ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
「撤退です」
ランスは、部下の報告を聞いて直ぐに決断した。
「もうか?」
ラムダが尋ねると、ランスは頷く。
「ええ。これ以上の交戦は危険、もしもあの下っ端がハンサムという国際警察の偽装であったのなら、資料は奴に奪われている可能性はより高いです。そして、我々は持久戦にこそ持ち込んでいますが突破口は未だ見えません。……もしもの場合は、私が責任を取ればよい。これ以上の戦力消耗は大局を見れば愚策でしょう」
その言葉に、アポロとラムダは頷く。相手も複数呼び出しているとはいえ、数十人で掛かっているにも関わらずほぼ互角、若干劣勢の勝負に持ち込まれている。これ以上は、時間の無駄であった。
「……こんな事もあろうかとサカキ様から、密命を預かっています」
「?」
アポロが口を開くと、ランスは目を見開いた。
「カラシ達は用済みな上に面倒臭いので放置していけ、と。それから、フジ本人を確保しているためもしも奪取があまりに困難である場合は無理せず撤退するように、とのことです」
任務失敗を容認するようなサカキの密命に、ランスとラムダは困惑する。
「ちょっと待て、良いのか?」
「だそうです。……『ワタルとまともに戦えば私も勝てる保証はない以上、自分に出来ない無茶を部下に押し付けるつもりはない』とおっしゃっておりました」
その言葉に、ランスは決断した。
「ロケット団、即時撤退準備!!」
その判断力と指揮能力こそが、ランスが幹部たる所以だった。余程屈辱的な負けでもして冷静さを失わない限り、ランスは指揮官として優秀な人材であった。下っ端達は、一斉にマルマインやビリリダマを呼び出す。それが表す意味、それはただひとつのみ。
「やりなさい!!!!」
目が眩む程の閃光と爆風が、屋敷を襲った。カイリューやサザンドラが壁となり、ワタルを守る。
「……くそぉ!!」
ワタルが叫ぶが、どうにもならない。ロケット団の大群は、倒れた仲間や奥の部屋に残るカラシとその護衛を残し、まるで煙のように消え失せた。
「ワタル」
爆発により荒れ果てた屋敷で、1人残るワタルに声を掛けた者がいた。それは、ランスに報告をしたロケット団の下っ端……に変装したハンサムであった。
「ハンサム、資料はどうだった?」
「無事に見つけた、大丈夫だ。団員達は縛ってるが……盛大にしてやられたな」
辺りの惨状にハンサムは苦笑いを浮かべる。瓦礫は散らばり、野生ポケモン達は何処かへと逃げ去り、ワタルとそのポケモン達も爆破の影響で傷ついている。
「ああ……だが、まだ奴が残っている。行くぞ」
「うむ」
ワタルとハンサムは、スミレが居る奥の部屋へ向けて歩き出した。
◾️◾️◾️◾️
スミレは、膝を突いていた。同じ目に遭ったアクラの姿にトラウマを掘り起こされ、更にアクラの破滅に喜びを感じた自分への自己嫌悪で動けなかった。
「おや、なぜ動かないのかな?目の前にいる憎い女に復讐する、最大のチャンスだよ。どうせ死んで当然、破滅して当然の女だ」
カラシは、そんなスミレを追い込むように笑うと、目の前に大きな音を立てて何かを落とす。
「…………それは」
スミレが目線を上げれば、そこにはナイフが落ちている。
「これを使って刺すと良い。そうすれば、君はきっとそのトラウマから解放されるだろう」
スミレの揺れていた視界が、定まった。
「……できません」
スミレは、呟いた。カラシは、眉をひそめる。
「何?……何かの冗談だろう?」
「冗談じゃありませんよ。私は、アクラを殺しません」
「何故だ?……憎いだろう?」
カラシは理解できない、という表情で尋ねる。スミレは、服の袖で涙を乱暴に拭って立ち上がる。
「……ええ。私の人生を滅茶苦茶にした女、殺したい程憎い女」
「なら……」
「殺したい……でも、殺したら駄目なんだ」
スミレは、カラシの言葉を遮るように言った。
「殺せば……私は戻れなくなる。私は、どうしようもない人間に成り下がる。私が殺したいほどに憎んだアクラよりも、ずっと酷い人間になってしまう」
「綺麗事で何か解決するのかね?」
カラシの問いに、スミレは首を横に振る。
「ないよ。綺麗事や正義で、私は救われなかった。だから、そんな下らないものは信じてない。……ただ、私が私として生きてゆく為に、通すべき筋があるだけ」
スミレの言葉に、カラシは額に青筋が浮かぶ。
「……アクラが君を嫌った理由がよく分かる。その生意気さ、私も嫌いだ」
「私も、貴方のような人は……人の不幸を願い、笑える人間は大嫌いですよ。だから、私は私として貴方を倒します」
スミレもまたカラシを鋭く睨みつけ、2人の間に緊張感が漂う。カラシが合図をすれば、黒服の男が横からカラシにボールを渡す。カラシが持ったのは、ゴージャスボール。
「ならば、ここで潰れろ!……ブーバー!!」
カラシが呼び出したのは、ブーバー。スミレは、ほんの少し体を硬直させる。
「……貴方程の下衆なら、そうくると思ったよ」
「おや、もっと怯えても良いんだよ?態々、君がブーバーにトラウマを持っていることを調べさせて、サカキに言って用意させたんだ」
カラシは、思った程ではないスミレの反応を訝しむ。
「残念ながら、アイっていうアクラの取り巻きの相手をした時に、ちょっとだけ向き合う勇気が出たんだよね。……だからさ。これ以上ブーバーを使うなよ。ブーバーの名誉に関わる」
「道具の名誉など気にしてどうする?」
「気にするに値しない程の道具に頼らないと護身も出来ない癖に?」
カラシの主張に、スミレは即座に言い返す。カラシは既に怒髪天、といった様子であった。
「キサマァ!!【かえんほうしゃ】!!!!」
「【りゅうのはどう】」
体を襲う震えをものともせずにボールを構えたスミレだったが、背後から放たれた【りゅうのはどう】が【かえんほうしゃ】を掻き消し、そのままブーバーを吹き飛ばす。
「起きろブーバー!」
「次だ、【トライアタック】」
続いて放たれた【トライアタック】が、ブーバーを追撃。戦闘不能に追い込んだ。
「……ワタルさん、終わったんですか?」
スミレが意外そうな声で尋ねると、背後に立っていたワタルは頷く。
「ああ。資料は無事確保、ロケット団はカラシを見捨てて既に撤退した。後はそこの馬鹿を捕えるだけだ」
ワタルがそう言ってカラシを睨み付ければ、カラシはあからさまに狼狽える。
「どういうことだ!……ロケット団が私を見捨てた!?そんな訳があるか!!奴らは、私の立場を必要としている筈だ!!!!」
「……代わりはいるってことですか?」
「いや、代わりを立てれば怪しまれる。恐らくは、必要ないと切り捨てたんだろう」
カラシが喚く側で、スミレとワタルは言葉を交わす。
「そんな筈はない……そんなこと、私は許可しない!!落ちぶれた乞食上がりの下民どもめ、この私に歯向かうか!!次を出せ!」
カラシが怒鳴ると、黒服の男が次のボールを渡す。
「……ワタルさん」
「分かった」
スミレは、ワタルに力強い視線を向け、ワタルは笑みを浮かべると狙いを黒服の男に変更する。
「行けぇ、リングマ!!!!」
カラシが投げたボールから飛び出したのは、全身に枷のようなものを付けられたリングマだった。リングマは、ジョウト地方を中心に生息するノーマルタイプの非常に凶暴なポケモンだ。
「……制御できないポケモンを、機械でってことか」
「そうだ!!強力なポケモンであれ支配する力、それに貴様程度で勝てるのか!?」
狂ったように笑うカラシに、スミレは困ったようにため息を吐く。
「ごめんね?……私のポケモン、貴方の玩具よりも強いし、怒ってるのよね」
投げるのは、6つのボール全て。
フシギバナが。
バタフリーが。
ラプラスが。
フーディンが。
ゲンガーが。
ハクリューが。
ボールから飛び出した瞬間、全力の集中攻撃を放つ。ゲンガーの【シャドーボール】が目の前で爆発し目潰しを行うと、バタフリーの【はかいこうせん】がリングマの鳩尾を狙撃する。よろめいたリングマの体をフーディンの【サイコキネシス】による圧力が襲い、ラプラスの【こごえるかぜ】が全身を凍り付かせる。フシギバナの【はなふぶき】が追い討ちを掛けて継続ダメージを与え続けると、ハクリューが飛び上がると、空中で回転しながら【ドラゴンテール】を発動、脳天に力強い尻尾の一撃を叩きつけた。倒れ込むリングマにフシギバナは【タネばくだん】を放ち、リングマの体力を削り切る。
「さて、次は?」
「〜〜ッッッ!!!!次を出せ!!」
スミレがそう尋ねると、カラシは顔を真っ赤にして手を伸ばすが、その手にボールを乗せる者は居ない。
「悪いが、遊ばせておく訳にもいかなくてな」
ワタルが言った。その足元には、気絶した黒服の男が倒れている。カラシは冷や汗を流しながらも、腰に手を伸ばす。
「良いだろう……。長らく使っていなかったが、こうなっては仕方がない。リザードン!」
「グゥ……」
飛び出したリザードンは、元気がない様子だった。チラチラと主人を見るその姿に、主人のような悪意は見えない。
(……ああ、この人も)
何処かで歪んでしまったのか、と思う。そして、リザードンはそれ以前から共にあった存在だったのだろう。いや、ヒントはあった。異常に一般人を下民と蔑むその姿は、そうなってたまるかという反骨心の現れにも取ることができる。正義への執着は、" 悪 " によって虐げられた反動か。復讐心の肯定は、自身の選んだ道であったからなのか。その果てに、その心はかつて憎んだ悪そのものになったとでもいうのか。
「ああ……ほんと、貴方のことが嫌いだよ」
あり得たかもしれない、己の末路。虐げられ、地を這いずり、しかし負けずに立ち上がって復讐を果たして戻れなくなった弱き人間の末路。
(あり得た末路だから、私はそれを全力で否定する)
「やれ、リザードン!【りゅうのはどう】」
「みんな。……この人を、終わらせてあげよう」
フシギバナの【メガドレイン】、バタフリーの【はかいこうせん】、フーディンの【サイコキネシス】、ラプラスの【みずのはどう】、ゲンガーの【シャドーボール】、ハクリューの【りゅうのいかり】が連続で着弾し、リザードンは反撃も出来ずに倒される。
「……まだだ、私は」
カラシは、一縷の望みを掛けて黒服の男に手を伸ばすと、腰から受信機を取る。その先には、自分の屋敷にいる、金で雇った護衛達が待っているのだ。
「頼む……誰か…………」
出てくれ、という切実な願いに応えるように自宅へ繋がり、カラシは笑みを浮かべる。
『あー、あー、そちらはカラシだな?』
聞こえてきた、聞いたことのない男の声にカラシの笑みは凍りついた。一方のワタルは眉をひそめ、スミレは驚いたように目を見開く。
「どういうことだ!?」
『アンタの屋敷にあるポケモン達は、みんな貰っていくわよ!」
気の強そうな女の声が聞こえた。その声の後ろでは、悲鳴や爆音が轟いている。
「な、なんなんだ!?………なんなんだ、お前達は!?!?」
悲鳴にも似た叫びが、部屋に響く。すると、彼らはその言葉に反応して名乗り始める。
『なんだ、かんだと聞かれたら』
『答えてあげるが世の情け』
『世界の悪を倒す為』
『友の笑顔を守る為』
『愛と正義の悪を貫く』
『ラブリーチャーミーな敵役』
『ムサシ!』
『コジロウ!』
『銀河を駆けるロケット団の2人には』
『ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!』
『ニャーんてニャ!?』
その口上を聞いたカラシは、力を失い尻餅を付いた。
いつもの3馬鹿、上が見捨てた金持ちの屋敷を襲撃、溜め込んだ密輸品などのポケモン達や金品を持ち帰る大手柄。
そして、アレンジ口上。カッコいい