ポケットモンスター another story 作:黒雲涼夜
29番道路を抜けて、進む先に見えるのは次の町ヨシノシティ。『はなのかおりただようまち』という説明があるように、花の栽培で有名な土地だ。
「どうかね?ワシが町を案内してやろうか?」
「いえ、お気遣いはありがたいですが結構です」
そう言う老人の誘いを断って、スミレは町に入る。まずはポケモンセンターでホーホーの回復と登録をしなければならない。
「……さて、まぁポケモンセンターなんて重要な建物は目立たせるよね基本は」
歴史的な町が広がる観光地では目立たない色になっていることも多いが、基本的にポケモンセンターは良く目立つ。ヨシノシティのように、そこまで大きくもない町なら尚更だ。ポケモンセンターを見つけたスミレは、真っ直ぐとそちらへ向かって歩きはじめた。
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ポケモンセンターでホーホーの登録と回復を済ませたスミレは、少しの寄り道で花畑に来ていた。というのもスミレはヨシノシティに来たのは初めてなのだ。カントー地方の時よりも精神的に余裕がある今、少しの観光を楽しむだけの余裕はある。
「……凄い」
花畑はまるで広場のようになっていて、通路から出て花を踏み荒らさなければ、花に彩られた道を歩けるようになっている。しかも通路は、大型ポケモンが余裕で通れるような、広々としたものだ。そしてその花畑は色とりどりの花で彩られ、まるで絨毯のようだ。風に揺られると花は一斉に揺らめき、香りがスミレの鼻に届く。
「おいで。フシギバナ、ホーホー」
スミレはボールを腰のベルトから取り外すと、フシギバナとホーホーを呼び出す。
「バナァ」
フシギバナはくさタイプらしいが花畑を大層気に入った様子であった。
「……きゃっ」
ニコニコと笑みを浮かべると蔓を伸ばしてスミレとホーホーを掴んで持ち上げ、スミレは思わず声を漏らし、ホーホーも目を丸くする。
「バナァ!」
フシギバナは持ち上げたスミレとホーホーを、背中に乗せた。柔らかい感触がスミレの尻を通じて届き、スミレは思わず笑みを漏らす。
「……もう、先に言ってよ」
「ホー!」
「バァナァ」
笑み混じりの注意にホーホーが同調し、フシギバナは鳴きながら蔓で自らの頭を撫でる。
「乗ったからには、案内してもらうよ。……ほら、ホーホーはこっちおいで」
「バァナァ」
スミレの言葉にフシギバナは笑って返し、ポジションを決めかねていたホーホーはスミレに手招きをされ、その膝に乗った。フシギバナが一歩一歩進み出すと、スミレの体には軽い振動が伝わる。
「……ほら、見える?ホーホー。ずっと先まで、花畑が広がってる」
フシギバナの背中から見える花畑には、沢山の人とポケモンが居た。じゃれあっているオタチ、オオタチの家族。空中を舞うポッポに、地上で動き回るキャタピーやイトマル。花の香りに誘われたヘラクロスが何処からか顔を出し、その頭上をレディアンが通りすがる。トレーナー達も様々だ。例えば、リザードンに乗って空からカメラを回す人。母親の手持ちらしきメリープに連れられ駆け回る小さな子供と、それを追いかける母親。はしゃぐ子供を肩車して、遠くまでを見せている家族連れの父親。花畑から少し離れた空間で、ポケモンバトルをしているトレーナー達もいる。
「ホー……」
ホーホーは、思わずその光景に見入っていた。ホーホーは昼間も行動できるが、本来は夜行性。夜にばかり空を飛び回っていたホーホーにとって、昼間に見る花畑というものは新鮮だ。
「確か、ホーホーは夜行性だったよね。……私は夜が好き。貴女が暮らす、夜の時間は好き。星空や月を眺めながら1人でお茶をしたり、物思いに耽ったりするのは好き。……でも、昼間だから見えるこういう景色も、嫌いじゃない。人間の手が入ってはいるけど、それでもね。こうやって穏やかに、なんのトラブルもストレスもなく見られる景色が私は好き。…………貴女はどう?」
「……ホー」
ホーホーはほんの少しだけ込められた力に、ただそう鳴いた。それはきっと、『自分も好きです』という肯定だ。スミレはその鳴き声に、顔の下半分をホーホーの頭に隠して笑った。
フシギバナは、そんなスミレに笑みを深める。相変わらず人間嫌いは激しいが、それでもカントーを旅していた頃では珍しかった、穏やかなスミレがよく見ることができてフシギバナとしては満足だった。ホーホーは、知らないだろう。自らを膝上に乗せて甘やかしているその少女は、かつてはポケモンを捨てることが選択肢に存在していた、それだけ荒れた人間だったということを。因みに、現在では捨てられはしないが出番が消滅するらしいので、本質的にはそう変わらないだろう。また、新人にあんな教育をする辺り、根本的に荒んでいるのは間違いないだろう。フシギバナ視点から見ても、あれはウツギがあまりに可哀想だった。人語が話せていたならば、そもそもアドバイスなど事前に阻止していた。とはいえずっとスミレを見守っていたフシギバナの目から見れば、今のスミレは旅の始まりから大きく変わっているように思えた。人前で本音をより話すようになり、感情表現を正直にするようになり(荒み切った人間の本心を曝け出すと当然弊害があったのだが、マサラタウンの人々がスミレに対して罪悪感を持っていたのと、それとは別で寛容だったのに助けられた)、より自分自身を労わるようになった。……だからこそ、好きな花畑でフシギバナははしゃいでいる。フシギバナは、花畑が好きだった。そよ風に揺れる花の絨毯、流れ来る花の香り。そして、爛々と輝く太陽。光が強すぎると日焼けで火傷痕が若干ヒリヒリするらしいスミレには申し訳ないが、フシギバナはくさタイプ。本能的に、強い日光の下は好きだし、そんな場所を大切な人やポケモンと一緒に歩くのはもっと大好きだ。そして今は、大切な人も明るい気持ちで居る。絶望した目をしているのが常だった少女も、少しずつ本心からの微笑みが増えつつある。相棒として、これほど嬉しいことは今まででも数えられる程しかないだろう。これからは保留だ。もっと良いことで上書きできることを願う。
「バナァ!」
フシギバナは、弾んだ声音でスミレに声を掛ける。
「……ちゃんと楽しいよ、大丈夫」
そう返すスミレの声は、穏やかで暖かい。10歳の子供が発する声にしては落ち着き払っているが、それで良いしそれが良い。
「ホー?」
スミレとフシギバナのやり取りに、ホーホーは首を傾げた。
「……いや、楽しいねって」
付いていけないホーホーにスミレが笑う。
「すごーい!!おっきいポケモン〜!!!!」
元気の良い声が届いて視線を下に向けると、小さな女の子が立っていた。フシギバナは歩みを止めると、蔓を伸ばした。蔓はスミレの体に巻き付くと、側の地面に降ろす。後ろからは、息を切らせた母親らしき女性が、メリープを伴い走ってくる。
「はぁ……はぁ、す、すみません……うちの子が」
「い、いえ……お疲れ様です」
スミレが困惑しつつもおいしいみずを手渡すと、恐縮しつつも受け取った。
「おねーちゃん、このポケモンはなんていうのー?テレビでみたことある!!」
そう尋ねられて、スミレは体を屈めるとその子供に目線を合わせる。流石に、幼児を威圧する訳にもいかない。久しぶりに演技のスイッチを入れて、穏やかな表情へと切り替える。
「この子はフシギバナっていうの。結構強いんだよ。貴女の名前は?」
「わたしねー、レンっていうの!」
「レンちゃんか……いい名前だね。バトルは好き?」
「うん!ねー、ママ!!」
レンはそう言って水を飲む母親を見上げると、母親はペットボトルから口を外して微笑んだ。
「そうね。……夫がバトル好きで、リーグもみてたのよ。この子が言っているフシギバナは、実は貴女のフシギバナなのよ。リーグ、お疲れ様……スミレさん」
「あはは……、無様なバトルして申し訳ないです。フシギバナ、レンちゃんの相手してやれる?」
「バナ」
スミレはそう言って微笑みを浮かべるが、母親は優しげな笑みで首を横に振った。後ろでは、フシギバナの背中に乗ったレンが笑い声を上げている。
「家族みんなで興奮しながら見てたわ。見ていてとってもカッコよかったわ。……リーグを見てから、レンのわんぱくに拍車が掛かったのだけはちょっと悩みどころなのだけれど」
戯けたように付け加えた母親に、スミレは笑みを溢す。
「そうなんですか……。お父さんはどうなさってるんですか?」
「ジョウトのリーグ職員をしているんだけどね昨今はロケット団が居ないのを良いことにハンターが集まっていて、今日もお仕事。……やっぱり人やポケモンの命に関わるからねぇ。私達の我儘で邪魔する訳にも行かないのよね。最近危ないから、スミレちゃんも気を付けてね」
「……分かりました」
スミレは一瞬、無表情に戻して答えた。それを見届けた母親は笑って背後を振り返ると、フシギバナの背中ではしゃいでいるレンと、それを見守るホーホーとメリープが居た。
「ほらっ、レン!そろそろ行くわよー!!」
「ヤダー!!!!」
呼び掛けるとレンは子供らしく駄々を捏ね、フシギバナの背中で寝そべった。どうやら、徹底抗戦するらしい。
(……ミスった。子供に甘い年長者ならするだろうって行動をトレースしたけど、子供はこうなるのを忘れてた)
スミレは困ったように眉を下げた。別に幼児の駄々に一々怒ることはないのだが、とはいえ長引くと面倒なのである。
「フシギバナ、降ろして」
「バナ」
「ヤダァ、降りたくないー!!」
スミレの指示でフシギバナはレンを蔓で捕まえると、地面に運んで降ろす。レンは駄々を捏ねるが、しかしフシギバナの力の前ではまるで無力だ。
「……レンちゃん」
スミレは屈んで、不満げなレンに目線を合わせる。
「…………なに?」
涙目なってスミレを睨むレンに、スミレは笑みを浮かべたまま話し掛ける。
「ごめんね、私もやらなきゃいけないことがあるからね。……もしも、ずっと乗っていたいなら、君もポケモントレーナーを目指しなよ。ポケモンと友達になれば、きっと乗せてもらえるからさ」
「ほんと?」
むくれていたレンの目に、キラキラとした輝きが差し込む。
(……現実を見せるのは、もうちょっと先にしよう)
スミレは、そう考えて微笑む。
「うん、ほんと。でも、トレーナーになるには良い子にしてないとダメ。やりたいことはやって良いけど、お母さんをあんまり困らせたら駄目だよ」
「……うん」
「ねぇ、レンちゃん。……私と指切りできる?」
「うん!」
スミレの小指とレンの小指が絡まりレンは興奮したように顔を赤らめ、スミレは満面の笑顔を浮かべる。
「これで約束。……先で待ってるよ」
「うん!!」
この日、小さな少女に大きな夢が生まれた。
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親子と別れて花畑を一通り周った後。スミレは1人、ヨシノシティを抜けた先にある30番道路に来ていた。というのも、ホーホーの戦力把握と育成は必要であるからだ。因みに、このホーホーはメスだ。そして技は、【なきごえ】と【つつく】、【たいあたり】の3種を所持している。
「……出た。行くよ、ホーホー」
そう呟き見据えるのは、野生のキャタピー。バタフリーを所持するスミレとしてはキャタピーという存在に愛着を感じているのだが、それはそれとして養分となって貰わねばならない。キャタピーを睨むスミレの視線は、レンと話していた時とはまるで違っている。
「ホー!」
スミレがボールを投げれば、ホーホーが飛び出した。天敵であるとりポケモンの登場に、キャタピーはギョッとした表情を浮かべる。
「食べなかったら、後でもっと美味しいものをあげる。……だから、気絶させるまででやるよ。あれは経験値、倒して貴女を成長させる」
「ホー」
スミレの指示にホーホーは深く頷き、戦意で瞳を鋭くさせる。
「……行って、【たいあたり】」
静かな指示が響き、ホーホーはキャタピーへと真っ直ぐ飛び掛かった。