ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
温泉から出て敷地内を歩いていたスミレの視線が、とある場所に固定される。その先には何故かテレビに釘付けとなっている利用客の姿があった。その表情は、どれも深刻そうで。スミレは、不穏な空気を感じ取った。
「あの……何かあったんですか?」
意を決して話し掛ければ、50代くらいで小太りの、いかにもな一昔前の親父といった風体の男がスミレに気付き、見下ろす。
「……っと、これじゃあ見れねぇか。オイ、ヤロウ共!このちっちゃいのにも見せてやってくれ!!」
男が叫ぶと、周りにいた客達は身を寄せ合うように動く。どうやら、スペースを確保してくれるらしい。
「すみませんっ……!」
スミレは頭を下げて小走りでその間に入り込む。そうすれば、テレビの画面に映ったニュースが目に飛び込んだ。
「は……?」
そして、そのニュースにスミレは絶句し、動きが止まる。
「シオンタウン崩壊……?ジムリーダー複数名重症……?フジさんが行方不明??」
そんな筈はない、と言いたかった。シオンタウンには、複数のジムリーダーが向かったがその中にはサナダだって居た。サナダは、全力で戦えば恐らくは四天王とも戦えるレベルだとスミレは見ており、そんな人間が他の味方も居る状況で負けるとは思えなかったのだ。また、シオンタウンを根城にしていたサダコもまたそう簡単に負けるような人間には思えない。それが、負けた。みすみすと護衛対象であるフジ老人を奪取された。
「急いでエリカさんにッ!……いや、駄目か」
スミレはポケモンセンターからエリカに連絡すべく振り向き、しかしすぐに思い止まる。セキチクシティから連絡した時、エリカも他のジムトレーナー達も疲弊していた。
(ワタルさんやハンサムさんなら、もう動いている筈)
スミレはワタルとハンサムを思い出して連絡を取るべく足を一歩踏み出した。銭湯の電話を借りる手もあるが、混み合った話ができない。しかし肩に手を乗せられて立ち止まる。
「……なんですか?」
スミレを制止したのは、初めに声を掛けた男だ。
「おい、アンタあの町に知り合いがいるのか?……そんで、ここの電話じゃあダメなのか?」
「はい……だから、離してください」
手を振り払って歩き出そうとするスミレ。しかし、男は両手を振ってスミレの前に出て制止する。
「まぁ待てって、な?どうせポケセンから連絡するんだろうし、それは止めねぇよ。でも、アンタ観光客だろ?」
「……だから何ですか?」
スミレは苛立って男を睨みつけるが、男は真剣な表情を向ける。
「俺はグレンタウンで生まれ育った。……だから裏道は一杯知ってんだ。このまま観光客の知ってるルートで行けば、観光客の流れに流されちまう」
「……」
スミレは、苦い表情を浮かべる。それにニヤリと笑った男は、人混みの中に声を掛ける。
「そういう訳だ!俺が運転するから車貸してくれ!!」
「私が車で来ている、使え」
名乗り出たのは、白髪の老人。和服を身に纏い、ムクホークのような鋭い視線を放っている。
「さっすがだぜジッチャン!鍵くれ!!」
「オウ、上手くやれよ」
常連同士だったのか気安いやり取りをしつつ、ジッチャンと呼ばれた老人に鍵を投げ渡された男は、スミレに笑い掛ける。
「さあ、準備はできたぜ……!どうする?ポケセンまでの地獄のドライブ、相乗りする気はあるかい?」
「おーい、指詰めるかのー?」
「やんねーよ!気を付けるっての!!」
老人からの物騒すぎる茶々に男は笑いながら返答し、次いでスミレに視線を向ける。
「行くんだろ?」
「…………はい!」
スミレは、僅かな思考の後に頷く。その目に、確かな覚悟を乗せて。ロケット団が、本格的に動き出したというのなら、死ぬことは選択肢の何処かに入れておくくらいが丁度良い。その目を見た男は、力強く頷いた。
「よぉし、行くぞ!!」
◾️◾️◾️◾️
「ぅ……ありがと、ございました」
スミレは、若干青白い顔で頭を下げる。場所はポケモンセンター前、時間的な話で言えば早かったし、車の速度的な話でいっても速かった。少し酔う程には速かった。
「オウ、……まぁ、無事を祈ってるぜ。今度は、ちゃんと平和な時に来てくれよな」
「……はい」
「じゃ、俺は気にせず行きな」
「はい……ありがとうございました」
男はそう言って去ってゆき、スミレは頬を叩いて気合いを入れ直し、ポケモンセンターに入る。すると、中に見覚えのある男の姿を見つけた。特徴的なコートを着た中年男性、国際警察のハンサムだ。
「ハンサムさん……シオンタウンはいいんですか?」
スミレが声を掛けると、ハンサムは驚いたような表情をした後、複雑そうな表情を浮かべる。
「スミレ君、久しぶりだな。もっと良い話で再会したかったものだが。……とはいえ仕方がない。済まないが、今回の一件は協力して貰わねばならない案件だ」
ハンサムの言葉に、スミレは頷いた。スミレは、フジ老人関連の事件によく関係しているため、事件と無関係とは言えないため当然のことだ。
「フジさんの誘拐、ですよね」
「ああ。だが、他にも厄介すぎる案件が重なっている。個室で話そう」
だが、ハンサムの答えは意外なもので、その表情は嘘を言っていない。スミレの脳裏を、嫌な予感が駆け抜ける。しかし、この状況では拒否権などあるとは思えない。
「…………分かりました」
スミレは、嫌そうな表情で頷いた。
グレンタウンの警察署の一室で、スミレとハンサムは向かい合う。
「ワタルは、この後すぐにこっちへ到着する。今はグレンジムでジムリーダーのカツラに許可を取りに行っていることだろう」
「?……何の、許可ですか?」
スミレは、首を傾げる。
「ああ。この島には、フジ老人がかつて使っていた邸宅があるんだ。そこに、ミュウツーの資料が残っているかもしれない。少ない情報源が絶たれた以上は、探さねばなるまい」
ハンサムが苦々しい表情で説明する。しかし、スミレはある部分に引っかかる。
「情報源が、絶えた……?」
「ああ。リーグ本部で管理していた、君がポケモンタワーで捕らえたロケット団員から得たミュウツーに関する情報、その資料が全て盗まれたんだ。おまけに、獄中にいた2人は何者かの手によって殺害されていた。……シオンタウンが強襲され、そこへワタルが援軍に向かった隙を突かれたんだ」
「四天王は、どうしたんですか?」
スミレが尋ねれば、ハンサムは首を横に振る。
「ダメだった。シバも、カンナも、キクコも不在。頻発するロケット団犯罪に対抗する為それぞれが地方に散らばっていて、最後にダメ押しのワタル出撃だ」
ハンサムは悔やむように言うが、ワタルを責めることもできない。ニュースでチラリと見た光景が幻覚でなければ、町はまるで災害に遭ったかのように崩壊していた。
「ワタルさんの出撃は、状況的に仕方がないと思います。……それで、私なんですね?ポケモンタワーの状況を知っている私の協力を求めた、と」
スミレの結論に、ハンサムは頷いた。
「ああ。正直頼りたくなかったがね。とはいえ、資料が奪われた上にシオンタウン襲撃でサダコも重症。歳のせいか体の衰弱が激しく、今は確認ができない。つまり現状最もミュウツーの情報を知っているのは君だ。……ああ、それともうひとつ。君にとってかなり重要だろうことがある」
「?」
「……君の幼馴染、ヒマワリ君が行方不明だ」
「何かに首突っ込んで自滅したんじゃないですか?」
スミレが呆れたように呟くと、ハンサムは首を横に振る。
「いいや、サヤ君が会ったらしいんだが、随分と思い詰めた様子だったそうだ」
「それで、何ですか?」
スミレとしては、あまり聞く気も無かった。どうせいつもの善意で誰かを助けようとして、いつものように空回って後悔しているんだろう、と軽く考えていた。
「サヤ君が話しかけた時、妙なことを言っていたそうでね。サナダが随分心配して声を掛けていたようだが、シオンタウン襲撃事件以降姿が見えないと」
「シオンタウンに、居たんですか?」
「ああ。……どうやら、シオンタウンに滞在しているジムリーダー相手にジム戦を挑んでいたそうだ。サナダがヒマワリ君の精神状態を心配していたのと、後はヒマワリ君が何やらシオンタウンに演説のために来る予定だった政治家に聞きたいことがあったから、とサヤ君は言っていたな」
「へえ、あの子が?……政治家、なんてあの馬鹿娘には分からないでしょうに」
スミレの視線に、やっと少しだけ真剣な色が入る。シルフカンパニーであれだけ怒っていたことを考えると、随分と冷たくなったものだとハンサムは少し寂しく思う。スミレとしては、精神的余裕によって正しい向上心が生まれた一方、幼馴染に対する対抗心や劣等感、過去の因縁を拗らせに拗らせているのである。色々あったとはいえ別人格を当たり前のように受け入れてくれるような幼馴染に対してあんまりな態度であるが、スミレもまた他の3人と変わらない、まだまだ幼稚なガキだった。
「いいや、関係はあるだろう。……その政治家の名は、カラシだ」
「……ッ!!!!」
スミレは、目を見開いた。スミレの全身に震えが走るが、それを必死で抑え込んで口を開く。
「カラシが、……来る予定だったんですか?」
カラシ。スミレに最大級のトラウマを植え付けた虐め事件、その主犯格であるアクラの父親。収賄やロケット団との繋がりなど、数々の疑惑がありながらも何だかんだで政界に居座る男。スミレの目は、既にトラウマからか恐怖の色を帯びている。
「ああ。そして、あの子はカラシに何かを聞こうとしていた。だが、『妙なこと』と同一かは分からない」
「その、『妙なこと』を教えてください」
スミレの焦ったような声に、ハンサムは困ったように頷いた。
「それが、まるで陰謀論のようにも聞こえる話でよく分からないんだ。『今が何年の何月何日かを言える?』とか、『主人公やヒロインが居るなら、それは自分ではなくスミレちゃんの方だ』とか、『自分をモブとするなら、殺されるべきかもしれない』だとかね。最初は変な思想に染まったか、と思ったがひとつだけ馬鹿に出来ない事があったんだよ」
「…………馬鹿に、出来ない事。どれも馬鹿馬鹿しい話だと思うんですけど」
スミレは、困惑する。だが、続いてハンサムから出された問いで、それが間違いだと悟った。
「今は、何年の何月何日?」
「ええと…………あれ?えっ……どういうこと?」
スミレは、思考を巡らせてそれに気づくと、混乱のままに席を立つ。思わず敬語も外れるが、それに気を遣う余裕もない。おかしかった。いつからだろうか、暦について深く考えなくなったのは。今日の日付を考えるだけ、それだけの筈なのに、思考に靄がかかったかのように答えが出てこない。それに、もうひとつ疑問が湧いてきた。自分は、どれくらいの月日を旅したのだろうか、と。
「そう。……おかしいんだ。多くの人に確認してみたが、キクコやオーキド博士といった頭脳に優れた人ですらも暦を認識できなくなっていることが確認できた。暦が認識できない、ということを認識した後ですら特定ができない。そして、また考え直すまでの間はまた認識から外れ、認識し直さないといけない。……だからこそ、君にこうして話したんだ。何か、手掛かりがあるかと思ってね」
ハンサムの言葉に、スミレは顎に手を当てて考える。
「つまり、あの子はこの事象に気付いた。そして、何らかの結論を出した。……ううん?ああ。…………成程、そっか」
「何か、分かったのかい?」
ハンサムに尋ねられ、スミレは頷く。
「……ヒマワリは結構想像力が豊かで、学力が低い割には本を読みます。だから、この事象に気付けたんだと思います。そして、あの子はこの世界の構造そのものに疑いを持った。……『主人公』に『ヒロイン』、『モブ』という表現を使ってる辺り、この世界を『創作物』か何かだと仮定して考えているのかもしれません。ただ、カラシに何を聞こうとしたかは分かりません。……強いて気になる部分があるとすれば、元々アピールの為に家族関係を使ってたのに、私との事件以降は見なくなりましたね。本人はプライバシーのため、とか言ってましたが」
スミレはそう言って眉間を押さえ、ため息を吐く。そしてハンサムは、スミレの考察から何かを考え込んでいた。