ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
マサラタウンの少年、サトシはヒマワリの行方を探るために、来た道を引き返してシオンタウンへと向かっていた。
「……腹減ったぁ」
サトシが、自身で出したパラソル付きの机にもたれかかり、座っていた。ヒマワリの捜索も行ってはいるけれど、当然生きている以上は空腹から逃れられない。今ではタケシの修行によって昼食や夕食が当番制になりつつあるが、この時は丁度タケシの担当。ぐでり、とした態度で空腹をアピールしてはいるものの、その内心はご機嫌だった。
「全く、ちょっとは成長したと思ったら……」
カスミは、そんなサトシの子供っぽさに思わずそう漏らすと、サトシはカスミを軽く睨む。
「……なんだよ、そっちだってタケシのシチューが楽しみな癖に」
その返しに、カスミは顔を赤くして目線を外す。
「しょ、しょうがないじゃないのよ。タケシのシチューは美味しいんだもの」
「だろ?だからオレがこうなるのも仕方ないんだ。取り敢えず、お腹空いて動けない……」
ぼやくサトシとそれに呆れるカスミの様子に笑みを浮かべながら、タケシはシチューの入った鍋をかき混ぜる。ロケット団との戦い以降、特にサトシは何かを考え込むことが多くなった。未だ自身に懐かない、リザードンとの会話も今まで以上にするようになるなど、サトシのトレーナーとしての姿勢に何らかの影響を及ぼしているのは確かだが、聞こうとしてもはぐらかされるのが現状であった。
偶然通り掛かった野良トレーナーとバトルして時間を潰していたサトシだが、シチューが出来ると昼食に入る。勿論、ポケモン達も一緒だ。
「……あーあ、お腹空いたなぁ」
「フライパンならあるけど?」
「野菜も肉もなければ、ただの鉄板ニャ」
美味しそうに昼食を頬張るサトシ達を眺めるのは、いつもの3人。カラシの屋敷から直接サトシの居る場所まで追いかけたので、兎に角空腹だ。カラシの屋敷からのポケモンと財産の強奪は、それはもう誉められたしかなりの報酬を貰った。例えば、サトシ、スミレ、ヒマワリ、シゲルのマサラタウン出身の4人に対して組織の任務よりも優先して追いかける権利だったり、給料の増額プラス臨時ボーナスであったり。とはいえ、まだ給料が口座に振り込まれていない以上はそれまで通りの貧乏生活であった。
「しっかし、あのハナガール2号がねぇ……」
ムサシが、少し心配そうに呟く。ヒマワリの行方については、3人とも全く知らない。そもそも、ミュウツーのことすら全く知らない。だから、サトシ越しにヒマワリが失踪したということ、そして残した言葉は知っているが、逆にそれしか知らなかったのである。
「アイツはアイツで、色々溜め込んでたんだろうなぁ」
コジロウが言うと、ニャースは何度も頷いた。
「そうかもニャ。ニャー達ももっと気を遣ってやるべきだったのニャ」
「いや、それアタシ達の仕事じゃないでしょ」
ムサシの言い分は当然である。そもそも、悪の組織ロケット団のメンバーが敵対者のメンタルを心配する状況がまずおかしいのである。とはいえ、医療従事者を目指していた経験と面倒見の良さから、ムサシとしてもどうも落ち着かない。
「アイツらはそれぞれ大変そうだからな」
コジロウは、4人の現状を思い返しながらため息を吐いた。マサラタウンの4人の天才達は、それぞれがそれぞれに苦労していた。
「……平和が一番なのニャ」
「だな」
「ね」
彼らも、彼らが見つめるサトシ一行も知る由もなかった。平和など既に壊れ、すぐ側に戦火が迫っていることに。
突如、サトシ達のテーブルに巨体が突っ込んだ。堪らずひっくり返る机や椅子、そして人。
「……なんだ!?」
サトシが、目を白黒させながら立ち上がる。
「バウゥゥゥ」
ぶつかってきた存在、その正体はカイリューだった。腰にはポーチを付けており、宅配便だと分かるのだがサトシ達は思わず絶句して、カイリューを見上げる。
「どういうことだ?カイリューの宅急便となれば、なかなか高額だが……」
タケシが、カイリューを利用した運送の運賃に言及して疑問を呈した。カイリューはその飛行速度と知能から宅配業に利用されているのだが、希少なポケモンであるためカイリュー自体が少なく、運賃は高めなのである。
「バウ」
その疑問を無視して、カイリューはひとつの封筒をサトシに手渡す。
「……なによこれ?」
「今から開ける」
カスミが首を傾げる横でサトシが封を切れば、中に入っていたのは招待状らしき紙と、薄い板状の機械だ。
「なんだこれは?……その辺で使われるような技術じゃないぞ」
タケシが、警戒を露わにする。タケシから見てサトシは将来有望ではあるものの、まだまだ発展途上のトレーナーだ。しかも、大会などでの実績も積んでいない。板状にまで小型化された精密機械を気軽に渡せるような技術力を持った相手の気に留まるのは、難しい話であったからだ。すると、機械に付いていた半球が光り出す。
「なんだぁ!?」
サトシが驚くのも束の間、光はホログラムとなって人の形状への変化し、そして驚くべき人間が映し出された。
『やっほ、サトシ』
「ヒマワリ!?」
サトシが、顔色を変えた。もしかしたらヒマワリ捜索のヒントになるかも、とより一層聞き漏らさないよう気を引き締める。
『今私はとある島にいるんだけどね、そこでポケモンバトルの大会をやろうとしてるの。かのダンデや全盛期のアデクを超える、世界最強のポケモントレーナーが主催する大会を、ね。そこに、サトシも招待しようって思うの』
「…………」
普段なら魅力的ともいえる誘いにも、サトシは厳しい表情であった。ヒマワリの様子は、あまりに異様だ。3人の幼馴染の中では、ヒマワリと最も多くやり取りしている。その明るさを、善良さを知っている。だからこそ、怪しげな雰囲気を醸し出そうとする、その余りにも悲しげで痛々しい表情を、サトシは笑えなかった。
『参加するなら、同封されている招待状にチェックしてね。……ま、君なら参加すると思うけど』
そう言い終えると、ヒマワリの姿をしたホログラムは消滅する。
「……タケシ、カスミ」
サトシは、真剣な表情でタケシとカスミを振り返る。
「分かってるわよ」
「ああ、行こう」
カスミとタケシも、サトシの意思を察して頷く。言われなくとも、そのつもりだった。
そしてサトシは招待状に参加の意思表示を済ませ、立ち上がる。向かう先は、先程とは真逆。それでも、面倒に思う気持ちは起きなかった。
◾️◾️◾️◾️
招待状を受け取ったのは、サトシだけではない。スミレは、研究所跡へ向かう船の上でそれを受け取った。
「……これは」
スミレが、呆然とした様子で呟く。
「それが、アイツの選択という訳だ」
シゲルが憎々しげな声を投げると、スミレはシゲルを睨む。
「随分と、投げやりだね」
「そりゃあ、ボクは関係が薄いからね。招待状は来たし、どうせサトシにも来ているんだろうが、奴の狙いは君だろう」
「何故?」
尋ねるスミレだが、その目に疑問の色はない。分かっていて、それでも否定したいという感情の現れだろうか。
「君がアイツを其方に堕としたんだよ、スミレ。良かったね、人を狂わせたという点では君も君を狂わせた加害者と同類だ。君も、君の言う汚い人間の一員だった訳さ」
シゲルはスミレを鼻で笑う。しかし、その目には嘲笑はなく、純粋な怒りしか見えない。
「黙って」
「黙らないさ。君の境遇については、詳しく知らない。いや、知れないのは分かっているだろう?人格を変えてしまう程の悲劇がどの程度なのか、ボクらは迂闊に踏み込めない。……万が一にも踏み込めば地雷原、しかし踏み込まなければ君は孤独で狂ってゆく。ボクも、サトシも、ヒマワリも、町の人達も。君という被害者意識に囚われた " 悲劇のヒロイン " 様の扱いには大変苦労したものだ」
「……ッ!黙ってって言ったのが聞こえない?」
シゲルの辛辣な言葉に、スミレは歯を食い縛る。
「怒るだろうね、分かるよ。理屈を放置してまで感情論に縋る愚かさ、実に尊敬するよ」
シゲルは、スミレの怒りをまたも笑い飛ばす。
「お前は、アイツに何かしてやったの?」
スミレは、シゲルの胸ぐらを掴まんという勢いで詰め寄る。
「いいや?残念ながら、オーキド・ユキナリの孫という立場は君らが考える以上に大変でね。残念ながら、マサラタウンの人以外にボクがオーキド・ユキナリの付属品以外の見方をして貰うには色んな努力と実績が必要なんだ。どこかの小娘が変に優秀だから、それを挽回する為に色々やっていれば当然時間は足りなくなる。ボクを上回る育成に関する部分以外でヒマワリのことを気遣ってやる暇なんて、許されていないんだよ。だがしかしね、スミレ。……ボクは君と違って、ヒマワリに対しては一切の不干渉なんだ。君のように、伸ばされた手を利用するだけ利用してから、自分だけを正当化して彼女の想いと向き合おうともせず感情論で踏み躙ったりはしていないんだよ」
シゲルは、苦しそうな表情で言った。世界的研究者の孫、となればその双肩には相当な重圧がのし掛かる。
「やめなさい、シゲル!スミレも落ち着きなさい!」
ハンサムが仲裁しようと迫るが、シゲルはそれを手で制する。
「ほら見ろ、それだから君はつけ上がる」
「つけ上がる……?私は、何もしてない」
「無意識、だよ。どいつもこいつも、君を甘やかす。だって、お前を助けなかった弱みがあるから。コイツの抱えた致命的な歪みも指摘できずに、結局は君の歪みは進行するんだ。……分かっているんだろう?理性では」
シゲルの放った最後の言葉に、スミレは思わず俯いて唇を噛み締める。
「……私は」
「なんだ、まだ言い訳かい?それとも、一々列挙してやらないと分からないのか?」
「私が、逃げてることは否定できない。過去を話して、心配してくれてる皆と向き合おうともしないくせに誰も分かってくれないと勝手に怒っていることも、その態度で人を一方的に悪者にして、結果的にヒマワリを傷つけたことも分かる」
「へぇ、じゃあどうする?」
「私は、どうにもしない」
スミレの回答に、シゲルは意外とでも言うかのように目を見開いた。
「何故だい?君は、自分で連れ帰ろうとは思わないのかい?」
スミレは、シゲルの疑問に首を横に振った。
「……それじゃあ、駄目。私では、あの子は連れ戻せない」
「では、諦めるとでも?」
シゲルが、それだけは許さないという意思を込めてスミレを睨む。
「ううん。だから、他の人を頼る。師匠だったり、大人の人だったり、色んな経験を積んだトレーナーの人に、お願いする。そして、この出来事が終わって落ち着いて、みんなが自分のことを話せるようになったら、4人でちゃんと話し合おうよ」
スミレは、そう言って小さく笑った。昔とは違う、作り物ではない笑顔を。その笑顔に、シゲルはホッとした様子で笑う。
「…………では、もう逃げないと?」
「うん。私のことは全部話す。だから、シゲルにも覚悟しておいて欲しいんだ」
「ああ、分かってる。ボクのことも、ちゃんと話すさ」
「……ありがと」
その言葉には、色々な意味が込められていて、シゲルには直ぐに分かった。シゲルは、片手をひらひらと振る。ヒマワリを連れ戻せるかどうかを悩むことは無かった。
「全く、苦労のかかる友達を持ったものだね」
シゲルは、いつものような笑みを浮かべて笑った。
シゲル→周りの大人がスミレに甘いけど、理由が理由なので自分が言った。割と心配してた。マサラタウンを出れば、祖父の付属品となって個人として見てもらえないしそれを払拭するには他の幼馴染達が優秀すぎて苦労していた。上手くいかず、でも周りを蹴落とすという手段ではなく己の努力で解決しようともがいていた。
スミレ→自分の悩みは話さず隠して、しかし勝手に爆発して周りに当たってた。理性では分かっていても、感情を制御出来ないくらいに不安定だった。これでは周りも対応が分からないので試行錯誤し、結果スミレの地雷を踏んでた。
ヒマワリ→誰よりもスミレを心配して、向き合おうとしていた。結果として爆発の被害に一番遭っていた人。でもめげずに手を差し伸べては上手くいかずに傷ついて、それでも明るく笑っていた人。
サトシ→なんとなく分かっていたからこそ、知らないようにしていた。知ったところでどうすればいいか分からないし、馬鹿のように振る舞っている方が性に合っていた。