ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
スミレが向かった先、そこにその男はいた。贅沢な生活で太った体、最悪のトラウマを持つ相手を連想する嫌らしい笑み。成金趣味の象徴とも表現できる、金色の椅子に座り昼間からワインを飲んでいる。
「……貴方が、カラシ。ロケット団との関係を気にしないなんて、随分と大胆ですね」
スミレから睨みつけられ、カラシは不機嫌に顔を歪める。しかし、直ぐに貼り付けたような笑みを浮かべる。
「いやぁ、君には娘が酷いことをしたのでね、謝るよ」
スミレは、顔の髪を掻き上げて火傷痕を見せる。
「……私が負ったのは、こんな風に一生残る傷です。それは、体だけじゃなくて心も。それに対して、笑いながら謝るのは違うんじゃないですか?」
スミレの指摘に、カラシは拳に力を込める。
「へぇ、随分と生意気を言うじゃないか。下民風情が……。だが、許してやろう。お前のおかげで、娘の無能に気付けて処分できたんだ」
あくまで傲慢なカラシだが、その感謝に嘘は見えない。それが、逆に恐ろしさを引き立てていた。
「……どういう」
スミレは、カラシに真意を尋ねる。だが、カラシはスミレの言葉には耳を貸さない。
「一応ね、謝罪の印を作ってきたんだ。……さあ、持ってこい」
その言葉に、カラシの後ろに控えていた黒服の男が車椅子のような何かに乗り、布を掛けられた大きなものを運び込む。
「何を……したの?」
スミレは、猛烈な嫌な予感を覚えて絞り出すように尋ねる。目の前で笑うカラシの表情は、スミレを虐めている時のアクラによく似ていた。
「見たまえよ。……これが、君への謝罪の印だ」
笑いながらカラシが指を鳴らすと、黒服の男が布を取り払った。その中身に、スミレは目を見開き、込み上げる吐き気を抑え込むように手で口を覆う。
「あぁ……そんな、それは……」
「ひさ……しぶり……ごめんね……すみれ…………」
それは、アクラだった。車椅子の上に座り、病衣を纏った体の至る所には包帯が巻かれているが、包帯の無い部分からは痛々しい傷痕が露出している。顔面は、スミレが傷を負った場所と同じ場所に包帯が巻かれ、その部分は目すらも見えなくなっている。口を開いたアクラの声は、弱々しく、生気が感じられなかった。
「おいおい、もっと喜んでくれよ下民。この馬鹿娘は、生まれながらに邪悪であったのさ。悪党だから、こんなことをした。だから、成敗したんだ。でも、君も君の支持者も、喜ぶだろう?嬉しいだろう?」
カラシは、さも期待外れだと言わんばかりに口を尖らせる。まるで、実の娘がこれほどの目に遭うことが、あたかも当然であるかのように。
「……は?」
「当然の話だ。君にとって、アクラは人生を壊した敵、当然憎い筈だ。君の人生を祝福する者にとって、アクラは当然邪悪な筈だ。ならば、良いだろう?悪いやつは、裁かれるべきなのだから。破滅しても、同じ目に遭っても当然の報いだろう??……ほら、喜べよ。これが君達の望んだ『ざまぁみろ』だ。私達は、正義の名の下に執行したに過ぎないのだよ。おめでとう、君の不幸はようやく報われるんだ。アクラ、という悪役の破滅によって、君の幸せは作られる」
カラシは、その執行を当然と言っていた。先程までの悪意に満ちた笑みとは違う、本気で自分のやり方が正しいと思っている顔だ。いや、そう思わせる策略家なのか。それは、どちらが正しいのかは分からない。だがその笑みに、政治家として地方の闇と向き合ってきたからこその狂気が宿っていることは確かに分かることであった。
スミレは、ただ絶句していた。悪役が破滅し、主人公が報われる。そんな展開はスミレも物語でよく見てきたものだが、その最悪な側面を見せられたような気がした。カラシがやったからまだマシだった。もしも、自分が……自分の知り合いが、義憤によって人を破滅に追いやったとしたら?その行為に、一切の悪はないと言えるのか。胸を張って、絶対的な正義を名乗れるのか。実際、心の何処かでアクラの破滅を喜ぶ自分がいた。その悪意が、スミレは醜く感じて仕方がなかった。
「……すみれ」
アクラが、弱々しく口を開いた。
「……」
スミレは、なんの言葉も返せない。
「ごめんなさい……あやまっても、なにもかえせないけど…………」
片目からポロポロ、と涙を流す。
「何を、されたの?……私は、そんなに酷くなかった」
スミレは、そう尋ねるのがやっとだった。手汗でぐっしょりと濡れ、震える手をしっかりと握りしめて。
「わたしが……したこと。ものをこわされ、みずかけられて、ずっとばかにされて。からだもおなじ。すぴあーにさされた。すみれとちがって、ささったばしょがわるくてどくがはやくまわったの。あし、うごかなくなっちゃった。だから、くるまいすなの。それに、かおはおなじようにやかれた。ぶかのひとがかげんまちがえて、めまでやいちゃったのよ。さいごに、しなないくらいにくびしめられた。だからほね、まだなおってなくてあんまりうごかせないの。……だから、ほうたいまいてるめはもうみえない」
かつてアクラがスミレにしたこと、その全てをアクラは返された。しかし、その代償はスミレよりも大きい。片目の失明と、下半身への障害。それが、アクラに付加された枷だった。スミレは、息が止まりそうになる衝撃を受けた。
「そんな事……!私は!!」
「ごめんなさい……たりなかった?」
「そうじゃない!誰も、ここまでしろなんて言ってない!!」
スミレは、アクラから尋ねられてそれを必死に否定する。
「でもね……されてとうぜんなの。ひとをしぬすんぜんまでおいつめたのはあたし。にくかったでしょ?」
「憎いよ……!今も憎くて仕方がないよ!!心の傷なんて、一生治らないよ!!でもッ……、だからって、こんなことがしたかったんじゃない!!こんな風に、復讐したかった訳じゃない!!違う違う違う違う違う!!!!そんな筈ない!!」
スミレは、頭を押さえて膝を突く。憎しみもある、怒りもある、トラウマもある。いっそのこと、殺してしまいたいとも思っていた。けれど、実際にアクラと対面して、その悲惨な末路を知って、自分の望んでいた復讐心が持つ暴力性を突きつけられた。自分が受けたものと結果が違えども同じことではあるので、その痛みを分かってしまったのがスミレにとっては致命的であったのだ。
「さあ、どうする?殺したければ殺せば良いのさ。君には、コレを殺処分する権利がある。さあ、正義の刃を一緒に振り下ろそう」
蹲るスミレに、カラシは笑い掛ける。スミレは、首を縦にも横にも振ることができない。
「違う……違う…………。私は、そんなのじゃない……」
スミレは、そう呟くしかなかった。
◾️◾️◾️◾️
緑色の閃光が、ニドクインを吹き飛ばす。その閃光……【ソーラービーム】を発射したのはワタルのアローラナッシー、巨体故に一斉攻撃を受け、しかしそれに
「ゴルバット、【エアスラッシュ】!!」
ラムダのゴルバットが【エアスラッシュ】を放ち、ナッシーの巨体が遂に崩れ落ちる。ロケット団幹部や下っ端達による一斉攻撃を耐え続けた要塞が、ようやく陥落した。だがしかし、サザンドラやカイリューへの消耗は僅か。ナッシーに多くの攻撃を庇われた結果、殆どの攻撃を当てられなかったのである。
「ナッシー、助かった。ありがとう」
ワタルは、ナッシーをボールに戻す。効果抜群の技を雨霰のように浴びせられても耐え、他2体のサポートをし続けたのだから、最初に倒れたとしても十分に良い働きだ。ハンサムは既に資料の奪取のため動き出しており、下っ端数人が彼を追いかけて行った。
(……さて、奥から戦闘音が聞こえないのが気になるな。早く片付けねば)
「よそ見ですか!?」
ランスの怒声が聞こえ、咄嗟にその場を飛びのく。すると、先程までいた場所へ【ヘドロばくだん】が着弾し、床の一部が溶ける。
「悪いな!奥から戦闘の音が聞こえないのが心配でなぁ!!」
ワタルが叫ぶと、幹部たちは嫌そうに顔を顰める。
「どうせ、あの下衆のことだ。正義面して嫌がらせでもしてるだろうよ!ゴルバット、【ベノムショック】!!」
ラムダが返答し、ゴルバットに呼びかける。ゴルバットの【ベノムショック】が、下っ端のケンタロスからの【はかいこうせん】を躱したサザンドラに命中する。
「チッ……!サザンドラ、【りゅうのはどう】!!カイリューは【ふぶき】で牽制しろ!!」
ワタルが指示を出すと、サザンドラは【りゅうのはどう】を放つ。薙ぎ払うように放たれた一撃で包囲網を崩すと、カイリューの放った【ふぶき】がそれを援護するように吹き荒れる。アポロのブーバーが【かえんほうしゃ】でほのおの壁を形成して【ふぶき】を弱め、それを貫いた【ふぶき】と【りゅうのはどう】が、敵を蹴散らす。ここで、ラムダのゴルバットが戦闘不能。ラムダは、続いてマタドガスを呼び出す。
「……ナッシー1体落とした所で、形勢逆転は無理そうですね」
ランスが呟くと、ラムダは面倒臭そうな表情で頷く。
「資料を回収……無ければ無い、と確認したら即トンズラが上策だ。回復させながら囲んで叩いているからこそここまで持っているんだから、一点でも崩されたら崩壊しかねない」
ロケット団は、人数有利を活かして味方を回復させつつ攻撃を続けていた。だからこそワタルを釘付けにしているのだが、とはいえ情勢が有利な訳でもない。
「ブーバー、【オーバーヒート】」
アポロのブーバーが【オーバーヒート】を放つ。自身の能力値を低下させるほどの熱が、カイリューをワタルごと燃やし尽くすべく襲いかかった。
「……なるほど、そう来るか。ならば」
ワタルは、第4のボールを取り出す。
「マルヤクデ、受け止めろ!!」
ワタルが投げたボールから飛び出したのは、赤い百足のようなポケモン。その名を、マルヤクデ。ガラル地方に生息するほのお、むしタイプのポケモンだ。そして、ワタルは経験上それを知っていた。
カイリューとワタルを庇うようにマルヤクデが立ちはだかり、マルヤクデの全身が炎に焼かれる。
「おやおや……天下のチャンピオンが捨て駒ですか?」
「いいや?よく見てみろ」
アポロに煽られたワタルは、マルヤクデを指差す。
「何!?」
そして、アポロは目を見開いた。マルヤクデが、炎をまるで飲み込むような動きをしており、マルヤクデの全身を焼いている筈の炎がマルヤクデの体内に吸収されてゆく。それは、後に " もらいび " として、『特性』と呼ばれるポケモン固有の特殊な体質の名前となるのだが、この時点では未だ特性の分野は研究が不十分なのである。しかしそれを、ワタルは経験で知っていたのだ。
「お返しだ……!マルヤクデ、【だいもんじ】!!!!」
マルヤクデが放った大文字の炎は、通常の【だいもんじ】よりも遥かに上昇した火力を持って、ブーバーの全身を焼き尽くす。
「ブゥ……」
まるで焦げたと錯覚するほどに煤まみれとなったブーバーが、目を回して倒れた。
「おのれ……。戻れ、ブーバー。行きなさい、ニドキング!!」
アポロが続いて呼び出したのは、ニドキング。
「サザンドラ、【トライアタック】、カイリュー、【はかいこうせん】、マルヤクデ、【だいもんじ】!!」
「下っ端、やりなさい!!」
「はっ、イワーク【がんせきふうじ】!!」
「ラフレシア、【はなびらのまい】!!」
「ユンゲラー、【サイコキネシス】!!」
「バリヤード、【ひかりのかべ】!!」
ワタルが指示を飛ばすと、4人の下っ端が立ちはだかる。イワークの【がんせきふうじ】がまず【だいもんじ】にぶつかり、技の効果が抜群のため、実力差により相殺できなくとも大きく威力が削られる。続いて、ラフレシアの【はなびらのまい】がカイリューの【はかいこうせん】とぶつかり、こちらも破られるが技の純粋な火力でこちらも威力を下げる。ユンゲラーの【サイコキネシス】が【トライアタック】にぶつかり、防げはしないが速度と威力がが少し落ちる。そして、最後にバリヤードの【ひかりのかべ】。特殊攻撃の威力を下げるバリアを貼り、そこにワタルのポケモンが放った技が着弾する。流石に実力差が大きかったが、4人の下っ端が使うポケモン達は吹き飛ばされて目を回す。けれど、下っ端に庇われた幹部のポケモンには殆どダメージがない。
「チッ……!」
ワタルは舌打ちをするが、その場に声が響いた。
「ランス様!!国際警察は倒しました……。しかし、部屋には過去に荒らされた形跡あり!資料らしきものは発見出来ず!!」
その報告にワタルは眉をひそめ、ランスは悔しげに表情を歪めた。
ざまぁ回を待ってた方、多いんじゃないでしょうか?アクラはちゃんと不幸になりましたよ。因果応報で良かったですね皆様。