ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
セキチクジムの中身は、忍者屋敷だ。多数のからくりが仕掛けられ、それを突破しなければキョウの元へは辿り着けない。それだと超人と常人で難易度に差が出るのではないか、とも思われるがそこは忍者の腕の見せ所、挑んでくるトレーナーに合わせて、仕掛けを切り替えているのだ。
『……お邪魔します 』
そしてここに、1人のチャレンジャーが入り込んだ。その様子を、キョウはモニターで眺めている。
「……さて、あの腹黒娘が自慢していた新弟子か。奴が今後遭遇するであろう状況を模した仕込みもある。さあ、知恵と体力、そしてポケモンとの絆を駆使して来るがいい 」
キョウは、誰にも聞かれぬ独り言を呟く。その目は、鋭くスミレの挙動を観察している。モニターに映るスミレは、係員から説明を受けているが、その掌にはすでにボールが握られており周囲を警戒するように横目で観察していた。
(……なるほど、奴が自慢するだけはある)
キョウは薄らと笑みを浮かべて、モニターに視線を集中させた。
◾️◾️◾️◾️
「……暗い 」
スミレは、不満げに愚痴を吐く。視界の先は真っ暗、まさに『一寸先は闇』といったところか。
「ゲンガー 」
スミレがボールを投げると、飛び出したのはゲンガーだ。選出理由は、ゴーストポケモン故に夜目が効くと考えたのである。スミレは、下手に仕掛けに引っかからないようにゲンガーの手を握る。ひんやりとした感触がスミレの手に伝わってきた。
「ゲッ……! ゲェン? 」
スミレに手を握られ、ゲンガーは一瞬動揺するも、ニヤニヤとした笑みを浮かべて手を握り直す。どうやら、スミレが暗闇を怖がっているものと思ったらしい。
(……コイツ、こういう悪戯好きだったね、そういえば)
スミレは、最初からの前途多難にため息を吐いた。
真っ直ぐ、何の変哲もない通路を歩いているとバタバタバタバタ、と羽音が聞こえた。スミレは一瞬肩を強張らせると、唇を軽く噛み締めて天井を見上げる。どこからか聞こえる羽音、そしてこのジムのコンセプト。それを考えれば、羽音の対象は限られて来る。
「……ズバット。いや、私のレベル的にはゴルバット 」
スミレの声が、反響して聞こえる。一体どこにいるのか、どこに向かっているのかは分からない。だが、一度ゲンガーに抱えて高所から飛び降りた(階段が慣れ始めた目に薄らと見えた)のだが、そこから考えると恐らくは地下だ。
「ゲェェェン!! 」
「ひゃあっ!?…………何? 」
ゲンガーが突然叫び、スミレも思わず悲鳴を上げる。しかし何も起こらず、スミレはゲンガーにジト目を向ける。
「ゲゲゲゲゲゲ! 」
ゲンガーは、悪戯っぽく笑うだけだ。どうやら、脅かしたかっただけらしい。とんだとばっちりだ。
「……ったく、真面目にやりなよ 」
スミレは、そうゲンガーに注意する。少しだけ声が上擦っているが、それは照れながら先程の反応を誤魔化そうとしているが故だろう。
「ゲェーッゲッゲッゲ!! 」
ゲンガーの笑い声が、暗闇に響いた。
少し歩けば、その先に何やら空間が見える。暗闇から仕掛けが飛び出して来るようなものは無かった。暗闇の中では距離感が狂い、どれだけ歩いたかの把握も難しかったのだが、もう随分と歩いた気がする。
「……ゲンガー、行こう 」
スミレは先を促し、ゲンガーが一歩その空間に足を踏み入れた瞬間、スミレの視界が真っ白に染まった。
「……しまった! 」
スミレは、悔しさを露わにする。突然の明転に目が眩んで、咄嗟に目を押さえたが眩しさで視界が一時とはいえやられてしまった。
「見事に引っかかったな、チャレンジャー 」
「だが仕掛けの本番はこれ 」
「我ら5人の強襲だ 」
「覚悟し、備えよチャレンジャー 」
「セキチクジム所属ジムトレーナーにして忍び、我ら" 梟 " による連携、貴様に倒せるか 」
周囲を取り囲むように、男の声が聞こえる。
「……小賢しい 」
スミレは呟くと、徐々に戻る視界の中でボールを探り当て、投げる。
「「「「「行け、ゴルバット!!」」」」」
「……押し潰せ、ラプラス 」
ラプラスと、それを取り囲むように展開するゴルバット達。
「ラプラス、【こごえるかぜ】」
白銀の烈風が、忍者屋敷の一角に吹き荒れた。
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キョウは、呑気に茶を飲みながらモニターを見ていた。モニターの中のスミレは、梟の5人を相手にラプラスで相手取り、【こごえるかぜ】による全体攻撃を主軸に立ち回っている。
(……ふむ、悪くない)
そう思うと、勢いよく煎餅を噛み砕く。醤油味の旨みに笑みを浮かべる。
今回、梟を使ったのには、理由があった。それは、スミレがロケット団と対峙した経験が多く、目を付けられているからだ。梟は本来ならゴルバットやヨルノズクを主軸とした夜襲専門の忍び部隊、目眩しにしたとはいえ明るい場所での戦闘はメインではない。だが、 " 自身が不利を背負った状態で大勢の敵に対処する " というかつてスミレが被害に遭った襲撃事件のような状況を作り出すことで、対ロケット団の対応力を見ようというのだ。そしてその場合、奇襲の達人である梟は、その相手としてピッタリであった。スミレのバッジはこのジムで8個目、この難題を課も、その後に待ち受ける困難も、課したところで問題はない。
「さあ、やって見せろ 」
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「「ゴルバット、【かぜおこし】」」
2体のゴルバットが【かぜおこし】を放ち、強化された風がラプラスを襲う。
「ラプラス、【こごえるかぜ】で壁を作って 」
対するラプラスは、【こごえるかぜ】で空気中の水分を凍らせると、ドーム状に壁を生み出し風を防ぐ。
「ならばこれは防げるか!? 【エアカッター】」
しかし、別の1体が氷のドームの内側に入り込んでいた。【エアカッター】により放たれた空気の刃が、ラプラスを打つ。【みずでっぽう】をスミレの指示を待たずに放ち、ゴルバットは避けきれずに翼を撃たれる。
「……【みずでっぽう】」
しかしスミレにとって、それは想定内であった。ドームの内側に潜んでいた、ということは外の個体とは分断されているということ。水流に吹き飛ばされ、ゴルバットは氷の壁に激突する。
「しまった……!? 逃げよゴルバット!! 」
「【こごえるかぜ】!」
こおりタイプの技は、ひこうタイプに効果抜群だ。氷の風が吹き荒れ、外から攻撃されているドームを補強しながらもゴルバットを撃ち落とした。1体目、戦闘不能。しかし勝利の余韻に浸る間もなく、背後から飛んできた2発の【エアカッター】がスミレの脇をすり抜け、ラプラスを攻撃する。反撃の【みずでっぽう】は、身軽に飛んで躱された。
「……ふふふ。マイナスだぞ、チャレンジャー 」
「戦場ならば、お前は斬られていた。注意するがいい 」
顔を隠し、個人の判別もできない2人の男の忍びが言う。それは正しい。本来の戦場であれば、敵がロケット団であれば、スミレが狙われていたに違いない。けれど、今は反省以上にやらなければならないことがある。
「……! 【みずでっぼう】、薙ぎ払って 」
スミレは床にしゃがみながら指示を出し、ラプラスが放った横薙ぎの【みずでっぽう】がスミレの頭上を掠めて飛び、ゴルバットを1体吹き飛ばす。
「【きゅうけつ】! 」
【みずでっぽう】を避けた方のゴルバットがラプラスに接近する。
「【みずのはどう】」
しかしそれを読んでいたスミレは、迎撃を指示。接近したゴルバットは【みずのはどう】を受け、爆発を起こす。
「追撃お願い、【みずでっぽう】」
ゴルバットは水流に押されて吹き飛ぶと、ジムの壁に激突してそのまま力無く墜落した。残り3体。
「やるな……! だが、これでどうだ!【エアカッター】!! 」
「【みずのはどう】」
【エアカッター】と【みずのはどう】が空中で激突し、爆発を起こす。
「追撃だゴルバット……! 」
「遅い! 」
追撃を掛けようとしたゴルバットだが、目の前にはゲンガーが拳を構えて迫っていた。ゲンガーはそれまで、ドームの外に隔離された2体を相手に、遠距離での撃ち合いを行いつつも戦況を窺っていたのだ。
「【シャドーパンチ】!」
ゲンガーの拳がゴルバットの脳天を叩き、地上に叩き落とす。3体目、戦闘不能。残り2体。そしてそのタイミングで、氷のドームが砕け散った。
スミレの作戦に、キョウは深く頷いた。
「そうだ。敵を分断し1対1に持ち込んでしまえば、人数の有利は潰せる。そしてそれは、ラプラスのような地形を変えられるポケモンにこそできる戦術だ。そして完成した地形を利用すれば、強力な連携が完成する 」
「ラプラス、【みずでっぽう】を頭上に降らせて。ゲンガーは【シャドーボール】で牽制 」
ゲンガーは両手から小さな【シャドーボール】を放ち、2体のゴルバットをそれぞれ牽制、その隙にラプラスは【みずでっぽう】を放つ。頭上から降り注ぐ水はまるで雨のようであって、フィールドの四方に水をばら撒いた。
「【エアカッター】! 」
「ゲンガー守って、ラプラスは【こごえるかぜ】、地形変更 」
飛んでくる【エアカッター】をゲンガーが【シャドーボール】で相殺すると、ラプラスは【こごえるかぜ】を発動する。すると空間の水が凍りつき、無数の氷柱のようなものがゴルバットを狙い聳え立つ。
「【エアカッター】だ、氷を砕け! 」
「……行って、ゲンガー 」
【エアカッター】で次々に氷の柱が砕かれる。しかし、ゲンガーは柱によってできた影に潜り込んで滑るように登ると、潜伏を解除して跳び上がる。
「しまった!! 」
忍びの1人が動揺するが、遅かった。
「ゲンガー、【シャドーボール】。ラプラスは【みずでっぽう】」
正面からの【みずでっぽう】、背後からの【シャドーボール】。ゴルバットはどちらにも気付き、だからこそ動揺して回避が間に合わなかった。2つの技による挟み撃ちが決まり、そのゴルバットは墜落する。残り1体だ。
「……見事なり。ここからの逆転は不可能故、本来なら貴殿らはもう先に進んでも良いだろう。だが、1人のトレーナーとして、この場を死守する番人として、諦めるわけにはいかん!! 」
「相手にとって……不足なし 」
「ゴルバット、【きゅうけつ】!! 」
「ゲンガー、【シャドーパンチ】!」
両者がすれ違い様に技を放ち、一瞬の間の後にゴルバットは倒れる。これにより、初戦の相手は全滅だ。
「このバトル、我らの負けだ 」
「見事な連携、文句なし 」
「先は困難、されども進め 」
「臆する者は、何も得られぬ 」
「貴殿の勝利、願っておるぞ 」
「はい。……行くよ、ゲンガー 」
スミレは5人の忍びに小さく頭を下げると、ラプラスのみをボールに戻し、歩き出した。進む先は、真っ暗闇でもない通常の明るさ。しかしそれは、本格的な罠が潜む忍者屋敷の本領だ。
そして一歩踏み出し、瞬間的にスミレは地面を前転する。そしてその頭上を通過した丸太型をしているクッションのようなものが、横のハリボテだったらしい壁を吹き飛ばし、そこには嫌な匂いを放つ泥のプールが。
「ほんっと…………! いい性格してるよ 」
スミレは顔を顰め、モニターの前のキョウは残念そうな表情で茶を啜った。
スミレ: かわいい部分が出ちゃって恥ずかしかった人
ゲンガー:かわいい部分を引き出した有能
キョウ: 仕掛けたネタがリアクション芸人用のそれ。泥だらけにならなかったのはちょっと残念