過程で俺たちに一人も犠牲が出なかった訳じゃない。むしろ、多すぎるくらいだった。
だが、俺は黙って戦った。彼らも黙って戦ってくれた。そして、何人も、何十人も、何百人もが、夢と理想を語ってから死んでいった。
彼らの夢見たものは、戦士にとっての理想だ。ソフィーが求めた夢だ。
故に、彼らは俺に看取られることを望み、俺はそれを叶えた。
全能ならざる破壊神に叶えられることは、最期を看取ることのみ故。俺の古い火傷跡に覆われた手や顔を拝みたいと彼らは望んだ。
俺は叶えた、望まれるがままに与えた。
俺の体は傷だらけだ。致死を大きく上回る火傷を負い、それでも死ななかった。二発目で死のうと思っていたが、全身が火傷跡だらけになっただけで、髪の毛も生えて来たし、味もわかるし、目も見えた。
だが、俺が看取った者たちは俺よりよほど美しい体のまま死んでしまった。ニ三の穴が胴体に空いただけで。破片が心臓に達しただけで。首から血が流れただけで。
彼らはそれだけで死を自覚し、遠からぬ永訣の締めくくりとして俺からの祝福を求めた。
生身の俺を求めた。醜く焼けただれた跡だけは消えなかった全身だ。ケロイドにはならなかった。体の表面の材質が普通の人間とは違うから、見る者からはソフィーの体に刻まれた火傷と同等級か、それより少しマシにも見える程度だろう。
俺は彼らよりも醜い。顔の情報を与えないとか、色々と理由を付けてはいたものの俺が仮面を付け、剰え伝説の王の如く着飾ったのは、自分で自分の醜い姿を嫌い、それを人に見せたくなかったからだ。そもそも、ボードゥアン4世は俺みたいに銀製の仮面なんざ被ってなかった。ありゃ単に俺が彼の事をカッコいいと思ってたから言ってみただけだ。
俺は王様の器じゃない。
だが、彼らにとって俺は王様どころか神様なのだ。
俺は
俺は10人も看取った後、全身をそれまで以上に荘厳に厳重に固めた。一部の肌も見せないことにした。折角望んでくれるなら、人生に一度しか見れない珍品として自分を演出する。そのことに迷いなんかなかった。
プラチナの緻密な鎖帷子や金糸銀糸で彩られた衣装。シスターのほっかぶりみたいな重たい白金のメイルを頭からヴェールみたいに垂らして被り、金銀製の額当てで頭に巻いた。白の手袋。首元も白絹布で覆う。より繊細なアラベスク調のグレーブが施された銀仮面。気品ある青で染め抜かれた修道服と純白を金で飾ったマント。馬子にも衣装だと思った。
俺の思いはさておき、ソフィーとそれから新入りからすぐに出世したローザも嬉々として俺を演出した。あぁ…二人は
それから死は一種の儀式になった。俺は家族の前、そして死者と瀕死の戦士の前でだけ仮面と手袋を外し、生身でその身に触れることを許した。彼らは俺のゴッドハンドとやらに縋り、顔に触れ、別れの言葉と涙を零して息を引き取る。
だから、俺は彼らを裏切るつもりは微塵もないのだ。それに、この椅子は肩が凝るが随分と座り心地がイイからな。
精々、新世紀を創造する残酷なボードゥアンとしてアガペーしたりされたりしまくることにしたんだ。思いがけず、モノを壊す以外何もできない俺の面倒を喜んで見てくれる女とも出会えた。物騒なボッチ支援センター兼結婚相談所みたいなもんだと思うことにしたよ。
こんなに大忙しだったんだ。仕事もひと段落して、俺はやっと自分が心身共に摩耗していたことに気がついた。
忙しさで忘れかけていたけど、俺は平穏な生活が欲しくてこれまで頑張って来たんだ。
思い出して次に不安になった。
果たして俺の体は何時まで保つのだろうか、と。
最近、それまでなんてことの無かった長距離移動や長期無補給が苦痛に感じていた。銃弾も、それまでは蚊に刺される程度にすら感じなかったのに、今やRPGが直撃しただけで全身に激しい痛みが走ったのだ。
俺は、いや。俺の肉体は完全に劣化を始めていた。もう、いつ普通の人間の様にケガで死ぬのかもわからなかった。突然変わるわけじゃない。だってゲームの強化魔法じゃないんだ、生身の人間が消耗していくんだから。少しずつ、自分の体が擦り減っていく痛みと恐怖が今にも襲い掛かってくるだろう。
そうなれば…平穏など、夢のまた夢ではないか。
俺は報う男だ。他人にも自分にも。
自分自身がこれまで陰に日向になって、汚れても何でもして追及してきた平穏で幸福な生活。それをこの期に及んで叶えられないなんて…そんなことがあってたまるか。
俺は疲れが怒りに変わり、それからこの機会をチャンスだと考えるようになった。
やってやる。俺は今回の引っ越しを機に平穏と幸福に満ちた愛の巣を南国の島に創造するんだ。
そうだ、そうだ。それがいい。
俺は決断した。絶対にロアナプラを平穏と幸福に満ちた、俺だけの楽園に魔改造してやるとな…。
簡単な補足と時系列
*モンタナの出現により紛争や革命の勃発年が大幅に繰り上がり、結果的には早期勃発早期終結となった。あとバラライカと部隊はモンタナの後を追ってソ連崩壊以前にさっさと名誉退役した。難民少女のことは心配するな、モンタナが強過ぎてそこまで戦火が及ばなかったからね。
1970後半〜80年代前半…モンタナとバラライカが出逢う。ソ連崩壊に向けてあちこちの革命を支援し始める。世界各地にフロント企業の支部と武装要員の拠点を建設。色々な準備が終わったら今度はアフリカと南米を掻き回す。
1980年代中ごろ… 以前から目をつけていたロアナプラをモンタナの「私有財産」としてウルスが占領する為に闘争を開始する。
1980年代中半…撒いておいた種が見事芽吹いて各地の革命成功・紛争終結。アメリカが沈黙。あとソ連が完全に崩壊する。