ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
ヒマワリが飛ばされたのは城の地下にある部屋だった。そこは、ヒマワリが城に滞在している時に自室として使用していた部屋だ。辺りには家具が置かれ、まるでバトルのできる部屋ではない。ヒマワリは、どうしたものかと眉を顰める。
「……成程、儂が貴様と飛ばされたということはそういうことか」
背後から、その声が聞こえて慌てて振り返ると、サナダがそこに立っていた。改めて見ると、全身に巻かれた包帯が痛々しい。その表情は厳しく冷や汗を流し、未だ傷が痛むことが分かり、ヒマワリは表情を歪める。
「サナダさん……その傷」
「ああ、済まんな。割と痛む」
愉快そうに笑うサナダに、ヒマワリは目を丸くした。城に来たばかりの時は強がっていたのに、急にそんなことを言ったからだ。
「強がったり、しないんですね」
「まぁな。お前と話すには、弱みも見せねばなるまい」
サナダの反動に、ヒマワリは眉を顰めた。
「今更……何を話せと?わたしは、この選択をしました。たとえわたしが世界に殺されたとしても、主人公に倒されたとしても、わたしが悪として貴方達の前に立ちはだかったことに変わりはありません」
「悩んでいるような言い方だな。自分の選択に、迷いでも生じたか?」
サナダは、ヒマワリにあくまでも穏やかな表情で尋ねる。
「……ッ!そんな訳がありません」
「その割には早口だな。それに、表情に動揺が表れている。全くもって、下手くそと言わざるを得ない嘘だ。……儂はずうっと信じておったが、確信が持てた。お前では、決して真の意味での悪になどなれんよ。それはスミレも、サトシも、シゲルも変わらぬ。お前達は、どう足掻いても善人の枠から外れられぬ。今回の一件は流石に罰を受けねばならぬ行為ではあるものの、貴様の性根は未だ悪には染まれておらぬ。……まことに、不器用な女だ」
サナダは、ゆっくりと椅子に座り言った。敵である筈のヒマワリの前でポケモンも出さずに、穏やかな表情で。
「悪人になれなかったら、どうなんですか?どこかに落とし所がなければ、物語は動かない。世界が動かなければ、きっと未来は動かない。そうしたら、サヤちゃんは?他の未来に生きる子供達は?今を生きるわたし達は?…………時々、不安になるんです。もしもわたし達の記憶が消されて、もう一度同じ旅を始めることになったとしたら?ずっとあの子が苦しんで、わたし達は変わる機会も奪われて、ずっと同じ悲劇を繰り返すとしたら?」
ヒマワリはそう言って俯いた。恐怖に声は震え、涙が溢れる。妄想かもしれない、思い過ごしなのかもしれないとは思う。だがしかし、もしもそれが真実だったとするならば?そう思うだけで、ヒマワリはジッとしては居られなかった。
「そうさなぁ……、分からんよ。儂にも、お前にも。誰にも分からん。ただその先に、結果が待つだけだ」
サナダは、そう言って首を横に振った。あまりにも呑気な様子のサナダに、ヒマワリは思わず視線を尖らせる。
「分からないじゃあ、どうにもならないじゃないですか……!?わたしは、幸せに終わらせようとしてるんです!!より
「お前の死が、ハッピーエンドであるものか。スミレも、他の者達も、それを望むと思うでない。その発想自体が間違っているのだ」
ヒマワリの結論を、サナダはバッサリと切り捨てた。
「そんな訳が……。不幸なスミレちゃんが報われる、そんな話で終わればそれで誰もが満足、わたしがあの子を不幸にした悪役として破滅すればハッピーエンドでしょう!?主人公らしく、丁度良い危機を救ってチヤホヤされて、みんなに愛されて……。それが、丁度いいハッピーエンドじゃないんですか??それとも、生贄が足りないと……!?」
叫ぶヒマワリを、サナダは真剣な表情で静かに手で制する。思わず黙ったヒマワリに笑って頷くと、口を開いた。
「違うよ、少なくとも今の奴はな」
「……違うん、ですか?」
「ああ。確かに、奴がそうしかねないというのは奴を知るからこその言葉だろう。儂のジム戦途中までのスミレなら、復讐に走ってもおかしくはなかった。被害者意識に甘え、狂い、自らの思想を肯定するために他者を傷つける。それだけの不安定さが見て取れたさ。……だが、今は少し違う。歪みこそは残っているが奴は、己の中にある歪みを自覚しつつある。そして変わろうと、向き合おうとしている。人に虐げられた人間が、加害者であろうと人を虐げる。その歪みを、同類に堕ちる醜さを奴の頭は理解できるだろう」
「復讐は、醜いと?」
「復讐に走ったことのある人間の持論だがな。……虐めも、復讐も。どちらも口実を後ろ盾に他人を攻撃するのだ。それが醜いと言わなくてどうする?正当な怒りも、ぶつけ方を誤ればただの暴力であろうが。歪んでいても良いと進むのもまたひとつの道だが、奴がそんな生き方をすることはあり得ない」
「…………何故?」
サナダの断定に、ヒマワリは視線を尖らせて尋ねる。
「それは、奴がもう1人の人生を背負っているからだ」
サナダは自信ありげにそう言い、ヒマワリは目を見開き、全身を震わせる。
「そっか……。" スミレちゃん " の」
ヒマワリが呟き、サナダは正解であると示すように笑って頷く。
「スミレという人間はあくまで本来の人格から外れた存在だ、と本人は定義している。つまり、現状の人格はあくまでも本来の人格を学習しただけの模造品であり、真実の姿ではないとスミレは考えている。だからこそ、本物の " 光 " に手を伸ばした。かつて天へと挑み翼を焼かれた英雄のように、届かぬ星に夢を見た。隠せる本心などあるものか。暴発し続けた想いは既に奴の心の中に呑まれて消えた。己の心に巣食った闇を取り込み、その闇の中に星空を描こうとしている。例えそれがスミレの演技だったとしても、儂の見立てが間違っていたとしても、奴の決意を信じて背中を押すのが大人としての儂らの役割。そして、背中を押すのはお前でも同じだ」
「わたし?」
「当然だろう。何故省こうとするかは分からんが、お前もまた儂らにとっては支えるべき1人の子供であることに変わりはあるまい。他人を支え、助けようとするのがお前の道ならば、儂らはそれを支える土台となるべきなのだ。たとえ願われなくとも、初めから当たり前のようにそこにあるべきだったのだ。……だが、それは叶わずお前にこのような真似をさせた。それは、済まなかった」
「そんなことはありません。……スミレちゃんが自分と向き合うのを決めたように、わたしが、選んだ結果ですから」
ヒマワリは、悲しげな表情で首を横に振る。自分の選択に迷いが生じたことを、認めたくないとでも言うようであった。
「そうだ、お前は少しばかり勘違いをしている。それを正してやろう」
「なんですか?」
サナダの物言いに、ヒマワリは首を傾げる。先程まで神妙な表情だったサナダの表情には、少しの怒りが見て取れる。
「運命を舐めるな」
「は?」
サナダの言葉に、ヒマワリは困惑の声を漏らす。一瞬何かの冗談かとは思ったが、その表情は真剣そのものだ。
「運命とは、決して変えることのできぬ道をいう。たとえ変えたと思っても、変えた先こそが真なる運命。変える前など、所詮は運命を模した虚像に過ぎん。……お前が世界に挑んだところで、それで何かが変わるかといえばそうでもない。たとえそれがキャラクターが勝手に動いたものだとしても、この世界を描く脚本家が辻褄合わせをしてしまえばそれで終わりなのだ。もしもこの世界が創作物であるとするならば尚更だ」
「……つまり」
ヒマワリは、暗い表情で俯き拳を握った。ヒマワリには、何が言いたいのかがはっきりと理解できた。
「分かっているだろうが、敢えて言おう。……お前の献身は、世界という規模で見れば全くの無意味だ」
「そんなこと……」
「あるとも。お前が身を捧げずとも、なんだかんだで世界は回ってゆく。ロケット団という分かりやすい悪役もいる以上、お前に悪役として出来ることを探すことの方が難しい。悪になろうとするお前の行いは、ただ無駄な行為でしかない」
サナダはそう言い切り、ヒマワリは俯いたまま小さく頷いた。悪役という役割だけならば、ロケット団というあからさまにその役割を担う組織があるのだ。ヒマワリが担当できるのは、精々町の小悪党が限界である。
「……です、よね」
サナダは立ち上がると、ヒマワリの肩を優しく叩いた。
「よいか。……運命とは偶然で、残酷で、本当の意味では誰も予想のできないものだ。だからこそ人は、より良い未来を信じて努力することができる。たとえ作り物の世界であったとしても、その結末を知るのは作者だけなのだから。登場人物も、物語の鑑賞者も知らない、真のエンディングまで努力すれば、キャラクターの奮闘が作者の心を動かすことだってきっとあるから。……だからお前も、信じなければならなかった。スミレも、お前も、町の人たちも。みんなが笑い合える、そんな優しい物語の結末を」
「そんな物語、実現するほど優しい世界なら、どうしてあの子は傷ついたんですか!?貴方だって、過去の戦争で沢山の仲間をッッ……、すみません」
ヒマワリは叫びかけ、自分の言おうとしたことに気付いて顔を真っ青に染める。
「いいんだ。確かに苦しく、醜い世界ではある。だがしかし、儂はこの世界の優しさを知っている」
「優しさ、そんなもの……」
否定するように首を横に振ったヒマワリの言葉を、サナダは否定する。
「確かにあるぞ。この世界に、優しさは」
「何故ですか?なんで、そんなことを言えるんですか??」
「お前達がいる。世界を少しでも良くしようと、友達を助けようと本気で願える者がいる。たったそれだけで、儂らが戦い、多くの友を犠牲にしてまで抗った価値はあると言えるのだ。アイツらも、きっとそれを喜んでくれると分かっているから。スミレのことは、儂に全て分かる訳がない。だがしかし、お前ならば、お前達なら奴の孤独を癒すことも、互いの弱みを明かしあって助け合うこともできると、儂は心の底から、儂の人生の全てを賭けても構わんほどに信じている。……だから、もう一度だけ。もう一度だけでいい。お前も、信じてくれんか?人の未来を、人とポケモンが暮らすこの世界を。友の命と引き換えに守った、現在も」
サナダは笑った。明るく、優しく、決して怒りも嘘もない、確かな言葉でそう言い切った。ヒマワリは、溢れる涙と脱力感に身を任せて膝から崩れ落ちた。
(負けた……。わたしは、また間違えた)
ヒマワリは、泣きながらそう思った。ポケモン同士をぶつけ合わせるまでもなく、サナダという漢にヒマワリは手も足も出ずに負けたのだ。サナダは、信じた。明るく優しい世界の未来を。ヒマワリは、信じなかった。大切だと言っていた友達の成長を。身を捨ててまで守ろうとした、大切な人々を。
(わたしは、間違えた。信じてもらおうと、助けようとしたわたし自身が、誰よりも信じていなかったんだ……!)
ヒマワリは、確信する。戦う前から、既にヒマワリは負けていたのだ。信じる心は強いなんて、物語ならありがちなものなのに。誰かが繋ぎ、守り、礎となって紡いだ未来の先にある今を、ヒマワリは壊そうとしていた。強引なハッピーエンドという理由で、それを壊そうとする存在に手を貸した。
「ごめんなさい……ごめんなさい…………ごめんなさい」
まるで叱られた幼子のように泣きじゃくるヒマワリの肩を、サナダは静かに抱き止めた。
(これで良いのか?儂は上手くやれたか?……なぁ、友よ)
胸元で声をあげて泣くヒマワリを抱きしめて、サナダは窓から見える空を見上げる。空は曇天、風雨の吹き荒ぶ空は、未だ終わらぬ戦いを示していた。