ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第111話 湯煙の中に

 グレンタウン。それは、カントー地方の南にあるグレン島という島にある街で、火山を持つため古くから温泉街として栄えた歴史を持つカントー地方でも屈指の観光スポットだ。この町にもジムはあるのだが、そこにスミレは挑もうとは思わない。トラウマもあるが、挑む暇があればタマムシジムが大変なことになっているのである。

 今から行うのは、ちょっとした慰安だ。グレンタウンのポケモンセンターでメンバーをフシギバナ、バタフリー、ラプラス、フーディン、ゲンガー、ハクリューの6体に変更する。やはりジム戦で貢献したのはこの6体なので、この選出に居残り組からの文句は出ない。

「……行こうか」

スミレはボールの中のポケモン達に声を掛けると、のんびりと歩き出した。体に傷が出来てからは、傷を見るのが怖くて銭湯なんて行かなくなった。自宅の風呂も、長くは入らなくなった。だから温泉は随分と久しぶり、それこそ年単位で間が空いているため楽しみだった。

 瓦屋根の建物が立ち並び、至る所から湯気が立ち昇る大通りには、それなりの人が歩いている。時間がまだまだ朝方で店も開いてそんなに経っていない。これから人が増えて来るのだろうが、まだまだ空いている方だった。その中を、パーカーのフードを被って顔を隠してのんびりと散策する。温泉グルメ、というのも乙なものだが、とても昼食という時間ではないし腹も減っていない。という訳で、温泉にまず向かうことにする。

「さて、私達の目的地はっと……」

大きな木製の看板に描かれた地図を、ほんの少しだけ背伸びをして眺める。スミレが向かうのは、一軒の温泉。一般的に温泉というのは抜け毛などの関係から人間だけが入るもので、ポケモンが入るとすれば別に用意されるものであるが、今回スミレが入ろうとしているのはポケモンと共に温泉へ入ることができるという温泉だ。少し値段は張るが、現在のスミレの経済状況ならば躊躇いなく出せる程度でしかない。

「あったあった……『紅蓮の湯』ね」

スミレは地図の中に目的地を見て、頷く。昔から有名な店だと聞いているので、あまり目立たない場所には無いと踏んでいたのだが、どうやら大通りに近い位置にあるようであった。そのため、あまり入り組んだ道に入らずとも良いようなのでスミレは安心したように息を吐く。

「位置も確認したし、行こっ」

スミレは、そう言って穏やかに微笑んだ。

 

 街歩き、というものは中々に良いものだとスミレは思う。世界を見て回る、とは言うもののスミレの旅路は基本的に精神的に追い詰められっぱなしで、笑みを浮かべることすら珍しかったのだ。そんな状態で見る街並みと、今のある程度落ち着いて状態で見る街並みでは見え方が全く違う。

「にしても、人増えたね」

スミレの独り言に反応するように、ボールが揺れる。10歳のスミレはそれなりに成長しているとはいえまだまだ低身長なので、人があまりに多いと流されてしまうのだから、一人歩きは注意しなければならない。周囲を見れば、他の地方からの観光客らしき姿もチラホラと見える。どうやら、本格的に人が増えてきたらしい。他地方の観光客は個人での利用もあるが、結構な確率でツアー客だったりして、大人数が大移動してくるので、観光地的には利益となって良いかもしれないがそれはそれとして邪魔、というのがスミレの印象である。

(……こうなると、変なのも出るか)

スミレは辺りに警戒心を向けつつ早歩きになる。人混みの中を歩けば、ごく稀に物を盗まれたりするし、人が増えれば変質者なども現れる。だからこそ(スミレにとって)無駄に整った顔を隠すようにフードを被っていた。

「……角煮まん?美味しそ」

嫌な気分を振り払うようにチラリ、と横を見れば店の看板が目に付く。大通りを中心に左右へ並ぶ店々には土産屋や食べ物屋などが見え、思わず足を止めて興味をそそられる。

(……駄目、今はまだ早い)

目移りしそうになるが、まだ空かぬ腹事情と食べ過ぎによるカロリーの過剰摂取の可能性に思いとどまる。普段、スミレは濃い味付けの物を良く食べる。と言うのも、ストレスのせいとはいえ過去に食べた味のしない食事に嫌な思い出があるからなのだが、それはそれとしてもスミレとてカロリーは少し気にしている。なので、衝動買いは基本は避けねばならない。後で買おうと思いつつも、スミレは必死に脇から目を反らして歩いた。食欲というものは、抗いがたいものであった。

 

■■■■

 『紅蓮の湯』、とはグレンタウンが町として成立した当初から営業していたという老舗の日帰り温泉だ。スミレは目的地である『紅蓮の湯』に到着していた。全体的には古くも木造建築だが、スミレが見るに材質となる木や塗料には、火山の下で暮らしてきたからこその伝統的な防火性能の高いものが使用されている。正面から見上げた先にある、巨大な樹木から作ったと思われる看板がまた渋い魅力を醸し出している。

「すみません……」

スミレが意を決して入ると、木造の室内はどことなくひんやりとした(当然双子島の洞窟と比べれば大したことはないのだが)感覚を覚える。見回すと、カウンターがあるのでそこで手続きを行う。

「すみません。手持ち同伴の家族湯をお願いします」

「承知いたしました。では、こちらの書類にご記入お願いします」

そう言ってスタッフの女性が取り出したのは、申請書類。例えばどくタイプのポケモンやバタフリーのような鱗粉を出すポケモンが利用する場合、一般的にはお湯や湯船の汚染につながりアイテムによる解毒が必要になるためそれらのポケモンは一定の数バッジを持っていないと専門の部屋に案内されるらしく、料金も割増しとなる。

 因みに、それらを制御できないポケモンは普通に鍛錬不足のためジムバッジ3から4個目辺りで詰む、とのことであるため8個持ちのスミレは当然問題なく、念の為にセキチクシティのポケモンセンターで回復ついでに入手しておいた証明書もある。店側にできるだけ手間を掛けさせない、というのはスミレにとって当たり前であった。申請書に必要事項を記入しサインすると、それを読んだスタッフから求められるまま料金を支払い、それが済めば一個のカギを渡される。

「こちらは『菊の間』ご利用のカギとなっております。場所は二階の階段を上がってすぐ。ご利用時間は無制限となっております」

「分かりました。ありがとうございます」

「どうぞ、ごゆっくり」

お辞儀をするスタッフに会釈を返し、スミレは自分の部屋へと向かった。

 

 

 部屋に入れば、そこは広い畳の部屋だ。手持ちのポケモンが入れるように配慮しているのだろうが、それにしても広い。昔家族で行った家族湯はポケモン同伴なしであったのだが、その時とは明らかに部屋もその奥に見える浴室も違う。

「でておいで」

スミレがボールから6体を呼び出すと、一斉に動き出す。はしゃぐハクリューとゲンガー、そしてラプラスが急ぎ足で浴室へと入ってゆく。バタフリーとフーディンは自分用のタオルを持ってそれに続くと、フシギバナは先行した3体のタオルも持ってのそのそと続く。そして、それを見守ったスミレもまた入浴準備をする。荷物を下ろし、氷のネックレスを外し、纏っていた衣服を脱げば、整ったスタイルの体とそこに刻まれた癒えぬ古傷が顔を出す。体の前と後ろではスピアーの毒を受けた背中が酷いが、前は前で人間によって付けられた傷やポケモンに襲われた(けしかけられた)だとか、以前のロケット団による襲撃事件で負った傷だとか。

「……醜い」

悲しげに呟き、胸元にあてた手に思わず力が入る。傷のひとつひとつに刻まれた痛みの記憶に吐き気すらも覚える。しかし頭を横に振ってその考えを振り払った。

(受け入れろ……。背負って生きるって、決めたから)

「みんな、気遣ってくれるだろうな」

スミレは、そう考えながら自分のタオルを持って浴室の扉を開ける。

「バァナ」

そんな声が聞こえ、辺りを見ればフシギバナが温かい視線を向けてくる。他のポケモン達も、行儀よく体を洗うために横に並び、スミレを見ていた。

(ほんと、そういうところ敵わないなぁ)

「……ありがと。ちょっと辛いから、一緒に洗い流してくれる?」

スミレはそう言って微笑むと、ポケモン達の輪の中へと入っていった。

 

■■■■

 「ごめん、ゲンガー。ちょっとシャンプーで前見えない」

スミレの要求に、ゲンガーは自然な動作でタライに水を入れて渡す。隣のフーディンがぎょっとし、ラプラスとハクリューが笑いをこらえる。

「ゲェン」

「ありがと……ひゃっっ!ちょっとゲンガー!!」

「ゲゲゲゲゲ」

スミレは冷水を被り、自身の反応に照れながら怒ると、ゲンガーは笑ってお湯を渡す。あらかじめ用意している辺り、アフターフォローも一応考えているらしい。

「……ゲ」

「はいはい」

今度はゲンガーからのお湯の要求に、スミレは冷水入りのタライで応える。お湯のタライも、当然準備している。

「ゲェン……ゲゲゲッ!?」

ゲンガーの全身が一気に震え上がり、スミレは噴き出すのをこらえるように顔を逸らす。この応酬で、ラプラスとハクリューが耐えるのに限界が来て、笑い転げる。その隣ではフシギバナがバタフリーと熱湯を自ら被りあって謎のリアクション合戦に発展していた。フーディンはそれに混ざるタイプではないため、観客としてそれらを観察しながら優雅に体を洗っていた。まあ、後でゲンガーの冷水による悪戯が来るのだが。

 因みに、『タライの温度で水かお湯か分かるのではないか』などという疑問は持つべきでない。これは、熱湯風呂で押す、押さないのやり取りをするようなものなのである。例え事前に水だと気付こうが、恥ずかしい反応をすると分かっていようが、乗るべき様式美的なものなのであった。

 

 浴槽は、4つに分かれている。ひとつはラプラスやフシギバナが好む、底の浅くぬるめの湯。ふたつ目は、スミレ、ゲンガー、フーディン、ハクリューの人間が入るに丁度いい温度と深さを持つ岩風呂、3つめはバタフリーが特に好むサウナだ。そして、最後には浴場に併設されたベランダに設置された露天風呂だ。これは、少し狭くなるが全員で入れる広さであった。スミレが岩風呂に入ると、全身を自宅の風呂とも違う温かさが包み込む。

「ふわぁ……」

スミレが、溶けた。久しぶりの温泉に完全敗北した。旅立ってからは面倒なのでシャワーくらいだったし、それ以前も碌に風呂へ入っていなかった。通常の人間を溶かす温泉の魔力に、風呂そのものへの感覚が鈍ったスミレが耐えられるわけがなかったのである。

「あったか…………」

語彙力も溶けた。体の芯から温まってゆく感覚に、スミレは感嘆の声が漏れる。周りを見れば、他のポケモン達もリラックスしているようで、ゲンガーですら悪戯をせずにくつろいでいる。フシギバナやフーディンは同じ湯舟にずっと浸かっているが、全種類の湯舟を巡っているハクリュー、ラプラス、ゲンガーの様な楽しみ方もまたいいものだ。

「……へぇ」

スミレが露天風呂に浸かると、湯の温かさと風の涼しさのギャップが心を癒す。そして、眼前には巨大な火山。グレンタウンの象徴となっている、グレン火山だ。雄大な火山からは、細く噴煙が立ち上っている。未だ、活動中の活火山なのである。危険性と隣り合わせではあるが、グレンタウンの人々はこの火山とずっと向き合って生きてきた。過去も、今も、これからも。悩みや苦しみを思考の果てに追いやって浸かる温泉は、気持ちが良かった。

 

 

 

「……これが、生きてるってこと、なのかな」

なら少しは悪くないかも、スミレはそう思った。




さて、平和な回は書きましたし『逆襲』そろそろ行きますかね。
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