ポケットモンスター another story   作:黒雲涼夜

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第142話『ミュウツーの逆襲』㉜: 一緒に

 その場が、沈黙に包まれた。戦っていたポケモンやミュウツーですらも、動きを止めていた。

「……サトシ」

タケシが、声を震わせて呟いた。

「これは、悪い夢だ……そうであってくれよ、サトシ」

シゲルは現実逃避するように呟き、膝を折る。

「あ、あぁ……!」

ヒマワリは頭を抱えて絶望の声を漏らし、スミレはヒマワリの頭を胸元に抱き寄せると、唇をぎゅっと噛み締めた。

 

「ピィカ」

全身傷だらけになったピカチュウが、サトシによろめきながら歩み寄る。まるでブロンズ像のようになって倒れたサトシの体を、ゆっくりと揺さぶる。

「ピカピ……ピカピ、ピカピカ」

揺さぶっても、声を掛けても、サトシは何も返さない。死亡という今最も信じたくない二文字が、皆の頭を過ぎる。サトシが死んだ、ということを認めたくないのか、ピカチュウは弱々しく呼び掛けながら、サトシの体を揺さぶる。ピカチュウのあまりに痛々しいその姿に、誰もが声を発さない、発することができない。

「ぴぃか……」

揺すっても起きないサトシの姿に項垂れたピカチュウの目から、涙が溢れた。ポロポロと溢れる雫が、無機質なサトシの顔に落ちる。

 リザードンが泣いた。フシギダネが泣いた。ゼニガメが泣いた。ピジョンが泣いた。ケンタロスが泣いた。沢山のポケモン達が、オリジナルもクローンも関係なく、ロケット団のポケモンもリーグ側のポケモンも関係なく、サトシを想って涙を溢した。

 

「…………ぇ」

スミレが、そんな声を漏らした。光が舞う。ポケモン達の瞳から溢れた雫は光の粒子となって、城を照らしていた。

「光、か。ポケモンの知られざる力は、よもやそこまで……」

サカキは真剣な表情で、その光を見つめていた。悪党としての道を選んだ自分とは違う輝き、だがそれをサカキは悪くないと思った。決してそちらに染まることはないけれど、尊重すべき光だった。

 

『なんだ、これは……』

ミュウツーは、その光に戸惑いと驚愕を覚える。ミュウツーには分かった。サトシという男が、既に死んでいることを。だがしかし、光がサトシの体に集まり出すと、消滅したはずの鼓動が動き出すのが分かった。《なんなんだ、これは……》

ミュウツーの疑念に、ミュウは目を細めた。

『ミュウ』

その一言で、ミュウツーはそれを知った。

『馬鹿な、意思の力だと……?奴らのポケモンだけでない、私が創り出したクローンでさえも、同じ意思を持つ生き物だとでも言うのか!?』

「結果が、それを教えてくれるさ。……さあ、見ろよ」

ミュウツーの叫びに応えるように、ワタルが現れた。後ろに伴っているカイリューは、気絶した2号機を抱えている。ワタルに促され、サトシが倒れた場所を見る。

「う、うぅん……」

サトシの体はいつの間にかブロンズ像のような姿から普段通りの人間の体になり、サトシはまるで朝起きるような声を漏らし目を覚ます。

「ピッカァ!!」

ピカチュウが泣きながら抱きつき、続いてサトシのポケモン達がサトシの周りに駆け寄った。

「ごめんな、みんな。オレはもう大丈夫だから。……だから、ミュウツーと話をさせてくれないか?」

サトシが困ったような笑顔で言うと、ピカチュウ達はやれやれ、といった呆れ笑いを浮かべサトシの隣に並び立つ。いざとなれば戦えるように、次はサトシを守れるように。

『……私と話がしたい、といったな?なんだ』

「オレはさ、ポケモンマスターになりたいんだ」

『は?』

自分と関係のない始まりに、ミュウツーは思わず困惑の声を漏らす。

「具体的にどんなのだって聞かれても分からないけどさ、なりたいんだ。……でも、オレは今まで何も知らなかった。命を弄ばれたポケモンのことも、色んな原因があって苦しんでる人達のことも、分かってやれなかった。すぐ近くに、悩んで間違えて、世界を憎んだ奴が居たのにな。……誰かが誰かの痛みを分かってやれないから、分かろうとしないから、こうやって戦わなきゃいけないんだ。譲れない一線も知らずに、争って血を流して、そしてまた悲しみだけが積もっていくんだ」

『何が言いたい?』

「オレ、思うんだ。『誰かの心の痛みが、分かる心を持つこと』。きっとそれが、ポケモンマスターに。いや、なんであれ『なりたい自分』になる為に必要なことだって。……この戦いは、初めからしなくて良かったんだ。誰かがミュウツーの、ヒマワリの心の内を聞いてやって、分からなかったら一緒に悩んで、手を取り合って解決しようとしなきゃいけなかったんだ。誰かが、お前達の心に、向き合ってやらなきゃいけなかったんだ。……だからさ、教えてくれないか?お前のことを」

『無駄だ。お前と私が、分かり合える筈がない』

「やってみなきゃ分からないよ。……目が覚めるちょっと前にさ、夢を見たんだ。クローンも、オレや仲間達のポケモンも、ロケット団のポケモンも、沢山のポケモン達が泣きながらこっちに手を伸ばしてくれる夢。そして夢の中でピカチュウの手を握った時、オレは全身に暖かい光を感じたんだ。だから、クローンでもそうでなくても、きっと何処かには同じ何かがあって、そして同じように生きてるって思うんだ。だからオレは、諦めない。たとえ最後に分かり合えないと分かっても、それが分かるまでは何度だってお前と話すんだ。もし分かり合えたなら、昨日の敵だって、今日から友達になれるから。そしたら、今日の友達は明日も、そして永遠に友達だ」

ニカリ、と擬音が付きそうな笑顔を向けるサトシに、ミュウツーは目を見開いた。まるで太陽のように明るい光は、ミュウツーの中に収まる記憶を走馬灯のように蘇らせた。それは泣きそうになるくらい、暖かい光だった。

《アイツー、そしてヒマワリ。私は……》

『サトシ、といったな』

「ああ、覚えてくれたのか。ありがとう!」

『……君はなんというか、馬鹿だな』

「馬鹿じゃないっての」

『……ああ、分かった。全てを話そう』

馬鹿、という言葉に少し不満そうなサトシをスルーしたミュウツーは諦めたように、だが何処か吹っ切れた表情で笑った。

 

◾️◾️◾️◾️

 『私は、ミュウの細胞からロケット団によって造られた人造ポケモンだ。あのフジ、という老人がかつて喪ったアイという娘を生き返らせる過程で造られた、いわばついでの存在だった。……試験管の中で眠っていた私は夢の中で何処かへと飛ばされ、そこでアイツーと名乗る少女に出会った。アイツーと私、そして数体のクローンポケモン達で、旅をしたんだ。ああ、感情を知る今だから言えるが、とても楽しい日々だった。だがアイツーは、ある日私の目の前で消えてしまったんだ。……なんてことはない、本体のクローンが死んでしまったんだ。そして他のクローン達も、続々と死んでいった。私には、何も出来なかった。彼女は訳もわからず涙を流す私に、感情というものを教えてくれた。それから私が、夢の世界に行くことは無くなった。行けなくなったんだ。孤独の中で成長した私は遂に完成を迎え、試験管から出された私は研究所を破壊することにした。多くの研究者を殺したが、一部は島から逃げ出してしまった。妹を創り出したフジも、その1人だった。島を破壊した私を、誘ったのがそこに居るサカキだ。私を口車に乗せて制御装置を付けさせ、沢山のポケモンを倒し経験を積んだ』

「……その時か、ボクと戦ったのは」

シゲルがポツリと呟くと、ミュウツーは首肯する。

『ああ、その通りだ。……だがその関係も、長くは続かない。私は私を道具として扱うサカキに嫌気が差していた。だがシオンタウン襲撃において誘拐の目的となるのは私を生み出したフジだったから、大人しく従っていたのだ。だが、そこで運命が変わったんだ』

そう言ってミュウツーは、ヒマワリに視線を移す。ヒマワリは自身を殺そうとしたミュウツーに向かって、ただ笑いかけた。

『トレーナーを殺そうとした時、割って入ってきたのがヒマワリだった。そうして私はヒマワリによって、ロケット団を教えられた。兵器扱いし、こき使っていた人間を。そして憎んだ、私とい命を、そしてアイツー達の命を弄んだ人間を。

「うん、そうだね。……そして貴方は、決意した」

ヒマワリが懐かしむように遠くを見て笑った。

『ああ、私は思った。悩んだのだ。心を読めば、ヒマワリの奥底にあった記憶の中の人間の闇は、私の憎悪を燃え上がらせた』

そう語るミュウツーの心中には、決意を固めたその時の言葉があった。

『此処は何処だ……。

私は誰だ……。

誰が生めと頼んだ!

誰が造ってくれと願った……!

私は私を生んだ全てを恨む……!

 

だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもなく……!

 

私を生み出したお前達への、逆襲だ』

拘束具を破壊し、初めて見えた世界と本当の自分。自我を持ち、力の全てを自覚し、人間のエゴによって生まれた自分という存在に疑問を持った。自らが破壊してしまった街の人々の泣き声が、悲鳴が、ミュウツーの憎悪を駆り立てた。何故人は他の命を踏みつけるのか、ではそんな人間によって造られ、道具のように使われる自分は一体なんなのか。そしてアイツーやクローンは、何故死ななければならなかったのか。

戦いが始まってからミュウツーはこの戦いを逆襲と呼んでいた。攻撃されたのだから、やり返す。それを軸に、戦ってきた。

 

『ああ、そうだ。逆襲なのだ。私は憎しみによって立ち上がり、だがしかしこの戦いは逆襲と呼ぶべきものだった。その軸が一度たりとも揺らがなかった訳ではないだろう。私は、私を探して憎み続けたのだから。だが私はその行為を逆襲と呼び、戦いを始めた。……私達はまずロケット団の拠点襲撃を行った。全てはクローンのサンプル奪取の為に。そして場を整え、敵を呼び寄せ、そしてこうして戦い、今へと至ったのだ。……簡単な話だったが、ここまで聞いてお前はどうする?』

ミュウツーの語りは熱を帯び、思い出される怒りによって放たれるプレッシャーは全身に震えを感じさせるほどだった。その場にいる全ての者が、2号機やロケット団ですらもその語りを黙って聞いていた。そしてミュウツーは、サトシに問いかける。お前はどうする?と。

「オレはそれを、共感してやれるような経験をしてないけどさ。……でもやっぱり、オレはお前と分かり合えないとは思わない。ロケット団でやったことは悪いことだ。シオンタウンの人達を苦しめたことには変わらない。死んだ人は居なくても、殺そうとした人は沢山居る。もしもその人達に恨まれても、オレはお前は悪くないなんて言えないよ。……でも悪いことをしたからって、お前の痛みは無視して良いとはオレは思わないんだ。だからさ、オレと一緒に反省しよう。そして一緒に考えよう、どうやって生きていくのかも、罪の償い方もさ」

ミュウツーは、目を見開いた。一緒に、とサトシは言った。何もしていないというのに。目の前に立つサトシは、そう言って明るく笑う。そしてシゲルに何かを耳打ちされると、右手を開いて差し出した。

『何を……?』

「サトシの手を握ってくれ、ミュウツー。これは人間がよくやる、仲直りの証。……握手って言うんだ」

シゲルが、懐かしいものでも見るような目でミュウツーに言葉を掛ける。サトシと誰よりも喧嘩したからこそ、かつては渋々やっていたそれを提案したのである。

「そうだな、ミュウツー。この握手で、戦いを終わらせようぜ」

『私は』

それに乗ったサトシの言葉に、ミュウツーは言葉を濁す。

 

「……いいんじゃない?ミュウツー」

それを見かねたヒマワリが、背後から優しげな声を掛けた。ミュウツーが背後を見ると、ヒマワリはスミレに支えられながら立っていた。

『ヒマワリ……。それにスミレ、だったか?』

「そう。よく知ってるね」

ミュウツーの確認に、スミレは頷く。

『スミレ。お前も、私と同じく苦しみを抱えて生きているのだろう?……お前は、いや君はどうやって今を生きているというのだ?』

ミュウツーに尋ねられたスミレは、少し考える素振りを見せると笑った。

「……そうだね、人間は今でも嫌いだけど、この世界はまだ憎いけれど、少しは好きになれる人と出会えた。苦手だった人と、もう一度分かり合えた。旅をして、色んな物を見て、色んな人を見て。……そして私はちょっと変われた。だから私は、これまでもこれからも。風といっしょに歩き続けて、時々立ち止まって、そしてまた歩き出す。ただ気ままに流されて、どこまでも。私はそうやって今を生きてる」

『風といっしょにか……。私にも、世界は見えるだろうか』

「うん。もしも勇気を持って一歩を踏み出せたなら。……たとえ自分から一歩踏み出せなくても、手を引いてくれる誰かが居るなら。そうしたら、きっと貴方だけに見える世界はきっと見えるから」

スミレはそう言って、優しく微笑んだ。

「だけどその役目は、私じゃない」

そしてそう続ける。スミレに支えられて立っていたヒマワリが、スミレから離れてミュウツーの背中を弱々しく押した。力の殆ど入ってないそのひと押しは、しかしミュウツーを一歩前に押し出した。

 

「いいんだよ。さ、行って」

他でもない。止まれないからと殺そうとした共犯者であるヒマワリの言葉にミュウツーは思わず目尻に涙を浮かべる。

 

そしてサトシとミュウツーの手が強く、だが優しく握り締められた。




次回、『ミュウツーの逆襲』最終回
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